014. 商人と二人の従者
メルクの入り口は、港のある海側と山側との二箇所に分かれている。
どこの街でも同じだが、街に入る際は入り口の門番にタグを提示し、身分を証明した上で、やってきた目的を告げなければ街に入る事が出来ない。
買い物にやって来たとか、親に会いに来たとか、それぐらいの理由でもきちんと告げてタグを提示すればすぐに街に入れるのだが、何かを売りに来た者に関しては、売る品物を確認される事になっていた。
そのメルクの山側の入り口では、その門番のチェックを待つ人々の列を滞らせて、何やら声を荒げて騒いでいる男が居た。
二人の従者を連れた身なりの良い男は、恐らくそこそこの商人なのだろう。だが馬車も無く、見るからに高価だと分かる生地の良い服には、あちこちに黒い汚れや破れが出来ていた。
後ろに控えている従者も同様で、どこか顔を青ざめさせている。
「ですから……! 何度も説明しているではないですか!! この街に入る為に通る森で、盗賊に襲われたと……!!」
「だがなあ、じゃあなんでアンタら生きてるんだ? 盗賊に襲われたのに怪我の一つもしてないじゃないか」
「それは……!」
商人らしき男は、門番の指摘に言い淀む。自分が経験したことを、この門番どころか誰に話したとしても、とても信じて貰えるとは思えなかったからだ。
「旦那様、ここは一度戻りましょう」
「そ、そうです。護衛に雇った方も、もう戻られましたし……」
「そうは言うが、被害届を出さなくては盗まれた商品が丸損だ! それに先に行ってしまったあの子を探さなくては……」
従者の二人がおどおどとしながら、主人である男を説得に当たる。だが、男はどうしても被った損失の補填を諦める事は出来なかった。運んでいた商品の総額はかなりの額に上り、このままでは次の仕入れもままならなくなる。そしてどうやら人を探しているようだった。
「売り物も無いみたいだし、観光ならタグを提示して、とっとと通ってくれ。後ろにつっかえてるんだ」
「……っ。ですから、売り物は盗賊に……!」
「何を騒いでいる」
商人の男が尚も言い募ろうとした時、門番の背後から声が響いた。
命令し慣れたようなその声の持ち主は、門番が身につけている軽装の鎧ではなく、貴族が身につける騎士鎧を全身に纏っていた。重い鎧を身につけているだけあって身体付きが大きく、その腰に下がっている剣は、警備兵の帯剣しているものよりも三周りも大きい。
「は! この者の門を通る目的で揉めております、ガルクス様!」
「ほう……?」
ガルクスと呼ばれた騎士は、滞った人の列を見て、それから咎めるように商人の男に目線を寄越した。
その鋭い目に何か良からぬ光を感じて、商人の男の足は無意識にじりりと数歩下がる。額からは汗が噴出してくるようだ。
護衛に雇い、たった一人。最後まで依頼主である自分を守ろうとしてくれた冒険者の言うように、盗賊の被害届を諦め、来た道を戻れば良かったと、この男の目を見て商人の男は後悔をした。
思えば門番の様子もおかしかったのだ。此方がどんなに盗賊の被害にあったと訴えても、まるで取り合ってくれないのだから。
「……仕事に随分支障が出ているようだ。良ければこの男は私が話を聞こう。君達は仕事を続けたまえ」
「は!」
そう言われれば、門番は嘲笑うような顔で商人の男の背をガルクスの前へ、とん、と押し出した。
押されてよろけた脚を踏みとどまり、商人の男が恐る恐るガルクスを見上げれば、ガルクスは玩具を見つけた獣の様な目で、にやりと口を歪ませている。
「だ、旦那様……」
「旦那様……」
二人の従者も背中を押されて連れて来られてしまった。せめて二人は返すべきだったと、商人の男はまたも後悔をする。自分の判断のせいで、二人を巻き添えにしてしまったのだから。
商人の男は騎士から目を逸らせずに、蛇に睨まれた蛙のように、ただ流れる嫌な汗を堪えていた。