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帰りたい賢者と剣士(2)

 汗を洗い流し、サッパリしたところで勇者が宿屋の一室に雪崩れ込んで来た。

「た、大変だ!」

 煩ェな、と睨み付けながら服を着つつ部屋へ戻る。着替えと移動を同時に行う剣士に、勇者が「いい加減なやつ」と言いたげな目を向ける。着替えてから出てくるのが普通だ、という意識があるようだ。

 イチイチ気にすることかよ、と剣士は思う。口を悪いが育ちがいい小僧(ガキ)、というのが印象だ。

「それで、どうなさいましたか、勇者殿」

 賢者は今更気にしても仕方ないと思っているのだろう。気を逸らす意味合いもあったのか、勇者の話を促す。ああそうだった、と彼は手を打つと、「外に!」と窓を指差した。ちょうど賢者の後ろにある窓だ。表通りに面している。その指先を辿り、賢者は窓の外を見て、──表情を凍り付かせた。

「あっりえねーほどの美女がいる!」

 興奮しきった勇者に、若いなお前、と呆れを含めた感想を抱いた。


 十中八九、賢者の“追っ掛け”だろう。魔道書を強奪しようとしている輩を、追っ掛けなどという可愛い言葉で片付けていいのかは分からなかったが。


 首を突っ込む義理も無かったが、目の据わった賢者は、何を思ったのか剣士の首根っこを掴んで歩き始めた。

「テメェ何しやがンだ、離せ」

「煩い、さっさと歩け」

「あァ……?」

 一気に一発触発の空気になった同行者に、勇者は目を白黒させている。「俺、なんか余計なことした?」と首を傾げている。余計なことだらけだっつの、と思ったが面倒だから口にはしない。


 しかし、女に引き摺られて登場というのはなんとも格好が付かない。

 剣士は賢者の手を振り払うと、仕方なさそうに鼻を鳴らして、その後ろに続いた。

「あんたらって、仲が良いのか悪いのかわっかんねーよなぁ」

「どこをどう見たら仲良く見えるのですか」

「こンのクソガキが。テメェの目は節穴か? あァン?」

 二人で一斉に睨み上げると、勇者はビクリと身体を震わせ、「冗談! 冗談だって!」と必死に弁明を始めた。ぴーちくぱーちくと煩い。

「笑えねェ冗談だなァ」

 言葉の応酬も面倒になってきた剣士は、別に笑わせるために言ったんじゃねーよ、と誰かさんが小声で文句を口にしたことは、無視してやることに決めた。



 宿を出ると、確かに超絶な美女が立っていた。ヒュウ、と口笛を吹く。

 ぼいんと自己主張する巨乳に、くびれた腰、程良く肉が乗った尻と足。噛み付いたらさぞ柔らかいだろう身体に、欲望にギラつく視線を這わせる。

 赤いルージュがよく似合う勝気そうな美貌は、決して剣士からだけではない視線を物ともせず、艶然と目的の人物を迎えた。

「また会えて嬉しいわ、賢者サマ」

「魔女殿、申し訳ありませんが私は忙しいのです。お引き取り願います」


 魔女、という単語にあたりが騒つく。地上界では、まだまだ魔女は恐怖の対象だ。常人では考えられない程の魔力を保持する魔女は、やろうと思えばこんな小さい街など、一晩で半壊、下手をしたら全壊すらできるだろう。


