第6話 思い出2
今回はベル視点です
次回更新は21日です
夢を見た。
遠い昔の温かい思い出。
「なあ、こんな寒い中流星群を眺めるようなんてどうかしてんじゃないか、ソラ」
夕飯を食べ終えた俺は、弟のハープと魔法の師匠であるソラと一緒に、近くの小高い丘に訪れていた。
確かあの頃は冬の中でも特に寒い時期だった思う。少し厚着した程度ではとてもその寒さを防ぐことができず、俺はぶるぶると体を震わせながら丘の上に立っていた。
魔法を使えば体を温めることが出来るけれど、師匠であるソラはそれを許さなかった。
ソラ曰く、
――魔法は便利だけど、頼りきってはダメ。
――人は環境にある程度適応する能力があるのだから、自分を甘やかさないこと。
――魔法は精神的な部分が影響する場合もあるから、これも修行。
とのことらしい。
『えー魔法で何でもできるようになれば、食っちゃ寝出来るじゃん』
『ベル。あなたって子はろくでもないことばかり考えてるのね』
『ははは、兄さんは日向ぼっこが好きだからね』
本気でそんなことを思い、ソラに呆れられ、ハープに苦笑された。
でも、ソラもソラで炊事洗濯が壊滅的ではないにせよ、皿を割るなどの失敗ばかりが多く、よく魔法で修復しているので説得力に欠ける。
まあ、それは置いとく。魔法さえ使えれば楽なのにと思うのだが、魔法の修行といわれてしまえばいうことを聞くしかない。
俺はソラに憧れて魔法を学び始めたのだから。
「ベル。ソラじゃなくて、ソラ先生よ」
「えーソラで良いだろ」
前を歩いていた華奢な身体つきをした女性――ソラは、透き通るほど薄いピンク色の髪を翻しながら振り返った。そして、全くよどみのない碧色の瞳で俺を睨みつけてきた。
「だーめ。私はベルとハープの魔法の先生なの。だから、先生って呼びなさい!」
ソラは人差し指を立て、腰に手を当て、学校の先生のように抗議する。
俺は隣に立つハープに視線を向けた。
「なあ、ハープはどう思うんだ?」
「僕は兄さんと同じかな」
「なっ………………は、ハープまで。私ってそんなに先生らしくないのかな」
ハープの素直な言葉にソラは肩を落とす。
どうやら彼女は、俺とハープの中では魔法の先生という立ち位置でいたいらしい。
「確かに先生といえば先生だけど………………どっちかっていうと、ドジは多いけどいざというときは頼りになる姉っていう感じだからな」
「ははは、確かに。ソラはお姉さんっていう感じだよね」
ハープは笑いながら頷く。
「そ、そんなぁ……」
俺の言葉とハープの同意という波状攻撃を受けたソラは、もはや肩を落とすどころか肩が外れそうなほど落ち込んでしまっていた。
その様を見ていると、何だか哀れとしか言いようがなくなってくる。
ハープに関していえば、もう苦笑いしっぱなしである。
「だ、だったらせめてお姉ちゃんって呼んでほしい」
「却下」
「ど、どうしてなのっ⁉」
ソラの絶叫がやたら頭に響く。
隣のハープを見ると、俺と同じように迷惑そうに表情を歪めていた。
ソラは即答した俺の顔を子供っぽく頬を膨らませ睨みつけてくる。だが、俺は今もなお肌を裂くかの如く体の内側に染みわたってくる寒さに耐えることに精一杯だった。
「別にどうだっていいだろー。それよりもさっさと流星群を見ようぜ。もう本当に寒くて寒くて仕方がない」
「はあ、もうベルったら………まあ、いいわ。これから根気強く言い聞かせていけばいいだけだし。ねえ、ベル。それにハープ」
「んだよ。寒いからあんまりしゃべりたくないんだけど」
「なに、ソラ?」
「何も言わず、私の傍に来て」
『?』
俺とハープはお互いの顔を見合わせ、首を傾げる。
――何なのかな、兄さん?
