第二十七話
12
城之内さんの自白を聞いた翌日の午後、僕は広瀬にも授業をさぼらせて、人目のつかない屋根裏部屋へと誘った。
「こんな所があったなんて知らなかったな。それで、どうして私をこんな所に連れて来たの。もしかして告白してくれるとか」
広瀬は、白い歯を覗かせて笑った。僕はその冗談の面白さは分からなかったので無視をして、広瀬に問いかけた。
「城之内さんの共犯は、広瀬か?」
「ああ、その事か。そうよ。良く分かったね」
広瀬はそんなことにはまったく執着していないように、あっさりとその事実を認めた。それは僕にとっては好都合だったので、城之内さんに聞いたのと同じ質問を彼女にした。
「共犯者として犯罪に加担したとき、広瀬はどんな気分だった?」
その質問に広瀬は答えず、逆に僕へと問いかけた。
「その前に私から聞きたいのだけど、どうしてわかったの? 私から先に一つ教えたんだから、今度は君が教える番でしょ」
広瀬がそう言ってきたので、僕はそのように思った理由を彼女に話した。
「共犯者の存在を疑い始めたのは、城之内さんが犯人かもしれないと思い始めた時からだ。就業時間の関係から、城之内さんはいつも午後四時頃には帰っているらしい。あの日も例に漏れず、彼女は四時頃には常盤学園を後にしていた。常盤学園から早蕨駅は、徒歩でも二十分ほどで辿り着ける。もし少し遅くなったとしても、四十分と掛からないはずだ。しかし午後五時のゴミの定期回収では、清掃員は両腕を見付けることは出来なかったらしい。もちろん城之内さんがそれを知っていて、攪乱のために敢えて時間をずらして五時以降に捨てた可能性もある。けれど、わざわざその程度の攪乱のために、切断された両腕を持っているという危険な状態で、余計な時間を過ごすだろうか。五時に回収される事を知っていて自分に疑いが向く事を恐れたのなら、まったく別のゴミ箱に捨てていけば解決するだけの話だ。そこで僕は考えた。もしかすると、腕を捨てたのは別の人物なのではないかと。そしてそれからも、共犯者の存在を強める出来事はあった。例えば、楢原さんの殺人もそうだ。藤崎朋が殺された時点で、おそらく楢原さんは、城之内さんの犯行を少なからず疑っていたはずだ。そしてもしそうであったなら、簡単に城之内さんに殺されるわけはない。その他では、この場所が殺害現場だと分かった時もそうだった。この場所まで成人女性の身体を一人で運び込むのは難しい。なんせエレベータがないからな。鍛えてもいない城之内さんが一人で、四十から五十キロ近い荷物を持って階段を上るのは相当キツイはずだ。しかも、きっと睡眠薬か何かで眠らせたり気絶させたりしていただろうから、時間に制限だってあっただろう。だが、殺人が実行できた城之内さんは、そういった問題を全て解決したということになる。共犯者さえいれば、そういった問題を取り払うのは容易い」
「へぇ。でもそれで、どうして私が共犯者になるのかな?」
広瀬が冷たく笑った。この状況をどこか楽しんでいるようだった。
「広瀬に対して最初に疑問を持ったのは、楢原さんの噂を教えてもらった時だ。あの時、広瀬は僕に詳しくは知らないと言った。でもその後で、清水先生の事を楢原さん『たち』の一つ下の後輩だと僕に話した。『たち』というのは、楢原さん以外にも別の人物を含んでいるってことだ。言葉の綾と言われればそれまでだが、けれど僕はそこに引っ掛かりを感じた。これは後になって思い至った事だが、広瀬は藤崎朋や城之内さんが、楢原さんの同級生という事を知っていて、それが無意識に言葉に出てしまった。でも実際には、その事実を知らないふりをした。知っている事を知らないと隠すのには、何か意味がある。もしかして広瀬は、少しでも事件の事情の知らない第三者で居たいと考えていたんじゃないか。そしてそんなことを考える理由は、事件について少しでも関係しているからではないかというのが、僕なりに出した答えだった」
「あはは、そう。私、そんな事を言ってたんだ。次からは言葉尻にも気を付けないとダメだね。ただ、自供してから言うのもあれだけど、それだけで私を共犯者って考えるのは早計じゃない?」
