柚子葉の飲み会 後編
深夜は知子からの電話を切ると上着を手に取った。
秀太と遊んでいた勇一が深夜に話しかけた。
「電話誰から?」
「柚子の大学の友達。柚子が帰れそうにないらしい。今から迎えに行ってくる」
「だったら俺も行く」
「は?」
「車で行ったほうが早いだろ」
「いいよ。俺も免許持ってるし」
深夜は大学に合格してから自動車学校に通っていた。
深夜と同じように高校卒業をきっかけに免許を取ろうと考えている高校生が多く免許を取るまでに時間はかかった。
が、卒業検定・本試験とも一発で合格し深夜は無事免許を取ることができた。
「あそこらへんは駐車場もないし停めるのに時間かかるだろ?だったら俺も行けば店の前で駐車できる」
「…分かった。悪いけど頼んでいい?」
「あぁ。忍は秀太を見てて」
「分かってる。二人とも気をつけてね」
二人は家を出て早足で駐車所に向かった。
勇一は運転席、深夜は助手席に座った。
深夜がシートベルトを締めたことを確認して勇一は車を発進させた。
・・・
居酒屋ではもう締めの時間になっていた。
知子は柚子葉の隣に座っている。
幹事の学生が立って締めの挨拶を始めた。
「とりあえず時間も終わりなんでこれから二次会に移りましょ~。二次会は近くのカラオケねぇ~」
幹事の挨拶を聞いて全員帰り支度を始めた。
そして、男性陣が柚子葉の周りに近寄ってきた。
「これじゃあ帰れそうにないねぇ」
「だったら俺送ってくよ」
「いや、俺が送ってくよ」
「ううん。大丈夫、さっき電話したから」
「誰に?」
男性陣と知子が話してると店員がこちらに近づいてきた。
そして、何故か後ろを振り返った。
「こちらです」
「ども」
店員はそのまま去っていった。
店員に隠れて見えなかったが、後ろには男性が立っていた。
「えっと…。あ、いた」
「遅い!」
「これでも急いだ。柚子は?」
深夜は座席に座っている知子に近づいた。
知子の周りにいた男性陣は深夜を睨んでいるが深夜は気にせずに知子によりかかっている柚子葉を見た。
柚子葉は酔いつぶれて眠っているのか目を瞑っている。
深夜は柚子葉に声をかけた。
「柚子。大丈夫か?」
深夜の声を聞いた柚子葉はゆっくりと目を開けた。
そして、笑顔で深夜に話しかけた。
「あ~、しんやだ~」
「…なぁ、これ柚子だよな」
「どこからどう見ても柚子葉でしょ」
「どんだけ飲んだんだよ」
「むぅ~、しんやこっちむいて~」
深夜と知子が話してると柚子葉はムッとした顔をして強引に深夜の顔を自分に向けた。
そして、柚子葉は深夜に腕を突き出した。
「どうした?」
「しんや、ギューってして!」
「は?」
「ギューってして!」
「…家に帰ったらな」
「いますぐして!してったらして!」
深夜は一つため息をついて柚子葉を抱きしめた。
柚子葉は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「えへへ~」
「ほら、もう帰るぞ。…でだ、何でここに男がいるんだよ」
深夜は柚子葉に回している腕を揺るめた。
そして、最後は知子に顔を向けて話しかけた。
「私に聞かれても知らないわよ。私だってここに来たらもういたんだし」
「ったく。今度飲むときはこうならないように見ててくれ」
「分かってるわよ。それよりも早く送って行きなさい」
「はいはい。柚子、立てるか?」
「おんぶー!」
「…分かった」
深夜はその場で柚子葉に背を向けた。
柚子葉は嬉しそうに深夜の背中に乗り顔をつける。
「えへへ~、しんやのにおいだ~」
「…じゃあ、俺達行くわ」
「ちょ、ちょっと待て!お前一体誰だよ!いきなり入ってきてなんなんだよ!」
深夜が座席の入り口でいったん柚子葉を降ろし靴を履いていると幹事をしていた男が深夜に詰め寄る。
深夜はその男を無視して柚子葉にも靴を履かせもう一度おんぶをする。
そして、数歩歩くと振り返った。
「こいつの彼氏だよ。それぐらい分かれよ。こいつに無理やり手を出したら…大学に来れない体にしてやるよ」
深夜の睨みに男は怯む。
それを見て深夜は入り口に向けて歩き出す。
背中の柚子葉は嬉しそうに笑みを浮かべたまま深夜の背中に顔をくっつけている。
もう一度深夜はため息をついて店の前に止めてある勇一の車の後部座席に乗り込む。
「お待たせ」
「いや、山下は大丈夫なのか?」
「だいじょうぶでーす」
「…大丈夫じゃなさそうだな」
「…だから、なるべく急いで帰ってもらえる?」
「了解」
勇一は深夜の言葉に頷き車を発進させる。
後部座席では深夜の膝の上で柚子葉は寝息を立てている。
ルームミラーで後ろを確認して勇一は深夜に話しかける。
「にしてもやっぱり酒って怖いな」
「何が?」
「あれだけしっかりしている山下が酒を飲むとそうなるんだからなぁ」
「…しっかりしてるからかも」
「え?」
「ほら、柚子の家って親父さんがいないだろ?秀太が生まれる前に亡くなったって」
「あぁ、確かそう言ってた」
「おばさんは仕事があるから柚子がしっかりしないといけなくなったんだろうなぁって思うんだ。まだ秀太は生まれて間もないときとかは特に」
「…なるほど。そのときの反動ってことか?」
「多分。まだ甘えてたかったんだろうな…」
深夜は自分の膝を枕にして寝ている柚子葉を見詰め優しく髪を撫でる。
勇一はそれ以上何も言わずに車を家に向けて走らせる。
家に着いてすぐ深夜はベッドに柚子葉を寝かした。
そして、次の朝。
柚子葉が目を覚ますとひどい頭痛が柚子葉を襲う。
「痛い…。あれ?私どうやって帰ってきたんだろ…」
柚子葉は痛む頭を我慢してリビングに向かう。
リビングには仕事に出る前の勇一と忍、それに朝食の支度をしている深夜の姿があった。
「おはようございます…」
「お、我がまま姫のご登場だ」
「柚子葉ちゃん、頭痛くない?」
「もの凄い痛いです…。あの、私どうやって帰ってきたんですか?」
「俺が迎えに行ったの覚えてない?」
「え?深夜が?…覚えてない」
「…んじゃ、今日はゆっくり寝てろ。二日酔いになってるみたいだし」
深夜の言葉に柚子葉は頷いてまた寝室に向かった。
二日酔いが治った柚子葉が知子から詳細を聞いて赤面したのは翌日のことだった。