叔父と甥 後編
6人は近くのファミレスに入った。
すぐ近くにあったのと、ゆっくり話すには最適だろうという事でこの場所を選んだのだ。
店に入り、話をする前にとりあえずメニューだけ決めることにした。
「皆メニュー決まった?」
「すいません…。まだ…」
英雄がある程度時間がたってから全員に聞いた。
だが、優衣だけがまだ決まってないようで申し訳なさそうに口を開く。
隣に座っていた衛が優衣が持っていたメニューを覗き込む。
「お前決めるの遅いなぁ…」
「だって、こういうの迷いません?」
「迷いません。大体食いたいの俺決まってるし。…で、どれとどれで迷ってんの?」
衛に言われて、優衣がメニューの中からパスタ二つを指差す。
それを見て、衛が『ふむ』と頷くと一つ提案をした。
「じゃあ、俺がこっち頼むからお前こっち頼めよ。で、半分こにすればいいだろ」
「え?でも…衛先輩、他の奴が食べたいんじゃないんですか?」
「別に俺はいいよ。二つの味を楽しめるからお得だし。多分ちょっと物足りないから二つとも大盛りで頼むけど」
「あ、はい。それなら…」
「父さん、俺ら決まったよ。店員、呼んでいい?」
衛の言葉に誰も反論しなかった為、衛は近くにおいてあったボタンを押す。
店内に『ピンポーン』という電子音が響き、衛達が座っているテーブルの番号が表示されるとすぐに店員がやってきた。
メニューを取り終え、店員が去っていくと武が衛に話しかけてきた。
「衛君」
「なんです?」
「優衣と仲がよさそうなんだけどなんで?だって、まだ知り合って二ヶ月とかそれぐらいでしょ?学校ではそんなに会わないって言ってたのになんで?」
車の中で武は亜由美からいつ再会したのかを聞いていたようだ。
突然の質問攻めに衛が戸惑っていると、武の左隣に座っていた亜由美がフォローする。
「あら。言ってなかったかしら。私と優衣、1ヶ月ぐらい姉さんの家に住んでたのよ」
「え?な、なんで?」
武が亜由美のほうを向く事で、武からの少し敵意を含んだ視線が逸れ衛は少し気が楽になった。
「だって、お父さんが出張に行って少しして姉さんと再会して、二人暮らしってことを伝えると『部屋が余ってるから一緒に暮らす?』って誘われたのよ」
亜由美の口から語られる内容に武は唖然としている。
また武は唖然としていて気づいていないが、衛と優衣は揃って苦笑いを浮かべている。
というのも、亜由美が語っている内容が事実ではないからだ。
いや、まったくの嘘というわけではない。
優衣一人だけだが、衛の家で約1ヶ月ほど同居していたのは本当だ。
だが、その理由は亜由美が入院してしまい優衣が一人で暮らすのが心配だからであり、亜由美と栄美が再会したのも病院だということも伏せている。
それはやはり武に心配させたくないからだろうからだが、程よく事実と嘘が組み込み真実に聞こえる内容にしたのが凄いと感じたのだ。
「で、でも…優衣は年頃の女の子なんだよ!?衛君は男の子なんだから、万が一のことがあったらどうするの!?」
「あら、万が一ってなに?」
「そ、それは…」
亜由美の問いに武は口篭ってしまった。
従兄妹とはいえ長い間会っていない若い男女が、一つ屋根の下に一緒に住む。父親として心配するのは仕方ないのかもしれない。
さらに言うと、その同居により衛と優衣は付き合いだしている。きっかけの一つに過ぎないが、あの日々の積み重ねによりお互いの存在が大きくなったのは間違いないだろう。
今が告げるタイミングなのかもしれない。今伝えると印象としては最悪かもしれないが、かといってこのままズルズルと行くと告げるタイミングがないかもしれない。
「お待たせしました~」
いざ告げようと意気込んだが、そこに店員が先ほど頼んだメニューを持ってきた。
もちろん全員分というわけではなく、できた人から順番に持ってきたのだが、まさしくタイミングの逃した瞬間だった。
(しくった…)
衛が心の中で悔やんでいるなか、一番最初にメニューが来たのは、亜由美だった。
亜由美は全員のが揃うまで待とうとしたが、先に食べていいと言われ少し迷ったがゆっくりと箸をつけた。
薦められて全く食べないのは失礼に当たると思い、かといって一人でバクバク食べるのもまた失礼だろうという事でゆっくりとしたペースで食べ始めた。
それから続々と頼んだメニューがやってきて、最後が衛と優衣のパスタだった。
他の人は定食だったこともあり、パスタだからもっと早めに来るかとも思っていたが一番最後だった。