「勿論、僕もその時はまだ、広瀬が共犯者だとは確定させていなかった。その疑いを強めたのは、楢原さんの殺人が起こってからだった。楢原さんの事件のあと、僕は別館の近くにあるゴミ集積所で、黒色のゴミ袋に入れられた彼女の両腕を見付けた。おそらく、藤崎さんの腕も同じようにあったはずだ。そこから僕は、共犯者が腕を棄てたのなら、この常盤学園の内部にそれは居るんじゃないかと思った。そして愈々共犯者の存在が色濃くなってきた頃、あることを思い出した。それは、藤崎さんの事件が発覚した翌日の月曜日。つまり、腕が発見された日の事だ。あの日の午後四時頃、僕は偶然、刑事と思われる二人組が本館事務室に来ていたのを見かけた。僕が見たその二人組は、首からぶら下げた入館許可証を返却せずに東棟から出て行った。それはつまり、その後も常盤学園内のどこかに寄ったということだ。そして同日の午後五時前に、僕はこれも偶然、ちょうど常盤学園を出て行く広瀬を見かけた。閉じられてはいたが紺色の傘と深緑色の大きめのリュックで、僕はすぐに広瀬とわかった」
「ああ、あの日か。見られてたんだね。うんうん、それで」
笑顔をした広瀬が待ち切れないと言わんばかりに、僕に続きを促してきた。
「そこから、僕は少し思考を広げてみた。まず、その二人組が刑事であり、広瀬が共犯者と仮定した。二人組は東棟を出た後、殺された藤崎さんたちの後輩で、同じ絵画部に所属していた清水先生に事情聴取をするために別館に向かった。絵画室で指導をしていた清水先生はそれに応じるため、二人組をここに連れてきた。部活動をしていた広瀬は、偶然にもそれを見かけたんだ。共犯者である広瀬は刑事たちに屋根裏部屋が犯行場所であると判明してしまうことを恐れ、腕の処分を考え始めた。刑事に屋根裏部屋が疑われても、腕が見付かれば一時はそれに気を取られ、この場所の捜査を遅らせることが出来る。つまり、捜査の攪乱を狙った。そこで、広瀬は部活動を早々に切り上げた。しかし黒いゴミ袋をそのまま持って出歩くわけにもいかない。そこで、広瀬は自分のリュックにゴミ袋をしまうことを考えた。あの大きめの深緑のリュックなら、腕の入ったゴミ袋程度なら隠せるだろう。ただ、そのためにはリュックを空にする必要があったはずだ。それで広瀬はいったん本館西棟に戻り、中身を全て教室に置いた。その後、再び別館方面に向かい、ゴミ集積所から腕の入った黒いゴミ袋を回収した。それからようやく常盤学園を後にして、早蕨駅のゴミ箱に処分をした。常盤学園は無駄に広いから、四時過ぎに東棟を出たら、別館に着くのは大体四時十五分といったところかな。そしてそれを見た広瀬が、別館から本館を往復して常盤学園を出ていくのが、リュックを空にしたりゴミ袋を回収したりする時間を含めて、約三十分と見積もった。当然これには、僕にとって都合の良い仮定が多く含まれているのは理解している。だが、城之内さんには不都合な五時以降での腕の遺棄や、共犯者の存在などを鑑みれば、僕には一番しっくりとくる仮説だった。だから、それが合っているかを確認するために昨日の放課後、帰り際の数名の美術部員を捕まえて話を聞いてみた。すると運よく、その部員たちはその月曜日の事を覚えていたよ。そして、その日は四時過ぎに、清水先生が見たこともない二人組の男に呼び出されて一時絵画室を出て行った事。その直後に、広瀬が用事を思い出したと言って帰った事を教えてくれた。それからこれは偶然だが、その二人組が刑事であることも後で判明した。おかげで僕は、この仮説が大筋ではその通りである可能性が高いと思えた」
「そうなんだよね。まさか清水先生が警察をここに連れてくるなんて思わなかったから、やっぱり少し焦っちゃったよ。まあ結局は杞憂だったみたいだけど、あれは本当に未熟だったな。それで、私は他に何かミスをしていたかな?」
広瀬は首を傾げた。それは、無邪気な子供のような仕草だった。
「いいや。僕に考えられたのはこの程度だ。決定的な証拠は何もなく、すべてが可能性の域を出ない。例えば僕が警察官で、リュックを押収する権限を持っていればまた話は変わる。けれど僕はただの高校生。そんな僕に提示できるのは、こんな状況証拠だけだ。だから、広瀬があっさりと認めてくれて助かった」
