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帰りたい賢者と剣士(3)

 薔薇の魔女といえば、植物を操る魔法がお得意だ。基本的には遠距離攻撃を好むが、呼び出す植物によっては近距離攻撃も可能なので、懐に潜り込めたからといって、油断することはできない。

 目下のところでは、まず接近するところからなわけであるが。


 ガッ、と土を蹴る。周りを囲むように鋭利な葉を持つ植物が地面から生えてくるが、剣は振らない。一歩、二歩。生え切る前に通り抜ける。遅れて成長した植物は剣士の背中を狙うが、賢者が唱えた炎の魔法で、焼き払われる。

 背中を預けるとは、こういうことをいうのだ。

 魔女との距離が詰まる。不敵な笑みを浮かべた彼女は、すぐに魔法陣を展開して足元に太い蔦を生やした。さすがは魔女である。魔法陣の展開から発動までの時間的ロスはほぼ無い。


 彼女に敗因があったとするなら。

 それは、己の能力を過信し過ぎていたことだろう。

 あるいは、“この世には絶対的なチカラなどない”ということを、失念していたのか。

 剣士が、相棒を横に凪いだ。剣が豪炎に包まれ、植物を無残に焼き切る。


 ──彼が豪炎の剣士と渾名されるのは、伊達や酔狂ではないのだ。


 賢者の方は、実のところ火属性の攻撃は苦手だ。だから剣士のフォローに入ることにしたのだろう。彼女としては、魔女を退けられるなら、なんだって良かったに違いない。

 そのまま突っ込んだ剣士は、魔女が体勢を整える前に、彼女の喉元に剣を突き刺す──直前で、止めた。切っ先は喉の皮に触れており、魔女の喉には赤い血が伝っている。青褪めた彼女の顔を見て、「これが見たかったンだよ」と内心で嗤う。我ながら性格が悪い。

「相変わらず馬鹿みたいに強いなぁ」

 勇者が、できれば認めたくない、と言わんばかりに呟いた。

「さァて、俺サマとしちゃ、ここで喉を掻っ切っちまってもいいンだが──」

「ちょおおおおおっとー!?」

 イイトコロに乱入してきたのは、勇者だ。炎をまとった剣を素手で掴み(・・・・・)魔女の喉元から退かす。


 こいつもこいつで、規格外だ。


「女の子に暴力ダメ! 絶対!」

「あァ? 女の()って歳でも無ェだろうよ」

「シャラーップ!」

 それ禁句だから! と何故か青褪める勇者は「その一言が、俺の運命を分けたんだ……」と遠い目をしている。過去に何かがあったようだが、知らないし興味も無い。離せ、と言う代わりに剣を乱暴に引き抜いた。勇者の手が斬れることは無い。

 彼はそんな自分の手を見下ろし、「マジ、化け物じみてんなぁ」と皮肉げに呟いた。


「まぁいいや。とにか──あ?」

 勇者の言葉は、不自然に途切れた。


 身動(みじろ)ぎすらできずに、前方へと倒れ込む。その表情は、驚愕の一色に染められていた。恐怖を覚えるよりも早く、勇者の身体は(かし)いだようだ。

 剣士は、自分の方へ向かって倒れてくる勇者を、ヒョイと避けた。「ッ(いで)!?」と鈍い悲鳴が地面から聞こえた。

 余計な手出しをして蔦でぐるぐる巻きにされた勇者の背中を踏みつけながら──勘違いしないでほしい。下手に動くと危険だから、動かないようにしているだけだ。親切心からの行動だ──魔女の動向を窺う。


 彼女の顔は、憤怒に彩られていた。美人は怒っても美人だというが、余裕を剥ぎ取られた彼女の顔は、確かに美人ではあるが、それよりも幼っぽさが目立った。見た目に反して、実は歳若いのかもしれない。

「あたし、いえ……アタクシ、は、負けたわけじゃないわ。負けてなんかいないもの。今のは、ただの偶然。手を抜いていたから、だから……ただそれだけなんだから!」

 彼女は動揺を抑え込むためなのか、くるくるに巻いた髪の先を、指に巻き付けている。この()に及んでまだ自分の優位性を信じているのか。

 敵を前にして自ら手を封じる彼女に、笑いがこみ上げてくる。笑われていることに気付いたのだろう、魔女は顔を真っ赤に染めた。

「お、憶えてらっしゃい! アタクシはその魔道書を必ず手に入れるのよ!」


 雑魚が捨て台詞で吐いていきそうな言葉だ。

 うわー、と聞こえた引き気味の声が勇者から聞こえたが、それは自分の心の中の声とも重なっていた。


「場所が悪いのよ、場所が。それで力が出し切れないのだわ。貴方がた、魔王城を目指しているんでしょう? なら、魔界で待っていてあげるわ!」

 先程は“手加減をした”と言った口で、今度は“場所が悪かったから”と言う。その矛盾を可笑しく思いながら、「へェ、そりゃ楽しみだなァ」とニヤリとする。


 それまで応酬を見ているだけだった賢者が、口を挟んだ。

「我々が魔界まで行く必要があるのは、仰るとおりです。しかし今、問題がひとつあるのですよ」

「も、問題……?」

 魔女は素直に眉を寄せ、小首を傾げた。その姿からは、やはり大人の色香ではなく子供っぽさが漂っている。見た目だけが成熟して中身がまだ子供なのか、──そこまで考え、思考をストップさせる。


 これ以上、踏み込む気は無い。


 誰にも聞こえないくらいの小さな舌打ちをして、剣をしまう。もう不要だろう。腕を組んで、事の成り行きを見守る。勇者が「どういうこと?」という顔で自分に説明を求めていることも分かったが、無視した。

 代わりに賢者が質問に答える。

「界層を渡れる魔女殿とは違い、我々が魔界に行くためには、専用の飛行船が必要なのです。職人に連絡を取っているのですが、いかんせん飛行船を動かすための素材が揃わない。このままでは魔界に行くこともできないでしょう」

 嘘だ。多少強引にでも、材料くらい揃える。……単に、今がその“強引な手段”を取っている段階なだけで。


 自分も自分で大概性格が悪いが、こいつもこいつだ。剣士は、横目で賢者を見た。“子供”相手でも容赦しないという点では、どちらも人道的では無いのだろう。


「……何が足りないのよ」

 ぶすー、と不満げな顔をしながらも、そう訊ねる魔女に、「チョロいなァ」という感想を抱く。

「ロータジア鉱石、鉄鉱石、マドアの…………」

 ここぞとばかりに必要な素材を口にしていく。その中に、明らかに飛行船とは関係が無い素材が混ざっていたのだが、既に飲まれている(・・・・・・)魔女は気付くことはできないだろう。

「……それ、準備してあげても構わなくってよ? その代わり、魔界にいる間はアタクシも一緒に行動させてもらうわ」

 油断してたら魔道書を掻っ攫っていくんだからね、とチラチラと賢者を見ながら“交換条件”を出す魔女に、賢者はいつも通りのクールな顔で「分かりました」と答えた。




見た目妖艶美女の、ちょっと間の抜けた(?)魔女さんのおなーりー。

彼女視点は、もうしばらく先となります。

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