取皿も持ってきてもらい、とりあえず食べれる分だけ取分けて食べることにした。
「お、これ上手いな」
「そうですね。ちょうどいい味の濃さですし」
衛と優衣では、普段は食べる量もスピードも違う。
だが、今日の衛は量はともかく食べる速度は優衣と同じぐらいだ。
恐らく無意識のうちに、衛が優衣に併せているのだろう。
そのことに当の衛と優衣は気づいていない。気づいているのは、衛のことを良く知っている英雄と栄美ぐらいだ。
食事を終えた一行は、食後のドリンクを飲んで一息ついている。
衛は優衣との交際を武に告げるタイミングを図っていた。
先ほど、同居の話が出たのがいいタイミングだったのだが…。
「そういえば…衛君は高校三年なんだっけ?」
と、そこに武が声を掛けてきた。
タイミングを図っていた衛だが、頭を切替えて武に対応する。
「え?あ、はい。そうです」
「彼女とかいるの?」
「え…」
まさかの質問に衛が口篭る。
だが、逆を言えば絶好のチャンスだ。
『優衣と付き合っている』と突然告げるのもおかしな話だし、これほど告げるのに適した話題はないだろう。
英雄や栄美も武に分からないように小さく頷いている。恐らく、『今告げろ』という合図だろう。
意を決し、衛は口を開く。
「叔父さん…、実は俺…優衣と付き合ってます」
「そうか、そうか。優衣とねぇ…、…なぁにぃ!?優衣と付き合ってるぅ!?」
最初は理解できなかったのか穏やかだったが、衛が言った内容を理解した瞬間立ち上がると店に響き渡るような大声で叫ぶ。
その声に店にいた人全員が武を見るが、当の本人は気づかずに衛を指差す。動揺からか、その指はプルプル震えているが…
「ゆ、優衣と付き合ってるっていつから!」
「付き合いだしてまだ1ヶ月たってないです」
「1ヶ月たってないって…もしかして同居したのがきっかけなのかい!?」
「まぁ…そうですね。それまで僕も優衣もお互いのことを知らなかったわけですし」
衛の言葉にさらに武は動揺したのか指の触れが大きくなった。
そして、今度は隣に座っている亜由美に向かって声を荒げる。
「ほら見なさい!同居なんかするから、優衣が…」
「優衣が…なんです?私はまーくんと優衣が付き合うことに賛成ですよ」
「なっ…!?」
自分の味方だと思っていた亜由美が、交際に賛成しているということを聞いて武は唖然とした。
武とは反対に亜由美は冷静なままだ。
「とりあえず座ったら?他のお客さんの迷惑でしょう」
亜由美に促され、武は衛を睨んだまま渋々座る。
「賛成とはいったいどういうことだ」
「そのままの意味よ」
「優衣はまだ16歳だぞ。誰かと付き合うなんてまだ早い!」
「恋をするのに歳は関係ないでしょう。それに、優衣が望んでまーくんと付き合ってるのにあなたはそれを反対するの?優衣の気持ちはどうでもいいの?」
「そんなことはない!」
「だったら、交際を認めてあげなさい。それに、まーくんがどんな子か私は知ってる。誰かまったく分からない子よりまーくんのほうが、私は安心して優衣を任せられるわ」
武と亜由美の口論をじっと聞いていた衛は少し居心地が悪かった。
自分のせいで、二人が口論している。かといって、今自分が口を挟める空気ではない。
その場に少しばかりの静寂な時間ができた。そして、その時間を破ったのは武だった。
「…分かった。二人の交際を認める」
渋々といった武の言葉に衛と優衣がホッと安堵の息をつく。
そして、亜由美や栄美たちもうっすらと微笑む。
「ただし!優衣を泣かすような真似をしたらただじゃ済まさないからね!」
「はい。もちろんです」
武の出した条件に直ぐに衛は同意する。もっとも、誰が好き好んで自分の彼女を泣かすのかとも思うが…。
衛の隣に座っていた優衣が笑顔で武にお礼を言う。
「ありがとう、お父さん!」
「優衣ぃ…。ちょっとトイレに行ってくる」
優衣の言葉を聞いて、武は寂しそうに席を立った。
それを見て、亜由美は少し呆れたように呟く。
「あらあら…」
「おばさん、助け舟を出してくれてありがとうございます」
衛は座ったままだが、亜由美に頭を下げる。
すると、亜由美は笑顔で頷く。
「そんなかしこまらなくていいわよ。さっきも言ったとおり、私は二人の交際を応援してるし。優衣も楽しそうだしね」
「それにしても…叔父さん、よくあれだけ優衣のことを大事にしてて長期出張行けましたね」
衛が先ほどの武の姿を思い出しながら亜由美に尋ねる。
あれだけ優衣のことを過保護に見ていたら出張など行きたくないだろう。
