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逃げたい勇者(1)

 勇者は世界を救うものだ。

 この(たぐい)のゲームでは常識中の常識。前提条件過ぎて、『ファンタジー系ゲームの常識とは?』と訊ねられた時にパッと出てこないくらいには常識。勇者が負けたらゲームオーバーだ。

 ──しかし、そんなこと誰が決めた。

 勇者だって、人間である。


(いやその前に、俺はこの世界の人間じゃねーんだよっ!)


 可もなく不可もなし、を体現する高校二年生。成績がとりたてて優秀なわけでもなく、かといってできないわけでもない。運動もまた然り。顔立ちも至って普通。「え、これが勇者?」みたいな微妙な顔を、この道中で何度見たことか。

 誰が一番そう感じているかって、自分が一番そう感じているよ。と勇者は思う。

 というか周囲もそう思うのならサッサと送還してくれ。普通の高校生に戻りたい。今なら宿題一週間分を明日やって来いって言われてもやってやる。喜んでやる。できなかった時に発生するであろう教師からの説教だって二時間ぶっ続けで聞いたっていい。そのくらいの理不尽なら堪えてみせるから、本気で帰りたい。進路だって真面目に考えるし、バイトもするし親の手伝いもする。だから帰して欲しい。

 なんだって、知らない世界──勝手に自分を呼んで帰してもくれないという意味では、印象はどん底──のために命懸けで、歴代魔王の中でも最強といわれる魔王を倒す旅に出なくてはならないのか。

 わけ、わからん。

 何度嫌だと言っても、聞き入れてもらえず。

 勇者はそういうものだから。魔王倒したらちゃんと帰すから。……それだけだ。なんという理不尽。

(マジ、逃げたい)

 これまでに、その欲望の通りに動いて、その度に捕まる、ということを既に何度か経験している。まあ逃亡が成功したところで、帰る方法なんて分からないので、成功したらしたで困ってしまうのだけれども。


「あー、逃げたい帰りたい逃げたい帰りたい逃げたい帰りたい逃げたい帰りたい逃げたい」


 ガタゴトと揺れる馬車の中で、勇者は頭を抱えた。

「煩いですよ勇者殿」

「誰の所為だと賢者殿」

「我らですね」

「分かってんのが余計に(たち)悪ぃんだよ畜生っ!」

 ドン、と馬車の座席に拳を叩きつけると、目の前の、いかにもファンタジーっぽい法衣に身を包んだ賢者は驚──きもせず、いつも通りのクールな眼差しを勇者に向けた。最初は怯えていたこの美人の冷徹な目にも、最近は慣れた。

「しかし勇者殿も、歴代勇者の中で一番優秀ですよ」

「そんな世辞を鵜呑みにして誤魔化される程、子供じゃねーんだからな!?」

 そうですか、と賢者は興味無さそうにふいと顔を背け、また手元の魔道書に視線を落とす。

 凶器になるのではないかという程の分厚い魔道書は、賢者の宝物、というか、賢者が賢者たる証なのだという。あれを人質、もとい物質にして逃走すれば、どうにかなりそうな気がする。捕まったら半殺しは免れないが。

「素直じゃねェガキだなァ」

 行儀悪く足を組み、頬杖をついて勇者を鼻で笑ったのは、もう一人の同行者である剣士だ。

 こいつは無類の女好きなので、お色気ムンムンなお姉サマを目の前に差し出せば、割と簡単に撒ける気がする。問題はそんなお色気担当の知り合いがこの世界にも元の世界にもいないことだが。幻覚魔法で作り出してもいいが、その後の報復が怖い。

「今ンとこ、首尾よくいってンだろが。いちいち逃げ出そうとすンじゃねェよ鬱陶しいことこの上ねェ」

 その後続いた言葉が「俺サマだって女と遊びてェよ」だったので、本当にこの剣士の考えは浅い、と幻滅する。おおかた頭の中の九割がたは女のことでいっぱいに違いない。顔と立場が良い分、まさに取っ替え引っ替え。思春期真っ盛りの男子高校生にとっては、嫌悪と羨望の対象だ。勇者強制召喚の件もあり、今のところ嫌悪感の方が強い。


 ちなみにエロ剣士が、生物学上、正しく女である賢者に手を出さないのは、「好みじゃねェから」らしい。スレンダーな身体つきの賢者は、その時はいつも以上に冷めた目で剣士を睨んでいた。

『それは良かったな。命拾いしたこと、ありがたく思え』

『ほんとなァ。俺サマの好みだったら今頃アンアン啼いてよがるだけの女になってンだろォなァ?』

 ちなみにこの種のやり取りは、勇者の前で何度も繰り返されている。本当に鬱陶しい。あと顔が熱くなるから止めて欲しい。せめて自分のいないところでやってくれたらいいのに。


 当時のことを思い出して顔が赤くなる前に、勇者はブンブンと頭を振り、それから叫んだ。

「首尾よく、って、んなの今だけだっつのー。今出てるのなんてレベル1の雑魚キャラじゃん。ある意味、勝って当然じゃん。レベル上げしないと急に敵がガッと強くなって詰まるのがRPGじゃーん!」

「ではその“レベル上げ”とやらをすればよろしいのでは」

 賢者の言葉に、ジト目で応える。

「だから、なんで俺がこの世界の為にそんなことしなきゃなんねーの」

 堂々巡りである。

 自分が帰るため、と言ってしまえば最後なのかもしれない。ただその前提となる強制召喚が理不尽過ぎて、飲み込めていないのだ。

「マジ、ざけんな……」

 低く唸る言葉に、反応する者はいなかった。


 ──いや、ひとつ(・・・)だけいた。


 狙ったようなタイミングで、スライム状の魔物が飛び出してきたのだ。反射的に炎で燃やし尽くす。

 初めは、ひとつひとつに悲鳴上げて、それが獣の形に……“命”に近ければ近いほど、消沈してきたのに。

 人間、変われば変わるもんだ。

 ……良い方向への変化なのか、いささか疑わしいが。

 魔王を倒す……殺す、という目標に対してであれば、それは良い傾向であったが、平和的思考の日本人としては一概にはOKとは言えない。


 いっそこの世界が、本当にゲームであったら良かったのに。


 脇役はおろか、敵も、味方も、主人公さえも全てプログラミングで動いているだけで感情なんてない。斬られても誰も痛いなんて思わない。

 そんな世界なら良かったのに。


「どうもそういう訳でもなさそうなんだよなー」


 肩を落とす。

 本当に。純日本人が、こんなところで魔王討伐なんて、無理がある。魔王だって生きてるんだろう。それを殺せと言うのだ、この世界の人たちは。それが必要だ、と。


 ──知るかよ、そんなこと。


 勇者は、頭を抱える。

 しかし、結局のところ、自分の力ではどうにもしようがないのだ。本当の意味で逃げることもできず、ずりずりと引き摺られるまま、今日も馬車は進んで行く。魔王城を目指して。




気分は誘拐された子供。

いやまさしく誘拐されている子供。

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