そして一堂に会する(3)
突然の魔王辞任宣言。
平然としているのは、言った本人と、妙に肝が座っている村娘だけだ。
「ちょっ……急に何言ってんのよ、あんたは!」
堪らずに魔女が口を挟んだ。
「魔王のままでは、剣が扱えない」
「使えばいいでしょうが! あんたまだ『魔王なんだから、使うのは魔法だけ』とかいう変なポリシーを掲げてんの!? 捨てなさい!」
「嫌だ」
魔女はあまりの頑固さに絶句した。
ろくな理由も説明も無く、『嫌だ』の一言である。あんまりだ。
「幸いここには勇者殿がいる。俺は死んだことにすればいい。それがいい」
なあ、と同意を求められた勇者は、彼を本当に殺すくらいならそれでいいかもしれない、とさえ思った。
だがしかし、宰相と魔女の据わった目に見つめられると、頷くこともできなかった。マジ、怖い。
「いいわけありません、魔王様! 貴方様以外に王になれる者などおりません!」
「お前がいるだろうが」
宰相が、開いた口が塞がらない、を体現している間にも魔王は「執務は何も問題ないだろう、これまでもやってたわけだから。ああ、案ずるな。ここ数日で王位継承の準備もしたから大丈夫だ。あれは骨が折れる作業だった」と一人で話を進めている。
ようやく我に返った彼は、そのまま放置しておけば勝手に自己完結しそうな話を慌てて止めにかかる。
「た、確かに執務はどうにかなるかもしれませんが……それは貴方様の“力”あってこそです! 力無き僕が同じ書類を出したところで──」
「そうだな」
魔王はあっさりとその主張を認めた。
分かってくれたかと肩を撫で下ろした宰相であったが、次の言葉でこの話題がちっとも終わっていないことを思い知らされる。
「だから“力”は、魔女が示せばいい」
「う、ん……?」
突然出てきた“魔女”発言に、宰相と魔女は初めて顔を見合わせた。目が合ったところで、お互いに慌てて逸らす、という古典的なことをしていたが。
その様子を眺めてから、うむと頷くと、魔王はシレッと爆弾を投下した。
「つまり、お前と魔女が結構すれば全て解決だ」
「けっ……こん!?」
愕然とする二人と魔王の間に立ったままの勇者は「俺これどうしてこの位置に立っているんだろう」とここに来て最大級の居心地の悪さを味わっていた。
動きたいが、何が発動するか分からないので、動けない。
──せめて自分のいない時にやってくれないか、こういう会話は。どこぞの二人の言い争いの時も思ったけれど!
ちなみにもう一人、当事者でありながら部外者でもある村娘は、「魔女殿、結婚するのか?」と呑気に目を瞬かせている。特に居心地の悪さは感じていないらしい。豪胆である。
味方ゼロの状態。居心地悪いですけどー、と魔王に目で訴える。彼は勇者の視線に気付いて、
「お前一人では“魔王”になることはできないだろうが、二人でなら大丈夫だ。結婚といっても、政略結婚などにはならないだろう。お互いそろそろ素直になれ」
しかしそのまま言葉を続けた。どうやら気を遣うつもりはないようだ。まあそうだろう、その気持ちがあるなら最初からこんなことになっていない。
死んだ目をしている勇者を放置し、魔女は明らかに動揺した。
「素直って、……アタクシは、あたしは別に……!」
「賢者殿の魔道書を奪おうとしてるのも大方宰相が絡んだ話だろう?」
追撃を受け、魔女は、うっ、と言葉を詰まらせた。何か反論しようとしたようだが、むにゃむにゃと口を動かしただけで、結局何も言えなかった。
「例えば、相手の意識を少し自分に向ける精神魔法とか」
「ななななんで知ってるのよ!?」
「お前が考えることなどたかが知れてる」
話に飽きてきたのか、視線をうようよと動かし始めた村娘の頭を撫でながら、魔王はサラッと魔女の狙いを暴露した。
「……貴方はそんなことのために私の魔道書を……?」
「あたしにとっては“そんなこと”じゃないのよっ!」
賢者が手元の魔道書を抱え込み直すのを見て、魔女は憤慨した。
その応酬を見て、宰相は目を白黒させた。
「え、だってきみは賢者殿が好きで」
「はああああ!?」
一度ならず、二度までも、不本意すぎる勘違いだ。怒りに身を任せて一歩踏み出そうとし──この部屋は今、その一歩が危険だということを思い出して踏み止まった。
「何よ、そのわけわからない勘違い!」
魔王がスッと目を逸らしたことを、勇者だけが見ていた。が、言えばまた面倒そうだと、黙っていることにした。
宰相もそのことに思い当たったが、しかしこれ以上怒りの矛先を増やすことは得策ではないと長い付き合いの上で分かっていたので、魔女のお怒りを真正面から受け止めた。
次の一言で、結果的に宰相の我慢は無意味なものになったのだが。
「そういった話は結婚後でいいだろう。お前たちは素直になって話し合えば似合いの夫婦になる。だから問題ない」
適当に纏めて終わらせようとした魔王に、魔女の怒りがぶつけられた。
彼女は手が届く範囲にいた賢者の手から念願の魔道書を奪い取り、
「問題ないわけ、あるかッ!」
──素晴らしい投擲技術を見せた。
一直線に飛んでいった魔道書は、スコーン、と魔王の頭に直撃した。ぐ、という濁った悲鳴は、厚い本の衝撃か、それとも額の怪我に響いたのか。
ぎゃあすぎゃあすと騒ぐ魔女に対し、魔王は顔をさすりながら、「俺は十分待ったぞ。でもお前たち、放っておくと全然進展しないだろう? だからこの際、諸々の問題と一緒に解消して行こうと思っただけだ。全ては善意だ!」と文句を垂れた。
「嘘おっしゃい! あんた、単にその子と一緒になるために、手っ取り早く話を纏めようとしただけでしょうが!」
「そうともいう」
素直に認めた魔王に、魔女は気を削がれたようだった。怒鳴ることである程度怒りを発散したらしく、幾分か落ち着いた口調で、「とにかく」コホンと咳払いをしながら、周囲の人間を見据えた。
「こんな話、この場でぱっぱと決めることじゃないわよ。話し合いの場を設けてくださる?」
「何故? 必要ない」
「あんたの暴走を止めるために必要なのよ、馬鹿!」
まあまあ、と魔女を宥める宰相の姿に、それ以外の人物はこの三人の関係性を察した。
魔王様、我を通さんとする。




