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第5話 思い出

「さて、着いたよ」


 区切りのいい所でアルバイトを終えたベルを連れ、私はある場所にやってきていた。

 私がわざわざベルを連れてきた場所は。街近くの山斜面の中でも平たい場所を整えて造られた公園だ。

 マンションから遠いので普段はあまりこない。けれど、ここから見える星空は世界文化遺産に登録しようと考えるほど美しいニュージーランドのテカポと呼ばれる場所と同じくらい綺麗である。こういた場所にベルを連れてくれば、普段は面倒くさがりやで捻くれたことばかりしか言わない彼でも素直な言葉が聞けるのではと思いやってきた。

 それに、やはりこれまで長い旅をしてきたのだから、何か素敵な思い出を作ってほしかった。


「ここって俺が行き倒れていた広場とは違うな」

「ベルってば、行き倒れていたっていう自覚はあるんだね」

「まあな」


 どうやら本当に行き倒れていたという自覚は持っているみたいだ。

 私は心の中でため息を吐きながら、ベルの手を引っ張っていく。


「ほら、こっちだよ」


 そう言って私は街を見渡せる場所へ連れていく。そして景色が一望できるところまで来ると、


「おぉ――、」


 普段はあれだけ捻くれたことばかり口にするベルが、感嘆の声を漏らしていた。私はその様子をしたり顔で、口の端を持ち上げにやりとする。

 私たちが見渡す景色は、さすがにどこかの国みたいに何億年もかけて造った景色とはいかないけれど、色とりどりの光で照らされる街並みは綺麗だった。そして、その遥か頭上の星空は、あまり街灯のない公園で見るせいか一つ一つの星の光がはっきりと見え、言葉で言い表すことが憚れるほど美しい。


「ねえ、ベル。どうかな?」

「素直に綺麗だな」

「そっか。良かった」


 感嘆の言葉とは別に素直な感想を聞くことができ、私は表情を綻ばせる。


「でも、腹が立つ」

「え」

「お前に気を遣われてるのがとても腹が立つ。どうせ、旅生活が長くて辛いこともあったから良い思い出を――みたいな感じで連れだしたんだろ」


 まさにその通りで反論ができない。

 腕を組んで横目で睨みつけてくるベルの視界から逃れるように、私はぷいっと顔を逸らす。

沈黙は認めていること変わりはないが、ここで素直に認めてしまうとなんだか負けた様な気がして私も腹が立つからだ。

 微かにため息声が聞こえる。

 きっと呆れているからだろう。

だから、次にベルの口から出た言葉が意外だった。


「ありがとな」

「ふぇ?」


予想外の言葉に驚き、私は反射的にベルの顔を見た。

出会ってから極限にまで吹抜けた表情と余裕のある表情しか見せていなかったベルが、今は頬の筋をすべて緩ませて朗らかな表情をしている。

月の光でキラキラと輝く金髪と、ビー玉みたいに澄んだ空色の瞳がとても綺麗だった。

 妖精のような精霊のような、そんな幻想的な雰囲気がある。

 でも、それは一瞬のことだった。

 私の間の抜けた声を聞いたベルはすぐに口の端を持ち上げ、悪戯っぽい笑みを見せつけてくる。


「本当にお前って気を抜いている時は、間抜けな返事になるんだな」

「う、うっさい! ベルが悪いんだよ!」

「おい、何で俺が悪いことになるんだよ」

「何でもかんでもだよ!」


 上手い反論の言葉が思いつかない私は、強引かつ無理やりな言葉をベルに返した。

 ベルは私の内心を察したらしく可笑しそうに見ていた。

 そのまま私たちは特に会話をすることもなく、街並みや夜空に魅入っていた。

 そして、しばらく経ってから不意にベルが呟いた。


「なんつーか、昔、ハープやソラと見た星空に似てる」

「ハープに…………ソラ?」

「ああ、悪い。弟と俺に魔法を教えてくれた先生さ」


 淡々とした調子でベルは答える。

 けれど、どこかそれとは別の感情が、言葉の端々から感じられる。具体的にそれが何なのかと尋ねられると困るけれど、どこか沈んだようなものを感じた。

 その正体がわからないまま、ベルは言葉を続けていく。


「三人で外に出て、星空を見たっけな。その時は季節が冬季だったから寒くて寒くて仕方がなくて、三人肩寄せあって毛布一枚で寒さに耐えながら見たもんだ」


 私は懐かし見ながら呟く、ベルの言葉に耳を傾け続ける。


「あん時は確か流星群が偶々見えて興奮した。すごく綺麗で、幻想的で、楽しかった。まあ、次の日は三人揃って風邪を引いちまったけどな。でも、本当に楽しかった」

「そっか……ベルにもそんな思い出があるんだね」


 それはとても心地の良い思い出だ。

 綺麗で、温かで、言葉では表現のできない何かがある。きっと、ベルにとっては――ううん、あったことも話したこともないけれど、ベルだけじゃなく弟さんと魔法の先生にとっても大切な宝物なんだ。

 私は妙なむず痒さを感じて、何となく後ろ手に回した右腕を左手で強く握った。

 奏さんが淹れてくれたコーヒーを飲んだ時程ではないけれど、ちょっとだけ心が落ち着く。


「――あれ?」


 私はなにかそこでむず痒さとは別に違和感を感じた。何か大切なことを忘れている気がする。でも、考えても何なのかわからない。


 ――何か本当に大切な――。


「詩乃。難しい顔をしてどうしたんだ」


 急に真剣な顔つきで考え込む私にベルが話しかけてきた。

 私は反射的に努めて明るい笑顔を浮かべると、


「あははは、何でもないよ! さあ、もうマンションの部屋に帰ろ!」


 早口に捲し立てる様に言って、私はその場から足早に離れようとする。

 何か、何か大事なことを忘れている気がする。

 その正体がわからぬまま。

 そして、さっき弟さんと魔法の先生の名を呟いた時彼が見せた謎の違和感の正体に、私はベルの姿を見て気が付いた。


「ああ、そうだな。今は春季だからそれなりに温かいけど、昔みたいに風邪をひきたくないからな」


 そう言いつつももう一度だけ星空を眺めるために顔を上げたさベルの横顔は、どこか悲しんでいた。

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