空回る魔女(4)
「何やってンだよ」
呆れたと言わんばかりの声が、後方から聞こえた。自分の隣を剣士が駆け抜けていく。器用に口鉄砲を避けながら、迫る。
「オレも行く」
「あっ、ちょっと!」
魔女の手をすり抜け、少女が木に向かって走り出した。身軽な分、剣士よりも速いくらいだ。小さいから戦力外だろうと思っていたが、体術はかなりの腕前だった。あれならそうそう心配あるまい。
(あの猿、確か群れで行動するタイプだったはずよね)
視線を走らせると、近くの岩陰に潜む猿を発見する。実は手に持っていないようだが、体内で蓄えている可能性も高い。彼らは例の果汁を蓄えるために、専用の袋を体内に持っている。彼らにとって、アレは貴重な武器なのだ。
「……あーもう!」
くそったれ、という下品な言葉は心にしまい、地面に手を着く。広がる魔法陣の端から、薔薇の蔓が生える。岩を取り囲み、直角に伸ばす。それぞれの蔓を絡ませ合い、薔薇の檻を作る。上を縛れば立派な檻だ。
ただしあの猿相手には長く持たない。
魔女は違う魔法を練りに掛かる。猿たちが吐き出されたモノが、徐々に蔓を溶かしているのを視界の端で見る。
ドシャリと落ちた音がした。一匹仕留めたか。
「よし、次!」
次? 魔女の眉根が自然と寄った。
──薔薇の魔女を、ナメるな。
次なんて無い。
「舞え、炎よ──舞え、舞え、舞え。その誘いは何人たりとも断れない。共に踊り狂いなさい」
豪快な炎が薔薇を巻き込み、巨大な火柱を立てた。上がった悲鳴は、炎の声と踊るように絡み合う。
空高くまで上がった炎は、根元から消えて行く。残ったのは、黒く焦げた燃え滓だ。
ぽかんとした勇者と少女の顔が見ものだった。剣士と賢者があっけらかんとしているのが、ツマラナイが。
お転婆だなあ、と。
あの二人ならきっと苦笑してくれるに違いない。その後で、誇らしげにしてくれるだろう。
そう考えると、どうしようもなく苦しくなった。
──会いたい。
魔女が負けない理由は、いつだって彼らと共にあるのだから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なあなあ、魔女殿。あれはなんだ?」
「ガーシュよ。目を合わすと襲ってくるから、そっちは見ちゃ駄目よ」
「じゃああれは?」
「……あれはね」
なんで自分は子守りをしているのだろうか。本当に、なんで?
頭に手を当てる。頭痛がする。
実はこれが自分を連れてきた目的ではないか、と怪しんで剣士を見る。体良く雑用を押し付けられていないか?
というか、本当にこの子は誰?
「貴方、どうして勇者一行に?」
「剣士殿に恋をしているからだ!」
「……へ、え?」
恋をしているようには、見えなかったのだが。あの目は単純に師匠を尊敬する弟子の目だ。いや現状ではそれ以下だ。
“なんかスゴそうだから付いてってみよう”レベルだ。間違っても恋ではない。
指摘しようかとも思ったが、こういうものは自分で気付くから意味があるのだろう。止めておいた。
「魔界まで付いてくるなんて、結構な執着ね」
「魔女殿もじゃないか」
「…………」
ブーメランだった。
笑顔で押し黙る魔女を見て、しかしそこには何も触れず「そんなに賢者殿が好きなのか?」と問う。勘違いも甚だしい。
「あのねぇ、アタクシの恋愛対象はあくまでも殿方よ」
「ふうん、じゃあ剣士殿か勇者か?」
違うわよ、と否定しながら笑ってしまった。
平然とした顔で真っ先に剣士を挙げ連ねる辺り、彼女の中の“恋”は、もう完全に恋とはかけ離れている。
恋ならば──相手のことを魅力的だと思うくせに、その魅力は自分だけが知っていればいいのだと思ってしまう。そのくせ、魅力が無いと言われると腹立たしい。
ぐしゃぐしゃでドロドロな、矛盾している愚かな感情。
……ところで、彼女、勇者にだけ敬称が無いのは仕様だろうか。いや、触れてやるまい。
「恋は貴方にはまだ早いかしらね」
「何故? もうしているのに」
「じゃあ剣士殿と会えなくて、切なくて切なくて、胸が張り裂けそうになったりする?」
こてりと首を傾げられた。彼女の魅力は、物事をはっきりばっさり、即座に判断することだろう。首を傾げた次の瞬間には、「しない」と即答した。
「魔女殿は、胸が張り裂けそうなのか?」
純粋な問い掛けに、また笑う。
「あたしの胸は、もう張り裂けているのよ」
彼女はやはり首を傾げていたけれど。
(それにしても……)
妙である。
周囲に意識を送るが、何にもヒットしない。魔界に足を踏み入れた時点で、魔王には何かしらの信号が送られているはずだ。
であれば、魔王軍が出動してもおかしくない。しかし今のところ、魔王軍どころか、魔獣の群れにさえ遭遇しない。
軍師は何をしているのか。それとも、魔王があえて止めているのか。
(どちらにせよ、彼らは誘われてるってことね)
あの魔王と宰相のことだ。必ず策がある。ここまで徹底した作戦であれば、今ここで魔女が魔道書を奪うために暴れるのは、得策ではない。
いっそどういうことだと魔王に連絡を取りたくなるが、ぐっと我慢する。不審な行動は抑えるべきだ。
視界の向こうに、魔王城が見えた。
どくんと心臓が高鳴った意味を、魔女は意識して心の奥へ追いやった。
「魔女殿?」
返答はしなかった。できなかった。
飛んで行きたい気持ちを抑えることで精一杯だったから。
◆空回る魔女 了
中途半端です。申し訳ないです。
12:30 間違えて蜥蜴さんの方で誤爆……。
教えてくださった方、本当にありがとうございます。




