001
「あの……もう一回聞いても良いっすか?」
俺は、担任教諭である〝明成優〟へと聞き返す。
「だから、桐陣にこの部活動申請用紙を渡して来てくれと言っているんだ」
明成優は、煙草を吸いながら言う。
勿論、俺が聞き返したのは先生が何と言ったのか聞こえなかったからと言うわけでは無い。確かに、一人の時間が増えてきた性か、デジタルオーディオプレイヤーで音楽を聞く時間が増え、聴力も中学生のころに比べれば、若干落ちてはいるだろうが、そう言うことでは無い。
「一つ聞いても良いっすか?」
「何だ?」
明成優は、面倒臭そうな表情を前面に押し出す。
「何で、わざわざ俺なんすか。自分で行けばいいじゃないっすか」
「教師は色々と忙しいんだ。それに、お前なら暇だろ? 友達もいないし」
おい、ちょっと待て。
それが教師の口にする言葉なのか。普通、こういう場合、本当に友達がいない奴には多少なりとも気を使うべきなんじゃないのか。と言うより、友達がいない事を教師が知っていると言う事実がどこか恥ずかしい。
小学校とかなら、空気を読んだ教師が体操のペアになってくれたり、キャンプファイヤーの時に踊る相手になってくれたり、遠足の時に隣の席に座ってくれるくらいには、空気を呼んで貰いたいものだ。
勿論、全部実体験なわけだがな。
「いや、友達が居なくても良いように勉強とかで忙しいんで」
俺は不愛想に、視線を逸らしそう答えた。
どう考えても、ただの強がりにしか聞こえない辺りに、俺の小物感が漂っているが、それはそれで構わないのだ。友達のいない――所謂、ぼっちにとって勉強は欠かせない。
それは、ぼっちにはノートを借りる相手がいないからだ。
うっかり授業を寝てしまったり、一日欠席でもしようものなら、授業に付いていけなけなくなる。そうなれば、唯一と言っても良い学校へ行くことの意味さえも失い、次第に学校へ行かなくなるのは言うまでもないだろう。
俺にとって、学校へ行くということは、ぼっちである為のアイデンティティであると言っても過言では無い。
「はあ……」
先生は深い溜め息を付き、足を組み変える。
「お前はアレか? 昔、自分の名前で揶揄われたりした性で、友達なんていらない何て言うような捻くれた上に、生意気で、陰気な奴になったのか? だとしたら、いつまでそんなものに捕われているんだ?」
「そんなの先生に関係ないっすよね」
俺は、内心で驚いていた。
先生の言うそれが正に、俺が友達なんていらないと思った理由の一つだからだ。先生の言うように、昔から俺は自分の名前のことで周囲から馬鹿にされたり、揶揄われていたりした。
それは、俺の名前が〝神尾拓〟だからだ。
別に、アニメやマンガのキャラクターの名前を付けられたと言うわけでも無ければ、アイドルの名前でも無く、俗に言うDQNネームでも無い。一見した程度では、特徴も無くどこにでもありふれていそうな至極平凡な名前にさえ思える。
しかし、俺の名前を何度も何度も口に出してみたり、携帯電話やパソコンで文字を打ち込み、変換してみれば見えて来るだろう。
――かみおたく。
――カミオタク。
――神オタク。
そう――俺が馬鹿にされ、揶揄われてきたのは、俺の名前にオタクが紛れ込んでいるからだ。しかも、そん所そこらに居るただのオタクなんかでは無く、オタク界の頂点にいるかのようにも思える、神オタクだ。
俺の名前がただ神オタクと読めるだけで、周囲からは俺が本当にもの凄いオタクだと思われるようになり、友達からは徐々に敬遠され、気付けば俺の周りからは友達と呼べる人間はいなくなっていた。
そして、ぼっちの完成と言うわけだ。
「まあ、関係ないと言われればそうだな。どうせ、他人事だからな」
これまた、教師とは思えない発言だが、先生の言っていることは確かに正しい。どんなに、惨めな思いをしている奴が居ようと、それは本人以外には関係の無いことだからだ。
所詮、友達なんて他人同士の集合体でしかない。それ以上でも、それ以下でも無く。ましてや、学校なんて他人の寄せ集めでしかない。卒業するまでの間に、学校に在籍する何人と接するだろうか。そんなの数える程に決まっている。
そこから更に、卒業しても付き合いのある人間は何人いるだろうか。そこには、数えられるだけの人間がいるだろうか。小学校、中学校と卒業して、高校生になった俺には、小中学校で付き合いのある人間なんて誰一人としていない。
つまり、そう言うことだ。
「ただ――」
何か言い掛けたところで、煙草を灰皿へ押し付けその火を消した。そして、部活動申請用紙を教材で埋もれた机の上から引き抜き、物を端に寄せるように片付けになっていない片付けを済ますと、俺の目線に合わせるように席から立ち上がり言う。
「お前が嫌いなのはオタクなのか? それとも、人間なのか?」
「え……?」
俺は心の隙間を突かれたかのように、自分の意に反してそんな言葉が思わず口から零れていた。ただ、俺にそれを考えさせるよりも早く、先生は部活動申請用紙を俺の胸へと押し付けて来た。