「そうだったんだ。じゃあ、もし私が認めなかったらどうするつもりだったの?」
「もう知っていると思うが、既に城之内さんは僕に今回の事件の実行犯だと認めているんだ。そして共犯者が居るなら、その事実は既に連絡していると思った。城之内さんには言ったが、僕は犯人の逮捕には興味が無い。信じるか否かはわからないが、共犯者を安心させるためにもそれは一緒に伝えているはずだ。なら、状況証拠の提示だけでも自白してくれるんじゃないかとは踏んでいた。もしそうならなかった場合は、城之内さんの自白の事実を使って鎌をかけるつもりだった」
「なるほどなぁ。確かに城之内さんからは今朝、君に犯人と突き止められたって連絡を貰った。その時に、君が犯人と会話をしてその気持ちを知りたいだけの変人だってことも聞かされたよ。だから、私の計画に支障はないと判断して自白をした。全部が君の思惑通りだよ。これは一本取られたね」
「計画ということは、首謀者は広瀬の方なのか?」
「うん。そうだよ。そこまでは分からなかったみたいだね」
そう言った広瀬は、今回の事件の詳細について語り始めた。
「中学生になったばかりの頃に清水先生の美術教室に通い始めた私は、君と同じように偶然、城之内さんの過去を事件の事を知ったの。清水先生が私の描いた絵に惚れ込んで、まるで自分の罪を懺悔するみたいにペラペラと喋ってくれたのが切っ掛けだった。その時から、城之内さんに両手を麻痺させた関係者を殺させることを考えていた。そのためにはまず、この常盤学園に入る必要があったのだけど、そこは無事に通過できたよ。次に殺害方法だけど、入学してからこの別館の大時計を見て、ピアノ線を使って切断できないかどうかを思いついた。知ってる? ピアノ線ってね、昔は戦争とかに使われていて、馬の脚やそれに乗っている人間の首を切るのに使われていたらしいよ。ただそれが真実かどうかは不明だったから、人間の腕を想定して、野良猫を拾って実験してみた。標的は三人だったから、念のため三回ね。結果は、君も知っての通り。最初の一匹を切断出来た時から、城之内さんを説得していたわ。私は昔の城之内さんの絵を知っていてファンだったけど、それを奪った彼女たちが許せないから、一緒に復讐をしましょうみたいな、そんな誘い文句でね。城之内さんは、思い通り私の説得に応じてくれた。藤崎さんの殺害の時には、城之内さんの家で睡眠薬を入れた料理で彼女を眠らせた。メールで連絡を貰った私は、城之内さんの家に行って、眠り込んだ藤崎さんを一緒に車に運んだ。それからこの常盤学園に着いて、今度はこの場所までまた二人で運んで、ピアノ線を巻きつけたりロープで括るのを手伝ったりもした。君の言う通り、眠っている間に全部を一人でやるのは無理だと思うわ。もちろん、死体を溝川に遺棄する時も手伝ったわ。月曜日には、城之内さんが居なかったから仕方なく、私が両腕の入ったゴミ袋も処分した。楢原さんは、城之内さんの事で相談があると言えば、簡単に私の誘いに乗ってくれた。適当な喫茶店に入って、前もって粉々にして水に溶かした睡眠薬を、隙を見て楢原さんの飲み物に混ぜた。それから意識がはっきりしなくなった楢原さんを店の外に連れ出して、道の隅にまで何とか連れて行って座らせた。私は酔っ払いを解放する振りをして背中を摩っていたよ。この楢原さんを一人で支えるのが、もしかしたら一番大変だったかもしれない。だってあの人、すごく背が高いんだもの。しばらくして城之内さんが車で迎えに来たから、それに積んだ後は藤崎さんと一緒ね」
それが二人の殺害の概要だった。広瀬は「ついでに」と前置きをして、四宮さんの殺害計画についても得意げに語り始めた。
「四宮さんはエステサロンを経営していて、私は一ヶ月近く前からそこに通っているの。あ、必要経費は城之内さん持ちだよ。プライドが高い彼女に取り入るのは簡単だった。常盤学園の絵画部員であることを伝えて、絵画室に在った四宮さんの絵がとても魅力的で一目でファンになりましたみたいな事を言ったら、彼女は面白いように私を可愛がってくれるようになった。何も疑っていない彼女は、私から誘った今晩の食事会も、快く応じてくれたよ。後は楢原さんと同じように、私が睡眠薬で眠らせてから、城之内さんとここまで運んで殺して終了。これは余談だけど、城之内さんって右手の麻痺の事でそれに関わった各家庭からお金を貰ってるの。自分たちの親や祖父が払っているお金が、自分を殺すために使われるなんて皮肉だよね」
