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逃げたい勇者(2)

 “彼女”と出会ったのは、いつも通り一晩身体を休めるために、街に泊まった時だった。

 息抜きも必要だと考えているのか、逃げてもどうせ捕まえられるのだからという余裕があるのか、街中では勇者に対する“リード”は外される。それがまたおもしろくない。それでも一緒にいるよりかは幾分かマシだった。

 監視役二名と別れて、ふらふらと目的も無く歩いていた時、「勇者様?」と軽やかな声で呼び掛けられた。

 賢者が『勇者殿』と呼ぶので、その呼称に慣れていたこともあったのかもしれない。勇者は「ん?」とその呼び掛けについ応えてしまった。

 しまったと思ったのはその後だ。自分の存在は、基本的に秘密なのだ。黒髪であったら目立ったであろうが、勇者は自前の茶髪だった。茶髪ならこの世界でもありふれている。見た目的には一切目立たないはずなのに。

(どうしてこの子は、今……)

 その思考回路は、中途半端なところで途切れた。敵襲を受けたからではない。いや、ある意味それは勇者にとっては“攻撃”に近いものだったが。

 視線を向けた先に、超絶にタイプの女の子がいた。一言で表せば、清楚、という言葉がよく似合うだろう。

 ストレートの長い金髪に、紅の瞳。まるで人形のような、美しさと愛らしさ。


「勇者様」


 甘く響く声は、勇者の脳髄を犯しているようにも感じられた。少しの恐ろしさを覚え、我に返る。

 呼び掛けに応じてしまった失態を取り返そうと、慌てて口を開いた。

「あの……申し訳ないんだけど、勇者ってなんの話? 俺、思い当たることないんだけど」

「いいえ、貴方様は、勇者様です。そうですよね?」

 美少女は、最後の問い掛けだけ、何故か勇者から視線を外した。何もいないはずの自分の左隣に話し掛けているようにも見えて、ゾッとする。

 この人ちょっと危ないんじゃ、という警戒心がむくむくと湧き上がってきた。いかに外見が好みでも、自分を殺そうとしたり嵌めようとしたりする相手は、御免被る。

「悪いけど、俺、もう行かなきゃ」

 背中を向けないまま、一歩、二歩と下がる。

 少女は、優しい瞳をしている。


「勇者様、帰る方法を知りたくはありませんか?」


 思わず、ピタリと足を止めたのが、それがあまりにも甘美な響きを秘めていたからだ。

 帰る方法。

 ごくりと唾を飲み込んだ。

「帰る方法? きみは知ってるの?」

「えぇ」

 少女は笑う。ころころと笑う様子は無邪気で、でも先の発言と合わせると、悪魔のようにも見える。

「知りたいですか?」

 その問い掛けは、確かに自分に向けられていた。勇者はもう一度、喉を鳴らす。


 ──これは、何かの罠かもしれない。


 突拍子も無い考え、でもなかった。当然疑うべきことだ。

 しかしそれでも。

「知りたい」

 その返答は、彼女を満足させるものであったようだ。「ああ、良かった!」と花が咲いたように微笑む。人間単純なもので、本当に嬉しそうな顔に、こんな()が自分を騙すわけないじゃないか、というような気がしてくる。根拠も何も無いのに。

 気を引き締めなくては。ふ、と息を吐く。

「それで、俺がこの世界から帰る方法って……?」

「勇者様は、どなたが貴方様を召喚されたか、ご存知ですか?」

 質問に質問で返されて、一瞬思考が固まるが、さしてそれを不快に思うでもなく、勇者は自分の記憶をさばくりだした。


 正直なところ勇者には、異世界に飛んできた、という意識が無いのだ。


 よく小説である勇者召喚モノでは、召喚直後に周りを王族や重鎮、貴族たちに囲まれていたりするが、何が原因か、それともこの世界での“召喚”はそれが普通であるのか、勇者は目覚めた時にベッドにいた。確かに眠る時は自室の敷布団だったはずなのに、豪華絢爛なベッドで寝ていて心底ビビり、ベッドから転げ落ちたことは、できれば誰にも話したくない事柄である。あと枕が変わっていたことも影響して、寝違えて痛かった。気分は最悪だ。当時は“最悪”という言葉すら頭に浮かばず、ひたすら混乱していたが。

 そこに現れたのが、あのクール女賢者だ。

 彼女は勇者に対して、至って冷静に、かつ簡潔に状況説明をした。そのクールさが、当時の勇者には──まあ今も似たようなもんだが──腹立たしい理由のひとつになっていた。


 そういえば、誰が召喚したのかは聞いていない。魔法が使える賢者が勇者を呼び出したのだと思い込んでいたか、違うのだろうか。

 勇者は初めと途中をすっ飛ばし、「賢者殿だと思ってたけど、実際は分からない」ということだけを伝えた。

 すると少女は、不思議そうに顔をこてんと傾けた。余程おかしな答えだっただろうか。思い返してみる。──確かにイマイチよく分からない言葉だった。


「召喚術は、天使だけが使うことができるのです」

「天使? 天使って、あの翼が生えた、人間型の? 天使のわっかとか付けてる?」

 少女は途中までうんうんと頷いていたが、最後の“わっか”のあたりで、ぐぐ、と難しそうな顔をした。小声で「わっか? わっかとは何でしょう」と呟いていることから、どうやらこちらの世界の天使は、特に頭の上に光る輪は浮かんでいないようだ、と理解する。

 でもそれが無かったら、天使といってもただの翼人、あるいは鳥人間だよなあ、と思わないでもない。


 どちらにせよ、大した話ではない。

 気にせずに続けてくれ、と言うと、少女は悩み顏を引っ込めて、話を再開した。


「天使は、天界にいる種族なのですよ。滅多に地上界にも魔界にも降りて来ないのです」

 にこっと笑い掛けられて、思わず「あ、そうなんだー」とにこっと笑い返す。ふと我に返り、真顔に戻る。

「え、じゃあ俺、どっかの天使に呼び出されたの? 見たことないってことは、そいつ、俺を呼び出してそんまま帰ったってこと?」

 考えてみると、それもそれで勝手だ。

「天使の“担当”は、勇者の召喚、そして送還。この二つのみですから。それ以外のことには基本的に干渉しないのです。普段は天界に引きこもってます」

 少女のさも当然といった口調に、思わず飲まれ、そういうものかと納得する。

「じゃあ、その天使ってのを脅せば帰れる可能性があるってことか」

「はい! ご名答です!」

 パチパチパチ、と可愛らしい拍手音が響く。小動物的な動きをする少女に、内心で「やばい、タイプど真ん中。この子が王の姫君で、この国を救ってくださいませぇー、とか涙ながらに訴えられたら俺マジで頑張ってた気がする」とドキドキしていた。


 我ながら、そんな場合じゃないと思う。




勇者さんは、乗せられたら乗るタイプです。

『※ただし好みの子に限る』なのかもです。


……まあ、周りにいたのが、賢者さんと剣士さんオンリーでしたので……。

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