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街角の珍事

これは小さな町で起こる物語。



〜柳敬太の場合〜



「あのぉ……すみません」


 ある昼下がり。俺は椅子に座っていると二十歳くらいと思われる女性が声をかけてきた。


「変なのを拾ったんですけど」


 青い制服に身を包み、いかにも正義の味方ですと強調している俺の格好は警官の姿だ。


「ありがとうございます。中へどうぞ」


 女性を中へ招きいれ、椅子へ座るように促す。


「それじゃここに名前と住所をお願いします」


 適当なメモ帳を差し出して名前と住所を書いてもらう。


「それでは落し物は派出所で預かっておきますね」


 女性はそのまま派出所を出て行った。


「さて……と」


 俺はその落し物を自分のポケットに入れると、何事もなかったかのように派出所を出た。


「このスリルがたまんねーな」


 俺、柳敬太は警官ではない。むしろ泥棒だ。最近通販で手に入れた警官の制服を着ては誰もいない派出所で警官のふりをして落としものをくすねている。


「それにしても何だこれは?」


 女性が持ってきたものをじっくりとみると、ただの鉄の玉だった。


「もっといいものを持ってきてくれてもいいのにな」


 そのとき、前方に自転車に乗った警官の姿が見えた。


「やべっ! 本物だ」


 あわてて落し物を胸ポケットに入れ、帽子を目深に被り平静を装った。


「ご苦労様です」


 相手が敬礼をしてきた。


「ご、ご苦労様です」


 ここは俺も敬礼をしてやり過ごさねば!


「あまり見ない顔ですが新人ですか?」


「は、はい! 今日からこの辺りの警邏に当たらさせていただきます柳敬太巡査であります!」


 しまった! つい本名を言ってしまった! しかもなんだこの不自然な言葉遣いは。


「そうですか、頑張って下さい。それにしても中途半端な時期に入ってきたんですね」

「えっと……ちょっと海外で経験を積んでからですので」


 どうしちまったんだ俺の口! よくもそんな嘘がペラペラと!


「海外でねぇ。治安維持の経験ですか?」

「えっと、柔道留学をば……」


 そんなのしたことねぇ!


「まぁいいでしょう。ちょっと一緒に巡回しましょうか」


 俺は榊部長に腕を引っ張られ、町内を一周させられた。


「ちょっとおなかがすきましたね。コンビニにでも行きましょうか」

「は、はい」


 俺はいつばれるかヒヤヒヤしながらも後をつけていった。


「あれ?」


 コンビニに入って異様な雰囲気に気づいた俺は息を呑んだ。


「くそ! 警察か!」


 そのコンビニには数名の客、そして明らかに客とは違う、おびえる店員に包丁を突きつけている男がいた。


「柳巡査。君柔道留学してたんだってね。期待してるよ」


 榊部長は小声で俺に言ってきた。


「う、う、う、動くな! こいつを刺すぞ!」


 いきなりの警官登場に動揺したのか、強盗は声が上ずっている。


「どどどどうしましょう?」


 そして俺も動揺して声が上ずっていた。


「落ち着きたまえ柳巡査。私がお手本を見せましょう」


 榊部長は一瞬のうちに拳銃を抜くと、一発の銃声が店内に響いた。


「ぐあっ」


 次の瞬間、男の持っていた包丁は弾かれていた。


「くそっ!」


 男はそのまま裏口から逃げていった。


「さ、榊部長! 犯人が逃げますよ!」

「……そうだね。でも別にそんなのはどうでもいいのさ」


 さっきまで温和な顔立ちだった榊一郎巡査部長が、まるで別人のように冷たい顔になっていた。


「金を出せ」


 拳銃を店員につきつけると、榊一郎は脅し始めた。


「こいつの威力はさっきの強盗で実証済みだ。死にたくなければ金を出すんだ」


 女性の店員は恐怖で、言われるがままレジの金をそのまま榊一郎に渡した。


「お願い……殺さないで」


 俺はすぐに逃げ出したかったが、女性店員のすがるような目に動けずにいた。


「や、やめろぉ!」


 いつの間にか俺の口からそんな言葉が出ていた。


「今やめろって言ったのはお前か? 俺と同じニセ警官の柳巡査」


 ばれてた!


「そ、そうだ! 強盗なんてみっともない真似、ニセ警官の名がなくぜ!」


 って俺は何を言ってんだ? そういっている間にも銃口が俺に向けられる。


「これでも俺は元軍隊出だ。銃の扱いは慣れてるぜ?」


 俺は足がガクガクと震えていた。


「撃てるもんなら撃ってみろ!」


 その瞬間もう一度銃声が店内に響いた。体にものすごい衝撃が走り俺は吹っ飛んだ。


「死ぬー! もうだめだー!」


 胸を押さえて苦しむ俺。しかし、なぜか死んでいない。というより血の一滴も出ていない。


「そこまでよ! 榊一郎! 強盗の現行犯で逮捕する!」


 恐る恐る目を開けてみると、手錠をかけられている榊一郎。その手錠をかけているのは派出所で落し物を届けに来た女性だった。


「みなさん落ち着いてください。私は警視庁市民課の大山警部補です」


 器用に警察手帳を見せながら榊一郎を取り押さえている。


「助かった……のかな?」


 俺は胸ポケットから銃弾を食い込ませた鉄の玉を取り出した。


「こいつが助けてくれたのか」


「ええそうよ。まったく、最近ニセ警官が続出するって通報があったから探ってたらやっかいな事してくれたわね」

「俺、ニセってばれてたのか」

「ええ、柳敬太と榊一郎、この二人が怪しいと見てまずは柳敬太から見張ってたんだけど、まさか榊一郎も出てくるとはね」

「じゃあこの鉄の玉は?」

「発信機よ」


 よく見ると銃弾で出来た裂け目から赤い光が見え隠れしていた。


「あら、応援が来てくれたみたいね」


 数人の本物の警官に榊一郎は連行されていった。


「さて、柳敬太。詐欺罪の疑いで署まで来てもらっていいかしら?」

「ちぇっ。体張ってまで強盗捕まえたのにつかまるのかよ」

「あたりまえでしょ? まぁ温情はあるけどね。手錠されないだけましだと思って」


 大山警部補につれられて店を出ようとしたとき、不意に後ろから袖を引っ張られた。


「あ、あの。ありがとうございました! 出てきたらまたここに寄ってください!」


 コンビニ店員にお礼を言われてまんざらでもない俺だった。


「これからは真面目に働くのも悪くないかもな」

「なんなら本当に警察官になってみる?」


 ニヤニヤしながら大山警部補がたずねてくる。


「やなこった」


 これからは俺にもちょっとはまともな人生が待っている。のかもしれない。



〜柳敬太の場合〜 終わり

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