寝不足 前編
部屋のクーラーが壊れてしまった優衣は寝不足になってしまい…
「ふぁ~あ…」
優衣の口からあくびが零れる。
弁当を食べ、5時間目の眠たくなるような授業も終え、今は6時間目の体育の時間だ。
男子は外でサッカーをしており、女子は体育館でバレーをしている。
今は3チームに分かれて対抗戦をしていて、優衣は今は待ち時間となっている。
「ふぁ~…」
優衣の口からまたあくびが零れる。
その音が聞こえたのか近くに座っていた美樹が声をかけてきた。
「なんか今日眠そうだね」
「うん…、昨日暑苦しくて寝付けなくて」
「でも優衣の部屋って冷房ついてなかったっけ?」
「壊れてるの…。だから、今日はほとんど寝てないの」
優衣は気を抜いたらそのまま眠りそうな顔をしている。
美樹がもう一度声をかけようとすると体育館にホイッスルの音が響く。
試合が終わって次に優衣のチームの試合が始まる。同じチームの美樹が優衣に手を差し出す。
「優衣、大丈夫?」
「…うん。大丈夫」
優衣は美樹の手を取って立ち上がると数度頬を自分の手で軽く叩くとコートの中に入った。
試合が始まり、優衣も何度もレシーブをしてチームに貢献した。
だが、試合が進むにつれ眠気からか優衣に集中力がなくなってきた。数秒ボーっとしていると美樹が叫び声をあげた。
「優衣、危ない!」
優衣がはっと前を向くとバレー部の強烈なスパイクが優衣に向ってきていた。
・・・
放課後。
優衣は保健室でベッドに横になっていた。
養護教諭は何かカルテを書きながら優衣に話しかけた。
「それにしても…顔に当たらなくてよかったわね」
その言葉に優衣は苦笑いを浮かべる。
そう、優衣はバレー部の強烈なスパイクを間一髪よけることはできた。だがそのときに足を捻ってしまい歩くだけでも顔をしかめるぐらい痛めてしまった。
が、養護教諭の話だと安静にしていれば恐らく二日・三日で腫れはおさまるだろうとのことだ。
今日は金曜日で明日から土日なので家でおとなしくしていれば大丈夫だろう。
優衣がベッドで体を起こすとちょうどカルテを書き終えたのか養護教諭がこちらを振り返った。
「こらこら。無理したらだめでしょ。今迎えが来るから」
「はい」
今の養護教諭の質問に優衣が答えると保健室のドアが開く音が聞こえた。
優衣がそちらを向くと優衣の担任である沖田、それに優衣の従兄妹であり彼氏でもある衛が入ってきた。
沖田は養護教諭のところに向かい、衛は優衣に近付いてきた。
「捻挫したんだって?ドジだなぁ」
「うっ…。でも、どうして衛先輩がここにいるんですか?」
「おまえの家に電話してもだれも出なかったから俺が加藤に声をかけたんだ」
優衣の質問には衛ではなく、沖田が答えた。
「そうなんですか…」
「おい、なんでそんな嫌そうなんだよ」
「そんなことないですよ。でも、お母さんどこ行ったんだろ?」
「優衣、聞いてねぇの?」
「え?」
「おばさんと母さん二人だけで旅行行ってるんだよ。おばさんから何も聞いてねぇの?」
「あ…。あれって今日でしたっけ?」
「今日でした。というわけで、いくら待ってもおばさんが迎えに来ることはないってわけ」
「あら?加藤君と伊藤さんの親って仲いいの?」
衛と優衣の関係を知らない養護教諭が不思議そうに二人に話しかけた。
衛は優衣の隣に腰をおろして養護教諭を見上げなが養護教諭の質問に答える。
「俺と優衣は従兄妹なんですよ」
「…嘘でしょ」
「なんで疑うかなぁ…」
「それだけお前と伊藤は似てないんだよ」
「前にも言ったと思うんだけど、従兄妹ってそんなに似ないでしょうが。ったく、優衣帰るぞ」
「え?」
「送ってく」
「一人で帰れますよ?」
「だめだ。捻挫は癖がつくことだってあるんだぞ?」
「でも…」
「なんでこういうことで遠慮するかなぁ…。いい加減俺に甘えることを覚えろ」
「…じゃあ、お願いします」
「オッケー。とは言ってもなぁ…、優衣、前と後ろどっちがいい?」
「…なんか嫌な予感がする」
「気のせい気のせい。ほら、早く選べよ」
優衣は衛の顔を観察する。衛の顔はいつも優衣をいじめるときの意地悪な顔になっている。
ふと、衛の後ろに立っている沖田と養護教諭の顔を見えたが、二人は優衣たちのやりとりを楽しんでいるかのような顔になっている。
ひとつ溜息をついて優衣は衛の問いに一つの答えを出した。
「…じゃあ、後ろで」
「ちっ」
「何で舌打ちするんですか!?」
「べっつに。よし、なら後ろに乗れ」
「…え!?」
「足痛いんだろ?なら、俺がおぶって行ったほうがいいだろ」
「でも、だってまだ校内にたくさんの生徒がいるんですよ!?」
「そんなの俺の知ったこっちゃない。今はお前の足のほうが大事。それ以上ごちゃごちゃ言うと姫様だっこするぞ?」
「是非おんぶしてください!」
「ちっ」
「だから、何で舌打ちするんですか!」
「べっつに。なら、行くか。今はまだHR中のはずだから早めに出れば他の生徒に見つからなくて済むだろ。沖田先生、うちの担任に説明してもらえる?」
「あぁ。にしてもお前ら仲いいな」
「でしょ?」
衛はそういいながらベッドのすぐ傍で、優衣が背中に乗りやすいように中腰になる。
優衣はゆっくりと衛の背中に乗る。衛は優衣が乗ったことを確認してボソッとつぶやく。
「重い…。イッテェ!」
「何か言いました!?」
衛のつぶやきが聞こえていた優衣が衛の頭をはたいた。
「冗談だろうが!」
「衛先輩が言うと冗談に聞こえないんですよ!」
「なにを!?」
「なんですか!?」
衛と優衣の口喧嘩を見ていた沖田は一度溜息をついて二人に近づく。
「おまえらが仲いいのはわかったからさっさと帰れ。さっさとしないとHRが終わるクラスだって出てくるぞ」
「「はい、帰ります!」」
沖田の言葉に衛と優衣は声を揃えて答えるとそのまま保健室を出て行った。
残った沖田と養護教諭は出て行った二人を見て顔を見合わせる。
「本当に仲いいですね、あの二人」
「私も始めてみました。従兄妹の喧嘩というより恋人の痴話喧嘩みたいでしたね、さっきのやりとりも」
「…まさか、ねぇ」
「…まさか、ですよ」
そんなやりとりが保健室で交わされているということも知らずに衛と優衣はまた口喧嘩をしながら学校を後にした。




