柚子葉の同窓会 前編
高校卒業から大学入学前の期間。柚子葉の同窓会があることを聞いた深夜は…
ある日の夕方。
柚子葉は一人である居酒屋に向かって歩いていた。
何故一人で居酒屋に向かっているのかというと昨日の夕方に遡る。
「同窓会?」
高校を卒業し、柚子葉の深夜の部屋への引越しも無事終わった。
暮らし始めて数日経ってから柚子葉の口から『同窓会』という言葉が出てきた。
深夜が聞きなおすと柚子葉は頷いた。
「うん。明日の晩に中学校の同窓会があるの」
「へぇ~、なんでまたこの時期に?」
「もうすぐ皆引っ越すでしょ?県外の大学に行ったり就職したりで」
「あぁ、そっか」
「それでね…行ってきていい?」
「え?行きたいんだろ?」
「う、うん」
「なら行ってこいよ」
「いいの?」
「そりゃ、俺の知らない男と『二人だけで遊びに行っていい?』って言われたら反対するけど中学校の友達と会えるのを邪魔する気はないよ。県外行く奴もいるだろうし、な。だから、楽しんで来いよ」
「うん、ありがとう」
「お礼言われてもなぁ」
その言葉に二人は笑顔になって笑いあった。
・・・
今日は柚子葉の中学校の同窓会があるのだ。
深夜は柚子葉が出るときに『ゆっくりしてこいよ』と言って送り出してくれた。
ただ、最後に『絶対に男と二人きりにならないこと。もし、二人で帰るようになったら電話しろ』と言っていた。
柚子葉のことを束縛したくはないが、男と二人きりにはしたくない深夜の言葉に柚子葉はそれに気づいているのか気づいてないのか知らないが嬉しそうに頷いた。
柚子葉は同窓会の会場である居酒屋に入る。
すると、入ってすぐに中学校の頃の友人がいるのに気づいた。
「あ、みっちゃん。久しぶり」
「柚子葉じゃん!久しぶり、元気してた?」
「うん。みっちゃんも元気そうだね」
「あ、会費三千円ね。一番奥の座敷の部屋だから」
「分かった。…はい、これ」
柚子葉はみっちゃんと呼んだ中学の友達、美智子に会費の三千円を渡した。
そして、美智子に手を振ると先ほど美智子が言っていた奥の座敷の部屋に向かった。
部屋を開けると中学の旧友達がすでに何人か座っていた。
柚子葉も友人のところに行き昔話に華を咲かせた。
数十分して、ほとんどの人が到着したということで幹事の美智子と男子がもう一人、名前は児玉が前に立った。
「は~い、皆ちょっと静かにして~!」
「飲み物が目の前にない人いる~?」
美智子と児玉が部屋を見渡すと皆飲み物を手にとって上にかざした。
柚子葉もウーロン茶をかざして二人の話しの続きを待つ。
「よ~し、全員持ってるねぇ~」
「じゃあ~、これからも皆頑張ろう~。乾杯!!」
「「「「乾杯!!」」」」
児玉の音頭に全員が飲み物が入ったグラスをさらに掲げ乾杯と共に、同窓会が始まった。
同窓会が始まりいろんな場所で笑い声や懐かしむ声などが聞こえ、柚子葉も近くに座った美智子や他の人と笑いながら話しはじめた。
「柚子葉、大学どこ行くの?」
「市大だよ。保育士になりたいの。みっちゃんは?」
「私はパティシエになりたいから専門学校に行くの。高校の頃にお菓子作りにはまったからちょっと目指してみようかなと思って」
「あ、そうなんだ」
「山下、これ旨いぞ」
柚子葉と美智子が話してると目の前に座った男子、永沢が料理を取り皿に分けて柚子葉の前においてくれた。
「永沢君、ありがとう」
「あ、うん…」
柚子葉が笑顔でお礼を言うと永沢は少し頬を赤らめた。
永沢が何か言おうとすると違うところから永沢を呼ぶ声が聞こえた。
「俺ちょっと行ってくる」