「あら、簡単だったわよ。『行かないと優衣の進学が…』って言ったらね」
「あはは…」
何気なく亜由美は言ったが、家族内とはいえちょっとした脅迫だ。
衛が乾いた笑いを浮かべ、次の質問を口にする。
「でも、出張中に連絡ってあまりなかったんですよね?もっと連絡しそうな感じがするんですけど…」
「行ってすぐに連絡があったのよ。でも、時差があって向こうが夜のときってこっちは昼でね。優衣とも話せないから、『夜ゆっくり休んで昼に思いっきり仕事したほうが早く帰れるんじゃない?』って言ったの。もちろん私も早く帰ってきて欲しいから本心だったんだけどね」
なるほど、と衛は思った。
優衣と同居していたときに一回も連絡が無かったのはどうしてかと思ったが、そういう経緯があったとは…。
衛が納得していると、亜由美が忠告してきた。
「そうそう。まーくん、気をつけてね」
「何をですか?」
「あぁ見えて、お父さん武道派だから。柔道・空手・剣道全て習ってたらしいのよ」
「え…」
「それに今でも鍛えてるのよ、あの人」
と、そこに武がトイレから戻ってきた。
とはいえ、用を足すよりかは気を落ち着かせるために言ったようなものだが。
武が席に着いたら、英雄が武に話しかける。
「武君、柔道とかしてるんだって?」
「え?あ、はい。小さい頃から親に道場に通わされて…。そこの道場は曜日毎に種目が違って、空手と柔道と剣道を習ってて段持ちです」
「今も通ってるの?」
「道場には行ってないですが、ジムに行ったりしてますよ。筋肉を落としたくなくて…」
「へぇ~…、凄いなぁ」
英雄は感心したように武を見ている。
英雄自身は、運動は苦手でどちらかというと文化系の人間だった。
口には出したことはなかったが、正直体育会系に憧れていた時期もあった。
英雄が武に色々と質問していたが、一区切りついたところで栄美が場を締めた。
その日の晩。
衛と優衣は携帯で電話をしていた。
話題はもちろん、武についてだった。
「にしても…やっぱり反対されたな」
『あはは…』
「おばさんが味方で心強かったけど。あれから、叔父さんなんか言ってた?」
『実はお母さんに聞こえないように何回か確認されました』
「確認?」
『本当に衛君と付き合ってるの?って』
「そっか。ま、これからゆっくりと叔父さんにも認めてもらうとするか」
『ですね』
「お前はいいよなぁ。俺の両親にも可愛がられて…」
『羨ましいですか?』
「そりゃ、目の敵にされるよりはいいだろ?」
『別に、お父さんは衛先輩のことを目の敵にしてるわけじゃ…』
「それは表現の一つだけどさ。でも、叔父さんからしたら、俺は娘を奪っていく敵なんだろうな。ま、だからといって俺は叔父さんに遠慮するつもりは無いけど」
『え?』
「まだ付き合いだして1ヶ月ぐらいだけどさ、お前と一緒にいるのって気が楽っていうか心が落ち着くっていうか…」
『言いたいこと、分かります。私もそう感じますし』
「だからさ、そういう人と出会えるって凄いことだと思うんだよ。だから、もし叔父さんに反対されても俺は諦めずに説得するつもりだった」
『先輩…』
衛の言葉を聞いて電話の向こうで優衣が嬉しそうに笑っているような気がした。
とたんに恥ずかしさが込みあがってきて衛は自棄のように叫ぶ。
「あ~も~、ガラにもなく変なこと言っちまった。忘れてくれ!」
『無理です。心の中にしまっておきます』
「それなら許す。口に出したら怒る」
『…恥ずかしいので口には出せないですよ』
「そっか。…でも、殴られるとか無くて本当に良かったわ」
『さすがにそう簡単に殴ったりはしないと思いますよ』
「いやぁ、そんなことないと思うぞ。俺いつか殴られると思ってるし」
『…なにする予定なんですか?』
「別になにもしないって。ただ、例えば…成人になってから二人だけで旅行に行くとかさ」
『あはは。その頃にはきっと落ち着いてますよ』
「だよなぁ。さすがに今はともかく優衣がもっと大人になれば落ち着くよなぁ。だから、早く大きくなってくれ」
『そんな小さな子供みたいに言わないでくださいよ…』
「俺よりも小さいじゃんか」
『衛先輩と比べたらほとんどの女性は小さいじゃないですか!』
電話でまた軽い口げんかを始めた衛と優衣。だが、二人とも楽しそうだ。
お互いを信じているからこそできる、この時間もまた二人が落ち着ける時間の一つだ。
この時間を楽しく過ごす二人。近い将来、衛が武に殴られる場面があるかどうかはまだ誰も知らない…。




