寝不足 後編
何時間寝ていたか分からないが、寝ていた衛は誰かに体を揺すぶられ起こされた。
寝ぼけながら衛が目を開けると英雄が苦笑いをして立っていた。
衛は優衣を起こさないようにベッドを抜け出した。
「衛、なんでここに優衣ちゃんがいるんだ?」
「こいつ捻挫しちゃったんだ。で、おばさんもいないだろ?だから、とりあえずうちに連れてきた。…今何時?」
「19時30分。何時から寝てたんだ?」
「え~と…家に帰ったのが16時30分ぐらいだったから17時ちょいすぎぐらい?」
「そうか」
「あ!?おじさんは?」
「ん?武君ならまだ来てないみたいだな」
「あ~…助かった」
「この光景見たらお前ただじゃすまなかったぞ?」
「分かってるって。おい、優衣。そろそろ起きろ」
武の娘命の姿を知っている英雄は笑いながら衛をからかい、衛も笑顔になった。
そろそろ起こそうとベッドを降りた衛がまだすやすやと寝息を立てて寝ている優衣の体を揺さぶる。
何度か揺すぶると優衣は眼をゆっくりと開けた。
「…おはようございます」
「おはやくないけど、おはようございます。ほれ、そろそろおじさんが迎えに来るんじゃないか?」
「…そうですね。あ、おじさんお帰りなさい」
「はい、ただいま」
優衣は今英雄に気付いたのか頭を下げて挨拶をし、英雄もそれに笑顔で返す。
英雄は衛に声をかける。
「何も食ってないんだろ?下に弁当買ってきてるから食べよう」
「へ~い。やっぱり料理ができないとこういうときって不便だよなぁ」
「あぁ。かといって普段は母さんがいるから覚えようっていう気になれないしなぁ」
「まったくだ。さて、優衣。下に行くぞ」
衛はベッドを降りると当然のようにベッドの傍に屈んだ。
その行為の意味するところが分かっている優衣は衛の背中に乗った。
「たびたびすいません」
「もういいって…。父さん、先に行って」
「分かった。じゃあ、先に行くよ」
英雄は衛が出やすいようにドアを開けっ放しにして階段を降りて行った。
そういった気遣いに感謝しつつ衛ももう一度優衣を背負いなおして階段を降りる。
降り終わると家のインターホンが鳴り響いた。
スーツの上着を脱いで腕まくりをした英雄がリビングから出てきた。
「恐らく武君じゃないかな。僕が出るから衛は優衣ちゃんを座らせて。その状態でも危ない気がするから」
「確かに」
衛がリビングに入ったのを確認して英雄は玄関のドアを開ける。
やはりインターホンを押した主は武で肩で息をしているところを見ると走ってきたようだ。
「やぁ、武君。おかえりなさい」
「ひ、英雄さん。ゆ、優衣は?」
「リビングで座ってるよ。もうご飯食べたかい?弁当を買ってきたんだ。君のもあるから一緒にどうだい?」
「あ、いただきます」
英雄の言葉に武は息を整えて頷き家に上がる。
英雄達がリビングに入ると椅子に座っている優衣と弁当を温めなおしている衛の姿があった。
入口に入ってきた武に気付いた二人が声をかける。
「お父さん、おかえりなさい」
「おかえりなさい、おじさん」
「ただいま、優衣。それよりも足は大丈夫なのか?」
武は衛には答えず優衣のほうに近づく。
衛と英雄は顔を見合わせると苦笑いを浮かべる。
武が心配そうに優衣の足を見るが当の本人は大丈夫だと笑顔を見せる。
「大丈夫だよ。家に帰ってから衛先輩が包帯を付けなおしてくれたから」
「衛君が?…僕が付けなおすよ」
「え?」
「ほら、僕は小さいころからいろんなことをしてきたからこういう怪我の処置は慣れてるから。外すよ?」
「大丈夫だってば」
「でも…」
「武君、優衣ちゃん。ご飯にしよう。優衣ちゃんは好き嫌い少なかったよね?」
優衣がどう断ろうか困っていると英雄が二人に声をかけた。
英雄のほうを見ると苦笑いともとれる笑顔だったので助け船を出してくれたのだと分かった。
「えっと…衛先輩よりは少ないかとおもいます」
「なら、多分大丈夫。衛、優衣ちゃんが移動しなくてすむからリビングで食べよう」
「うぃっす。じゃあ、父さんは麦茶持ってきて」
衛が温めなおした弁当を、英雄は麦茶を持って優衣達が座ってるリビングに持ってきた。
食事の準備をしていると衛に武は敵意の目を向ける。それに衛や英雄は気付いているがなるべく触れたくないのだろう、何も言わない。
食事中は武の敵意も薄れ楽しい食事の時間になった。
先に弁当を食べ終わった衛と優衣はごみの片づけを始めた。
とはいっても捻挫をしている優衣を無理させるなという武の無言の圧力を受けた衛が率先して動く形になった。もともと優衣に無理はさせないつもりではあったが…
ごみの片付けも終えた衛は冷たいジュースを優衣のものと二人分入れてリビングに戻った。
「ん。オレンジジュース入れたから」
「ありがとうございます」
「い~え」
「そういえば先輩?」
「ん~?」
「なんで私の横に寝てたんですか?」
「ぶっ!?」
「なっ!?」
衛は飲んでいたジュースを吹き出してしまい、武は一気に目を鋭くして衛に視線を向ける。
優衣を起こした時は衛はベッドを降りていたので優衣が知ってるはずはないのだが…
「ゆ、優衣?俺は優衣の隣で寝てなかったと思うんだけど?」
「え?でも、私が途中で目を覚ました時目の前に衛先輩の顔があったから私吃驚したんですけど」
「いや、それは…」
「衛君…、ちょっと向こうでお話ししようかぁ~」
衛の言葉を遮るように武が衛の肩に手を置く。いや、掴んだというほうが正しいかもしれない。
それぐらい力が込められている。衛は空笑いを浮かべるしかなかった。
「いやぁ~、僕には無いですけど」
「僕にはあるんだ。さ、行こうか」
衛は武に引きずられるように部屋を出ていく。
優衣は英雄に声をかける。
「おじさん、私何か変なこと言いました?二人で昼寝した理由を聞いただけですけど…」
「いや、優衣ちゃんが悪いんじゃないよ。そうだ、ケーキもあるけど食べる?」
「え!?食べます!」
二人が出て行ったことを不思議がる優衣に英雄は話題を変えるかのようにケーキの話題を出し、優衣もそれに乗ってきた。
だから、優衣は気付かなかった…。他の部屋から聞こえる何かが暴れるような音に…。
日曜日。旅行から帰った栄美が衛の顔を見て一言。
「あんた…その顔どうしたの?」
「…聞くな」
衛の顔には数日の間青アザが消えなかった…




