希う堕天使と幻獣(2)
望み通り、魔王城に役者が集まった。
途中、勇者と村娘に迫る手に驚いて黒羽根を一枚投げてしまったことを除けば、順調そのものだ。
頃合いを見計らい、部屋に降り立つ。どよめく周囲を他所に、眷属の血が付いた剣、封印解除の魔法が記された魔道書を手にする。
──剣が光に包まれる。
光の中から現れた立派な獣に驚く。なるほど、確かにあのちんまりとした獣とは違う。
「あぁ良かった! 元の姿に戻れたんですね!」
嬉しそうな鳴き声に、こちらまで嬉しくなってくる。
「それでは代わりにわたしの願いを、」
一瞬、躊躇った。
願ったことはひとつ。『たまに話し相手になって欲しい』というものだ。
自然と同化するようにして生きることは、自分にはできない。共に生きることはできない。
だから、せめて、たまにだけでも。
だが、短い期間ではあったが、独りぼっちではなかった“幸福”が、あまりにも温かくて。
本当は手放したくなんかない。
その祈りが通じたのか、ぐい、と強い力で腕を引かれた。その反動で顔もそちらに向いてしまう。
「よォ。……ようやく捕まえたぜ」
強い眼差しとかち合う。
驚愕で見開く。優しい色をした瞳が、彼女を映していた。その瞳を、堕天使は知っている。
「あの時の……旅人、さん?」
どうしてここに。死んでしまったのではないのか。動揺する堕天使に気付いたのだろう。「あの程度で俺サマが死ぬと思ってンのか?」とニヤリと笑われた。
「迎えに行ってやろォとしてたンだけどなァ、手間が省けたぜ」
迎えに? 会いに、ではなく? それは、どういう意味だろう。
混乱して微動だにしない堕天使越しに、魔女の怒気溢れた声が響く。
「ちょっと勝手に動かないでよ! 何か発動したらどうする気!」
「ンなもん、ボスが直で出てきてンだから、どうせネタ切れってとこだろォよ」
めんどくせェな、とガリガリ頭を掻く姿は、昔とちっとも変わっていなかった。
「あー、アレやっぱこの人が仕掛けたものだったんだなー」
「うむ。この際だから根こそぎ潰そうと思って自由に泳がせていたんだが、泳がせ過ぎた。すまん」
真顔で謝られ、いいって、と勇者が慌てて手を横に振る。本来一番に対立すべき間柄の二人は、けれど一番この状況に馴染んでいるような気もする。
グル、と鳴いた幻獣が、鼻先を堕天使に押し付けた。ありがとう、と言っているようでもある。
お陰で自然と共に生きられる、と。
「でも、その剣が、まさか幻獣だったなんて……驚いたわ」
魔女が興味津々に幻獣をじっくり見る。近寄り過ぎると危ないよ、と宰相が慌てて止めている。この二人の距離感もだいぶ元に戻ってきたらしい。元々、傍にいたいと思い合っていた二人だ。
「俺は、先代が飾り付けるあたり、何かあるのだろうとは思っていたが。賢者殿は知っていそうだな?」
「え、賢者殿が? なんで?」
問われた賢者は、「……先祖のしたことですからね」と苦々しい顔を見せた。
「先代勇者が、彼を剣に封じたのです。魔法を使ったのは、私の先祖ですが。……今更信じて欲しいというのは虫の良い話ですが、先代勇者は貴方を救おうとしたんです」
いつの間にか、賢者の視線は幻獣に向けられていた。
「先代魔王と先代勇者の戦いは、それこそ今みたいにフザけたものではなくて、凄惨を極めたそうです。魔王との最終決戦の中で、貴方は致命的な怪我をして、……勇者は、貴方を救うために、剣に封じたと聞いております」
美しい剣は、勇者でなければ引き抜くことすらできないように。その身が血で穢れぬように。長い時が、彼の怪我を癒すように。
そんな祈りを込めて、先代勇者は別れすらまともに言えぬことを承知で、幻獣を剣に封じたのだ。
堕天使は、幻獣が『そうだったか。……あいつはやっぱり愚かだ』と言うのを聞いた。
彼は、堕天使をチラリと見た。
『貴方の愚かさは、あやつと似ていた。貴方といる間は、寂しくなかった。楽しかったよ。ありがとう。……貴方ももう一人ではない。安心した。約束は果たす、──いずれまた会おう』
獣の咆哮が響いた。魔界全体を震わすような、大きな叫びだった。
幻獣は光となって、城を飛び出した。その軌跡には、光の欠片が舞っている。
彼は自然に還ったのだ。
最後の言葉に、胸が不自然に高鳴る。
──自分は、もう一人ではない、のだろうか。
掴まれたままの腕を見て、次いで手の先にいる剣士を見て、思う。
彼は、自分の傍にいてくれるのだろうか。
視線は交わらなかったのに、彼はまるで堕天使の考えを汲んだように、彼女の兄である大天使に目を向けた。
「オイ、コレは貰っていくが、いいんだよなァ」
「悪いと言ったら、置いていくのか?」
剣士がニヤリと笑うのを見て、大天使は肩を竦めた。
「まあ堕天となった状態では、天界は辛かろう。お前なら手放すことは無いだろうし……“歌姫”でなくてもいいのだろう?」
ああ、この優しい兄は知っていたのだと思った。自分が孤独を感じていたことも。
自分は、独りではなかったのだ。
「あに様……」
ぽん、と頭に置かれた手の温かさに涙が浮かんでくる。
彼はふわりと笑うと、「幸せになりなさい」と静かに言った。
「私もしっかり、幸せになるから」
「まあ! あに様もお慕いする方が?」
「あぁ。でもなかなか靡いてくれない。いかにも天使の娘らしく、馬鹿で可愛いのだが」
な、と顔を向けた先にいたのは、見習い天使だ。彼女は初め、何故自分に話が振られたのか、本当に分かっていないようだった。しばらく「ん?」という顔で、とりあえずにこにこと笑った後、意味を理解して「はああ!?」と叫んだ。
「なっ、んで! そこで僕を巻き込むんですかあ!?」
「便乗しようかと」
「何にだよっ!」
地団駄を踏んだ見習い天使は、「周りがくっ付いたからって、雰囲気に流されないでくださいよ!」とがなる。「雰囲気に流されたんじゃなくて、利用しただけなのだが」という大天使の言葉は、どうやら聞こえなかったようだ。「しかもサラッと馬鹿って言ったなあ!」とまだ怒り続けている。
甘く囁いても本気にしやがらない、と文句を言う大天使の言葉に、顔を赤くしているのは、怒りなのか照れなのか、微妙なところだ。前途多難なようである。ザマーミロ、と剣士が嗤った。
◆希う堕天使と幻獣 了
残り三話となりました!読んで頂き、ありがとうございます。
うだうだしておりますが、どうか最後までお付き合い頂けると嬉しいです。
勇者と魔王がいちばんなかよし。




