勇者と魔王の娘の話
――――かつて、“最強”と呼ばれた勇者がいた。
20年ほど前、世界を支配していた魔王を、たった一人で倒した。
世界を救った英雄。歴史の教科書にも、その名を連ねている。
現在、英雄の冠を我が物とした勇者は、王国一の美女である姫と結婚し、王となり国を統治し、華やかな生活を――――そんなことはなく、森の中に小さな小屋を建て、1人で住んでいた。畑を耕して野菜をつくり、たまに街に下りては、自身の作った野菜を売る。そんな質素な生活をしていた。
春先の今日、勇者はいつもと変わらず、農作業をしていた。
先日、作っておいた畝に種をまく。夏には、収穫ができるだろう。
一通りの作業を終えて、背伸びをする。最近、腰が痛い。
今も、現役の時並みに体を鍛えている。だが、もうアラフォー。勇者といえども、年には勝てない。体の衰えを感じる。
休憩しようと、小屋の中に入ろうとしたその時――――
「――――見つけた。勇者・・・!」
勇者が、振り向くと少女がたっていた。
見た目は、15,6歳位。すっとした顔立ち。美少女の部類に入るだろう。
しかし、頭には黒い角が生えており、眼はルビーの様に赤い。魔族だけが持つ特徴。腰には剣を差し、高位の魔族が着る伝統的な衣装を身にまとっている。
ルビーの様な眼は鋭く尖り、勇者をにらみつけている。
「私は、現魔王が娘、ハンナ=インフェルノ!先代魔王の仇、討たせてもらう!」
禍々しい黒い剣を抜き、勇者に向ける。
少女は、現在の魔王の娘、勇者が倒した魔王の孫娘らしい。
「・・・いつか来ると思っていた。とくに、今日はそんな気がしていた」
今日、“たまたま”小屋の外に立てかけておいた剣を手に取る。
勇者は、剣を抜くと鞘を放り投げて構える。
その構えから、歴戦の猛者特有の覇気を、魔王の娘は感じた。
冷や汗をかく。今日、自分は死ぬかもしれない。そのことが、脳裏をよぎる。
だが、絶対に仇は討つ。
魔王の娘は雄たけびを上げ、勇者に突っ込んでいく。
勇者と魔王の娘の戦いが始まった。
――――結果を言おう。勇者の勝ちだ。ものの10秒もしないうちに決着。
突っ込んでくる魔王の娘に対して、勇者は催眠魔法を使った。
小手調べのつもりだったが、魔王の娘はあっさりと眠ってしまい、盛大に地面を転がった。
唖然とした。まさか、剣を交える前に倒れるとは思わなかった。
「・・・まさか。こんなに弱いとは、予想外だ・・・」
勇者は、大きなため息をついた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「・・・は!ここは・・・?」
魔王の娘―――ハンナが目を覚ますと、木目の揃った天井が目に飛び込んできた。
眠る前の記憶を呼び戻す。――――そうだ。勇者に負けたのだ。催眠魔法を使われ、あっけなく倒された。屈辱だ。
だが、ここはどこだ。体を起こし、周囲を見渡す。どうやら、小さな部屋の様だ。自分は、木製の寝台に寝かされていたらしい。布団は、少し汚れており、男の臭いがする。
若干、不快だ、と感じていると、部屋の扉が開かれる。
「・・・おっ!ようやく目覚めたか。ハンナ、調子はどうだ?」
勇者が、部屋に入ってくる。
ハンナは、反射的に飛び起き腰に手をまわす。しかし、そこに剣はない。
慌てて、自分の格好を見る。着ているのは、ぶかぶかの男物のシャツだ。
「・・・なっ!?なに、これぇぇぇぇぇ!!??」
驚きのあまり、叫んだ。
「ああ、寝にくいと思って、脱がしておいたぞ。流石に、下着のまま寝かせるのは、どうかと思ってな。うちに女物の服はないから、俺のシャツを着せておいた」
勇者は淡々と説明する。
ハンナはすぐに理解した。勇者が自分の服を脱がして、素肌を見たことに。母親にしか、見せたことが無いのに。よりによって、祖父の仇である勇者に、こんな中年のおっさんに見られるなんて。
ハンナの顔は、みるみる赤くなり、涙目になる。
「こっ!このゲス野郎!クズ!破廉恥!死ねぇぇぇぇ!!!!」
枕など、手当たり次第に周りにあるものを、勇者に投げる。
今度は、勇者が驚く。
「おっ、おい!落ち着け!お前の思っているようなことは、何もしてない!ガキの体見て欲情なんかしないし、だいだい――――いてぇ!!」
