Sweet Valentine 後編
「う~、さみぃな…」
もう暦は二月だ。俺は自動車学校の帰り道で呟く。
学校は家庭学習の期間に入っている。俺も特に学校に行く用事はないんで一番近い自動車学校に通ってる。
…まぁ、二月に入ってから優衣と会う機会がないのが嫌だな。
一月まではちょくちょく学校の廊下とかですれ違ってたからあまり気にしてなかったけど年齢差があるのってきついなぁ。
そろそろあいつも期末試験の勉強とかするだろうかなぁ、その後でデートにでも誘うか。
俺が勉強を教えるわけにもいかんし。というか教えるほど頭が良くない…。
「…ん?」
なんか顔に冷たいものが…。
とか思ってるといきなり雨が降り出しやがった。こんなの聞いてねぇぞ。
「マジかよ…」
家まで走って5分ぐらいの位置だから、コンビニとかで傘を買うよりさっさと家に帰ったほうがよさそうだ。
…とまぁ、意気込んで走ったのはいいけど案の定びしょ濡れだ。
「ただいま…」
玄関を開けると普段家にあるはずのない靴が置かれていた。
どうやら優衣が来ているようだ。…久しぶりにあいつが家に来たな。
とりあえずこのままだと風邪引きそうだ。シャワーでも浴びて体を温めるか。
「あら、おかえり」
「…ただいま」
洗面所に向かっているとリビングから母さんの声が聞こえたんでとりあえず返事だけ返す。
なんか本当に疲れた…。寒気もする。
「あ、衛!待ちなさい」
「何をよ…」
返事するのも面倒くさくて洗面所のドアを開けながら母さんの声に返事をする。
ドアを開けると…
・・・
「だーかーらー、悪かったって言ってるだろうが…」
「うー…」
「俺だって唸りてぇよ…。見ろよ、この傷」
俺は自分の部屋で謝っているが、俺の顔には立派な手形と青あざができてる。
片方は母さんから強烈なビンタをくらった跡。もうひとつは…
「俺はお前がいるとは知らなくて開けたんだぞ?それなのにコップを投げてきやがって」
「だって…突然だったからつい」
「あのなぁ…。当たり所が悪かったら笑い事じゃすまなかったんだぞ?分かってるよな、優衣?」
俺の言葉に渋々ながら優衣が頷いた。
そう、俺が洗面所のドアを開けたら下着を付けてる最中の優衣がいた…。
優衣も俺の家に来るときに夕立にあったようだ。それで母さんに勧められてシャワーを浴びたらしい。
とはいってもそんなことを俺が知るわけもなく…開けたらすぐにコップが凄いスピードで飛んできて俺のおでこに当たって、それから母さんにビンタ…。
なんか理不尽さを感じるのは俺の気のせいなのか…。優衣はまだ落ち込んでるようだ。
「なぁ、優衣…。そんなに嫌だったのか?」
「当り前じゃないですか!…もうお嫁に行けない」
…なんかこの言葉ってマンガとかでもよく耳にするけど本当に言うやついるんだ。
でも、優衣にそれを言われるのはなんかむかつく。
だいたいこのセリフってマンガとかでは裸を見られて恥ずかしくて、知らない人のところにお嫁にいけないっていう流れだろ。
ここで優衣が言うのはまったくもって納得できない。
「何でお嫁に行けないんだよ?」
「え?」
「俺のところに来ればいいだろ?」
俺の言葉に優衣の顔は一気に真っ赤になった。
それを見てつい俺は笑ってしまった。
優衣は笑った俺を見てからかわれたと思ったようだ。
「もうっ!からかわないでください!」
そう言って俺の部屋から出て行った。
階段を降りて行く音がするので母さんのところに行ったようだ。
「…別にからかってるつもりはないんだけどな」
勝手に優衣は俺がからかってると誤解してるつもりだが、俺はからかってるつもりなどない。
まだ俺と優衣は高校生だし、これからいろいろあると思うけどできれば…。
優衣と一緒に入れる時間が俺にとっても心が休まる時間だ。。
それから数分して優衣が戻ってきた。少しは落ち着いたようだ。
俺はベッドに寝転がってマンガを読んでいた。そのままの体勢で優衣に声をかけた。
「よぉ、もう大丈夫なのか?」
「はい…。…あれ?先輩これって?」
「ん?」
これって言われて俺の視界に入ってないものを指差されても何のことかわかるはずもない。
俺は体を起して優衣が『これ』といったものを見る。
「あぁ、それね」
「一人暮らしするんですか?」
「あ~、まぁその考えもあるってこと」
部屋にある簡易テーブルの上に置いてた賃貸雑誌を見つけたようだ。
特に隠してるつもりもなかったから優衣に見つかっても別にいいけど。
「どうしてですか?だって、この家から通えるところじゃないですか」
