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ある日の『上葛城商店街』  作者: いなばー
私はブスである。(宇都女)
9/60

私はブスである。

 私はブスである。一方この商店街にはやたら美人がいる。彼女等に私の気持ちなんて理解できるわけがない……。


 今回初登場のウヅメの話です。

 なので、これ単体でも話は通じるかと思います。


●登場人物

・天笠宇都女 : 初登場

・佐伯菜ノ花 : 主人公「ふくれっ面の跡取り娘」

・野宮みこ : 主人公「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」、登場作「ふくれっ面の跡取り娘」

・森田咲乃 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」「隣人はかぐや姫と呼ばれる」「ふくれっ面の跡取り娘」

・天笠紀子 : 初登場

・小村響 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」、ちょい役「ふくれっ面の跡取り娘」

・武田 : 初登場

・ラーメン屋の娘 : 今回初めて話に出てくる。

 私はブスである。

 名前を天笠宇都女あまかさ うづめという。

 そもそもこの神様みたいな名前が気に入らない。完全に名前負けしている。

 一方、私が住んでいる商店街にはやたら美人がいた。

 本屋の娘と八百屋の娘という二大巨頭は、なぜこんな田舎の商店街でくすぶっているんだろうと思わせずにはいられない美貌だし、和菓子屋の娘や花屋の娘もかわいい女子として評判が高い。

 ラーメン屋の娘の容姿についてはあえて言及を避けるが、それにしたって愛嬌があってみんなに親しまれている。

 一方の私ときたら、化粧品店の娘として生まれながらの残念すぎる容姿。生きながらの営業妨害だ。お母さん、生まれてきてすんません……。

 はぁぁぁ……。

 化粧品店たる自分の家の前に立つたびに私は暗い気分に陥る。


「どうした、ウヅメちゃん。ため息なんてついてると、幸せがこぼれ落ちちゃうよ?」

「ああ、菜ノ花さんですか。私なんかにはお構いなく」


 私に話しかけてきたのは花屋の娘たる佐伯菜ノ花さん、今年一九才。派手ながら親しみの持てる顔立ちをしたかわいい女の子様だ。今も花屋の配達の途中らしくダサいエプロンを付けているが、その弾けんばかりのかわいさに影が差すことはなかった。彼女に私の苦悩は理解できない。


「やさぐれてるね。中学でなんかあった?」

「いや別に。相変わらずの日陰生活ですから」


 私はこの四月から上葛城中学の二年生。春休みが明けてクラスが新しくなったけど、私の地味な生活にはこれっぽっちの変化もなかった。


「日陰かぁ。とにかく笑顔でいなよ。そうしないと、幸せは寄ってこないよ?」

「幸せねぇ。そんなのはまずもってかわいい子のとこにしかやってきませんよ。菜ノ花さんみたく」

「え? 私は別にかわいくないよ?」

「はぁ?」


 思わず叫んで随分と背の高い年上を睨み付けてしまう。

 こんなけ整った顔をしていて、かわいくない……だと?


「え? いや、別にかわいくないでしょ、私? それでも幸せに生きてるから、ウヅメちゃんも……」

「いやいやいや、謙遜も度が過ぎると嫌味なだけですよ?」

「でも実際に……」

「実際かわいいですからっ!」

「そうかな? そんなことないと……」

「かわいいからっ! あんたがかわいくないなら、私はどうなるのっ!」

「いや、別にウヅメちゃんもかわいくないってわけじゃないよ?」

「嘘付けっ! 私のことは私が一番知ってるんだっ!」

「え~? いや、参ったな……」

「どうしたんですか、大声出して?」


 そこへ現われたのは和菓子屋の娘たる野宮みこさん、もうすぐ一七才。丸顔のこの人は愛らしいという表現がぴったりのかわいい女の子様である。しかもすでに婚約者なんてのがいた。かわいい女子は幸せを掴むという好例だ。


「みこさん、聞いてくださいよ。この人、こんなけかわいいのに、自分のことかわいくないとかホザくんですよっ!」


 涙目の私が胸の内の怒りを込めて菜ノ花さんを指さす。


「ああ、菜ノ花さんはかわいいって自覚がないのよ。お母さんの文香さんが嘆いてたわ」

「そんなのあり得るんですか? こんなけかわいいのにっ! こんなけかわいいのにっ!」


 地団駄を踏む私。それなのに相変わらず菜ノ花さんはキョトンとしていやがる。


「まぁ、私のことはどうでもいいじゃん。それより、ウヅメちゃんって何か悩み抱えてんの?」

「今まさにその悩みをえぐられたとこですよ。どのみち、お二人には理解できない悩みなんすけどねっ!」

「すごいやさぐれてるのね。とにかく話してみてよ。何か助けになれるかもしれないし」


 こんなにとげとげしい私に優しい声をかけてくれるみこさん。彼女の幸せオーラ―を浴びるだけで私なんて溶けて消え失せてしまいそうだ。そういう幸せも彼女のかわいいさあってのことに違いなかった。


