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第14話 ありし日の家族

次回更新は12日です!

「なー……に、やってんだ?」

「え?」


 家に帰ってようやく機嫌を直したベルは、リビングの椅子に腰掛けて、テーブルの上に機材を広げている私を見て呟いた。

 私は髪を揺らして、きょとんと首を傾げたまま答える。


「なにって……カメラのレンズとかを拭いているだけだよ」

「カメラ……って、なんだ?」


 ベルの何気ない問いに私はレンズを拭く手を止め、彼の方を向く。


「あれ、今までベルが行ったことがある世界にはないの?」

「まったく見たことがねえ」

「へぇ、意外だよ」


 ベルがこれまでどのくらい、どんな世界を渡り歩いてきたのかはわからない。けれど、私が住むこの世界のようにある程度文明レベルが高い世界があってもおかしくないと思う。その中には、今私が手に持つカメラがあってもいいと思う。

 なのに、ベルは本当にカメラを始めて見たかのように呟いていた。

 意外という感情しか湧かない。


「これはね、カメラって言って人や光景を記録できるもの……って言えばいいのかな? まあ、とにかく、キャンバスとかに筆を当てて絵を書かなくても、簡単に周りを記録できるんだよ。そうだなー、少し例を見せて揚げるよ」


 私は手に持っていたレンズをテーブルの上に置き、近くに置いてあった携帯を手に取る。そして、ベルの方に携帯のレンズを向けた。


「はい、ちーず」

「は、は? チーズってなんだ? たべるち――うわっ!」


 わけがわからず困惑して呟くベルの目の前で、携帯が何度かフラッシュする。眩しさに耐えることができずにベルは、瞼を閉じる。


「め、目がいてぇ……何すんだよ、詩乃?」

「まあまあ、落ち着きなよ。はい、これを見てみて」


 犬歯をむき出して今にも噛みついてきそうなベルをなだめると、携帯を操作してある今撮ったばかりの写真をベルに見せる。

 カメラの画面には、ベルの間の抜けた表情が映っていた。

 瞬間、ベルは大きく目を見開き、


「あれ、これってもしかして、俺か? すげぇ」


 驚嘆の言葉を呟いた。


「うん、そうだよ。そして、これがカメラって言うもの」

「な、なるほど、自分や風景の形を収める道具か」

 何だか違う気もするが、理解してくれたようで私は胸を撫で下ろす。

「まあ、大体ベルの言う通りだよ」

「なるほどなぁ」


 うんうんと頷きながら、ベルは得心する。

 そして感心した声音で呟く。


「にしても、この世界はつくづくすげぇな。カメラって言うものにしろ、テレビって言うものにしろ文明水準がどの世界よりも高い。というか、技術の進化の枝葉が根本的に違う」

「技術の進化の……枝葉?」

「簡単に言えば、お前が住む世界は科学技術だっけか……まあ、とにかくそう言った方面に進化してる。俺が住んでいた世界や、他の世界ってのは大体魔法やその類の力で成り立っているものばかりなんだ。そうじゃなくても、ここまで高度な文明に触れたのはここが初めてだ。だからさ、素直に驚かされる」

「へぇ……そうなんだ」


 少し意外だった。

 ベルがこれまでどれだけの世界を見て回ってきたのかはわからないけれど、私たちと似た文明を築いた人類がいてもおかしくないはずだ。でも、超常的な力で成り立っている世界が多いというのは何だか不思議である。


「でも、これが正常な進化なのかもな」

「へ?」


 きょとんと首を傾げる私に、ベルは苦笑しながら答えてくれる。

「つまり、目に見えない不思議な力で成り立っている世界が可笑しくて、この世界みたいに理論的な目に見えるもので成り立っている世界の方が普通だってことだ」

「……んーどう、なんだろう」


 携帯をテーブルの上に置き、カメラのレンズを拭きながらベルの言ったことについて考える。

 どちらの世界が正しく進化したなどということは、ある種哲学的な話だと思う。簡単には白黒の付けられない、この世界の核心部分について深く追求する話だ。

 私には科学で発展したこの世界と、ベルが話す超常的な力で発展した異世界。どちらも正しいとも間違っているとも言えない。私たち人間が他の生物を殺して肉を食べることによって、生きるためのエネルギーに変えることが正しいかどうかはっきりとした結論が言えないことと同じように。

 それでも何かしらの結論を導き出せるなら、私にはこれだけは言える。


「私は間違っていないと思う。成長するための土台がどんなものだったとしても、どんな技術も必ず何かを消費している。なら、私の世界の科学もベルの世界の魔法も同じでしょ」

