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傍観する天使たち(1)

 花吹雪が舞っていた。

 その光景が生み出す不思議な引力に従い、小さな天使は歩いて行く。


「〜〜♪ 〜〜〜〜〜〜♪」


 透き通るような声。

 天使のようだ。そう思ってから、あまりの馬鹿馬鹿しい感想に嗤う。

 地上界では、“天使のようだ”というのは、天真爛漫、純粋無垢で清廉な少女、あるいは女性を指すらしいが、天使の実態は違う。

 こんなにも傲慢な生き物は、なかなかいない。

 唯我独尊。我こそは世界の覇者である! 我こそがこの世界に平穏をもたらしているのだ! まー、揃いも揃ってそんな感じで嫌になってくる。


 かくいう自分も、天使だ。


 違いがあるとすれば、前世の記憶が残っていることか。前は地上界で普通の──いや、おそらくかなり底辺の村人として生きていた。

 天使様どうかこの村を、わたくしをお救いください、と祈りを捧げていた。結局祈りは受け入れられず、父に騙され売られた先で暴行に遭い、呆気なく死んだ。結構な凄惨っぷりだが、平然としていられるのは、前世とはいっても記憶が曖昧だからだ。自分の記憶というよりも、何かの物語を読んでいるような感覚。


 そんなことを回想しながらも、足は勝手に動いていたようで、歌声は徐々に大きくなる。

 こんな素敵な歌声をしているが、実態はわがまま三昧の天使の娘だなんて、信じたくない。いや、天使の娘は比較的馬鹿なので、男と比べ、わがままも可愛らしい範疇ではあるが。

 でも期待はしない。

 そう決めて道を曲がった先にいたのは、まさしく前世の記憶通りの“天使様”だった。


 表情は愛らしく。汚れを知らず。

 軽やかにくるくると踊ると、金色の髪が靡く。スカートもまるで意思を持っているかのように優雅に動いている。

 楽しそうに、とても楽しそうに。

 しかし突然その歌声が止まる。


「あら?」


 鈴の音のような綺麗な声に、びくりと身体が震える。

 彼女は真っ赤な顔で固まる自分に向かって、曇りのない笑顔で「こんにちは」と挨拶をした。

「こ、こん、にち……っ、うあ!」

 言葉が不自然に途切れる。

 背中が痛い。なんだ、と振り返るとそこには──



「昼寝か見習い。いいご身分だな」



 にやにや笑う相棒兼上司兼師匠の言葉に、蹴られた背中を摩りながら、もっと別の起こし方があったんじゃないか、と目で訴える。口には出せない。


 ──ゆめ。


「なんだ、その顔は。まるで素晴らしい夢を見ていたところを蹴られたみたいな顔だな」

「……そのまんまですけど」

「だろうな。お前が一番イイ顔をした時に蹴ったんだから」

 合点がいった。この鬼畜め。

 確かに、業務中に昼寝などした自分も悪い。しかし、一番幸せそうなところで蹴ってやろうと起こさずに観察を続けたこの大天使も、大概性格が悪い。

「それで、なんの夢を見ていたんだ、見習いよ」

「なんだっていいでしょ! 僕がどんな夢を見ていようが、僕の勝手です!」

 こいつにだけは絶対にバレたくない。だからふいと顔を背けたのに、大天使ときたら、「大体想像はつくぞ。そう、うちの可愛い妹のことだろう?」とにやにや笑いながら確信を突いてきた。


 絶対、分かった上で遊んでいるのだ。


 無理もないうちの妹は最高に可愛いからな、などと妹馬鹿が全開モードの大馬鹿天使を無視した。

 彼女が可愛いことなど語られなくても知っている。コレが彼女の兄だという事実だけが信じられない。


 見習い天使は頭を軽く振り、眠気を払った。さすがに疲れが溜まっているようだ。

 魔王の宰相に関する報告書をまとめている間に寝てしまったらしい。書類の無事を確認してから、改めてペンを持つ。自分の隣では本来これを書くべき大天使が、まだ妹語りをしている。


 魔王といい、大天使といい、偉い人というのはみんなこんな感じなのだろうかと首を捻りたくなる。思わず報告書で、宰相を持ち上げたくなる。本当によくあの無茶振りに耐えていらっしゃるものだと、結構本気で尊敬している。

 報告書は、もう何十枚にも及んでいる。天界に戻ったら、これらの日報を総括した報告書を改めて作らなければならない。これも本来は大天使の仕事なのだが、もはや何も言わない。



「というか、本気でそろそろ帰りましょうよ。もうこれだけ情報集めれば大丈夫ですって。宰相さんは謀反なんて起こしませんよ」

「そんなことはまだ分からないじゃないか。魔王が勇者と戦っている間に隙を見てグサリ、というパターンもあるぞ。それに私はまだプリンなるものを食べていない」

 絶対に菓子が目的だろう、と見習い天使の目がいよいよ冷たくなった。

 本気でこの上司、真面目に仕事をする時があるのだろうか。常に人を食ったような笑みを浮かべている。──ああ、愛しの妹君の前でだけは、“優しく理解のあるお兄さん”を演じているか。普段と全然違って気持ち悪い──。



「勇者がこの城にやってくるのも、もう少しだ。そうしたら全て片が付く。晴れてお役目御免だ。──それまでの辛抱だから、もう少しの間、良い子にして待っていてくれるかい?」



 そうそう、こんな感じだ。

 人を見下す目を、優しい光の灯る目にすり替えて、皮肉げな笑みも格別優しいものに。いいお兄さんの完成。

 ついでに、まるで愛おしい相手にするような甘い眼差しを向けつつ、指ですうっと髪を梳けば、妖しげな雰囲気が加わる。


「……僕相手に止めてくれません?」

 ゾワッてした。本気で。




「いつか出世して、大天使を顎で使えるようになりたい」とぼんやり思っていたり、いなかったり。

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