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帰りたい賢者と剣士(1)

 魔王討伐の勅命を受け、内心では面倒だなと思いながら、仕方なく出立した。

 それは、賢者にしても剣士にしても同じである。──なお二人は旧知の仲であるが、それがイコール相性が良いことに繋がるかというと、全く別次元だ。だがこの時ばかりは、胸中を占める想いは同じだっただろう。


 ああ、面倒くさい。


 彼らにとって不幸だったのは、一緒にパーティを組む勇者が、また面倒な性格をしていたことだ。

 彼は、歴代勇者のように諦めてこちらの要求を飲むことはなく、『帰りたい』『逃げたい』を繰り返す。それは自分だって同じなのだが、とはさすがに言えず、賢者は今日も今日とて、自分の全てでもある魔道書を開いて気を紛らわす。


 帰りたいなら、つべこべ言わず、さっさと魔王を倒せばいいのだ。それが最善の手段である。少なくとも、賢者と剣士はそのことを知っている。


 歴代勇者の中でも面倒な勇者は、しかし、歴代勇者の中でも優秀な勇者でもあった。本人は頑なに否定するが、魔法も剣も、ああも軽々と使いこなせるのは、彼くらいだろう。あの(・・)勇者の剣も、彼であれば扱えるかもしれない。

 この手の期待度が高いからこそ、歴代魔王の中でも最強を誇る魔王を(ほふ)るために、多少鬱陶しいと感じつつも「帰りたい? じゃあいいや、さよなら」と切り捨てることはできなかった。

 色仕掛けでも何をしてでも勇者をこちら側に付けろ、とは賢者と剣士を送り出した“お偉いさん”の弁であるが、いかんせん人選が悪かった。賢者も、剣士も、そこまで熱心に勇者を繋ぎ止める気は無かった。自分の身体を売るくらいなら、魔王とやりやって死ぬか、国外逃亡、いや界層外逃亡する。

 剣士がどうするかは知らないが、あいつのことだ、どこかの女のところへ転がり込むのだろう。

 賢者は、はああ、と大きくため息を吐いた。とても勇者の前ではできない。

「根は良いやつなんだがな」

 一応は認めてはいるのだ。女の尻を追い回しているようなどうしようもないやつであるが、実力は確かだ。部下からの評価も上々。


 入り口の方から、音がした。噂をすればなんとやら、だ。


 剣士は、椅子に座って静かに読書をする賢者を一瞥したが、それだけだ。汗に濡れて気持ち悪かったのか、服を脱いで上半身裸になる。

 少しは気を遣え、とは今更言っても栓の無いことなので、もはや口を挟まない。

「ガキはどこ行った?」

「さて。外だろうな」

 そろそろ戻ってくる頃だろう。

 最近の彼は、前と比べると格段に協力的になった。帰りたい、逃げたい、は口癖のように言っているが、鍛錬(レベルアップ)にも力をいれるようになった。どういった心情の変化かは知らないが、こちらとしてはありがたい限りである。

「お前も鍛錬か」

「あァ?」

 どうやらしてはいけない種類の質問だったようだ。途端に顔が険しくなる剣士に、賢者は憐れみの目を向ける。

「少しは感情コントロールを憶えたらどうだ」

「常時腹に一物抱えてるテメェに言われたかねェよ」

 バチバチと火花が散る。それが戦争に発展する前に、お互いに視線を逸らした。不毛なことで体力を使うつもりはない。

 クッソ疲れた、と言いながら風呂場に向かう背中を見送った。しばらくすると、身体を洗う音が聞こえてくる。


 先の反応を見るに、汗だくになっていた理由は、鍛錬ではなく、おそらく最近噂になっている剣士の追い掛けだろう。以前に寄った村で会った娘だ。

 なんでも、かなりしつこいらしい。

 あの容姿に入れ込んだのか、とせせら笑おうとしたが、どうもそちらではなく剣の腕に惚れ込んで弟子を志願しているようだ。やつの弟子など、どう考えても雑用を押し付けられて終わりだと思うのだが。しかし剣士の方も、雑用係を得ることよりも煩いやつを手近に置く方が嫌だったらしく、会えば“追いかけっこ”が始まる。


 普段であれば、ちゃらんぽらんなお前にツケが回ってきたのだろうな、とここぞとばかりに嘲笑うところであるが、賢者には──否、賢者に()人を馬鹿にできぬ理由があった。

 最近、何が目的かは知らないが、賢者は“薔薇の魔女”に付け狙われているのだ。無論、色恋の意味合いは無い。女同士で愛を囁く趣味は無い。魔女はどうやら賢者の知識の全てでもある魔道書を狙っているようであった。


 ──魔道書を狙う。


 これ自体は、外道ではあるが、さして珍しいことでもない。何しろ、魔道書を奪うということは、相手の持つ魔法を自分のものにするということなのだ。そこに目を付ける輩は多い。

 とはいえ、奪ったからといって全てが扱える訳では到底無い。分相応の魔法を見ることができるだけだ。だから賢者の魔道書は、大抵の者にとっては未記入ページの多い無駄に分厚い本──扱うことができぬ代物だ。

 問題は、“薔薇の魔女”の二つ名を冠する魔女は、その“大抵の者”の中には組みさないということだ。

 彼女レベルであれば、この魔道書もさぞや自由に扱ってみせることだろう。

 だからこそ、適当にあしらってハイ終わり、とはいかないのだ。


 はあ、と賢者は重くため息を吐く。

 これまで魔道書を狙う輩には、もう二度とこのような気は起こさないようにと完膚なきまでに叩きのめしてきた。しかし今回ばかりは……正直、実力が拮抗しているのだ。

 薔薇の魔女は、魔界における“例外的存在”だ。魔族たる彼女は、しかし魔界に留まることを良しとせず、自力で界層を渡り、地上界へ居城を建てた。

 勝手に人の土地に城を建ててしまったわけであるが、魔女の報復に対する恐れと、どちらにせよそこは人が容易に足を踏み入れられる場所ではないという事情から、黙認されている。

 噂では、『魔王が直々に魔王軍への参加を打診した程の腕前らしいが、遣いの者を薔薇(まみ)れにして帰したようだ』とか、そんなことが囁かれている。要は変わり者だ。

 そんな世界的に有名な魔女が、どうして自分の魔道書を狙うのか。

 サッパリ分からない。

 魔王討伐の任さえ無ければ、身を隠して難を逃れられるのに、そうもいかないので面倒である。──それはおそらく、剣士も同じ思いであろうが。

 やはり早く魔王を討ち取ってしまいたい。自分の平穏のために。


 そういえば、と賢者は魔女の姿を頭に浮かべた。自分とは真逆の、肉感的な身体つき。豊満な胸は、さぞや男性を悦ばせるのだろう。

「…………」

 不意に賢者は、ひとつの対処方法を思いついた。

 女好き──特に肉感的な身体を好む剣士を(けしか)ければ、時間稼ぎになるのではないか、と。

「どうにもならなかったら、そうするか」

 一寸(いっすん)の迷いも無く、賢者は剣士を売ることに決めた。やつもやつで、相手は好みのタイプだ。むしろ喜ぶだろう。薔薇で息の根を止められようと、罪悪感は無い。


 ──果たして、その機会は意外と早く訪れた。




賢者様は、……否、賢者様も、やる気がない。

勇者パーティは、基本的にやる気が足りない。

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