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帰りたい賢者と剣士(4)

「ただし同行中の身の保証はできません。自己管理でお願いします」

「あら当然でしょう」

 ふん、と鼻を鳴らした魔女は、次の言葉に固まった。

「“身の保証”には、貞操も含まれます。恥ずかしながら、こちらには節操の無い野犬がいるので」

「なっ……」

「ヒドイ言い様じゃねェか、オイ」

 さすがに食う相手は選ぶ。

 憮然として言えば、「いやそもそもこんなとこでそんな話が出るのがおかしいだろー!?」と勇者が叫んだ。顔が赤い。何を想像したのだか。

 引き攣った顔をしている魔女も、見た目ほど経験豊富という程ではないのだろう。

 というよりも、むしろ。


「アンタ、処女だろ」


 貞操云々が出た時点で青い顔でピキンと固まっていた魔女に問えば、ギクリと身体を震わせた後で、羞恥と憤怒で顔を赤くした。湯気でも出そうだ。

 彼女は落ち着くためになのか、すう、と息を大きく吸うと、その全てを使って豪快に叫んだ。

「貴方には関係無いわ! 馬鹿!」

 涙目で地団駄を踏んでから、踵を返──そうとして、また賢者を睨む。

「いいこと!? 素材は集めて差し上げますわ! 魔界で魔道書を奪ってやるんだから、覚悟なさい!」

「ええ、楽しみにしていましょう」

 全く心の篭っていない賢者の一言を無視して、魔女は去っていった。

「うひゃー、強烈だなー」

「ともあれ、これで無事に魔界に行けそうです」

 賢者は成果のみ口にして、スタスタと宿屋に戻っていく。その後ろを、剣士も伸びをしながら続く。

 ようやく足を退いた、と息を吐いた勇者は、自分の手でバリバリと蔦を引き剥がす。

「……ん?」

「あ、どうしたガキ」

「や、何か視線を感じた気がしたんだけど」

 野次馬は既にいない。人の気配も無い。周囲に視線を走らせた剣士は「気のせいじゃねェの」と一蹴した。まあそうだよな、と勇者も納得する。

 パタン、と宿屋の扉が閉まる。



 ──やれやれ。面倒なことはさっさと終わらせて、早く帰って、好きなところに行き、好きなように生きたいものだ。



 それが、賢者と剣士の紛うことなき本心である。

 だから少しでも有利に事を進めるためには、(魔女)であろうが、利用できるものは利用する。それだけだ。

 そこは共通認識であるはずなのに、剣士は賢者に対して文句を言ってきた。おそらくストレスが溜まっているから、喧嘩を吹っかけて来たのだろう。

「テメェもう少し手加減してやれや」

「トドメを刺したのはお前だろう?」

 剣士から睨まれ、賢者は言い返す。手加減など、する意味が無い。お前だってする気は無かっただろうに。そんな言葉を言外に滲ませる。

 どっちもどっちだろうよ、とごちる勇者が、多分一番正しいのだろう。


「それにお前が節操なしなのは、事実だろうが」

「ハッ、俺サマの理性が働いてなきゃ、今頃テメェも啼く側だぜ?」

「ほざけ、先に切り落とす」

「だああっ、俺の前でそういう会話すんの()めてくんないかなあっ!?」

 未だにこの手の話には慣れない様子の勇者が、頭を掻きむしった。勇者に敬意を払い、会話を中断する。


 いつものように魔道書を開きながら、「お前もそろそろ身を固めたらどうだ」と言い放つ。「ハッ、お互い様だろォが」という返しに、確かにな、と思う。

「だが、私とお前とでは“意味合い”が違うだろう」

 パラリと紙を捲る。しばらくの無言の後で、「──ま、そろそろ、な」と剣士が呟いた。


 常に無い真剣味を帯びた表情に、勇者が、賢者と剣士の顔を交互に見る。

「え、なにその意味深発言。もしかしてお二人さんデキ──」

「勇者殿、それ以上根も葉もないことを口にした場合、命の保証は致しかねます」

「テメェ気色悪ィこと言ってンじゃねェぞ。虫酸が走ったじゃねェか」

 一気に室温が下がった。「え、だって今の明らかにそういう感じだったじゃんかぁ!」と思わず口にしてしまった勇者の身に、何が起こったのかは割愛する。


 少なくとも次の日、“のっぴきならない事情”で半壊となった部屋のために、宿屋の店主に謝罪と部屋の修理代を支払ったことは、事実である。





 誰もいなくなった通り。

 トン、と屋根に着地した少女は、何も無い空間に向けて鈴の音のような声を奏でた。

「順調に進んでいますね」

 眼下に広がる大通りには、先程の騒動で逃げていた住民や旅人がようやく戻り始めていた。それでも未だいつもより活気の無い人の流れを、少女は寂しそうに見下ろしながらも、この結果自体には満足そうな声を出す。

 矛盾しているように思えるが、それが正しい(・・・・・・)


 少女は一人だ。当然、返事は無い。けれど、彼女は、まるで相槌を打つようにうんうんと頷く。

「ええ、そうですね。それではわたしたちも、そちらに移動しましょう!」

 ぽんと両手を合わせると、少女の身体は掻き消えた。

 屋根の上には、もはや誰もいない。

 やがて通りの人の流れも完全に戻り、まるで初めから何事も無かったかのような日常の風景となった。



◆帰りたい賢者と剣士 了




 喧嘩するほど仲が良いはずなのです。

 たとえ半分くらいマジであろうとも。


 さて、賢者さんと剣士さんの視点は、これにて閉幕。

 新たなバトンは、恋する魔王様に移りまする。

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