「そうか。お前はそう思うんだな」

「……?」


 何か含みのある物言いに私はカメラのレンズを拭く手が止まり、眉をピクリと動かす。

 正解がないので何とも言えないけれど、私は何か間違ったことを言っただろうか。

 何かが引っかかる私は、視線をベルの方へ向ける。

 いつのまにか椅子に腰かけていたベルは、どこか苦しそうな表情で自分の掌を眺めていた。私の視線に気が付いた彼は、どこか強がったように笑って口を開く。

 その時のベルは、何故かとても空虚に見えた。


「確かに詩乃、お前の言う通りだ。けど、どんな技術も正しく使われていたらの話だ」

「それって――、」

 言い掛けて私は気が付く。


 ――どんな技術も正しく使われていたらの話だ。


 この言葉の意味なんて考えなくても簡単にわかることだ。

 つい先日、私に話してくれた時のことが頭の中で蘇る。


『魔法なんてのは結局戦争の道具でしかない』


 ベルは凍えるような声で、そう話していた。

 さっきの彼の空虚さの理由がわかった。

 何をどうやっても、力を正しく扱わない自分は間違っていてその力の使い方が、善しとされてしまっている世界はやはりシンカの仕方を間違っているのだ。

 そして、同時に自分が言った言葉が心の内に重くのしかかって来る。

 彼の言うところまで深く考えていなかったにせよ――彼は否定したような物言いをしたけれど――私はある意味ではベルの言葉を肯定してしまったのだ。


 ――必ず何かを消費している。


 それはつまり生命も同じなのだ。

 自分でそのことを認めてしまった瞬間、私は自分の軽率さ物言いに恥ずかしさを感じる。


「別にお前は悪くない。ちょっと意地悪な言い方をした俺が悪いんだ」

「……でも」


 と言い募ろうとして、私は必死に口の動きを止める。

 何故なら、これ以上何を言ったとしても、無意味なことで塗り固めるだけだ。それにもう彼を傷つけるようなことを言いたくなかった。

 悔しい。

 何か言いたいのに、口を開こうとすればそれが空虚なものとなる。ああ、何て言葉というのは何て不器用なんだろう。


「大丈夫。詩乃のせいじゃないぞ」


 そんな私を励ますようにベルは、私の頭を優しく撫でてくれる。

 妙に子供っぽい扱いに私は、むぅ、と頬を膨らませる。


「や・め・て! そんな子供みたいな扱いは!」

「ははは、悪い悪い」


 と言いつつも、ベルは口の端を持ち上げて笑いながら私の頭を撫で続ける。

 もう……まったく、と思いながらも、そうされることが別に悪くないと感じていた。ベルが頭を撫でる掌は大きくて、広くて、そして優しい。

 不思議な心地良さを感じる。

 しばらくその心地よさに浸っていた私に、ベルはふとこんなことを尋ねてきた。


「そういやさ、お前を見てて思ったんだが、一つ聞いてもいいか?」

「別に構わないけど……聞きたいことって?」

「いや、なに、大したことじゃない。ただ、何でお前はカメラで風景を記録してるんだ? 俺が魔法を覚えたのは、師匠に憧れたって言うのが理由だけど」

「んー……そうだねぇー」


 窓の外の方へ視線を移しながら考える。

 人や風景を撮るのが好き、というのもあるけれど、そもそもの理由は多分お母さんの影響だと思う。両親が共働きだった私は、よく奏さんに面倒を見てもらっていた。それ原因で両親が嫌いになることはなかったけれど、年相応の寂しさを感じていた。

 その寂しさが表情にも出ていたたらしく、お父さんもお母さんも休みの日などはうんと遊んでくれた。その時に、その幸せな思い出を残すためにお母さんがよくカメラで写真を楽しそうに撮っていた。

 きっと、それがきっかけだと思う。


「お母さんの影響だと思う。思い出を残すためによく家族の写真を楽しそうに撮っていたから興味を持ったのかな。お父さんも写真を撮ることはなかったけれど、楽しいことがあればお母さんに頼んで、私と一緒に写真を撮ってくれって頼んでいたから写真撮影は好きだったよ」

「へぇそうなのか。良い、ご両親だな」

「うん」


 私はしっかりと頷く。

 お父さんもお母さんも普段は仕事で忙しかったけれど、本当に優しかった。

 まあ、たまに度を越した行動をして周りを困らせていたのだけれど。奏さんや鳴海さん(おじさん)が顔を真っ赤にしながら、ご近所に謝っていたことをよく覚えている。


「ベルの両親はどんな人たちだったの?」

「俺の両親?」

「うん」

「そう、だなぁ……」


 ベルは視線を窓の外に向け、腕組みをしながら思い出し始める。

 その様子は、押し入れの中に大切にしまっていた宝物を探し出そうとしているように見えた。


「幼い頃に別れちまったからな、もう記憶も薄れてきたけど、お前が今話してくれた両親みたいに、良い父さんと母さんだったよ。俺の本来の家業は農業でな、幼いなりに田畑を耕すのを弟と一緒に手伝ったら、笑顔で褒めてくれたりしたっけな」

「へぇ、そうなんだ」

「ああ」


 ベルはこくりと頷くと、話はこれでお終いとばかりに、またぼんやりと窓の外に視線を向け考え始めた。時折、私の作業の様子を眺めるけれど、彼の意識はここではないどこかにあった。

 何気ない会話からの昔話。

 今のベルの横顔は、懐かしんでいるのかそれとも――どちらなのか私にはわからなかった。ただ、少しずつ自分のことを話してくれるようになってくれているベルの変化が嬉しかった。

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