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嘆く魔王の宰相(4)

「は……?」

 ポカリと口を開く。

「俺の愛しい人は、どうやら剣が強い者が好きらしくてな。勇者一行の剣士を追って行った。お互い、(ライバル)は勇者一行だな?」

 なんでもないように言うので、思わずもう一度「は?」と言ってしまう。最後に何か納得しかねる一言がついていた気がしたが、それどころではなかった。


「剣を持てば良いじゃないですか」

「しかし俺は魔王だからな」

 相変わらず、訳の分からない理由を挙げる。


「では諦めたのですか?」

「諦めるつもりは一切無い。たとえ相手が人妻になろうとも、関係無い」

「そこまでいったら諦めましょうよ!」


 重い。重すぎる。

 下手をすればストーカー認定をされそうだ。いや、既にそれに近い行為をしているか。

 結婚の準備だけではなく、そちら方面でいろいろと犯罪を揉み消す準備もしておいた方が良いだろうか。


 魔王曰く“真面目過ぎる”宰相は、本格的に悩み、ぐるぐると目を回している。またこいつ余計なことを考え始めたな、とその様子を見ている魔王にも気付かない。


「安心しろ、合法的な手段で奪う。そのためにしたくもない仕事をしてるんだ」

 合法的って。どうせ魔王城で対勇者との戦いで強いところを見せようとか、そんなオチだろう。

「ああ、なるほどそれで──いや、仕事はそれがなくてもしてくださいよ」

「…………」

「魔王様!?」

 口笛を吹き始めた横っ面を叩きたくなった自分を、いったい誰が責められるだろうか。無駄に上手いので余計に腹立たしい。


「でも彼女はただの人間です。勇者一行に入れて貰える可能性は低いのではないでしょうか」

 魔王城で頑張っても、見てもらえないのでは、仕方ない。そんな疑問が頭をもたげる。

「そこは抜かりない。勇者に彼女も連れて行って欲しいと直談判してきた」

「……へえ」

 もう突っ込まないぞ、と心に決める。


 大体、情に流されやすいタイプなのに勇者とコンタクトなど取っていいのだろうか。

 いざという時に友達だから斬れませんとか、止めて欲しいのだが。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 やる気を出した魔王を執務室に残し、処理済みの書類を小脇に抱えて、方々(ほうぼう)への通達を出すべく廊下を早足で進む。

 頭の中でこの後の予定を組み立てていると、「おお、これは宰相殿」と雑音が入った。

「……こんにちは、軍師殿」

 顰めそうになった顔に、無理やり笑顔を貼り付ける。


 前魔王の弟君──現魔王の叔父上である“軍師”。正直、軍師としての実力は低い。実質は軍師補佐が管轄しているのは周知の事実。知らぬは本人ばかりだ。

 別にそれならそれで構いやしないのだが、どうも昔からこの男は好かない。特に理由は無いが、本能が『こいつは嫌』と告げていた。

 以前に魔王にも思わず漏らしたところ「そうだな。ちょろちょろと鬱陶しい」と真顔で返された。その表情からは、とても鬱陶しいと思っているようにも見えない。

 実際、軍師を前にすると顔が引き攣る宰相とは違い、魔王は彼と普通に接することができるようだ。


「本日は珍しく、魔王様も執務室におられるようだね」

「はは、そうですね」

「魔王様は優秀だが、いかんせん不真面目だ。宰相殿もさぞ大変だろう?」

 嫌味か、この野郎。二言目で、早速笑顔が崩れそうだ。勢い余って書類を握り潰さないように注意する。

「魔王様をお支えするのが、私の役目ですので。この仕事には、誇りを持っております」

 自分が「仕事しろ!」と言う分には良いのに、この男に言われると許し難く感じる。

 急ぎの用があるので失礼、と断りを入れてその場から離れる。その背に、言葉をぶつけられた。


「きみは、彼よりも王に相応しい者がいると思わんかね」


 自分に向けられたものだと分かるので、無視することもできない。一応、あちらの方が立場が上だ。

 身にならぬやり取りに辟易としながら、身体ごと向き直る。


「ご冗談を。彼ほど王に相応しい者を、私は知りませんよ」


 笑いながら一礼をして、今度こそ何かを言われる前に退散した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 用事を済ませた帰り道、天使に与えている部屋に寄る。ノックをすると、見習い天使が顔を出した。

「宰相さん、どうかしましたか」

 普段自分からは顔を出さない宰相が来たことを不審に思ったのだろう、眉を(ひそ)めている。

「ええ、少し忠告に。──大天使殿は、いないのかな」

「すみません。少し前に出掛けてしまって……連絡も取れないんです」


 どこかで聞いたような話だ。

 そう思いながら、急ぎでは無いから気にせず、と伝える。伝言だけを頼むことにした。


「魔王様が、貴方がたのことを不審がっているみたいだ。視察にしては長期に滞在しているな、と」

 伝えると、見習い天使は顔を曇らせた。申し訳ない、と顔に書いてある。

「僕も宰相さんが魔王さんを討つとは思えません。だからもう引き上げても良いと思うんですけど。あの人、楽しいことには目が無くて。あと仕事サボりたがるから、なんやかんやで居座ってるのではないかと」

「なるほど。お互い苦労するね」

「まったくです」


 まだ子供の割に、きゅっと顔を引き締めて頷く姿を見ると、何故だか微笑ましくなるから謎だ。まだ背伸びしているところが見えるからかもしれない。

 ぷりぷりしながら「この前もー」と話す内容にうんうんと相槌を打っていると、見習い天使は話の途中で慌てだした。


「すみません! 忙しいのにお時間を!」

「ああ、気にしなくていい。僕が好きでここにいたから」


 手を軽く振って否定するが、顔色は悪いままだ。生真面目だなと思う。もう少し肩を力を抜いても、というところまで考え、魔王も自分に対してこういう気持ちだったのだろうかと思った。

 あの人の場合、あまりにもサボり過ぎな気がするのだが。


 自分が去らないことには、この小さな天使の気は晴れないだろう。

「それじゃあ僕も仕事に戻るかな。伝言だけよろしく頼むよ」

「はい!」

 元気な返事に、やっぱりなんだかほんわかした気持ちになる。どこぞの軍師の所為でささくれ立った心が癒された。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 天井付近からひょこりと顔を出した少女は、こてりと首を傾げた。

「以前と空気が違う気がしますね」

 視線をうようよと泳がす。

「……いいえ、あに様がいるからではなさそうです。何か、これは……」

 少女はそこで言葉を詰まらせ、口元に手を当てる。背中で翼が揺れる音がした。


 ふわりと、黒い羽根が舞った。


「あら、いけない」

 少女は廊下に降りて、侵入の形跡となり得るものを拾った。一枚、二枚、三枚。他には無いかときょろきょろする。

「え?……あら、本当に。ここにもありました!」

 四枚目を拾って、物憂げにため息を吐く。堂々と歩くわけにも行かず、飛んで移動していたのだが、油断するとすぐに羽根が抜けてしまうのだ。

「……そうですね。ここに長居するのは得策ではなさそうです。最後の時まで、あまり近寄らない方が良さそうですね」

 視線の先に手を伸ばす。撫でるように手を動かしてから、「それでは、勇者様を見に行きましょう」と笑った。



◆嘆く魔王の宰相 了




魔王様が仕事をしていても、やっぱり忙しそうな宰相さん。


さてさて次は、魔王様の想い人・村娘さんのご登場〜。

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