第11話 感じるもの2
「お先に入らせてもらってありがとう、ベル」
「お風呂上がったよ、ベルおにいちゃん。ありがとう」
お風呂から上がった私と琴ちゃんは、リビングで待っていてくれたベルに声を掛けた。ベルは飲みかけのお茶の入ったカップをテーブルの上に置くと、ゆっくりと立ち上がる。
「おう。さっぱりしたか?」
「うん。良いお湯加減だったよ」
「次、ベルおにいちゃん入ってね」
俺は短く「ああ」と呟くと、琴ちゃんの乾かしたばかりの髪の毛と一緒に頭を撫でてあげる。
すると、いつものように琴ちゃんはくすぐったそうにしながらも、嬉しそうに頬を緩ませた。そして、俺の腰に抱き着いてくる。
詩乃はそんな俺と琴ちゃんを、微笑ましげに眺めていた。
それは、姉のような――家族のような、そんな眼差しに見えた。
「すっかり、ベルに懐いたみたいだね。なんか、本当にお兄ちゃんみたい」
「髪色が違うから、明らかに血の繋がった兄妹には見えないがな。まあ、お前と琴ちゃんの中の良さには敵わないけどな」
「そんなことは……ないよ」
「んにゃ、そうだって」
「ないよ」
語気を強くして詩乃は呟く。
俺は琴ちゃんの頭を撫でるのを止め、詩乃の顔をまっすぐに見つめた。
詩乃の奴はいつも自然と浮かべている笑顔を消し、拳を強く握りしめ、俺を睨んできている。だが、その表情はどこか泣きそうで苦しそうだった。
本当に普段の詩乃からは想像もできない。
「詩乃おねえ……ちゃん?」
そんな状態の彼女を、琴ちゃんは恐怖と悲しみが入り混じったような瞳で見つめる。
「あ、ごめんごめん、琴ちゃん」
嫌な雰囲気が漂い始めた場を払拭するかのように、詩乃は無理やりに笑顔を浮かべて琴ちゃんの頭を撫でた。でも、目に見えて明らかに嘘だとわかるその笑顔を見せても琴ちゃんの表情が明るくなることはなかった。
そのまま凍り付きそうな程冷えていく場を、
「琴ちゃん、琴ちゃん。俺がいいもん見せてやるよ」
その一言を呟いてどうにか盛り上げることに決めた。
俺は琴ちゃんと、困ったような表情を浮かべる詩乃に笑い掛けて茶目っ気たっぷりな笑みを浮かべてはない始めた。
「さてさて、俺の手には何もありません。そうだろ、お二人さん?」
「うん」
「そうだね」
開いた掌を見た二人は頷く。
「んじゃ、これから何もない掌から面白いものを出して差し上げしょう。あらよっと」
そう短く呟くと、俺は指を鳴らした。
『――わぁ!』
二人の驚きの声が重なる。
それも当然だ。
俺が出したのは、奏さんのお店で魔法があることを証明した時と同じように、光球を出して見せたのだから。
掌から現れた光球はそのまま空気の流れに乗って空中を漂い始める。二人はそれを目で追っていた。
「そんで、よっと」
また俺は指を鳴らす。
すると、今度は光球の色が水色や黄緑色に変わり、さらに詩乃と琴ちゃんの周りで渦巻き始める。
「綺麗だね」
「宝石みたい」
「さて、それじゃあ幕といきますか」
また俺は指を鳴らす。
詩乃と琴ちゃんの周りを漂っていた光球が小さな光の粒子をまき散らしながら弾けた。その粒子は、空気に溶ける様に消えていく。
「ほい、どうだった、お二人さん?」
「すごい……ベルおにいちゃん、すごい! ねえ、今の何? 魔法?」
「おう、魔法だ!」
きらきらと澄んだ瞳を輝かせる琴ちゃんに、俺は得意げな笑みを浮かべ、今見せたのが魔法だと肯定する。
俺が肯定の意を示すと、琴ちゃんは俺を羨望にも似た眼差しで見つめてきた。
対する詩乃は、
「ちょ、ちょっと、ベル⁉」
「大声なんか出してどうしたんだよ、詩乃? ひょっとしてまだ他の魔法を見たいのか? 欲張りだな」
「違うよ! そうじゃなくって、琴ちゃんに魔法を見せてもいいの⁉」
「構わねーよ」
詩乃の言いたいことはわかる。
この世界では魔法という超常現象は、非常識な出来ごとだ。俺の世界では日常的なことでも、詩乃が住まうこの世界では非日常なのだ。
でも、魔法を詩乃や奏さん以外の前で披露したって珍しがられはするだろうが、魔法技術がないこの世界では真似されることはまずない。それに、琴ちゃんのような純真無垢な幼い子が、犯罪のようなことに使用するはずがない。
それに――、
「魔法ってのはこういう使い方が正しいんだ」
「……そう、なの? でも、ベルは――」
「さて、詩乃に琴ちゃん。面白いんもん見たんだから、もう布団の中で寝るんだな」
詩乃の言葉を遮るように俺は言うと、琴ちゃんの頭を撫でて風呂場へと向かった。
振り返ろうとした一瞬、詩乃が難しい表情で、口を固く引き結んでいたような気がしたが、俺は気にしないようにしながら風呂場までの僅か数歩を急いだ。