「じゃあ、聞きますけど、お二人にブスの気持ちが分かりますか? 生まれながらに不幸を背負った女の気持ちが?」

「いや、ウヅメちゃんは別にブスではないでしょ?」

「そうよ。悲観しすぎよ」

「いや、ブスですから。この顔見てやってくださいよ! この顔をっ!」


 相変わらず涙目の私がかわいい女子達に不細工な自分の顔を突き出す。我ながら自虐的行為だとは思うが、幸せなこの人らに自分の不幸を理解してもらわないと気が済まない。


「大丈夫大丈夫。別にブスじゃないわよ。ていうか、そうやってブスッてしてるのがよくないのよ」

「ブスはブスッとするのがデフォルトなんですよ」

「なんでさ、ラーメン屋の娘を見なよ。いつも明るい笑顔じゃない。あれはあれで幸せそうだよ?」

「私はあの人より劣るブスですから」

「そんなことないって、明るい笑顔なら大抵の顔は見てられるもんよ」

「あっ! やっぱり今の私は見てらんないくらいのブスなんだっ!」

「あっ」


 ついつい本音を漏らしてしまった和菓子屋の看板娘を指さす私。そもそも看板娘というのが気に入らない。私なんて化粧品店に似つかわしくないブスだから、お店の手伝いも自重しているのだ。お母さん、ゴメンなさい。


「そんなあなたにはお化粧をお勧めしますよ!」


 ひょこっと菜ノ花さんの横から顔を出して来たのは八百屋の娘たる森田咲乃さん、今年二一才。見た目クール美人の彼女は、この商店街で一、二を争う美人として広く知られていた。まぁ、クールなのは見た目だけで、実際はかなりタチの悪い人らしいんだけど。


「化粧って、私まだ中学生ですよ?」

「でもそうやって心を腐らせるくらいならお化粧して変身した方がいいんだよ」


 心を腐らせてて悪かったな。


「じゃあ、お母さんにしてもらえばいいじゃない。上葛城商店街の錬金術師の異名を持ってるんだし」


 菜ノ花さんが咲乃さんに同意する。

 お母さんは確かにそういう二つ名を持っていた。

 化粧品店では商品の宣伝として化粧のレクチャーをしているのだが、その技が魔術かよってレベルらしい。わざわざ電車に乗ってまで母の下を訪れる女子もいる。


「でもお化粧はどうですかね? そんなのに頼るのは卑怯ですよ」


 スッピンでもかわいいみこさんが反対する。なんか、そう言われると逆らいたくなってくるな。ていうか、化粧品店の前で化粧を否定すんなよ。


「まぁまぁ、ちょっと試しでしてみればいいじゃない。それで実際にするかどうかは本人に決めてもらうってことで。じゃあ、紀子さんに頼んでみようよ」


 と、お店の奥にいる紀子さんことお母さんのところまでみんなして行く。





「駄目よ。まだ中学生なんだから」


 お母さんは咲乃さんの提案を突っぱねた。

 ちなみにこの母も美人である。昔は商店街で一番の人気を誇っていたらしい。その前の一番は花屋の文香さん、つまりは菜ノ花さんの母親である。文香さんは就職していったん商店街を出たのだが、その代わりに一番になったのがお母さんだ。そしてお母さんが結婚した後に一番になったのが本屋の娘たる小村響さん。さらに咲乃さんが成長してきて今の二大巨頭体制に移行した。実にどーでもいいこの商店街における美人の系譜だ。


「でも、ウヅメちゃんもこのままだと闇に堕ちたままで、ロクな大人になりませんよ? 娘さんのことを考えるなら、万難を排してお化粧ですよ」


 闇に堕ちてて悪かったな。この咲乃さんは悪気なしに酷いことを言う。


「ウヅメが暗いのは顔のせいじゃないわ。内に籠もって変に悪い方に考えすぎるねじくれた性格が問題なのよ。化粧をすれば万事解決とはいかないから」


 暗いとか性格がねじくれているとか、実の娘を目の前にして言うなよな。

 私の性格のねじれはブスに由来しているのだ。この母もやっぱりブスの気持ちが分かっていない。


「お化粧したら気分も明るくなりますし、生まれ変わるいいきっかけになりませんかね?」

「まぁ、化粧にはそういう効果があるわ。いつもお客さんにもそう言ってるし。でもこの子にはまだ早過ぎます。今から化粧してたら年を取ってから肌がとんでもないことになるんだから」