 周囲からの視線の種類が変わったことに、魔女は不快そうに目を細める。

 その中でも、事情が分かっていない勇者と、その辺りに頓着しない剣士だけが変わらない目をしている。それは魔女の注意を引いたようだ。

 ぷるりとした唇が、弧を描く。お、と意味も無く声を上げて顔を真っ赤にしたのは、経験値の低い勇者のみだ。剣士はニヤリと笑って返す。

 それを横目に確認した賢者は、目論見通り、と呟くと踵を返した。


「って、ちょっと待ちなさいな!」

「……まだ何か用が?」

 呼び止められ、嫌そうな顔を隠さないまま振り返る。

まだ(・・)も何も、用件さえ言ってないわよ、この無愛想賢者!」

「生憎と貴方に振り撒く愛想は無りません」

「え、賢者殿、俺にも振り撒いてなくね?」

 ほら俺って魔王倒しに行くんだぜ? 振り撒いてもよくないか愛想を! と勇者が余計なことを言った。賢者が冷めた目で勇者を見る。

「勇者殿にも、不要でしょう」

「なんで!?」

 賢者は権力を好かない。媚びを売るのが嫌いだ。無愛想はスタンダード。

 なんやかんやと言っているが、結局は自分が嫌なだけだ。そこのところは、嫌いじゃない。

 彼女は、おそらくこの世で一番大事なのであろう魔道書の表紙を撫でた。

「そう! それよ、それ。それを寄越しなさい」

 当然のように手を差し出す魔女に、辟易する。女は好きだが、これは面倒なタイプの典型だった。鑑賞する分には良いが、手を出したら面倒ごとを背負い込むことになるだろう。


 ならばやることはひとつ。


 ──剣士はここぞとばかりに好みの肢体を舐め回すように見た。

 チッ、と上がった舌打ちは賢者のものだ。どうやら手を出すことを望んでいたらしい。なんとも仲間想い(・・・・)のやつである。


 バチバチと火花を散らし始めた賢者と剣士を宥めるように、「あのぅ、お二人さん? そういう場合じゃなくね?」と勇者が心底呆れ果てたように言った。

 一理ある。賢者は肩を竦め、魔女に向き直る。


「何の目的でコレを欲しているかは存じませんが、何度言われても答えは同じです。──これを渡すことはできない」


 これ以上の話し合いは不要。と賢者は今度こそ踵を返して、宿屋のドアに手を掛ける。その足元に、雷の矢が突き刺さった。

「渡す気が無い、なんて関係無いわ。貴方はそれをアタクシに渡すの」

 拒否権も無い。それは決定事項なのだから、と。どこから出てきているのか不明な自信を(みなぎ)らせた魔女の手からは、魔力の残滓が漂っている。

 親身になりたいとは一切思わないが、可愛いもんだ、と思わないでもない。

 全てが自分の思い通りになって然るべし。まさしくそう思っているのだろう。そしてその考えを周りに強いてきた。これまではそれで良かった。

 その自信が崩れた時、この女はどんな表情(かお)を見せるのか。想像すると、愉快な気持ちが湧いてくる。


「街中でぶっ放されちゃ、放置できねェしなァ?」


 それらしい理由を上げて、腰の剣を引き抜く。まあ、嘘ではない。「嘘吐くなよ、お前」と言いたげな顔で勇者がこちらを見ているが、丸っきり嘘ではない。

 魔女も逆らう人間に不機嫌そうに眉を寄せた。

「言っておくけど、手加減なんてできないわよ? 丸焦げになっても自己責任」

「ハッ、そりゃ結構なこった」

 しばしの膠着状態。その間に周りを囲んでいた野次馬は、危険を察知して逃げたようだった。好都合だ。

 賢者も魔法陣を展開している。端では勇者が頭を抱えていた。


「なんでこの世界のやつらって、揃いも揃って好戦的なんだよー。うぁー、天使に会って心癒されたいわー」

「また妄言を吐くもんだなァ。天使なんざ、碌なヤツがいねェぞ?」

「確かに、嫌味なやつが多い」

「だああっ、俺の世界では違うの! そういう(たと)えがあるの! 天使みたいな()っていったら、優しくて慈悲深くて可愛い子を指すんだよ!」


 頭をがっしがしと掻き毟りながら叫ぶ勇者は、やはり女に夢を抱き過ぎだと思う。“優しくて慈悲深くて可愛い”? いねェよ、と思う。そういうやつこそ一物(いちもつ)を抱えているもんだ。

 むしろ、こういうタイプの方が余程分かりやすい、と目の前で分かりやすく敵意を剥き出しにして戦闘態勢に入っている魔女を見据え、嗤う。




仲が良いのか、悪いのか。

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