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そして一堂に会する(5)

 黒い翼を持った少女が、地面すれすれに浮いていた。

 金色の綺麗な髪に、紅玉のような瞳。まるで祈りを捧げるように組まれた指は細く美しい。

 ふわ、と彼女は微笑む。

「ごきげんよう、皆様」

 鈴のような可愛らしい声。


 集団の一部が、冷静に「やっぱりいたか」と思う中で、


「「「あぁーっ!」」」


 それ以外の者の大合唱が響いた。


「きみ、あの時の女の子! え、賢者殿の手先じゃねーの!?」

「なんで私の手先になるんです……」

「可愛い女の子使って、やる気出させようとしたのかな、と。いや出たんだけどね、やる気!」

「ああ、そういう手段を取ればよかったのですか。次があれば、そうします」


 賢者は、勇者の誤解を解き、


「あんたね! あたしが魔道書を奪おうとしてた理由をリークしたの!」

「違うぞ、それは俺の単なる予想だ」

「…………ぅ」


 魔王は、魔女の勘違いを即座に正し、

 宰相は、魔女の言葉を思い出し赤面して顔を覆い、


「おお、あの時は世話になった。だが結局、恋より友情を取ったんだ。悪い」

「……お陰で俺サマはメーワクだったンだがなァ?」


 村娘は、誤認識をそのまま突き通し、

 剣士は、こめかみに青筋を立て、


「う、うう、ううう歌姫様ぁ!?」

「あら見習い様、お久し振りでございます」

「やぁ、妹よ。黒くなった翼も、きみの艶やかな金の髪、そしてその美しい瞳に映えて、とても綺麗だね」

「あに様、ありがとうございます」

「黒い翼! って、堕天の証では!? い、いいいいったい何があったんですかあああああ!?」


 大天使は、見たこともないような優しげな笑顔を浮かべ、

 見習い天使は、顔を長細くさせながら叫び、



 ──その中で、堕天使は、ほにゃほにゃと笑った。



「綺麗でしょう、この黒い翼」

「あ、ハイ。とても綺麗で──すけどそういう問題じゃないんですよお!?」


 どういうことですかあ!? と堕天使──に、詰め寄るのは畏れ多くて憚られ、代わりにその兄に詰め寄った。良いじゃないか綺麗だし、と兄も兄で同じような感覚だ。

 しかし、さすがに事の経緯は気になったようだ。

「時に妹よ。何故その黒い翼が欲しかったんだい?」

 堕天使は目を伏せた。


「……独りぼっちは、もう嫌でしたので……」


 素直に漏らした言葉はあまりに小さく、けれども彼女の透き通った声は、部屋に響いた。

 彼女が、す、と抱えている本は、──賢者の魔道書だ。「あ」と響いた声は、誰のものだったか。

「魔王様、どうかその剣を頂けませんか?」

「これか?」

 なんの逡巡も無く、その剣は堕天使の手に渡る。黒い血と赤い血の混ざる剣。

「……黒い血は不要だったのですが」

 眉尻を下げ、その剣を眺める。重くて持ち上がらないのか、その切っ先は地面についている。

 片手に魔術書。片手に剣。

「でも、ようやく揃いました」

 堕天使はにっこりとした笑顔を、誰もいない空間へと向けた。

「お待たせいたしました」


 まるで意思を持つかのように、パラパラと分厚い魔道書が捲れていく。やがてあるページでピタリと止まった。

 魔道書が光り始めると、剣もひとりでに浮き上がる。


「──眷属の呼び声に応え、目覚めなさい。真の姿を、今この場所へ。産まれた姿に戻りなさい。さあ──」


 シャン、シャン、と。鈴の音がする。

 魔道書から白い光が何筋を飛び出し、剣を巻き付くように包み込んだ。目も眩むような光の塊が徐々に大きくなっていく。


 やがて光の中から、その光にも負けないような金色に輝く毛を持った獣が現れた。狼に似ている。狼よりも、毛がもっふぁもふぁしているが。

 グルルゥ、と狼が低く鳴いた。

「あぁ良かった! 元の姿に戻れたんですね! それでは代わりにわたしの願いを──」

 堕天使の言葉は、途中で途切れた。

 細い腕を強い力で掴まれる。


「よォ。……ようやく捕まえたぜ」


 振り返ると、強い眼差しとかち合う。

 驚愕で見開く。優しい色をした瞳が、彼女を映していた。



◆そして一堂に会する 了




重い剣を振り回せる方々は、多分けっこうな筋肉をお持ちなのだろうな……。

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