口元を緩ませた広瀬の顔は、けれどそんなことはどうでも良いと言わんばかりの表情だった。
「それにしても、城之内さんが警察に疑われるのは想定内だけど、まさか四宮さんを殺す前にばれるのは想定外だったな。それも、警察でも何でも無い同級生に。ところで、どうして私がこんなことをしたのか、分かる?」
「俺は、その答えを広瀬から聞きたいんだが」
広瀬は声を出して笑った。
「あはは。そういえばそうだったね。じゃあ、質問を変えるよ。ルーヴル美術館に展示されているモナ・リザは、どうしてあんなにも人々を魅了するか、君には分かる?」
広瀬は、鋭い目で僕を見つめた。もしかすると僕の答えに期待していたのかもしれない。だがその質問の答えなどさっぱり分からなかった僕は、ただ首を横に振った。
「残念。まあ、明確な正解なんてないんだけどね。そんなものは、単純に絵が美しいからとか、偉大な画家が描いた作品だからとか、言葉に出来ない魅力があるからとか、答えは人によって様々で、そのどれもが正しいんだ。でもね、言った傍から否定することになるけど、私はその全てが間違っていると思うの。モナ・リザの魅力は、その『不明性』にあるというのが、私なりの答えなの。あの絵は、様々な謎を秘めている。有名な所で言えば、モデルは誰なのか、瞳に隠されている『LⅤ』という文字の意味は何なのか、本物とされているモナ・リザすら実は贋作なのではないか、などね。これはミロのヴィーナスの両腕にもいえることだけど、そういう謎があることが、人々を魅了する原動力になるの。結局、最高の芸術というのは、形ではなく妄想。人々と頭の中にあるということなの」
広瀬の話の意図は少しも分からなかったが、僕は黙って続きを聞いた。
「世の中に数多く存在する名作は、その全てが観客の妄想を刺激するからこその名作なの。私はね、ずっとそれらを越えるような、人々の妄想をどこまでも刺激して止まない最高の芸術作品を創りたいと望んでいた。そのために、ミロのヴィーナスみたいな両腕の無い絵を描いたこともある。でもそれは本物のように答えが無いというものとは違って、腕が無いという事が答えになってしまっている、唯の駄作だった。だから、清水先生から城之内さんの話を聞いたときは、本当に心躍った。これで、私の望んだ作品が創れるかもしれないってね」
「つまり、今回の事件は広瀬の作品だということか?」
「ええ、そうよ。君の言う通り、この事件そのものが、私が製作途中の作品なの。犯人は誰なのか。連続動物切断遺棄事件との関連はあるのか。どうして犯人はこんな事件を起こしているのか。そういった様々な謎が人々の妄想を刺激して、最高の芸術作品に育っていくの」
広瀬は、ただただ楽しそうだった。僕も、彼女の心理の一端に触れ、満たされるのを感じていた。
「藤崎さんの両腕を早々に捨ててしまったり、君に犯行がばれたりと予定外の事もあったけど、それでも私の計画。いえ、創作活動には支障がない。『平成の切り裂きジャック』なんて不本意な作品名を付けられたけど、後は仕上げをするだけ。残りの四宮さんの殺人と犯人である城之内さんの死を以って、私の作品は完成する。そしてこの作品は、世の中の何よりも素晴らしい名作になるの。勿論それは、ある種の流行りのように一過性でしかないと思うわ。それでもその一瞬だけは確かに、全ての名作を越えた傑作に至る。今の私は、とりあえずそれで満足だわ」
「城之内さんも殺すのか?」
