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嘆く魔王の宰相(2)

 お転婆娘、暴れ馬──そう称されるのは、宰相の幼馴染である娘だ。宰相よりも多少歳下である彼女は、幼い頃から宰相(当時はまだ宰相ではなかったが)の後ろをついて回るような子供だった。

 若干鬱陶しく思いながらも、懐かれて嫌な気はしない。少々奇天烈なことをする子供ではあったが、容姿端麗で利発的でもあった娘は、将来有望と言われていた。齢六歳の時分から、我が息子を婚約者にと名乗りをあげる者が後を絶たなかったくらいである。


 その中で、幼馴染にとって自分は特別だった。優越感を感じていないと言えば、嘘になるだろう。


 彼女の両親は、あくまでも子の意思を尊重する人であった。まだ彼女には自分で判断する力は無いとして、丁重に断りを入れ、もし本当に将来を考えてくれているのであれば、成人となる十六歳のおりにアプローチを、とお願いした。


 大切に育てられた娘は、周りの望み通り、大変に優秀に育った。政治面では些か不安感が残るが、相手を思いやる優しい子だ。更に、実力主義である魔界においては美点である、魔法の力も強かった。

 ──それこそ、魔王に匹敵する程に。


 界層渡りさえ自力でできるのだ。魔法に関してはてんで駄目な宰相は、その点だけは妬ましくて仕方なかった。

 ひとつだけ、誤算があったとすれば。

 彼女が毛ほども“結婚”に興味を示さなかったことだ。我こそはと名乗りを上げた者をばっさばっさと斬っては捨て、斬っては捨て。しまいにはその世代の男性陣は全滅。結婚する気が無いのでは、と周囲を慄かせた。

 その予感は的中し──たどころか、魔界を飛び出して、今は地上界だ。戻ってくる気配も無い。


『喧嘩ばっかのこんな界層、元々(しょう)に合わないのよ!』


 最後の叫びが、耳に残っている。

 ああ、彼女は元々、この界層の男など興味が無かったのだ。それに気付くと、何故だか胸が締め付けられるように苦しくなった。


「彼女は、地上界で幸せに過ごしているでしょう。連れ戻すなどという酷な真似はしてはいけません」


 怒鳴り声をあげた時の威勢はどこへやら、途端に項垂れる宰相に、彼の付き合いの長い友人でもある魔王は、「本当に焦れったい」とポツリと呟いた。

「なにか?」

「いや、なんでもない。なんでもないんだが、本気でそろそろ素直になったらどうなんだ」


 至って素直なつもりなのだが。

 むしろ今我慢しているのは、魔王の逃走癖についてなのだが。


「大体、アレはお前との喧嘩で今も意地を張っているだけだろう。あの時のことは俺もよく知らないんだが、いったい何があったんだ?」


 問われて、当時のことを思い出すが、何が彼女の神経を逆撫でたのか、いまいち分からない。僕にも分からない、と返せば死んだ魚のような目を向けられた。

 彼は、ヒョイと摘んだコンペイトウを二、三粒手に取ると、口に放り込む。味わって食べているだろうか。怪しい。


「あんまりにも鈍いままだと、不幸になるぞ」

 そして、謎の宣告。

 そんなに脅しつけなくても良いだろうに。


「そういえば、地上界で面白い噂を聞いた」

「噂?」


 突然向きが変わった話に、眉を寄せる。目の前の書類は、先程からちっとも進んでいない。内容を確認しようとしても、頭が働かないのだ。

「薔薇の魔女が、勇者一行の賢者殿に熱を上げているらしい」

「…………え」

 “薔薇の魔女”、それが彼女を示す名称だということは知っていた。“熱を上げている”、それが恋をしているという意味を持つことも知っていた。そして、今魔王城を目指している賢者が、女性であるということも、知っていた。

(女性? 女性だって? あぁそうかだから彼女は男性に興味が無くて結婚の申し込みを断って……いたのか? え、つまり僕は対象外? いや、対象外だからなんだって……ううぅ)


 この場合、どういう顔をするのが正解なのだろう。


 泣き笑いのような顔をしている宰相の顔を覗き込んだ魔王は、感情の読めない顔をして、固まる宰相の手元から未処理の書類を全て引ったくった。

 彼はそれに目を通しながら立ち上がる。きっと彼であれば自分が苦労していたアレらもすぐに終えてしまうのだろうな、という妬みも湧き上がる。


「手遅れになる前に気付け、いろいろ」


 書類は持って行かれた。

 先程の会話を思い出す。宰相がサボれば、魔王が仕事をするのだったか?

 分かりにくすぎる気遣いに、涙が出そうだ。いろいろな意味で。

 だが考えたところで。


(恋愛対象外宣告されて、いったい何をどうしろっていうんだ──)


 魔王は書類をテキトーに処理しながら、不意に、あー、と声を上げる。ネタバレし忘れたことを思い出した。

「熱を上げているのは賢者の魔道書に対してだ、と言うのを忘れた。……まあいいか。さすがに奴でも、あのお転婆娘が同性愛者だという勘違いはせんだろう」

 足を組みながらくるくるとペンを回して、あーこれ読むの面倒だなー、と盛大なサボり癖を発動させていた彼は、当然知らない。

 “さすがに無いだろう”という勘違いを(こじ)らせた宰相が、頭を抱えていることなど。



 次の日、魔王は真面目に机に座っていた。真面目なのは、座っていることに対してだけで、手元ではボードゲームに講じていたが、席にいるだけても快挙だ。

 どういう心変わりだろうか。

 戦々恐々としている宰相に気付き、彼は「なんだ?」と首を傾げる。


「いえ……今日は、えーと、一日執務室に?」

「あぁ、しばらく真面目に仕事をする。“彼女”がここに来る前に、いろいろと済ませておかなくては」


 いろいろと済ませること、のひとつ目がボードゲームなのだろうか。

 白けた目を向ける宰相に、魔王は堂々と、これは遊びだ、と告げた。遊んでいるという自覚はあったらしい。

「全く。実力はあるのに、どうして貴方様は毎度サボるのですか」

 それでいて、やる時はやる。その時の処理スピードは、宰相の比ではない。


 なんとも遣る瀬無い。

「貴方様の方が、能力が高いのに」

 思わず口にしてしまったのは、魔女のこともあり、相当参っていたからだろう。魔王はボードゲームの手を一瞬止めて、宰相を窺った。


「俺が? 馬鹿を言うな」

「馬鹿を言ったつもりはありませんよ。現に貴方様が仕事をすれば、倍のスピードで処理できるでしょう」

「だが、俺はお前の四倍……いや、それ以上の時間、サボっている。お前の方が優秀だ。効率が良いやつが優秀なんじゃない。結果を出しているやつが優秀なんだ。俺は結果を出さないからな」

「胸張って言うことじゃないでしょう!」


 魔王は、違いない、と真面目な顔で頷いた。彼はボードゲームの手を再開させた。静かに、けれど熱のある声が響く。

「俺の存在で、お前が自分を卑下する必要は無い。誰かが言ったのなら、俺がぶっ飛ばして再起不能にしてやろう」

「……止めてください。貴方様が再起不能にしたら、本当に起き上がらなくなってしまう」

 これだから嫌いになれないのだ。

 誰が自分を追い込んでいるって、まさしくこの魔王本人なのに。釈然としないのに、憎めない。なんて面倒。




魔王様は、宰相さんが大事。

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