「うん。行ってらっしゃい」
永沢を見送って柚子葉が美智子のほうに視線を向けるとニヤニヤ笑って柚子葉を見ていた。
柚子葉は怪訝そうな顔をして美智子に話しかける。
「何?」
「ううん。永沢そうだったんだなぁと思って」
「『そうだった』って何が?」
「好きなんじゃない?柚子葉のことを」
「違うと思うよ。それに、私彼氏いるもん」
「え!?柚子葉、彼氏いるの?」
「う、うん。おかしいかな?」
「なんで報告してくれなかったの!どんな人?」
「…優しい人だよ」
「もっと教えてよ~。同級生?」
「う、うん」
「いつから付き合ってるの?」
「高二から」
「いいなぁ~、私も彼氏ほしい~」
そんな話をしてると永沢が戻ってきた。
「すげぇ盛り上がってるじゃん。何の話?」
「柚子葉、彼氏いるんだって!」
「え!?マジで?」
「う、うん」
美智子の言葉に永沢はショックを受けたような顔になった。
柚子葉は自分に彼氏がいることがそんなにおかしなことなのかと少し考えてしまった。
「そういえば柚子葉って高校どこだっけ?」
「私?」
美智子が思い出したように柚子葉に尋ねる。
柚子葉が自分を指差すと美智子は頷いた。
柚子葉が自分の高校の名前を口に出すと美智子は心配そうな顔になった。
「確かさ、柚子葉の高校ってこの辺をしきってるっていう不良が通ってなかった?」
「…え?」
「違ったっけ?ねぇ、児玉、違う高校だっけ?」
「いや、間違いねぇよ。俺の友達がやられたから」
「あ、俺も聞いたことあるぞ」
美智子の言葉に近くに座っていた児玉、それにショックから立ち直ったのか永沢も話しに入ってきた。
柚子葉はそれが誰かとても気になった。もしかしたら自分がよく知っている人物かもしれない。
「ね、ねぇ。その人名前なんていうの?」
「えっとね、あれなんだっけ…。確か山下、じゃない。山上だ!」
「そうそう。山下の名前に似てたから確かそんな苗字だったと思う」
やはり、その不良は深夜のようだ。
柚子葉が何とかフォローしようかと思って口を開けようとすると違うところから言葉が聞こえた。
「それデマだよ」
柚子葉が声が聞こえたほうに顔を向けると串焼きを食べながら男子がこちらに視線を向けていた。
児玉がその男子に話しかける。
「佐藤。それどういうこと?何でお前がそんなこと知ってんだよ?」
児玉に佐藤と呼ばれた男子は口の中を飲み込むと児玉の言葉に答えた。
「だって俺、高校一緒だし山上と仲いいもん。あいつどこにでもいる普通の奴だよ」
「いや、でも俺の友達確かにあいつにやられたぞ?」
「それって一年のとき?」
「そうそう。一年の…夏だったかな?」
「山下、山上って一年のいつまで荒れてたって言ってたっけ?」
佐藤の言葉に今度は児玉や美智子の視線が柚子葉に注がれる。
柚子葉は佐藤の言葉の続きを口にした。
「えっと、一年の秋だよ」
「なんで柚子葉がそんなこと知ってるの?」
「学園祭のときにあいつが自分で言ったんだよ。だから、俺らの学校の奴は皆知ってる」
美智子の言葉には佐藤が答えた。
佐藤は続けて口を開く。
「あいつと俺一年のとき同じクラスだったんだけど、そのときは本当に怖かった。けど、今のあいつは本当にどこにでもいる奴だよ。まぁ、そこらへんの奴とは違ってちょっと大人っぽいけど。なぁ、山下?」
「そうだね」
「あいつと同じ中学の奴と俺仲良いんだけど、山上は本来そんな喧嘩をする奴じゃないんだとさ。どっちかっていうと自分の友達を助けるために喧嘩をするって。高校でも修学旅行でアメリカ人に絡まれた奴を助けたり、学園祭で知らない奴に絡まれた奴を助けたり、他にもいろいろ聞くなぁ。そのほとんどは大事な彼女絡みみたいだけど、な」