俺の顔を見ながら、ハープがそんなことを問いかけているような気がした。
俺は肩を竦め、
――さあ?
ソラが考えていることなどわかるはずがない。
「ほーら、二人とも来て。もう、仕方ない! えいっ!」
何時までたってもやってこない俺たちにしびれを切らしたソラは、傍に歩み寄り――、
「ちょっ、おまっ⁉」
「そ、ソラっ⁉」
「うふふふ、これならあったかいでしょ?」
突然、飛びつくように抱き着いてきたソラは、俺の左腕とハープの右腕に自分の腕を忍び込ませる。要するに腕を組んできたのだ。そして、華奢な身体つきをしている空からは信じられないほどの力で俺とハープを引っ張り、体を密着させる。
「お、おい……何すんだよ?」
「そ、そうだよ」
「だから、寒い寒い言ってるから、肩と肩をくっつけて暖をとろうとしているの」
「だからってな……」
これは目茶苦茶筈恥ずかしい。
決して豊かではないにしろ、それなりに大きさのある……その……あれだ、胸が腕に当たって言葉では形容できない程の恥ずかしさがある。
でも、ソラはというと一体何時どうやってだしたのかわからない毛布で、これまたどうやったのか俺たちに掛けていた。恐らく、魔法で毛布を呼び出して、念動力系の魔法で俺たちに掛けたのだろう。
というか、ソラは今の状況を全く何とも思っていないのかよ。
俺は高鳴る胸の鼓動を必死に落ち着かせようと、視線をさまよわせる。その際ハープの姿が見え、顔は笑っているが俺と同じように心を落ち着かせるために無理やり笑っていることが丸わかりだった。
「どう、温かい?」
「ま、まあな」
「う、うん」
色々な意味で認めるのはあれだが、確かに温かい。
ソラの腕は折れそうな程か細く、背中は木枯らし程度の風が吹くだけでも倒れそうだ。でも――それでも、ソラのこの温もりは脆くはなかった。
優しさと力強さある。
ソラ。
出会った当初から俺はこの名で呼んでいる。
先生、師匠、と呼び方は色々あるが、俺はどうにもそういう風に呼びたくなかった。何か特別な理由があるわけじゃない。
ただ何となく『ソラ』という、立った二文字の美しい響きのある言葉で呼びたかっただけだ。あの日、虚ろな瞳で燃えていく俺たちの故郷を見つめるソラと出会った時から。
彼女が彼女であるために俺は――いや、俺とハープは呼んでいる。
ふと、そんな時だ。
考えに耽っていた俺は、目の前に起こった出来事で我に返る。
『あっ』
ハープもソラも気が付いたようで、驚きの声を上げていた。
『――わあ』
俺とハープ、ソラの感嘆の声が重なる。
見上げた先――頭上の星空に、幾筋もの星の雨が降った。
次々に、その数は増していく。
一閃、二閃、と流れ星が、夜空というキャンバスに眩い流線を描いていく。
俺たちは先ほどまでの言い合いや肩と肩を寄せ合う恥ずかしさのことなんか忘れて、ただただその美しい光景に魅入っていた。
「綺麗ね」
「おう、スゲーな。ハープはどうおもう?」
「僕は感動してきたよ」
三人それぞれ感想を漏らす。
ふと、視線を隣のソラに向けると、そこには朗らかな表情を浮かべる彼女の姿があった。あの日、初めて出会った時の彼女の姿はどこにもなかった。
同じように穏やかな表情を浮かべるハープの顔を見て、俺は安堵しながら再び幻想的な星空に魅入った。
そのまま流れ星が見えなくなるまで見続けた俺たちが、翌日三人揃って仲良く風邪を引いたのは言うまでもない。
それもまた俺にとっては良い思い出だ。
いや、俺たちにとっては。




