柚子葉の同窓会 後編
トイレで用を済ませた柚子葉が部屋に戻ろうとすると近くの壁に永沢が立っているのに気づいた。
柚子葉は永沢に近づいて声をかける。
「永沢君もトイレ?」
「違うよ」
「なら、ここで何してるの?」
「…なぁ、山下」
急に永沢の声のトーンが低くなった。
柚子葉はそんな永沢に疑問を持ったがとりあえず永沢の問いかけに答える。
「なに?」
「お前、本当にあんな奴と付き合ってるのか?」
「…それって深夜のこと言ってるの?」
「あぁ。どうみたってお前とあいつは正反対じゃないか。このまま付き合ったって長続きしないと思うけど」
「そんなことないよ。私は深夜とこれからも一緒にいたいと思ってるし深夜もそう言ってくれてる」
「そんなの嘘かもしれないだろ」
「…何が言いたいの?」
「あんな奴と別れて俺と付き合えよ。そっちのほうがきっと山下も幸せだよ」
「私は今でも十分幸せだから」
そういって柚子葉が永沢の前を通り過ぎようとするが、目の前に永沢の腕が出てきて前をふさがれる。
柚子葉が永沢のほうを見ると、永沢の顔にはいやらしい笑みが浮かべられていた。
「そんなにあいつがいいのか?」
「深夜はこんな風に私を追い詰めたりしない。私のことを一番に思ってくれている」
「…俺とあいつなんかを比べるな。俺だって高校では結構モテてたんだぜ?」
「私はカッコいい人と付き合いたいんじゃないから」
「…山下の気持ちは良く分かった。なら、力づくでも俺のものにさせてもらうよ」
そういうと永沢はゆっくりと柚子葉に顔を近づける。
だが、柚子葉が手を前に突き出してそれを防ぐ。
「やめてよ!」
「山下が悪いんだよ。山下が俺を拒むから」
「やだ!誰か、誰か助けて!」
柚子葉は目を瞑って力いっぱい暴れるが永沢が力づくで柚子葉の体を抑える。
だが、急に柚子葉の体を抑える力がなくなった。そして、『バタン』と誰かが倒れる音が響く。
柚子葉がゆっくり目を開けると床に倒れて顔に手を当てている永沢が見える。
そして、その前には肩で息をしている深夜が見える。
「…テメェ、覚悟は出来てるんだろうな」
「っつぅ…。うるせぇ!俺だって山下のことが好きなんだよ!」
「好きだからなんでもしていいわけないだろうが!」
深夜は寝たままの永沢の胸倉を掴むともう一度拳を振り上げる。
その拳が振り下ろされるよりも早く柚子葉の叫び声がその場に響いた。
「駄目、深夜!」
「…柚子」
深夜は拳を振り上げたまま柚子葉を振り返る。
柚子葉は自分の体を抱きしめるようにして深夜を見詰めていた。
「私なら、私なら大丈夫だから。だから…」
数秒深夜と柚子葉は見つめあった。
そこに二つの足音が聞こえる。
深夜がそちらを向くと佐藤と美智子がやってきた。
「柚子葉!?」
「山上、これは…」
「深夜。私なら大丈夫だから…」
もう一度柚子葉は言葉を紡ぐ。
それを聞いて深夜は永沢を一睨むすると拳を振り下ろす。だが、その拳は永沢の顔の前でピタッと止まる。
そして、深夜は永沢を掴みあげていた手を離し、最後に永沢をもう一睨みして柚子葉に早足で近づく。
柚子葉の近くに来ると深夜は先ほどまでの顔から一転して苦笑いを浮かべている。
「…ったく。あんな奴庇う必要ないのに」
「だって…」
「何もされてないか?」
「うん。深夜が来てくれたから」
柚子葉は深夜の顔を見て笑顔になる。それを見て深夜も一つため息をついて笑顔になって佐藤に声をかける。
「佐藤がもう少し早く気づいてくれたらこんなことにならなかったのに」
「俺のせいかよ!けど、俺が言わなかったら間に合ってないだろ!」
「でも、もっと早く気づけよな」
「あのなぁ!」
「柚子葉!?」
深夜と佐藤が言い争いをしていると美智子が柚子葉の名前を呼ぶ。
深夜達が柚子葉のほうを見ると同時に『パシン』という音が聞こえた。
柚子葉が永沢の頬を叩いたのだ。そして、柚子葉は深夜のほうに近づいて永沢に振り返る。
「今の私にとって深夜以上の人は考えられないの」
「…だとさ。俺も同じように柚子以外の奴は考えられない」
深夜は柚子葉を背中から抱きしめるように腕を前に回す。
