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強さを求める村娘(2)

 そもそもこんなちっぽけな村、案内する程のものがない。自慢できるのは、長閑(のどか)さと住民の明るさくらいだ。

「あれが悪ガキ大将の家で、あっちは子分一の家、こっちは子分二の家だ」

「そ、そうなんだぁ、はは……」

 聞いても身のない情報に、勇者が苦笑いを浮かべている。村娘は肩越しに振り返り、唯一反応を示してくれる彼の顔を見た。

「無理に話を合わせなくてもいいぞ。見ての通りなんにもない村だから、案内するものもないんだ」

 正直に告白してからくるりと身体を反転させ、後ろ向きに歩き始める。危ないぞ、と注意されたが別に危なくもなんともない。いつものことだ。この程度朝飯前である。


「勇者たちは、どうしてこの村に来たんだ? どこかの通り道ってわけでもないだろ?」

「あー、いやぁ……」

 一気に言い淀み、視線を彷徨わせる勇者に、じとりとした目を向ける。

「まさか村を乗っ取るつもりか? そんなことしたら、タダじゃおかないぞ」

 その辺りに放置してあった鍬を手に取る。勇者相手にこの鍬一本で相手をしようとしている可愛らしい度胸に、三人は目を丸くした。


 当然、彼女の実力は村一番であることなど知らない。知ったところで、こんな小さい村の一番など高が知れているが。

「阿保か。こんな小せェ村、乗っ取ってなんになるってンだ」

「それもそうか」

 村娘はすんなり納得して、鍬を放った。住む彼女が即座に認める程、この村には何も無い。


「どのくらい滞在するんだ?」

「明日の朝には出ます」

 賢者が、女性としては低めの声で静かに告げた。

 明日の朝か。それはまた早い出立だ。勇者は忙しいらしい。

「その前に裏山を散策したい。よろしいですか」

 丁寧な物言いに、村娘は素直に了解した。もっとも、裏山も村と同じくらい何も無いのであるが。


 それでも後を付いていったのは、さすがに会ってすぐには警戒心が消えなかったからだ。

 案内は不要だ、構わない、という彼らに、内心で、自分が構うのだ、と返しながら、「村長に案内を頼まれたからな」とそれまで蔑ろにしていた長の言葉を盾に付いて回る。


 先頭を歩くのは剣士だ。

 彼は何かを確認するように時折目を閉じながら、迷いなく歩いて行く。進むにつれ、徐々に滝壺の方へ向かっていると気付く。


「この辺りだなァ」

 彼が立ち止まったのは、滝壺から少し離れたところだった。──あの覗き魔がやってくる方向だった。

 奇妙な偶然もあるものだと思いながらも、特に気にしない。


 今日は覗き魔はいないのだろうかと、周囲を窺った。

 残念ながら服を着ているので、いつものように金を要求することはできないのだが、あの妙な覗き魔のことは別段すごく嫌いというわけではない。しかし今日という日に限って、彼は姿を現さなかった。


 勇者たちは顔を寄せ合い、何かをヒソヒソと話している。耳が良い村娘にも、「渡る……場所……準備が……」という断片的な単語しか入ってこない。なんの目的も無しにこの村に来たわけでもないらしいぞ、と悟る。


「ちょっくら試すかァ」

 おい、と女性が止めるよりも早く、剣士が得物を引き抜いた。

 ピンと張り詰めた空気を斬り裂くように、剣筋が横に通る。ガサツな物言いからは想像がつかない程、優美な動きだった。

 まるで剣舞だ。


 その美しさに目を見張ったのは、村娘ばかりではなかった。勇者もぽかりと口を開けて惚けている。仲間なのに見たことがなかったのか。


「おい、一般人がいるんだぞ」

「あァ? こんなガキに分かりゃしねェよ」

「そういう問題じゃないだろう色情魔」

「……ンだと?」


 凍った空気。まさに一発触発だ。不穏な空気を察しいち早く我に返った勇者が、二人ともストップ! と慌てて止めに入っている。


 村娘はまだ惚けていた。

 あの剣の軌跡。あれは綺麗だった。もし獲物が目の前を歩けば、あの剣はどう動くのか。想像すると、ゾクゾクした。



 次の日の朝、予定通り村を後にした勇者一行を見送りながら、何故だか焦燥感に駆られた。



 自分は、強さを求めてきた。

 あの優美さを兼ね備えた強さは、まさに自分が欲しいものではないのか。

 であれば、自分はここで、何の行動もせずにいていいのか。強さを求めず、現場に胡座を掻く。それは自身の成長を諦めたということだ。自分は果たして、それでいいのか。


「あらお嬢さん、お悩みですか?」


 すっと心に入ってくる柔らかい声だった。

 驚いて声がした方へ顔を向ける。金髪に紅の瞳をした、とても美しい少女が立っていた。自分よりも歳は確実に上であるが、あどけない印象も残る、不思議な娘だ。

 村娘は困り顔をした。お悩みではあるが、それよりも突然現れた少女をどうするべきかで困っていたのだ。

 しばらくじーっと彼女を見る。にこにこと笑っている。


(悪い奴ではなさそう)


 そういえば、あの覗き魔も、なんやかやで“そちら(悪い奴ではない)”の枠に入れたのだったな、と思う。我ながら、何故覗きの常習犯を無害扱いしたのかは謎であるが。

 それならば、この少女とも話してみるのもまた一興。こういうところは無駄に思い切りの良い村娘であった。



 事の次第を語ると、少女は握り拳を固めた。殴っても相手はちっとも痛くなさそうな拳であったが。



「そ、その症状は……もしかして、胸がドキドキしたりしませんか?」

「ドキドキ? そうだな、ドキドキするな」

 うんうん、と首肯する。より正確に言うならば、ドキドキとワクワクが両方襲ってくる感じである。

「お傍にいたい、と思いますか?」

「まあ、そりゃあ……」

 傍にいたい。もっとあの流れるような剣さばきを見たい。そして習得したい。剣を学びたいのだ。


 村娘にとっては当然のことを答えているだけなのに、少女の瞳は質問に答えるごとにキラキラを増していく。

 最後に、はふぅ、と妙な息の吸い方をしてから、むにゅむにゅと口を動かす。不思議な生き物だなあ、と思った。


「わたし、分かりました! きっぱりはっきり、ばっちりと分かりました! それはきっと」


 ぱあっと花が咲くような笑顔。

 同性ながら可愛いなと思う。


 ──まるで天使のようだ。


 ぼんやり彼女を見ていた村娘の耳に、自信満々の声が届いた。

「恋なのです!」


「……………………こい?」


 目を見開いて零した間抜けな一言が、その場にぽーんと響いた。




求む、ツッコミ役……!な、場面。

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