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お薬いかがですか?  作者: ほる
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017. エルフ酒


 マリールは不思議満載の背負い鞄をしょって、それから「イリュージョーン!!」と叫びながら出てきた時に手にし、一緒に投げ出された調味料なんかも拾い集めてから、いそいそとバーカウンターへと向かう。

 

 そして鞄から何やら木の台をいくつか取り出すと、キッチンの足元に並べて設置した。マリールにはこのキッチンは高すぎて届かないので、足場にするようだ。

 背が届くようになった作業台の上には、ニンニクなどの香草と調味料を設置。さらに取り出した白い割烹着と、頭に巻くスカーフを身に付けて準備は万端だ。


「あ、さっき買って貰ったお肉を切り分けて貰っても良いですか? 私じゃとても扱いきれない大きさなので……」

「ああ。俺がやろう」


 バルドはマリールの指示できちんと手を洗ってから、豚一頭分はありそうなホルホル牛の塊を四等分に切り分ける。

 今使わない分の四分の三は再び葉で包み、肉類は全てマリールが引き受けて、時間を止める事が出来る空間ポケットに仕舞った。

 それから今夜の夕食で使う分の肉は棒状に六本、残りを一口大に切り分ける。


 バルドが肉を切り分けている間には、勿論マリールが「素敵! 夫婦で台所に立っちゃってる素敵!! 一緒に料理してくれる旦那様素敵!!」と、頻りに大興奮だ。


 棒状にした六本もの棒肉は、何故か青い薬を作る材料の、あの一枝と一緒に塩胡椒で揉み、葉で包んで鞄の中に入れてしまった。


「え。雑草使うの……?」

「馬鹿。雑草だけど、あのマリーちゃんの青い薬の材料だろ」

「ほんとだ」

「マリーちゃん。何で仕舞うの?」


 マリールの謎の行動に、作業を眺めていたアエラウェ達が首を傾げる。

 すると、マリールが良くぞ聞いてくれましたとばかりに、得意そうに種明かしをした。


「この葉、私の居た世界でも良く似たものがあって、ローズマリーって名前だったんです。色々な効果があって、料理には殺菌と香り付けで使えるんです。ほら、香りが独特でしょう? それから鞄の中に入れたのは、時間を進める空間で肉を熟成させてるんです。そうするとより濃厚でまろやかな味になるんですよ~。笹肉の部分だから熟成しなくても十分美味しそうですけどね!」


 そう言うと、マリールは先程鞄の内ポケットに入れたばかりの肉の包みを再び取り出し、料理に取り掛かる。

 先程まで赤かった肉は少し黒っぽくなり、いい具合にローズマリーと塩胡椒が肉に馴染んでいた。


 深めの鉄鍋に油を入れてニンニクをスライスしたものを揚げ、狐色になったところで皿に取り出しておき、ニンニクの香りが十分についた脂で6本もの棒肉の全面を、焦げ色が付くまで焼いてから取り出した。


 今度はその鍋に一口大に切った玉ねぎと芋を入れ、フォークがすっと刺さるくらい火が通ったのを確認してから、火を止めて貰った。

 野菜の上に焼き目をつけた棒肉を乗せてから蓋をして、野菜の水分と余熱で肉に火を通す為、暫くこのまま放置だ。


 ちなみに火加減は全て旦那様であるバルドが手伝っている。文句も言わず黙って手伝ってくれる、良い旦那様だ。


 先程の料理が出来るまでの間に、今度は萎びていた葉野菜を時間を巻き戻すポケットに入れて取り出した。


「――すると何ということでしょう! 萎びていた葉野菜は、しゃっきりとして瑞々しい葉野菜に変身しているではありませんか。さらに匠はそれを一口大に切って、ニンニクの微塵切りと一つまみの塩胡椒、それに出汁を塗して揉み込んでしまいました!」


 謎の解説を入れながら、ご機嫌で葉野菜をモミモミしているマリールに、アエラウェが聞いた。


「……その粉は?」

「ああ、これ。クズ野菜と鳥とかのクズ肉と骨を煮込んだスープを漉した出汁をですね、乾燥させて粉状にしたものなんです。旨味が凝縮されてて、色んな料理に使えて美味しいですよ~」


 マリールはまた、見たことも無い粉の調味料について教えてくれた。


 クズ野菜や肉から出汁を取ったスープストックはあるが、粉末にした物はない。粉末ならすぐに腐ることも無いだろうし、沸かした湯があればどこでも出汁の取れたスープが味わえるのだ。旅人や依頼中の冒険者は勿論、軍の行軍でもきっと人気の品になる。