質量のある置物が、勇者の頭に当たる。
ハンナが、落ち着くまで時間がかかりそうである。
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「はあっ・・・!はあっ・・・!」
投げる物がなくなり、ようやくハンナは落ち着いた。
「・・・やっと落ち着いたか。こんなに散らかしやがって」
部屋には、ハンナが投げた物が散乱していた。
勇者は、やれやれという顔をする。
「もうすぐ、飯ができる。あとで来い」
勇者はそう言うと、部屋を出て行った。
扉の外から、何とも言えないおいしそうな匂いが流れ込んできていた。
しばらくして、ハンナはそのおいしそうな匂いにつられ、部屋を出て行った。
部屋を出ると、勇者が鍋をかき混ぜていた。
匂いの正体はシチューだった。とてもいい香り。よだれが出てくる。
「来たか。そこに座ってろ」
勇者は、席に座るように促す。
ハンナは促されるまま、席に座ろうと――――そうではない。自分の目的を忘れかけていた。食べ物で、釣ろうとは恐ろしい作戦だ。
部屋の隅に自分の剣があるのを、見つけた。素早く、剣を手にして勇者に向け構える。
「・・・やめておけ。お前じゃ、俺にかすり傷すらつけれない」
勇者の言う通りだ。
両者には、絶対的な力の差がある。
「・・・私をどうするつもり?なぜ、殺さない?」
勇者の目的が分からない。なぜ、自分を生かしておくのか。自身の命を狙う存在など、すぐに殺すべきだろう。
勇者を睨みつけながら、ハンナは疑問を抱いていた。
「それは、お前を鍛えてやろうかと思ってな」
ハンナは、困惑する。勇者は何を言っている。勇者が魔王の娘を鍛える?そんなことをしても、百害あって一利なしだろう。
「意味の分からないことを。そんなことをして、何が目的!?」
「・・・俺はね、強い奴と戦うのが好きなんだ。だから、先代魔王――――お前の祖父との闘いはすごく楽しかった。七日七晩闘い、一瞬の気のゆるみが命にかかわる。血沸き肉躍る闘い。――――ハンナ、お前ともそんな闘いができると思っていた。だが、期待外れだった」
勇者は、がっかりだと言わんばかりの顔だ。
「ふざけるな!私は、お前なんかに鍛えてもらうほど、落ちぶれちゃいない!」
「ふざけちゃいないさ。お前は弱い。100年経とうと、俺の足元すら及ばない。母親と一緒で弱いままだ」
ハンナは、目を丸くして怒る。
母親である、現魔王のことを悪く言われてキレた。
「お母さんを馬鹿にするな!お母さんは、魔王として立派だ!おじいさんが、お前に倒されたことで、魔族は離散した。だが、お母さんは残党をまとめ上げて統治している!お前なんかが、お母さんのことを悪く言うな!!」
「別に馬鹿にしてない。――――だが、気に障ったなら謝る。確かに、相手が魔王の娘であったとしても、親のことを悪く言うなんて、勇者としてあるまじき発言だったな。すまん」
勇者は、あっさりと頭を下げる。
その様子に、ハンナは毒気を抜かれた。
「――――で、どうする?俺に鍛えてもらうのか、このまま家に帰るのか」
ハンナは悩む。悔しいが、このまま魔王城に帰ったところで何もならない。それだったら、勇者に鍛えてもらった方が、勝つ可能性が出てくる。近くで生活していれば、勇者の癖や弱点などが分かるかもしれない。だが、それは魔王の娘としてのプライドが許さない。
「ちなみに、帰るんだったら、飯は食わさないぞ」
「私を鍛えてください。お願いします」
即答、プライドよりも食欲が勝った。
「いただきま~す!」
「いただきます。ハンナ、寝室はお前が使っていい。俺は、そこのソファで寝るから」
「嫌、私がソファがいい。布団、臭かったし」
勇者は、悲しそうな顔をした。
――――この日、食べたシチューはどこか懐かしい味がした。
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次の日、2人は街に出ていた。ハンナの服など、日用品を買うためだ。
「ハンナは人間の街は初めてか?」
「うん。魔族の街はたまに行っていたけど、人間の街は初めて。――――これ、ほんとに大丈夫なの?」
