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逃げたい勇者(3)

「……ん? でも天使を脅すって、どうすりゃいいんだ? それにどうやって天界に行けばいいんだ?」

 そのあたりを教えてくれたりするのだろうか。勇者は少女を見た。彼女の存在を、何故か勇者は全面的に信用し始めていたのだ。

 少女は悩んでいるようだった。

「脅す、えっと……帰せー、って言ったら帰してくれないでしょうか」

「くれないだろうなー」

 それで帰してくれるのであれば、勇者のこれまでの努力は報われているはずだから。

 少女は、いたって平和的な思考回路をしているようだった。知識は持っているが、暴力的な方向では役に立ちそうにない。

 うーん、ううーん、と精一杯悩む少女の姿に、ふはっと笑ってしまう。

「あ、ありがと。もういいよ。脅す方法は自分で考えてみる」

「お役に立てず……」

 少女はしょんぼりと肩を落とした。「代わりに、一時的に天使の動きを止めることのできるアイテムをあげましょう」と彼女は言った。すごいアイテムがあったものだな、と目を丸くする。

 これです、と渡されたのは、やけにふわふわした黒い羽根だった。全部で五枚ある。すげーふわふわだなー、と言いながら羽根を触っていたら、目の前の少女が顔を真っ赤にしていた。何故?

「あ、あの……あんまり、さわ……あ、いえ、えっと、なんでも……」

 わたわたしている少女を不思議に思いながらも、羽根を丁寧にリュックに入れる。

 羽根が曲がりそうで不安だったが、そうなった時はそうなった時だ。まさか手に持って行動するわけにもいかない。

「あとは天界への行き方かー」

「てっ……天界には、わたしの力では連れて行けないのですが、天使がいる場所は知っていますよ」

 未だに多少赤い頬を押さえながら、少女がほにゃりと笑う。マジでか、と勇者は目を見張った。

「はい。今、“とある事情”で天使が二名、魔界に……魔王城にいるのです」

「ま、まおー、じょー」


 って、目的地(魔王のいる場所)じゃないか!


 それ、魔王を倒すのと、天使を脅すのと、どっちが楽なのだろう。勇者は大いに悩んだ。最強の魔王よりかは、やはり天使の方が楽だろうか。しかし、魔王城に行って、どちらと先に遭遇できるかは運でしかない。

 途端にしおしおとやる気が失われていく。

 少女に「どうかいたしましたか」と訊ねられる。どうもこうも、という具合だ。


 それに、今更ではあるが、ちょっと話ができすぎている気がしないでもない。何故この子は、自分にそこまでの情報提供をしてくれるのだろう。

 ……実はこの少女、賢者の仲間なのでは。あまりにも自分が渋るから、“天使”という餌を匂わせて、魔王城に(おび)き寄せる気なのでは。

 ああ、その可能性は高い気がする。

 きっとそうだ。そうに決まっている。


 萎れた心が、どんどん冷めていく。


「ざけんな、クソ……」

 口から溢れた悪態は、ひどく掠れていた。勇者様? と、自分を呼ぶ鈴の音のような軽やかな調べ。

「俺は、勇者なんかじゃ……俺はっ」

 ふわり、と突然手を包んだ温かさに、言葉が詰まる。勇者の握り固めた拳をひとつ、小さな両手で包み込んだ少女は、温かみのある表情で、勇者の顔を覗き込んだ。

「貴方様は、勇者様です。──信じられませんか?」

 頷いてしまったのは、おそらく手の温もりに動揺していたからだろう。

 では、と少女の手が離れた時に寂しさを覚えたのは、気のせいではなかった。彼女の手には、いつの間にかサイコロが出現している。

「どうぞ」

「へ?」

 紅の瞳が、くりっと動いた。

「“占い”をしましょう、勇者様! 勇者様の仰る数字が出れば、貴方様は紛うことなき勇者様です。わたしの占いは、よく当たるのですよ! ──同じ数字が出ると思います」

 子供騙しだ。勇者は心底呆れた顔を作ったが、期待するようにキラキラ輝く瞳に、仕方なくサイコロを受け取ると、「1」と答えて、無造作に落とした。

 ころころとサイコロが転がっていく。

 くるくると数字が動く。


 ──ころころ、ころ……ころ……


 サイコロの目は、1だった。

「ほら!」

 少女は嬉しそうだ。

 こんなの、所詮、手品だ。トリックがある。なんてことはない。

 ……はずなのに。

 きゃあきゃあと、心の底から喜んでいる様子の少女を前にしたら、そんなことは瑣末なことに思えた。

 あまりにもくだらなくて、肩の力が抜けてしまったのかもしれない。

 少女は胸の前で手を組むと、そっと目を閉じた。

「貴方様は、勇者様です。わたしの命運を決める御方。どうかわたしをお助けくださいまし」

 祈る姿は、まるで彼女こそが天使みたいだった。ふわりとスカートの裾が舞う。その姿はまるで、──そう、王の姫君のようで。

「あー、うん」

 単純だな、俺。勇者は自分を嗤った。

 この際彼女が賢者からの差し金でも良かった。

「……うん、分かった。占いによると、俺は勇者だし。俺が帰るために必要な天使とやらもそこにいるんだろう?」

 いろいろな言い訳を重ねて、勇者は仕方なさそうに笑う。

「なら、行くよ、魔王城に」


 きゃあ! と歓声が上がった。

 その声をもっと聞いていたいなと思う。自分が例えば魔王を倒したら、同じように喜んでくれるだろうか。



 少女と別れて宿屋に戻ると、賢者がまた魔道書を読んでいた。剣士はいない。多分女漁りだろう。あいつも懲りない。

「なあ」

 呼び掛けに、賢者はすぐには応じなかった。自分のことではないと思ったのだろう。無理も無い。これまで自分から話し掛けたことなどなかったのだ。

「なあ、賢者殿?」

 肩書きを口にして、ようやく彼女は顔を上げた。いつも通りのクールな顔だ。自分が(けしか)けた少女による作戦が成功したことを、賢者は喜ぶだろうか。こちらとしては、まんまの術中にはまったということに、恥ずかしい気持ちが高まる。

「お、俺……魔王城、ちゃんと行くから、な? これ、マジだからな?」

 そこまでが限界だった。

 勇者は「風呂入ってくる!」と無意味に大きな声を出すと、風呂場にこもった。こもってから、着替えも何も持っていないことに気付く。真っ赤な顔を俯いて隠しながら、着替えを集め、再度風呂場にこもる。なんとも決まらない。

 でもとりあえず、宣言はしたぞ。

 よし、と小さくガッツポーズをした。


 最終目的は、無事に元の世界に帰ること。

 そこに、魔王城に行く、という中間目標が加わった。


 勇者は知らない。魔王城に行く宣言をされた賢者が、ぽかんと口を開けていることなど、知らない。

 だから当然、「これで勇者様は天使を探すために魔王城に向かってくれますよね!」とにこにこ顏の少女のことも、知るわけがない。



◆逃げたい勇者 了




まんまとノせられた勇者様。


さて、勇者様編は、これにて終了!

別視点から物語は進みます。

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