「まぁ、一度一人暮らしはしてみたかったし。就職も決まって自立するにはいいきっかけだろ?」
俺は進学ではなく就職を選んだ。
就職先は地元の工場だ。この家からでも十分通える範囲にある。
だけど、いつまでも親元で甘えるわけにもいかない。将来のことを考えると一度一人暮らしをしていたほうがいいと考えた。
「まぁ、まだ父さんと母さんには話ししてないけど。できれば一人で生活してみたいなぁと思ってる」
「そうなんですか」
「それに一人暮らしのほうがお前ともゆっくりできるだろうし」
「え?」
「俺の家に来れば、母さんがお前とほとんど話すし。かといってお前の家に行けば、おじさんに俺が捕まってなかなか話せないし」
たまに部屋で映画を見ようっていう話になるけど、本当になかなかそんな機会はない。
従兄妹だからってこともあるだろうけど、母さんは優衣のことを気にいってる。下手したら俺よりも優衣のほうを大事にしてるんじゃないか…。
逆に、俺はおじさんに捕まる。特に何をするわけでもなく、ただおじさんの隣にずっと座らされる。
…そりゃあ、嫌われるよりはいいと思うけどたまには、家の中で二人でゆっくりする時間も欲しいと思う。
それも一人暮らしをする理由の中に入ってる。
「というわけで、一人暮らしをするのが決まったらお前も部屋探し手伝って」
「え?私もですか?」
「当り前だろ。お前にも使いやすい部屋を探したほうがいいだろうし」
「どうしてですか?」
「どうしてって…」
…まさかこんな返しが来るとは。分かりにくいとはいえ結構な告白をしたと思うんだけど。
まぁ、優衣だし仕様がないか…。これから優衣の高校生活がちょっと心配になってきた。
優衣の友達がガードしてくれてるみたいだから大丈夫とは思うけど。
「そりゃあ、お前も家に来る可能性もあるから」
「…まぁ、あると思いますけど」
なんとなくそれなりの理由で優衣は納得したようだ。
…まだ優衣には早すぎたかもしれない。そういえば、優衣が家にきた理由を聞いてない。
「そういえば、優衣何しに家に来たんだ?」
「え?」
「なんか目的があったからだろ?」
「…先輩、これ」
恥ずかしそうに優衣は隣に置いていた袋を俺に差し出してきた。
さっきから大事そうにしてたから気にはなっていた。
…でも、何なんだこれ。とりあえず開けてみよう。
「…あ、今日はバレンタインか」
袋の中にはチョコレートが入っていた。
そういえば、今日は二月十四日。バレンタインデーだ。
毎日自動車学校への往復で日にちとかあまり気にしてなかった。
「先輩、気付いてなかったんですか?」
「自動車学校にしか行ってないから今日が何日とか気にしてなかった。曜日だけは気にしてたんだけどなぁ。…これってもちろん本命だよな?」
「…はい」
優衣が恥ずかしそうに頷く。
俺はチョコを簡易テーブルの上に大事に置いて優衣を抱きしめる。
「サンキュ。おいしくいただくな」
「…初めて手作りしたから自信ないですけど」
「…手作りってお前の?」
俺の問いに優衣が頷く
まさか、手作りとは思ってなかった。優衣を抱きしめるのをやめて、さっきテーブルの上に置いたチョコを取りだす。
…確かに店のものに比べてラッピングが雑といえば雑だ。とりあえずラッピングを外す。
「え!?先輩、今開けるんですか!?」
「自信ないんだろ?だったら、今食べて評価してやるよ」
ラッピングを外して蓋をあける。
蓋をあけたら甘い匂いがする。これは結構甘くしているようだ。
とりあえず端のほうを割って口に入れる。
「…どうですか?」
俺が口に入れた後何も言わないので優衣が心配そうに俺の顔を伺う。
俺はそれには答えず同じようにさっき割った場所の近くを割って優衣に差し出す。
「え?」
「食ってみろよ。ほら、口開けて」
「え…。自分で食べます」
「チョコが溶ける。ほら、早く」
「う…」
聞く耳持たずの俺に観念したのか優衣は口を開ける。
そこにさっき俺が割ったチョコを放り込む。
「どうだ?」
「…先輩がおいしくないと意味ないんです」
「上手いよ。俺が甘いの好きだって知ってるからこれだけ甘くしてくれたんだろ?」
「…はい」
チョコは文句なく上手かった。
俺の好みを知ってるからだろう店のよりかなり甘くしている。
ちょうど俺が好きな甘さだ。
「サンキュ。この甘さがちょうどいい」
「…よかった。甘すぎるかと思って心配しました」
「本当にありがとな」
俺はもう一度優衣を抱きしめる。
そして、優衣に顔を近づけると優衣は眼を閉じる。
俺も目を閉じて唇を合わせる。
合わせた唇からは、今までに感じたことのない、とても甘い幸せな味がした…。




