after ~side kotori~
※この話は『幕間~ルチア&小鳥~』の続きとなります。
「……小鳥が?」
「うん。貸しがあるって。……なんだかよくわからないが、ちゃんと謝ったほうがいいぞ」
ルチアは言うのはフェアじゃないような気がしたが、さっきの小鳥の様子が気になって口が滑った。
だから瑚太朗を労わるつもりが、つい、咎める口調になってしまう。
「その、もう一回言って」
「なに?」
「さっきの言葉」
「……ここ掘れわんわん?」
「…………」
「なんのことなんだ?」
瑚太朗はその言葉に聞き覚えがあった。
小鳥にせがんだことも思い出す。
そして最後まであいつはそれを言わなかった。
「なあ、ルチア」
ビクッ、とルチアの肩が揺れた。
何気なく呼んだつもりだが、どうやら彼女の弱点に触れてしまったらしい。
そういえばこんなふうに呼ぶと、いつも耳たぶまで真っ赤にした。
そして今も。
「悪い、そんなつもりじゃなかった」
「い、いや、わかってる。瑚太朗は悪くない」
「あとでデートしてやるから、ちょっと目を瞑って欲しい」
「……行ってやれ」
「お前、いい女になったな!」
瑚太朗は手を振ってその場から駆け出した。
「バカ……」
お前だっていい男になったんだぞ、とルチアは小さく呟いた。
「やっぱり、ここにいた」
「こ、瑚太朗君っ?!」
森の結界の奥、小鳥が木の根元にうずくまっていた。
しかし結界の力はパワースポットがないため、形ばかりのものになっている。
「お前、こんな危ない場所に」
いつ魔物が来るかわからないというのに。
小鳥ならば偵察型を飛ばして警戒はしてるだろうが、不意打ちには対処できない。
咎めるような顔をすると、小鳥は、てへっ、と頭を小突いた。
「ごめんねぇ。危なくなったら携帯入れようかと」
「その、ごめんねぇ、はもう俺にはきかねえよ」
「えっ、うそっ」
「何年お前と付き合ってると思うんだよ」
小鳥は一瞬ビクリと顔を強張らせたが、やがて小さくため息をついた。
「……そっか。いいんちょが話しちゃったんだね」
「さっすが小鳥さん。話が早い」
「どこまで思い出したの?」
「全部」
「そっか」
「もう言わなくてもいいからな、キーワード」
「残念。瑚太朗君には貸し作ったままでいたかったのに」
くるり、と小鳥がスカートを翻して廻る。
おどけた仕草は小鳥なりの謝罪のつもりなのだとわかる。
こいつは昔から素直じゃなかった。
「昔の俺、キツかったよな。ごめん」
瑚太朗は深々と頭を下げた。
あまりに突然の態度に、小鳥は目を丸くして表情が固まる。
言葉も固まって出てこなかった。
「お前にキツくあたってた。イラついてたからさ、何もかも。お前が嫌ってもしょうがない」
「ち、違…っ」
「ちゃんと謝りたかった。こうやって謝れることができてホッとしてる。俺、お前には感謝してるんだ」
「…………」
「ずっと俺の面倒見てくれただろ。結婚までしてくれた。あんなめちゃくちゃなプロポーズだったのに」
「…………」
「お前のおかげで今の俺がいる。小鳥と出会えてよかった。ありがとう」
「……ずるいよ」
「小鳥?」
「そんなふうに言われたら、もう何も言えなくなっちゃう」
「小鳥……」
「謝りたかったのはこっちなのに。感謝してるのはこっちなのに。全部言われちゃった。ずるい」
「ごめん」
「瑚太朗君のバカ。エッチ。鈍感」
「エッチは否定しない」
「そなの?!」
「逆光源氏だよな。紫の上に育てられた光の君か。すげーそそられるシチュエーション」
「……やっぱドスケベだ」
「正直お前がいなきゃ、俺なにも出来なかった。助けてもらったことには感謝してる。……だけど、それじゃ駄目だったんだ」
「……え?」
「手遅れになるんだ、このままだと。俺はあそこで鍵を助けなくちゃいけなかった。それがやっとわかった」
「瑚太朗君……」
「記憶を取り戻したから気づけたことだ。だから小鳥のせいじゃない。気にすんな」
くしゃっ、と小鳥の髪を撫でる。
子供のときから変わらないさらさらな髪。
何度も泣いた彼女をなだめるのに、こうやって触った。
懐かしさと寂しさが交互に押し寄せてくる。
もうこの小鳥と出会うことはないだろう。
でも二度と忘れたりはしない。
「小鳥」
抱き寄せて、小さな肩に腕を回した。
小鳥は小さく声をあげたが、逆らわなかった。
瑚太朗が泣いているのに気づいたから。
「瑚太朗君……?」
「わり。少し……こうさせてくれ」
ごめんな、と心の中で詫びた。
お前の気持ち知ってるのに、こんな……。
小鳥の手が瑚太朗の背にそっとまわされ、優しく撫でた。
あのままだと小鳥さんがあんまり気の毒だったので、瑚太朗に謝らせてみました。
というかmoon本編では二人ともあっさりしすぎのような気がしないでも……。