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強さを求める村娘(1)

 ──強いのは美点だ。

 どこでその意識が根付いたのかは分からない。物心ついた頃には、強さを求めていた。


 普通の村で暮らしていたので、実力のある師がいたわけでもない。ほぼ独学だ。だから、道具を扱うものは基本駄目だ。(くわ)(こん)、小刀ならなんとなくで使えるが、騎士が使うような剣は無理だ。


 だから、つい興味を惹かれる。


 勇者一行の剣士について行こうと思ったのも、この辺りが起因しているのだろう。

 ただ、初めからついていく気があったわけではない。迷いはあった。


 ──迷い。

 漆黒の髪と蒼い瞳を持つ青年の姿がポンと浮かび、すぐに自分で掻き消した。あんな覗き魔、金ヅル以外の価値は無いはずだ。

 ただ、あの滝壺でまた待っていたら悪いなと思っていただけだ。……裸を見に来るやつに対して、悪いと思う必要があるかは微妙なところだが。


 その後偶然、マルタ街で遭遇した。追って来てくれた(・・・)のだろうかと思ったが、彼に別れを告げると、いつになくすんなりと受け入れられた。自分と別れることに対して、彼はなんの未練も無いらしい。


(腹立たしい。いや、これはあくまで、あれだけ人の裸を見ておいて、あんなにアッサリ別れるのかと、そこが少しムカついているだけだ)


 ……だからなんだというのだろう。

 自分で考えておきながら、わけがわからない。わからないことには蓋をしよう、そうしよう。


 パタンと記憶に蓋をしてから、代わりに次の記憶の箱を開ける。




 ──そう、自分の背中を押してくれた、あの金髪紅眼の少女のことだ。




 その日、普段静かな村は、いつになく活気付いていた。

「何かあったのか?」

 近くの悪ガキを捕まえて訊けば、「えー、姉ちゃん知らねーの? おっくれてるーう」とやけにくねくねしながら訳知り顏でにまにまされたので、ムカついて一発殴る。

 いってー! と悲鳴を上げた後、悪ガキは涙目で質問に答えてくれた。決して脅したわけではない。


「な、なんか、朝一で勇者様のご一行がこの村に着いたんだってー」

「この村に? この辺鄙な村に?」


 普段は、旅商人すらもろくに訪れない村だ。どこかの街との間にあるわけでもない、本当に静かな村。

 そんなところに、勇者?


「……偽物じゃないのか?」

「本物だよ! 村長が勇者の証を確認したって言ってた」


 ふーん、と生返事をする。彼女は、最近老眼が進んできた村長の目がどれ程信用に足りるのだろうか、と割と失礼なことを考えていた。

 結論、『見間違えかもしれない』。

 勇者を騙っているのだとしたら、この村の有り金を狙った山賊かもしれない。こんなちんけな村を狙う意図がさっぱり分からないが、可能性はゼロじゃない。限りなくゼロに近いが、ゼロじゃない。


「よし、見に行くか」

「お! 姉ちゃんでもさすがに興味あるんだな。剣士様が男前だって話だぜ!」

「男前? 強いってことか?」


 剣を扱う人物で強い。それはなんとも魅力的である。

 キラーン、と目を輝かせた彼女を、少年は白けた目で見た。


「……姉ちゃん、そろそろその、強いイコール格好良いって考え方、()めね?」

「オレの嗜好は、オレが決める」

「その一人称もどうかと思う!」


 気取っているだけ、ではないのだ。

 現に村娘は、村で一番、腕っ節が強い。

 だから余計に嫁の貰い手がつかない、とご近所さんが泣いていた。ご近所さんは、親がいない村娘にとって、親代わりの人だ。


 最近では、村総出となってこの村娘に女らしさを伝授しようとしている。

 裸で川を泳がない、から始まる箇条書きを、村娘は読み流した。ほとんど頭に入っていない。

 もっと正確に言うならば、頭に入ったのは、裸で川を以下略の一項目のみだ。覗き魔を連想させたので憶えていただけだった。


 とにかく、今は偽勇者だ。

 村長の家の塀をよじ登り、中の様子を盗み見る。

「見えるか?」

「見えなーい」

 二人でそんな会話をしていると、「こりゃ! お前たち何をしとる!」と怒声が響いた。やべ、と手下の悪ガキは一目散で逃げて行った。村娘は何も気にせずに、声の主を待つ。


 声の主──村長が村娘の前にようやく姿を現す。彼は既に肩で息をしていた。


「お、お主、の、覗きは……っ! というか、もう少し、女の子らしくっ! お淑やかにっ!」

「村長、苦しそうだが大丈夫か? 水、飲むか?」

「あぁ、こりゃありがたい。……って、違うわい!」


 と言いつつ、しっかり飲むところを見ると、水は欲しかったようだ。


 飲み終わるのを素直に待った村娘は、村長の後ろについてきた三人組をじろじろと不躾に観察した。“勇者一行”という肩書きに釣り合う程、輝いて見えるわけでもない。ただの冒険者、にも見える。

 ガミガミと続く説教の間、村娘の視線はずっと勇者たちに向いていた。茶髪が唯一たじろいでいる。

 あれは小物だな、と村娘は判断した。まさかその小物こそが勇者だとは、到底思いもつかぬ村娘であった。


「なんだ、このガキ」

 目付きの悪い、柄の悪そうな青年が村娘を見て更に目付きを悪くさせた。俺ァガキは嫌いなんだ、とでも言いそうである。事実、道中そのようなことを言っているのだが、当然村娘が知る由は無い。

 腰の剣を見て、こいつが剣士か? と推測するくらいだ。

 こいつが剣士だとすると、こちらが勇者か、ともう一人の女性を見る。クールな眼差しは落ち着き払っており、確かにこの中では一番高貴な人物に見えた。


 ──未だ偽物の可能性もあるのだが。


「アンタたち、本物か?」

 村娘が不躾に訊ねると、少年の顔が困ったように歪んだ。まるで、そう疑われることは初めてではない、というように。

「イメージ崩して悪いけど、本物。こんな平凡顏してるけど、本物だから」

「……そうだな、アンタ弱そうだし」

 村娘がじーっと少年を見ると、弱そう、と評価を下された少年はガックリと肩を落とした。他の二人は、フォローをするつもりもないらしく、一切会話に入ってこない。


「これ! 勇者様になんということを言うのじゃ、お主は!」

「え、勇者? こいつが?」

「人様を指差すでない!」


 村長の拳骨を頂戴した。すみませんすみませんと頭を下げる村長は、痛いと零しながらも反省の色が見えない村娘を見て、無理やり頭を下げさせる。


「や、いいですって。慣れてるんで。むしろここまでド直球なのは清々しいくらいですからー」


 苦笑気味の声が、上から降ってきた。

 代わりにこの子に村を案内させましょう、という村長の言葉に、三人は顔を見合わせた。

 行きたくない面倒だ、という裏を感じ取ったが、村長は気付かなかったようだ。鈍いなー、と思う。




小物扱いされる勇者……。

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