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強さを求める村娘(3)

 なるほど恋か。


 納得してしまったのは、その後に少女が手振り身振り、大変熱のこもった様子で解説をしてくれたからだ。そこまでされたら、そうなのかな、と思えてくる。なにせ村娘にはそういった経験が無い。はっきりと否定できる知識も無かったのだ。


「わたし、あに様に“恋の秘訣”とやらを聞いたことがあります」

 心して聞いてくださいね、という前置きに、「お、おぅ……」と村娘も真面目な顔を作る。

 少女はピシッと人差し指を立てた。

「“押して駄目なら、押し倒せ”! つまり、諦めずに追うことが……行動することが大事なのです!」


 恋愛事における“押し倒せ”は若干不埒な意味を持っているのだが、生憎と二人が気付くことはなかった。あまつさえ村娘は、ほー、と感心したような声を上げている。空気に飲まれているのだ。


「貴方様の想いは、ここで捨ててよいものではないはずです! ここはやはり押し倒す勢いで……!」

 ふ、と。少女は我に返った顔をした。そうして、自分の真上へ視線を流す。小声で、「ち、違います。目的を忘れていたわけではないのです。ただこの小さな恋を応援することも、わたしの役目だと……ああ、そんなに怒らないでくださいませ」と懺悔を始めた。天に謝罪するとは、彼女は神を信仰しているのだろうか。

 それを見ていたら、懺悔するほどに我を忘れて助言をくれたことに応えなければならない、という気持ちになってきた。


「お前の気持ち、ありがたく受け取った。確かにお前の兄の言う通りだ。“悩むよりまず行動を”。我が村の教えでもあるその基本を忘れていたようだ」

 村長を筆頭とする村の住民が聞いたら、頭を抱えることだろう。そして誰もが口を揃えて言うはずだ。そんな基本は教えていない、と。


「オレは、剣士に弟子入りを申し込む!」

「弟子入り? ああ、ええ、弟子となればお傍にいる時間が伸びますものね」


 自己完結した少女は、にこにこ笑いながら「勇者様がたは、マルタ街に向かわれたそうです」と教えてくれた。マルタ街ならば、ここから然程離れていない。追いつけるか。

「ありがとう。礼を言う」

「いいえ、こちらこそ。……どうか貴方様の旅路に幸多からんことを。その終焉が優しいものでありますように」

 その祈りは、まるで歌声のようだった。美しい調べのようだ。その余韻に浸っている間に、気付けば少女の姿は消えていた。まるで白昼夢のように。



 ──そして今、村娘は剣士を追っている。

 あれが夢や幻だったとしても、彼女に誓ったことを(たが)える気は起こらなかった。



 村長が引きとめようとするのを振り切って村を出て、マルタ街で弟子入りを申し込んだがあえなく玉砕。

「なあ、連れて行っても良いんじゃね」

 何を思ったのか、勇者がおずおずと口を出したが、こちらも玉砕。やはり使えないなー、と思った。

「いいですか、これはとても危険な旅なのです。一介の村人を連れて行くわけには参りません」

 賢者の言葉は、もっともである。それは村娘にも分かっていた。しかし、押して押して押し通す、と決めたのだ。

「お前らが駄目って言っても、勝手についていくぞ」

 宣言通り、その後いくつかの街をついていって、剣士の後を追い回した。

 向こうが折れるまで諦めない。

 その決意の表れだった。



 その日も前日と同様、剣士へ弟子入りを頼み込む予定だった。



「たのもー! ……ん?」

 道場破りのような掛け声で登場すると、そこに広がっていたのは、予想外の光景だった。

 賢者が手に持つ本が光っている。剣士が剣で二、三人をいなしている。勇者は……手ぶらだが、その周りには何人かの男が倒れていた。


「うわっ、タイミング悪っ!」

 勇者が引き攣った顔で叫ぶ。


 対峙する集団で、一番奥に構えていた男が、嫌らしく笑った。見事なまでの悪人面だ──剣士ほどではないが。

 男が大股で近寄ってくるのを、黙って見ていた。頭の中で整理する。この状況は、たぶん……。


 ピンと来た。


「剣士殿! ここでオレが活躍すれば、弟子にしてくれるか!?」

 以前に、“なんの力も無い村人だから駄目”と言われた。ならば、ここで自分の身を護れることを証明できれば、アピールになるのではないか。

 危ないって! と勇者が悲鳴を上げる。

「ハァ? ソレとコレとは話が別だろォがよ。いいからすっこんでろ、邪魔だ」

 剣士はつれない。そうかここで暴れても意味は無いのか。シュンと項垂れた村娘に太い腕が迫る。


 ──でも。


賢者殿の(ただの村娘)説得材料(ではない証明)には使えるから、いいか」

 その声は、男の頭上から聞こえた。

「……あ?」

 男の腕が伸びた先に、既に村娘の姿は無い。逃げた姿すら見えなかったのに。男は混乱の中で考える。どこに行った、いや待て、声は上から聞こえた──上から?

 男は本能的に剣を引き抜きながら、上に構えた。次の瞬間、腕を震わす程の衝撃が襲う。ぐ、と呻いた声が鈍く響く。

 耐え凌いだと同時に、自分の背後で、トンと軽いものが着地した音がした。

「なん、……ごふぉ!?」

 男が横っ腹を蹴られたと認識した時には、全身が近くの建物に激突していた。


 一瞬の出来事だった。

 (トップ)を討ち取られた集団が、途端に統率が取れていない状態となり、崩れ始める。突然出てきた子供に、リーダーが為す(すべ)も無く倒されたのだ。無理からぬ反応だった。


 村娘はその場でくるりと回り、にかりと笑った。

「どうだ。剣術はからきしだが、体術は得意なんだ。無力な村人ではない!」

 胸を張った彼女の背後から、大きな悲鳴を上げている半狂乱の男が迫る。「あー、あと」と言葉を続けながら、その辺りに落ちていたスコップを借りて、剣を受け止める。

「剣は扱えないが、止めるのはできる」

 ヒッ、と今度は明確な恐怖から悲鳴を上げた男の剣を力任せに押し返すと、素早く懐に潜り込み、拳を叩き込んだ。

「……あれ、剣術不要じゃね?」

 じゅーぶん強いよ。という勇者の声が、男たちの悲鳴の中で虚しく響いた。




村娘さん、暴れる。の、巻。

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