 アエラウェは物言いた気にマリールを見つめた。このスープストック粉もまた、商業ギルドでばれたら騒ぎになる事だろう。


 アエラウェの視線に気付きもせず、マリールは揉んだ葉野菜をまた放置して、今度は一口大に切って貰った肉に酒と木の実油、蜂蜜、塩胡椒、摩り下ろした柑橘の皮とニンニク、先程の粉を塗して揉み、先程と同じように葉で包んで時間経過のポケットに入て馴染ませた。


 芋を良く洗い皮ごと串切りにして、再度取り出した肉と共に強力粉と薄力粉を混ぜた粉を塗しておく。


 水洗いして水気を拭いたローズマリーを三枝、また違う雑草――マリールの居た世界ではタイムと呼ばれる草の五枝を丸ごと入れ、その上に芋を敷き、重ねるように肉も一緒に鍋に入れた。

 その鍋肌を伝わるようにして、具材が半分浸るくらい、ゆっくりと木の実を絞って作った油を注いでから中火を付けて、下半分に火が通ったら上半分と入れ替える。


 あまりに沢山の油を惜しみなく入れるものだから、アエラウェは不安気に聞いた。こんな大量の油で調理するのを見た事が無いからだ。


「――そんなに油入れて、大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。コールドスタート――冷たい油から調理してますけど、ちゃんと中まで火は通りますから」

「いえ、そうじゃなくて……」


 アエラウェは油まみれの料理が不安だったのだが、マリールには伝わらなかったようだ。


 言い淀むアエラウェに首を傾げながら、マリールはジュワジュワと小さく泡立つ鍋を見詰めた。気泡の出方で火が通ったかが分かるので、目が離せないのだ。


 草は常に油に浸るように下に押し込めながら揚げて、牛肉は火が通りやすい為、衣が色付いたら先に鍋から出しておく。

 後は芋に串を通し、中まで火が通ったかを確認して、黄金色に揚げ色が付けば完成だ。細かい網に乗せて油が切れるまで、また放置だ。


 まず、先程揉んだ葉野菜の水気を絞り、皿に盛り付け一品。


 次に、先に調理したホルホル肉の棒肉を取り出し、薄く切ると、外側は美味しそうな焦げ目が付き、中は柔らかな肉が美味しそうな薄紅に色付いていた。

 一緒に蒸した野菜を皿に敷き、その薄切り肉を見栄え良く盛り付ける。


 具材を取り出した鉄鍋に残ったスープに蜂蜜、酢、茶色い液体を入れて煮詰めて、ソースにしたものを掛けて二品目。


 見慣れない茶色い液体が気になったアエラウェは、液体の入った瓶を指差した。


「なあに、これ?」

「醤油っていって、豆を蒸して小麦と麹と塩水で発酵させたものです。これで味付けるとご飯がすすむんですよ~。私がこの世界に来るちょっと前に、エスティリア共和国に現れた『異界の迷い子』先輩が頑張って作って広めたそうなんです。そのお陰でエスティリア共和国では、今や殆どの味付けに使われています。ほんと、醤油先輩ありがとう……」


 マリールは『醤油先輩』をえらく尊敬しているようだ。神を崇める様な眼差しで宙を見詰めている。きっとその宙には、『醤油先輩』がキラリと輝いているに違いない。


 先輩はまだ生きているが。


 嗅いだ事の無い独特の香りを漂わせる茶色い液体。その香りを、くん、と嗅いで、アエラウェは眉間に皺を寄せる。

 本当にこれが食べても大丈夫な物なのか少し怖いが、牡丹餅も食べてみれば美味しかったので、何も言わない事にしたようだ。


「でも今日は、ご飯焚く時間が無いので、パンにしますね~」


 マリールはまた鞄に手を突っ込み、ごそごそと動かしてから大きく長いパンを二つ取り出して、二センチ程の厚さに切った表面にバターとニンニクを擦り付けた。

 それを鉄鍋で片面だけ焦げ目をつけて、皿に盛る。これで三品目。


 油が良く切れた揚げた肉と芋を皿に盛り、その上に枝ごと一緒に巣揚げした草を乗せ、塩と胡椒を振り掛ける。混ぜると草がパラパラと細かく崩れて、肉と芋に塗された。これで四品目。