深夜と柚子葉の睨みを受けて永沢は顔を俯かせる。それを見て深夜は柚子葉を抱きしめるのをやめて柚子葉の頭に手を乗せる。
「柚子、先に戻っててくれ」
「…うん。みっちゃん、行こう」
柚子葉は深夜の目を見詰めると意図が分かったのか、美智子と共に先に部屋に戻っていった。
この場には深夜と佐藤、それにまだ顔を俯かせている永沢が残った。
深夜はまたゆっくりと永沢に近づくと胸倉を掴んで体を強引に起こさせた。
「今回はこれで許してやる。だが、今度こんなことしてみろ…。二度と俺と柚子の前に出せないぐらい殴ってやるから」
そして、永沢の体を突き飛ばすかのように胸倉を離して足早に部屋に戻っていく。
佐藤は深夜の後姿を見送ってからゆっくりと永沢に近づく。
「お前、山下のこと好きだったのか」
「中学のころからな。けど、なんであいつなんかと付き合ってるんだよ…。納得できねぇ」
「そこが駄目なんだよ」
「…え?」
「山上も山下も恐らく外見から惹かれあったんじゃない、内面に惹かれたんだろ。だから、そんな風に外見で判断するような奴にあの二人のことに関して文句をいう権利はない」
「だからって!」
「いっとくけど、俺はあの二人を応援している。あの二人を良く知らない奴にそんなことをいう資格もない。お前も高校の頃の二人を見ていれば諦めれただろうにな」
佐藤はそれだけいうと踵を返して部屋に戻った。
部屋に戻ると先ほどのことなど忘れたかのように柚子葉と美智子が笑いあっており、その横で深夜はウーロン茶を飲みながら穏やかな顔をして柚子葉を見詰めていた。
佐藤がその場に近づくと気づいた深夜が視線を寄越した。
「…お疲れ」
「悪かったな。永沢のこと」
「お前が謝ることじゃねぇよ。まぁ、柚子の意外な一面も見れたし」
「まさか叩くとは思わなかったな。あれ、絶対お前の影響だろ?」
「ノーコメント。そういえば、この同窓会っていつまで?」
「え~と、もうそろそろラストオーダーじゃないかな。でも、なんでだ?」
「そろそろ俺は出ようかと思って。最後までいたらさすがに迷惑だろ」
「別に気を遣う必要ないのに」
「そういうわけにもいかないって。…柚子」
柚子葉と美智子の話のキリがいいところを見計らって深夜は話しかけた。
柚子葉は深夜のほうを振り返った。
「どうしたの?」
「俺先に店出るな」
「…私も出ようかな」
「もう少しだしお前は残ったら?」
「ううん。やっぱり、私も一緒に出るよ」
そういうと柚子葉は急いで帰り支度を始める。
それを横目に美智子は深夜に話しかけてきた。
「あの…」
「あ?なに?」
「柚子葉のことお願いしますね」
「…あぁ。大切にするよ」
深夜は帰り支度を終えた柚子葉と共に店の外に出る。
二人は手を繋いで歩いている。歩きながら深夜は柚子葉に話しかけた。
「なぁ、柚子」
「なに?」
「本当に良かったのか?もう少し友達と一緒に話したりとか」
「ううん。大丈夫。みっちゃんともアドレス交換したし、こっちの大学みたいだからまた遊べるもん」
「そっか。でも、中学の頃の柚子がどんなだったのか気になるなぁ」
「え?」
「だって、佐藤とかが言うには柚子は静かとか落ち着いてたって言ってたけどどんなのだったかなぁと思って」
「それなら私だって深夜が中学時代どんなだったのか気になるよ?」
「なら俺の卒アル見るか?」
「いいの?」
「けど、俺は一切写ってないけどな」
「じゃあ、意味ないじゃない!」
「冗談だよ。にしても本当に良かった…」
「…永沢君のこと?」
「あぁ。俺が行ったからあいつもあんな行動に出たんだろうな」
「けど、助けてくれたのも深夜だよ?」
「ま、柚子からの強烈な告白も聞けたし」
「え?」
「俺以上の人は考えられないんだろ?」
「うっ…」
そのときのことを思い出したのか柚子葉の顔は一気に赤くなった。
深夜は笑みを浮かべて柚子葉の腰に手を回す。
「俺もだよ。さ、早く帰ろう。勇兄や姉貴も心配してるだろうし」
「うん」
春の夜風が二人を優しく包む中、深夜と柚子葉は手を繋いで二人でゆっくりできるマンションへと足を進めた。