ハンナは自分の角を触りながら問う。
一応、勇者の光魔法で他者からは見えなくなっているらしいが、少し不安だ。ちなみに、眼の色も服も普通の村娘にしか見えないようにしているらしい。
勇者は、大丈夫だと肯定する。
だが、すれ違う人々がこちらをチラチラと見てくるため、落ち着かない。なぜかと、勇者に問うと、「ハンナが美人だからじゃないか」と茶化された。それに対して、「勇者に言われてもうれしくない」と冷めた目でいうと、勇者は落ち込んだ顔をした。
勇者の落ち込んだ顔を見て、ハンナは少し気分が高揚する。
服屋に行くと、ハンナは勇者の娘だと勘違いされ、「可愛い娘さん」だと言われた。勇者は、知り合いの娘を預かっているだけだと、説明する。他の店でも、同様のやり取りが繰り返された。
ハンナは、勇者の娘と勘違いされたことには嫌悪感を覚えたが、可愛いと言われたことには素直にうれしかった。
――――今日は、少しだけ、ほんの少しだけ、楽しいと思える1日になった。
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さらに次の日、特訓が始まった。
「――――ってなんで、農作業をさせられてんの!?」
「さっき言っただろ。お前を鍛えてやるが、飯まで食わせてやる道理はない。飯が食いたいなら、仕事を手伝えって」
「私、魔王の娘なのに・・・」
「つべこべ言わずに、手を動かせ。勇者も魔王も関係あるか。働かざるもの食うべからずってな」
ハンナにとって、人生初めての農作業。慣れない手つきで、苗を植える。
たまに、植え方がなっていないと、勇者に叱られた。途中で投げ出してやろうかと思ったが、ご飯を食べられないのは死活問題だ。我慢した。
農作業が終わった。もう、日が沈み始める時間。
普段やらないことをやったせいで、体が悲鳴を上げている。特に、足腰が痛い。
だが、ハンナは何処か清々しく感じていた。達成感だ。
「さあ、特訓を始めるか」
同じ作業をしていたにも拘らず、勇者は全然疲れた顔ではない。
「ちょっと待って・・・!休憩させて・・・!」
「なんだ、だらしがないな。じゃあ、そこで見ていろ」
勇者は、剣を手に取ると一本の木に近づく。木の前で抜刀の構えを取る。
そして、一気に剣を抜き、木を切りつけた。あっさりと両断。まるで、豆腐でできていたのかの様だ。両断された木は、地面にたたきつけられるように倒れた。
ハンナは、“すごい”という感想しか出てこなかった。自分にはできない芸当。できるのは、せいぜい木の皮を切り落せるくらいだ。勇者にやってみろと言われ、やってみた。案の定、表面に傷がついただけ。勇者には、がっかりだという顔をされた。
後で、剣の扱い方を教えてもらった。切るコツや、体勢、抜刀の仕方など。剣に慣れるためには、毎日素振りした方がいいことも。
この日から、毎日千本の素振りを課せられた。
――――この日の夕食は、格別だった。ハンナは、労働後の飯のうまさを覚えた。
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魔王の娘と勇者の生活は、こうして始まった。
朝起きて一番に素振り千本。朝食を食べた後に、農作業。農作業が終わってから特訓。
これが、基本的な一日。たまに、野菜を売るために街に行く日もある。
ハンナは、様々なことを教わった。剣術や魔法、体術などの戦闘技術は言うまでもなく。農業の仕方や、物を売買するときの交渉術、料理なども、勇者は丁寧に教えてくれた。今まで、ハンナが知らなかったことばかりだ。他にも、人間と魔族の歴史や文化の違いなどの話もしてくれた。
流石、かつて世界中を旅していただけあって、物知りだ。ハンナは、わずかではあるが勇者に尊敬の念を抱き始めていた。
――――ある日の夕食時――――
「今日も、ご飯がおいしい!おかわり!」
「相変わらず、よく食べるな。太るぞ」
勇者はあきれながら、差し出された茶碗を受け取る。
「成長期だから大丈夫、大丈夫!勇者の癖に一言余計。――――そういえば、勇者って本当の名前って何ていうの?」
「急にどうした?そんなこと聞きたがるなんて」