佐藤は最後の言葉を柚子葉のほうに視線を向けながら言った。
佐藤の視線を追っていった美智子が視線の先にいる柚子葉に話しかける。
「柚子葉もその山上っていう奴と仲良いの?なんかよく知ってるみたいだけど」
「う、うん。まぁ…」
「いいじゃん、山下。言っちゃえよ」
柚子葉がとりあえず肯定の言葉を口にすると佐藤がニヤーッとした意地悪な笑顔を柚子葉に向けている。
「柚子葉、何かあるの?」
「えっとね…私彼氏がいるって言ったでしょ?私の彼って…」
「え!?まさか…山上なの!?」
「…うん」
柚子葉の口から出た肯定の言葉に柚子葉の周りにいる佐藤以外の人から驚きの声が聞こえた。
柚子葉と佐藤は顔を見合わせると苦笑いを浮かべる。
美智子がすぐに柚子葉に詰め寄る。
「ちょっと!大丈夫なの?」
「大丈夫って何が?」
「何もされてない!?騙されてるじゃないの?」
「そんなことないよ」
「けど…」
「それ以上言うのはどうかとおもうぞ?自分の彼氏をそんな風に言われていい気持ちになる奴なんかいないし」
美智子がまだ柚子葉に詰め寄ろうとすると佐藤が横から口を挟む。
その言葉を聞いて美智子は自分の発言がどれだけ失礼だったのかに気づいた。
「あ…、柚子葉、ごめん」
「ううん。気にしないで。深夜はそういう噂を消そうとしないから仕方無いもん」
「まぁ、山上は本当に山下のこと大事にしてるって俺が見ても分かる。あいつ何だかんだ言って山下のこと目で追ってるし」
「え?そうなの?」
「あぁ。例えば俺と話してても視界に山下がいるとチラチラそっち見てるし。『独占欲強いな』って言ったら『悪いかよ』ってなんか拗ねたような顔してたのは笑えたな」
佐藤はそのときのことを思い出しているのか、急に噴出した。
柚子葉もその会話がちょっと恥ずかしくて頬を赤らめた。
二人以外の周りの人はまだ柚子葉と深夜が付き合ってるのが信じれないようだ。
笑いが収まった佐藤が涙を拭いながら口を開く。
「なんか信じれないようだな」
「だって…柚子葉って真面目じゃない?そんな人と…」
「だ~か~ら~、山上も真面目なんだって。仕方無いなぁ…。山下、悪いけど携帯貸してくれる?」
「え?」
「それとアドレス帳から山上の番号出してくれる?」
「どうして?」
「いいから。頼むわ」
「う、うん。…はい」
「ありがと」
佐藤はそれだけ言うと携帯を耳に当てた。
どうやら深夜に電話をかけているようだ。
「あ、もしもし…。誰って山下の中学の同級生だけど?…は?…さぁ?あ、でも山下を好きっていうやつがチラチラこっち見てるけど。あ、切れた」
佐藤は笑いながら携帯を柚子葉に差し出した。
柚子葉は携帯を受け取りながら口を開いた。
「佐藤君、どういうこと?」
「ん?他の奴らが信じなかったから実際目で見たほうが早いかなと思って。普通に言ったって面白くないだろ?多分あいつここに駆け込んでくるんじゃないか?あ、あいつ場所知ってんのかなぁ」
「あ、それは大丈夫だよ。私が言ってあるから」
「そっか。どんぐらいで来るかなぁ…」
「えっと…30分ぐらいじゃない?」
「それまで楽しみだな。あいつ、汗だくでくるだろうなぁ」
佐藤はそれだけ言って別の場所に行ってしまった。
柚子葉は自分の携帯に一度目を向け、事情を話してしまおうかとも思った。
が、その前に部屋のドアが開けられた。
「柚子!」
「え?」
柚子葉が開けられたドアのほうを向くと深夜が息を切らして立っていた。