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嘆く魔王の宰相(3)

 ボードゲームをひとしきり楽しんだのか、ようやく書類処理に取り掛かった魔王は、そういえば、と口を開いた。

「天使殿はまだ滞在しているのか」

「え、ああ。そうですね……」

 ふうん、と魔王は自分で聞いた割に、興味が無さそうに呟き──


「随分と長い視察だな」


 ゾクリ、と肌が粟立つ。

 ふ、と魔王が宰相を見た。いつもと変わらぬ顔。いつもと変わらぬ眼差し。

「魔界は広いから、確認事項が多いのだろう」

 彼がそう言う頃には、妙な威圧感は霧散していた。息を吐き、ようやく自分がそれまで息を止めていたことに気付く。


 ──結局のところ、格が違う。


 それを思い知らされ、しかし卑屈な気持ちは湧いてこない。苦笑を浮かべた宰相に、魔王が微かに眉を寄せた。

 自分が思っている反応と違って、不安だったのかもしれない。存外、彼は人の心に敏感だ。気付いていても我を通すので、傍目には気付いているのかすらも分からなくなるのだが。


「私がお仕えするのは、生涯貴方様だけでいい。……貴方様だけがいい」

 自然に(こぼ)れた想いだった。


「なんだ唐突に。男に告白されても嬉しくない」

 嫌そうに顔を歪める主人を、可笑しそうに見やる。後で憶えていろよ、という目をしているが、本当に嫌なことは決してしない、身内に優しい魔王サマ。

 優位に立てることはなかなか無い。だからつい悪乗りした。

「僕が女だったら惚れてます」

「本気で止めろ。俺は魔女に取り殺されたくない」

「……魔女に?」

 訊き返したつもりだったが、魔王からの返事は無かった。一瞬、しまった余計なことを洩らした、という顔をしたので、あまり言いたいことでは無かったようだ。だから宰相も追及はしなかった。

 スルーした宰相に気付いたのだろう、魔王は安堵したように息を吐いた。ボソッと「ここにあいつがいなくてよかった」と聞こえた気がしたが、なんのことだろうか。


「時に魔王様。こちらの山は全て縁談話ですが」

「燃やせ」

 食い気味に答えた魔王に、苦言を呈する。

「せめて返事を(したた)めてください、女の恨みは怖いですよ」

 そして魔王が不在の間、その怒りを一心に受ける羽目になるのは、自分なのだ。

 見目麗しい魔王は、最強と称されるその強大な力も相俟って、縁談の申し込みが非常に大量に来る。

「……ああ、そうだな」

 何を思い出したのか、遠い目をしたこの人も、女性関係では何かしら苦労しているのだ。ひょっとしたら城に居着かないのも、最初はその辺りが原因だったかもしれない。今は別のことが理由なのは、はっきりとしているが。


「定型の断り文を書いた手紙を複製するだけで良いか?」

「……気が無いことを示す分には良いのでは」


 誠意は欠片も感じないが。

 そもそもあちら(がた)も、定型文のような恋文なので、お互い様だろう。


 相変わらず、淡白な方だと思う。先代魔王は、かなりの女性を侍らせていた。魔王着任の際に一番苦労したのは、それらの解体だ。

 ──愛する人は一人でいい。

 それは、多くの異母兄弟を持ち、しかし手を取り合うことはできず、お互いを潰し合った過去がそう言わせるのか。



 初めて彼と会った時のことを思い出す。



 感情が()ぎ落ちたような顔。端正であるが故に、まるで人形のようだと思った。

 幼馴染の魔女と顔を見合わせ、「どうするこの扱いにくそうな餓鬼」と意思疎通を交わした。それから、「お前が行けよ」「ええー。男同士、貴方が行きなさいよ」と目配せのみで譲り合った。


「用が無いなら下がれ」


 温かさも冷たさも何もない、温度の無い声が響いた瞬間、魔女が「ちょっとくらい待ちなさいよ、今相談中なんだから!」と叫んだ。

 不敬にも程がある。

 青褪める宰相のことを一切気にせず、彼女は勝手に決定権を奪い取り、お前が行けと宰相の背中を蹴り飛ばした。

「ぐっ」

 腰を摩りながら、前に出て──押し出された、ともいう──愛想笑いをする。


「お、お初にお目にかかります、殿下。この度殿下付きとなりました、現宰相の息子であります──」

「長い! もっと簡潔に!」


 幼馴染の物理的な喝に、再度呻く。当時から魔法の力は強かったが、腕っ節も強かった。

 焦った少年は、一言叫んだ。


「こ、これから貴方様の……えっと、隣に並び、その、一生仕えます!」


 隣で、と言ってから、やってしまったと青くなる。隣に立つのはお妃様で、付き人たる自分は普通後ろに従うものだ。

 しかしその時、後の魔王は初めて表情を崩した。

「……ああ、よろしく頼む」

 嬉しそうに、恥ずかしそうにした彼を見た時に、この人は良い王になるだろうと直感した。この人を王にしたい、と。自分は確かに誓った。この御方の力になろう、と。


 ちなみに。


「あたし、除け者?」

 握手を交わす二人の傍で、魔女が膨れっ面になっていた。こうなるとご機嫌取りが大変なのだ。どうしたもんかと眉を寄せた宰相の隣で、魔王は少女を近くに呼び、何かを耳打ちした。

 少女の顔がパッと華やぐ。

「貴方、女心が分かるわね!」

 誉めそやす彼女にモヤモヤした気持ちが残ったが、忠誠心は変わらなかった。



 それでてっきり、魔王は幼馴染の魔女を貰い受けるのだと思っていたのだが。



 最近、ただの村娘相手に、運命の人だどうのと騒いでいることを思い出す。

「村娘さんへのアプローチは順調なのですか?」

 力の無いただの人間を(つが)いとするならば、相応の準備が必要だ。反発も大きい。彼女自身への身の危険も大きい。

 それでも、魔王が愛した者だ。

 人形のような顔を思い出し、そこだけはなんとか希望を叶えてやりたいと思う。

 ゴールまでの算段を頭の中で組み立てていると、「ああ、それな。恋敵(こいがたき)が現れた」とサラリと告げられた。




宰相さんは今も昔も、主導権は握れない。

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