 次から次へと手際よく完成する料理に、ニンニクの食欲をそそる香りがたまらない。先程からバルドとホビット達の腹が豪快に鳴り続けている。


「も、もう食べちゃ駄目?」

「この匂い嗅いでたら、さっきよりすげえ腹減った……」

「涎が出てくるよぅ……」

「あ~しまった! スープ先に仕込んでおけば……。いっか、インスタントで!」


 マリールはまたも鞄から黄色い粉の入った瓶を取り出し、匙三杯程をそれぞれ人数分のカップに入れると、バルドに急いで沸かしてもらった湯を注ぐ。

 匙でくるくるかき混ぜると、湯はもったりとした液状になって、甘くて香ばしい香りがふわりと漂った。


「――また不思議な粉が……」


 アエラウェが遠い目をしながら、完成した料理やスープを運んでくれる。

 既に席で待ち構えているホビット達とバルドの前に、マリールが取り皿と料理を並べると、ホビット達は襲い掛からんばかりに料理に食らい付こうとした。


「あ~、だめですよ。『いただきます』してください?」

「牡丹餅の時もやってたな、それ」

「はい! 食べる前に、食べ物になってくれた命と、流通させてくれたり、作ってくれた人に感謝して『いただきます』って言うんです」

「感謝……」

「はい、ではみなさん! 『いただきます』」

「「「「「いただきます」」」」」


 良く理解できないが、兎に角『いただきます』を言えば食べても良いらしいので、一同大人しくマリールに従った。

 そうして男達は奪い合うようにして、真っ先に肉へと手を伸ばす。

 薄切りにしたホルホル肉を束で口の中に入れ咀嚼するなり、男達は目を見開いた。


「……!!」

「うんめー!!」

「なにこれ! すげえ、噛むとじゅわって!!」

「このお肉、いつも食べるホルホル肉より柔らかいわ……! それに芳醇! 茶色いソースも不思議な味だけど、美味しい……」

「……うまい」

「ちょっと皆さん、野菜もちゃんと食べてくださいね!?」


 山のように積み上げられていた、揚げた肉と蒸し焼きにした肉だけが、あっという間に男達の胃袋へと消えていく。マリールは自分の分をサッと取り皿に確保しながら、野菜に全く手を付けようとしない男達に注意した。


 男達は注意されたので仕方なく、本当に仕方なく芋や野菜にも手を伸ばす。

 そうして嫌々口に入れた野菜だったが、食べてみると今まで味わった事の無い食感と味に、揃って目を瞠った。


 バルドとホビット達が良く行く食堂で食べる料理は、大体が煮込んだり焼いたものに塩と胡椒だけで、あとは他国からの行商人が香辛料の効いたやたらと辛い料理を屋台で出しているのを見るくらいだ。

 アエラウェも信望者に良く高級店の食事に誘われているが、そこでも沢山の油で揚げた物にはお目に掛かった事が無い。揚げたものに塩と草を振っただけなのに、こんなに美味しくなるとは。それに何だか罪な味がする。


 それに、『醤油』を使った甘辛いソースが絶品だ。

 ここ、ゴルデア国では不当に人族意外が虐げられる事から、多種族の集まりで出来たエスティリア共和国から商人等が来る事は滅多に無い。不平等な扱いをする国に、誰も好き好んで来ないだろう。


 だから長くこのゴルデア国に住んでいるバルド達は知らなかった。こんなに美味しい食べ物があったなんて。


「ちょ! この芋パリっとしてうめぇぇぇぇ!!!」

「中ホクホクしてるし!!!」

「こっちの玉葱と芋も、味が染みてて美味しいわぁ……」

「いや、葉野菜も食べましょうよ……」


 火を通した野菜は食べるのに、生野菜には手を出そうとしない。きっと生野菜は苦いと、敢えて手を出さなかったのだろう。男達はマリールに注意されると、また仕方なく口に入れた。

 マリールが作って出した料理を食べないと言う選択肢は、もはや残されていない。食べなかったら最後、もう二度と料理を作ってくれなくなると思ったからだ。


 だが、男達が嫌々食べてみれば、身構えていたあの苦い味が、やたらと食が進むものなっていた。


「んお! 葉っぱなのにうめえ!! パリパリしてる!!!」

「ほんとだ! 酒! なんか酒飲みたい!!」

「……待ってろ、持って来る」

「ギルマス最高ー!! 愛してる!」

「やだ、ほんとに美味しいわ……。私も秘蔵のエルフ酒持ってこようかしら」

「まじか!!」

「エルフ酒なんて幻の酒じゃん!!!」

「ドワーフが金塊と交換してくれるっつーくらいの!!」


 まさかのエルフ酒に、一同大興奮である。


 エルフ酒とは、名の通りエルフの国で作られ、滅多に流通されない幻の酒である。

 その酒精は強く、火酒と呼ばれる強い酒に慣れたドワーフさえも唸るほどで、各国の王族ですら手に入れることは難しい事だった。交易しようにも、エルフが欲しがるものを他国は何一つ持っていないのだ。


 バルドが担いで持ってきたタルの果実酒と、アエラウェが出した、やたら華美な銀製のボトルに入ったエルフ酒で、食事はさらに賑やかなものになるのだった。


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