第十八話
拾
「どうしてあんな変なことを聞いたんですか?」
常盤学園を出た後で、滝上が呆れた様子で狭山に聞いた。問われた狭山も、考えるように額に左手を当てて、答えに窮していた。
「自分でもよくわからん。本当に、どうしてあんなことを聞いたんだろうな俺は。もしかしたらあまりにも捜査が進展しないから、少し疲れていたのかもしれない」
狭山は煙草を燻らせながら、深い溜め息を吐いた。
捜査本部に戻り報告を終わらせた後で狭山は一人、署内の喫煙室で一服をしながら、事件について頭の中で整理をした。
四月の始めに、早蕨市では動物を二等分に切断して遺棄するという事件が起こった。この事件は連続性を持つに至り、一ヶ月の間に三匹の動物が切断して遺棄されることとなった。この事件どういうわけか三匹目を最後に行われなくなり、捜査はすぐに事実上の打ち切りとなった。結局、犯人の逮捕は出来ずに終わったのだ。
その後の六月二十八日の日曜日に、両腕の切断された藤崎朋の死体が発見された。凶器がピアノ線であることが判明したのと同時期に、三上たちがこの事件と先の連続動物切断遺棄事件には、切断方法に同様の手口が用いられたており、関連性があることを突き止めた。
この結果、動物を切断した犯人と現在捜査している両腕切断殺人事件の犯人が同一人物であると考えられるようになった。そして捜査員を二分し、通り魔と怨恨の両方の線で捜査が進められることとなったが、一向に捜査は進展を見せなかった。そんな折の七月五日の日曜日に再び、両腕の無くなった楢原明日香の死体が発見された。
これにより、捜査本部では通り魔の線は除外。怨恨による犯行と断定した。そして四宮、清水の他に、アリバイのあった城之内も重要被疑者として捜査線上に浮上することになった。
「犯人は城之内美紀のはずだ」
狭山は独りごちた。唯一、城之内にだけ存在する、藤崎の事件日での都合が良すぎるアリバイが、狭山はずっと引っ掛かっているのだ。
しかし問題もまたそのアリバイだった。藤崎だけでなく楢原の事件でも、何故死亡推定時刻に完璧なアリバイがあるのか、狭山には分からなった。
その疑問への解答を見つけたのは、二日後の木曜日の事である。七月九日の木曜日の正午、捜査一課のオフィスでソーセージを挟んだ惣菜パンを頬張りながら、狭山は今回の連続両腕切断殺人事件での、城之内についての捜査資料を読み耽っていた。そんな狭山に向かって、横でカップ麺を啜っていた滝上が言った台詞を発端とした会話が、謎を解く切欠になった
「まだ城之内の事を気にしているんですね。でも正直、両事件日にちゃんとしたアリバイがある以上、犯行は無理だと思いますよ」
「そんな事はわからないだろう。俺たちが気付いていないだけで、何か手があるかもしれん」
「そうですねぇ、例えばマンガみたいに、任意に時を止めたり進めたりしたら、あるいは犯行も可能かもしれませんね。まあ、時間を操るなんて根底から無理ですけどね」
滝上のその言葉を聞いて、狭山にある閃きが生まれた。
――時間を操る。ああ、なるほど。そうか。そうすれば、その場に居なくても殺人をすることが可能かもしれん。となれば、やはりアリバイが完璧な城之内が犯人だ――
心の中でそんな独り言を言って、狭山は飛び上がるように立ち上がった。その狭山の突然の行動に、滝上が吃驚としていた。
「いきなりどうしたんですか?」
「わかった。わかったんだよ。やっぱり二人を殺したのは城之内だったんだ。飯なんて食べてる場合じゃない。ほら、行くぞ」
言って、狭山は駆け足で捜査一課のオフィスを出て行った。暫し唖然として動けなかった滝上も、尋常じゃない狭山の様子を見て本当に真相が解けたのだと理解し、途中だったカップ麺をデスクに置いてすぐさまその後を追った。
一足早く警察車両に乗り込んでいた狭山は、珍しく運転席に座っていた。そして滝上が助手席に着くなり、強くアクセルを踏んで、荒々しく車を発進させた。シートベルトもそこそこに出発された滝上が、少し焦った様子で狭山に問い掛けた。
「城之内が犯人って、いったいどうやって二人を殺したっていうんですか?」
その質問に、狭山が簡潔に答えた。
「時間を利用したのさ」
口の端を吊り上げて自身気に笑った狭山は、自身の推理を滝上へと語った。




