自販機
「あー、しまった。飲み物持って来るの忘れた。」
ジョギングの休憩ポイントである公園に到着した男は頭を抱えた。男は非常に喉が渇いていた。喉を潤したい一心でここまで気合で来たというのに、それが叶えられないと気付いた瞬間、男の足はもう動かなかった。
ふと顔を上げた男の視界に入ったものは、赤く塗装された、神々しい光を放つ鉄塊。男はそっとポケットに手をやる。幸い財布は持って来ていたようだ。
「こんなことに金使いたくねぇが、仕方ねぇな。」
重い足を引きずり自販機の前でそれを眺める。値段はカンと小さいペットボトルが120円、大きいペットボトルが150円。
「なんで水がねぇんだよ、こういうのはだいたい水が少しだけ安くなってるもんだろ!」
文句を垂れながら財布を開く。小銭が足りない。仕方なく千円札を取り出し、紙幣投入口に差し込む。しかし自販機はヴィーンという間抜けな音とともにそれを弾き返す。
「反応しろよ、バカにしてんのか?」
苛立ちのままに荒々しく、何度か千円札を入れ直すと、ようやくそれが受け入れられた。小さいペットボトルのお茶のボタンを押す。妙な間の後、ガタンとペットボトルが落ちる音。取り出し口を開くと、そこにあったのは大きいペットボトルのコーラだった。
「は?」
咄嗟にお釣り返却口を確認する。百円玉8枚に十円玉8枚。つまり…
「よっしゃ儲けた!俺今日ツイてるキてる!」
お釣りをポケットに突っ込み、小躍りしながら後ろのベンチに飛び乗る。まるで狩りで得た獲物のように赤いラベルのペットボトルを空に掲げた後、そのフタを開けハイテンションのまま一気に飲み干した。
「くぅ〜〜!!ひとっ走りの後のコーラは旨いぜ!」
男はニヤニヤしながら先程のお釣りを取り出し、財布に入れようとした。百円玉の一つに何かがくっ付いている。いや違う、真ん中の穴から手の平が見えている。
「五十円玉かよ!!さっきの喜びをどうしてくれる!!ていうかむしろ損してるじゃねぇか、今日はなんて日なんだよ!!」
憤りのままに右手を握りしめると、ペットボトルは高笑いのような音を出してくしゃくしゃに潰れた。
「ああもう、どうしてジョギングの休憩中に腹を立てなきゃいけないんだよ。さっさと走ってさっさと帰るか。」
男は立ち上がって潰れたペットボトルをゴミ箱に乱暴に投げ捨てた。そしてまた公園に入って来たときと同じように、ただし尻にガムをくっ付けていることを除いて、どこかに走り去っていった。