「いや、なんとなく気になって。街の人も勇者様としか呼ばないし」
「そういうことか。俺の名前は――――いや、言うのはやめておこう。ハンナが俺に勝った時に教えてやるよ。まあ、そんな日は来ないと思うがな!つまり、ハンナが俺の名前を知ることは永遠にないわけだ!」
「なんですって!!今に見てなさい、すぐに倒してやるんだから!!」
ハンナを馬鹿にしながら、勇者は笑う。それに対してハンナは怒る。この日の食卓にも笑顔が溢れていた。
――――ある日の特訓時――――
「てやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ハンナは、気合を入れた声とともに木を切りつけた。刃先が、幹の真ん中ほどまでめり込んだ。特訓初日に比べると、大きな進歩である。
ハンナも自分の成長を感じていた。
「見て、見て、勇者!」
「見てる。見てる。だいぶ成長したな、ハンナ」
ハンナの頭を撫でる。ハンナは、勇者に褒められたことで嬉しそうだ。
「えへへ・・・――――って、勇者に褒められても全然嬉しくないんだから!」
「照れなくてもいいんだぞ」
ハンナは赤くなった顔でにらみつける。だが、勇者は温かい顔を向けてくる。誰かが2人を見ていたら、ほのぼのとした雰囲気と感じただろう。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ハンナが勇者と過ごし始めてから1年が経った―――
「ハンナ、お前がここに来てから1年が経つな」
「もうそんなに経つのね。1年前と比べたら、だいぶ強くなったでしょ」
「そうだな。――――だから、そろそろ決着をつけよう」
一瞬、周囲が静寂に包まれる。ハンナは、目を見開いた。
「な、なにを言ってるの?まだ少し早いんじゃない?私はまだまだ勇者に敵わないし!」
「もう、十分だ。お前は強くなった。これ以上、必要ない。どうせ、いつかは白黒つけねばならないだろう。――――明日の9時に小屋の前で開始だ」
「ちょっと、待って!」
制止の声も聞かずに、勇者は寝室へ入り扉を閉めた。
ハンナは1人リビングに残された。頭を抱える。勇者との決着。急すぎる話だ。そもそも、なぜ勇者は決着をつけようなど言ってきたのか。まだ、両者の間には力の差が存在する。確かに以前よりは強くなったが、まだ勇者の命を脅かすほどではない。これでは、勇者の求めるような強者同士の命ギリギリの闘いにはならないだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。ハンナにとって勇者の思惑などは関係ない。正直、勇者と闘いたくないと思っていた。自分が死ぬかもしれないから――――それもあるが、1番の理由ではない。
この1年間、充実していた。1日1日、自分が強くなっていることを実感できた。今まで知らなかったことを知ることができ、毎日が発見の連続だった。街の人たちとも仲良くなった。全部、勇者のおかげだ。いつしか、勇者のことを尊敬し、父の様に思うようになってきた。ばかげていると、思われても仕方ない。本当の父は、私が物心つく前に病気で死んだと、母である魔王から聞いた。だから、勇者と生活して、勇者のことを、父がもし居たらこんな感じだったかもしれないと、思ってしまった。
この日、ハンナは寝付けなかった。
次の日、ハンナが起きると、すでに勇者は小屋の前で待っていた。ハンナは急いで着替えると、小屋を出る。
「おはよう、ハンナ。昨日はよく眠れたか?」
いつも変わらない感じで勇者は話しかけてくる。ハンナは、自分だけ悩んでいたのかと思うと、少しイラついた。
「勇者のおかげでよく眠れたわよ!」
「そ、そうか――――じゃあ、そろそろ始めるか。殺す気で来い」
勇者は剣を構える。
「ね、ねえ、やっぱりやめにしない。話があるんだけど」
「話なら終わった後でいくらでも聞いてやる。俺からも、話さなくてはいけないことがあるしな。――――いくぞ!」
勇者はハンナに突っ込む――――その時
「ハンナ様!勇者殿!大変!大変です!!」
2人の頭上から、声がした。そこには、1匹のコウモリが飛んでいた。
声の主で、魔族であるコウモリが、2人に近づく。
