表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/36

恋慕する魔王(4)

「へえぇ、あの子の知り合い(・・・・)なのかぁ」

 なし崩し的に勇者に、追い求める少女の話をすると、記憶に残っていたのか、本格的に驚いた顔をされた。


 彼女とは知り合い以上になりたいのだが、なかなか人生ままならない。

 そんな愚痴を話すと、不憫そうに肩を叩かれた。

「剣士殿も彼女を手元に置いとくつもりは無いみたいなんだ」

「食うだけ食って捨てるということか」

「あ、いや、食ってもな──いやあの」

 勇者の顔が何故か赤くなっている。手でパタパタと顔を扇いだ。「俺、こういう話は免疫無い」と純粋っぷりをアピールしている。勇者は困った顔で「マジでいつも“いい人”止まりなんだよ」と眉尻を下げた。彼の未来に幸あれ、と願わずにはいられない。


「とにかく、だから、今は俺のパーティにはいないんだけど……でもあの子、何度も来てるから、その内また来るんじゃないかな」

「そうか。さすがは彼女だ」

 困難から逃げずに立ち向かう姿に、じんわりと心が温かくなる。魔王が顔を綻ばせると、勇者は曖昧に笑った。

「ところで、剣士殿は噂通りなのか?」

「あー、噂っていうと……女癖が悪い……とか?」

 頷くと、勇者が押し黙った。何か、いろいろと考えているのであろう間があった。

「好みに入ると、まあ……うん」

「好み? 好みというと?」

「えっ……えっと、そうだな、まあ、む、胸が大きい、とか、……むっちりした感じの女の人が好きみたいだな!」

 最後はヤケクソ気味だった。


 むっちり。

 それはあのしんなりとした身体には当てはまらないだろう。ホッと安堵する。

 しかし彼女の魅力が分からないとは、それはそれで腹立たしい。どちらにせよ腹立たしい。


「剣士というからには、剣が得意なのだろうな」

「そうだなぁ。いけ好かないけど、剣の腕はすごいなって思う」

 できれば認めたくないのか、眉を寄せながら勇者が答えた。どうやら勇者一行も一枚岩というわけではないらしい。逆に魔王軍が一枚岩かと言われると、これもまた違うので、人のことは言えないのであるが。

「俺も剣が扱えれば良いのだが」

「練習すればいいじゃん」

「……職業柄、そうもいかないのだ」


 いっそ本気で逃げてしまおうか、魔王職。


 深々とため息を吐く。強いやつが好きだ、と彼女は言った。特に剣士が良い、と。まさしくそれはあの剣士に当てはまる。

 ギリッ、と拳を握る。非常に腹立たしい。

「あの子の前で、剣士殿よりも強いことが証明できればいいのにな。剣よりも俺の方が強いんだぞー、って!」

「……なるほど」

 目から鱗だった。確かに彼女が慕う剣士を正々堂々撃破すれば、彼女に自分の強さをアピールできるかもしれない。それはいいアイデアだ。御誂(おあつら)え向きに、彼は勇者の一行で、自分は魔王だ。嫌でもその内、(まみ)えることになるだろう。

 勇者に屈することなく、堂々と対応する自分を見れば、“覗き魔”(いつも裸を見るからなのか、そんな呼び方をされるようになってしまった。いやまあ確かに見たいのは見たいが)から昇格し、別の評価をしてもらえるかもしれない。


 人間側からしたら、勇者が魔王に負ける、というのは、まさしく悪役・絶望の文字が似合いそうな光景であるのだが、魔王はそのことには気付かなかった。


「貴方には悪いが、そうさせてもらう」

「え、俺? いや、俺は別にあの子をどうこうしようって気は無いよ」

 ……そうだった、魔王は目の前の彼が勇者だと知っているが、勇者は目の前の相手が魔王だとは知らないのだ。

 正直に告白するべきだろうか。こちらだけ知っているのは、卑怯ではないか。

(だが……)