「ええ。城之内さんは当然知らずに居るけど、それが私の作品の完成だから仕方ないよ。さっき言ったように、人々の妄想が最高の芸術で、一瞬とはいえそれを限りなく刺激するのが、私の望んだ作品なの。それなのに犯人が生きて逮捕されたら、観客の妄想が刺激できないでしょ。それに、君に犯行が解かれたからか、城之内さんったら急に四宮さんを殺した後に自首をするって言い始めたの。犯人が自首をして警察に全ての犯行を語ってしまえば、それこそこの作品は破綻する。ただの駄作になり下がってしまう。それは許容できないわ。犯人が死んで、どうしてこんな事件を起こしたのか、本当の所は全てを不明にする。それがこの作品の最も重要な事なの。動機でさえ、本当に手の麻痺が原因だったのか、犯人の口から直接に語られなければ真実にはなりえない。その為に、核心的な事は何も書いていない遺書も用意してるの。この事件は犯人の自殺により、その真相のほとんどが闇の中という終りを迎える。そしてその最後の舞台を、四宮さんと城之内さんの死体。そしてそれまでに切り落とした三人の両腕で飾りつけるの。本当は藤崎さんの腕も飾りつける予定だったのだけど、どうして彼女の腕だけゴミ箱に捨てたのかっていう謎も生まれるから、結果オーライにはなったかな」
そして広瀬は何かを思い出したかのように、左の手の平を、右の手の拳で叩くという仕草をした。
「すっかりと忘れていたけど、君の質問にちゃんと答えて無かったね。罪を犯している事を始め、城之内さんの過去とか被害者の死とか、そんな事には何も感じなかったよ。確かに色々と利用できるとは考えたけど、ただそれだけ。私にとっては、全てがどうでもいいことだった。でも、創作活動については違う。今回の創作活動は、やっぱり進めるにあたって色々と苦労があった。とても大変で、失敗したらどうしようって恐れもあった。けど、今までの最高傑作を生み出す作業は、本当にとても楽しかったよ。それが私の答え。満足してもらえたかな?」
「ああ、十分だ」
「ところで、私が城之内さんを殺すのを阻止するなんて事、まさか君はしないよね?」
広瀬は返事が分かり切っていて、それでも僕にそんな質問をした。これには、僕は彼女の期待する答えを返した。
「有り得ない。広瀬の好きにすればいい。僕にとっては、どうでもいいことだ」
広瀬は、満足したような表情をしていた。
「そういえば、城之内さんの母親を殺した時も、やっぱり創作活動の一環として楽しかったのか?」
城之内さんは、母親が死んだとしか言ってなかった。だからこれは、ただ単に鎌をかけただけだ。おそらく広瀬もそんな事には気付きながらも、素知らぬ振りをして答えた。
「ああ、それね。城之内さんも短絡的だよね。まさかこんなに都合よく母親が死ぬことに何の疑問も持たなかったんだから。でも、先に言っておくと私は殺してないよ。だけど城之内さんの絵に異常執着していた変態さんに『面倒をみるべき母親が居なくなったら、絵に集中するようになるかもしれませんね』って言ったら、真に受けちゃったみたい。県内有数の総合病院だから、植物状態の人がちょっと不審死をした程度では、隠蔽をして自然死に見せかけてくれるんじゃないかとは思っていたけどね。城之内さんから聞いた話では、彼女が着いたときには準備良く生命維持装置が全て取り外されていたみたいだから、多分、点滴か何かを引き抜いたんじゃないかな? 私としては、やっぱりそのことも取り立てて感じる事は無かったよ。まあ多少の危険を犯して自分が動く必要が無かったから、楽が出来たなってくらいは思ったかもしれないけど、憶えてないなぁ」
「そうか。ありがとう」
城之内さんの時と同じように、礼を述べてその場を立ち去ろうとした僕の背中に、広瀬が言った。
「興味ないかもしれないけど、実はもう一つ並行で作品を創っているんだ。清水先生なんだけど、あの人、私や城之内さんの絵に異常に執着しているの。だから城之内さんが死んだ後に、私も絵を描くのを辞めるって伝えるつもり。きっと清水先生、発狂して遺書も残さずに自殺すると思うんだ。それも多分、少しは人々の妄想を刺激する作品になると思うから、良かったら気にしてみて」
「興味無いな」
そう答えて再び歩を進めようとして、僕は振り返って、広瀬に質問をしてみた。これは自分でも不思議だった、本当に気紛れな問いかけであった。
「『平成の切り裂きジャック』は不本意と言っていたが、もし広瀬が名付けるなら、どんな作品名にするんだ」
広瀬は少しだけ考えて、そして答えた。
「『狂い人』かな」