「魔王様が危篤状態です!すぐに、魔王城にお戻りください!」
「どういうこと!?なんでお母さんが!?」
「実は以前から患っていた持病が悪化したらしく、急に倒れられまして・・・。専属医の話では今日が峠だと・・・」
「――――そんな・・・」
ハンナはその場に座り込んだ。
ここから、魔王城まではどんなに急いでも2日はかかる。死に際を看取ることさえできないかもしれない。
「――――おい、ハンナ掴まれ。転移魔法を使う。お前もだ」
勇者がハンナの手をつかむ。逆の手でコウモリもつかんだ。
一瞬、景色が変わる。ハンナにとって見慣れた一室。魔王である母の寝室だ。部屋の中央にある天蓋付きの寝台の上に1人の女性が寝ていた。ハンナとよく似た顔立ちで、美しい顔をしている。ハンナの母である魔王。
寝台の隣には、白衣を着た人狼が椅子に座っていた。魔王の専属医である。
ハンナは母である魔王に近寄った。
母に呼びかけ、手を握った。ハンナは手を握った瞬間驚く。手がとても冷たい。思わず、手を放してしまった。
「・・・今朝、お亡くなりになりました」
専属医である人狼がそう答えた。
その言葉にハンナが固まった。母が亡くなったなど信じられない。
母に何度も呼びかける。しかし、反応はない。徐々に母の死を実感し、涙がこぼれてくる。母の体に布団の上から縋り付き泣いた。部屋に、ハンナの泣き声が響いた。
「――――おい、いい加減にしろ。ハンナがかわいそうだろ」
「え・・・!?」
母である魔王の体が震えだす。そして、笑い声が聞こえ始めた。
そして、死んだはずの魔王が体を起こした。
「やっぱり、バレてましたか」
「当たり前だ。昔、使った手と同じことしやがって」
「流石は、あなた。でも、若いころを思い出したんじゃない?」
「まあ、確かに・・・ってそうじゃない!なんでこんなことしたんだ!」
「だって!寂しかったんですもの!去年は、あなた来ないし、ハンナもあなたの元に行って帰ってこなかったじゃない!」
「そ、それは悪かったな」
勇者と魔王との夫婦のような会話を聞きながら、ハンナは唖然としていた。
「どっ、どういうこと!?」
ハンナは2人に尋ねる。
「どういうことって、コイツが寂しすぎて、嘘ついて俺たちを帰ってくるように仕向けたんだよ」
「・・・あなた。ハンナが聞きたいことは、たぶん違うわよ。私たちの関係性についてじゃない?あなた、まだ話してなかったの?」
「今日、話すつもりだったんだよ・・・」
魔王はあきれた顔をした後で、神妙な顔になりハンナの方を向く。
「ハンナ、今まで隠していてごめんなさい。――――実は、勇者は私の夫で、ハンナのお父さんなの」
ハンナの顔が固まる。母の言っている意味を理解するのに、時間がかかった。
「どういうこと!?お母さんと勇者が結婚するってこと?」
「そうじゃなくて、ハンナの本当のお父さんが勇者ってこと」
「でも、私の本当のお父さんはずっと前に死んだって・・・」
「あれは嘘よ」
「えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
急すぎて、理解が追い付かない。
とりあえず、勇者が自分の本当の父なのだとは、分かった。嬉しいような、悲しいような複雑な気持ちだ。
「ねえ、勇者。なんで今まで黙ってたの?」
「・・・だって、ハンナが俺のこと父だって知ったら、本気で闘ってくれないだろ」
「そんなことはないよ。むしろ、本気が出せるわぁぁぁぁ!!!」
ハンナの渾身の一撃が勇者の頬を打つ。娘に殴れた父は壁にぶつかり、悲鳴を上げる。
「勇者なんか嫌い!2度と口なんか利かない!」
「そんな!何でもするから許してくれ!」
「・・・じゃあ、勇者の名前教えてよ」
「それは、お前が勝ったら教えてやる約束だっただろ!」
「お父さんの名前は、ハンナと一文字違いよ」
「おい、お前言うなよ!」
「ヒントくらいいいでしょ」
「やっぱり、2度と口きかない!」
「そんな、ハンナ~」
すっかり蚊帳の外であるコウモリと人狼は、家族のやり取りを微笑ましく見ていた。
ハンナが勇者――――父の名前を知るのはもう少し先になりそうだ。
――――これは、『“勇者と魔王”の娘の話』