 正体をバラすということは、今後の情報提供者を失うということだ。少女の情報が何も手に入らないなんて、無理だ。耐えられない。本気で無理。

「すまない」

「や、だから」

「彼女をよろしく頼む」

 頭を下げた。そして続ける。

「あと、また様子を教えて欲しい。俺はもっと強くなって、剣士殿を倒せるまでになるから」

 真剣な様子に、心を打たれるものがあったのか。勇者は胸に手を当てて「任せろ!」と叫んだ。罪悪感が増幅される。しかし、恋に多少のズルは必要だ。



「会っていかなくて良いのか?」

 勇者に問われて、微かに表情を崩す。彼が敵でなければよかったのに、とどうしようもないことを考えた。

「ああ、会えば我慢できなくなる」

 我慢できずに、その場で剣士に戦いを挑みそうだ。それでは、この美しい街の景観を壊してしまう。

 どうせなら、魔王城で戦いたい。戦闘の途中で書類が燃えてしまっても、不可抗力だと言い張れる。……宰相にはねちねち文句を言われそうだし、結局やらねばならぬことに変わりはないのだが。



 勇者と別れ、通りを歩いて行く。

「あれ、お前なんでここにいるんだ?」

 愛おしい者の声がした。

 キョトンとした愛らしい顔に、縋り付きたくなるのを、咄嗟に抑える。

「……偶然、寄ったんだ」

「ふうん。でも、ちょうどよかった。挨拶ができないなと思って、少し気になっていたんだ」

 気にしてもらえていた!

 それが、ほんの微かなものでも、嬉しくて仕方がない。そうか、と返す声が弾んでしまったのは、仕方ないだろう。

「ごめん、オレ、これから剣士殿についていくために村を出たんだ。だからもうお前に村を案内することはできない」

 まるで告白を断られているようで、身が張り裂けそうになる。喜びから一気に悲しみへと突き落とされる。

 この娘は、まるで悪魔のようだ。


「……分かった」


 魔王は一言だけ返した。それが限界だった。これ以上ここにいると、自分は何をしでかすか分からない。だから、早々に踵を返した。

「あ、おいっ」

 焦ったような声に、まだ何かあっただろうか、と痛みに耐えながら肩越しに振り返る。彼女は困った顔をしていた。

「……悪い、なんでもない」

 我慢するような顔はあまり好きではないと思った。彼女には似合わない。

 手を伸ばす。銀の髪にそっと触れる。

「貴方に幸あれ。そう願う」

 囁くように言って、背を向けた。今度は止める声は無かったし、止められても振り返る気は無かった。


 ──少女の“幸”の中に自分の存在を含めるためには、魔王として、やらなければならないことがたくさんあった。


 まずは宰相の説教を聞くところか。

 そう考えると早速逃げ出したくなったが、向かうところができた今、そうするわけにはいかない。

 よし、と覚悟を決めて、──不意に視線を宙へ放る。


「ところで、貴方はそんなところで何をしている?」


 ひゅう、と風が吹いた。

「バレてしまいました」

 困ったような顔をした女性が、風の中から姿を現した。魔王が「久しいな」と声を掛けると、「お久し振りです」とほわほわした笑顔が返ってくる。

「何故ここに? 貴方が天界から下ってくるなど、なかなか無いだろうに」

「少しばかり、そうですね、……サボっています」

 彼女には似つかわしくない単語に、目を見張る。が、ことサボりに関しては寛容である魔王は「そうか」とだけ言って特に追及はしなかった。


 “そういう日もある”。

 これが魔王の持論だ。


「貴方は真面目過ぎるから、たまには羽目を外していいと思うぞ」

「ありがとうございます」

 穏やかな笑顔と、その美しい声は、これまで様々な人の心を癒してきたはずである。少しくらいのサボりは許されるだろう。

「あの……」

 恥ずかしそうに彼女が口を開いた。

「あに様には、どうかご内密に」

「ああ。そういえば、今は魔王城(うち)に滞在していたな。よろしい、その願い、聞き入れた」

 彼女の顔が安堵に変わる。身内にバレるのは嫌だったのだろう。自分も宰相にはバレたくないからよく分かる。


「どうか、よろしくお願い致します」


 その言葉に、多少の違和感を覚えた。

 兄への報告を控える以外の、何か別の期待の色を見る。その正体がハッキリする前に、彼女はふわりと浮き上がると、掻き消えてしまった。近くにはいるのだろうが、どこにいるのかは分からない。おそらく今度は呼んでも姿を現してはくれないだろう。

 魔王は首を傾げたが、まあいいか、と魔王城へと帰還した。案の定、宰相にはこってりと絞られた。



◆恋慕する魔王 了




読んで頂きありがとうございます。

この話でちょうど3分の1に到達!魔王様編も終了です。

次は宰相さんなので、引き続き出番がありますけども。


本人視点ではただのサボリ魔ムッツリですが、宰相さん視点なら、……うーん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