「あれ? 肌荒れの心配なんですか? お化粧に依存しすぎると精神的にダメになるとかそういうんじゃなくて?」


 みこさんが疑問を口にする。


「みこちゃん、肌荒れは何より恐れないといけないのよ! あなたのスベスベお肌も油断してると……」

「わ、分かりました、分かりましたから、怖い顔で迫ってこないでください」


 お母さんの迫力にみこさんが後退る。


「とにかく化粧はダメよ。ただでさえ、ウヅメは肌が荒れやすいんだから」


 ブスな上に肌荒れか……どうしようもないな、私って奴は。


「じゃあ、このまま放置なんですか?」

「そんなに心配しなくてもいいわ。わざわざ焦って化粧しなくても、子供のうちはきっかけなんていくらでもあるものよ」

「そういうもんですかねぇ」


 結局お母さんを説得することはできず、すごすごと全員お店の外に出た。


「どうします? 咲乃先輩」


 菜ノ花さんが咲乃さんに問いかける。彼女なりに私の心配してくれてるのかな? まぁ、かわいい女子ならではの余裕でしょうな。


「とにかく断固としてお化粧をしよう。でもなぁ、この面子じゃなぁ」


 と、咲乃さんがみんなを見渡す。咲乃さんがかろうじて薄く化粧している以外は全員スッピンだ。ていうか、お店で働いてる菜ノ花さんがスッピンていうのはマズくないか? まぁ、かわいけりゃ何でもいいんでしょうね、どうせ。


「よし、助っ人を頼もう。お化粧好きの心当たりがあるし」


 力強くうなずく咲乃さん。頼りになるが、余計なお世話でしかない。




 そしてやってきたのは本屋だった。ここの二階のマンガコーナーには、商店街で一、二を争う美人たる小村響さんがいる。やっぱり咲乃さんが会いにきたのは彼女か。


「へぇ、お化粧」


 響さんがのんびりした声を出した。この前三〇才になったらしいのだが、その美貌には相変わらず隙がなかった。目がくりくりとした、見る人を和ませるかわいらしい美人である。そしてスタイルがとんでもない。スタイルなぁ、私はそこにも問題を抱えている。


「そうです。響さんの年期の入ったお化粧テクを見せる時ですよ」

「年期が入ったは余計よ、サキちゃん。でもお化粧なら紀子さんにしてもらえば?」

「彼女は反対してるんですよ。でもちょっと試しにならいいでしょ?」

「うーん、でも親御さんが反対してるならねぇ……」

「このウヅメちゃんの世をすねた顔を見てやってくださいよ。助けたげようって気になりませんか?」


 咲乃さん、さっきから言いすぎです。


「でも、お化粧なんてしなくても、ウヅメちゃんは別にかわいくないってわけじゃないでしょ?」


 と、響さんが首を傾げる。

 ここで私は今までずっと感じていた疑問を口にする。


「ていうか、みなさんさっきから『かわいくないわけじゃない』って言いますけど、『かわいい』とは絶対に言ってくれませんよね?」

「そ、そうだっけ~」と咲乃さん。

「た、たまたまよ~」とみこさん。

「き、気のせいじゃないかなぁ~」と菜ノ花さん。

「い、意味はそんなに変わんないわ~」と響さん。


 全員、しどろもどろになりながら顔を背ける。この正直者どもがっ!


「はいはい、皆さんの考えはもう分かりましたから。私はこれまでどおり日陰で生きていきますよ」


 ていうか、商店街の名だたる美人に囲まれるこの状況がキツすぎる。ここにいるだけで私のライフは削られていく一方だ。


「まぁまぁ、そんなこと言わずに」

「君の悪いようにはしないから」

「みんなで助け合っていこうよ」

「お化粧、試してみようか?」


 みんなして私に構ってくるが、結局彼女等には私の苦悩が理解できない。私に向けてくるこの笑顔も、本人達の自信が生み出す余裕に違いなかった。私にはどうやっても手が届かない自信だ。


「あーもうっ! 親切ぶるのはやめてくださいよっ! 私は独りさみしくブスな顔抱えて生きてくのがお似合いなんですっ!」


 彼女等に当たり散らしても仕方がない。でも私は自分の胸のもやもやを誰かにぶつけずにはいられなかった。かえってみじめな気分に陥った私は、もう居たたまれなくなって階段の方へと飛び出す。

 と、ちょうど上ってきた男子とぶつかりそうになる。間の悪い奴め。


「お、天笠じゃん」

「はぁ? 君誰?」


 腹が立っていたのでつい、きつい言い方をしてしまう。そうやって男子に話しかけられる状況に慣れていないのだし。


「ひでぇな、一緒のクラスの武田だよ。この前HRで自己紹介したとこだろ?」

「はぁ」


 全然記憶にない。彼みたいな明るい男子とは縁遠い生活を送っているのだ。


「あ、そうだ、天笠って勉強できたよな? 今日の宿題もうできた?」

「ううん、これからするの」


 今日は後ろにいる美人達に邪魔されたが、私は本来真面目に勉強する種族なのだ。ていうか、なんで私が勉強できるって知ってるんだ?


「じゃあ、一緒にしない? ていうか、教えてくれよ。な?」


 うーん、馴れ馴れしい。どうやらこの四月から一緒のクラスになったようだが、ロクに話したこともないのにいきなり勉強を教えろとは何事だ? 両手を合せて拝まれても知ったことか。


「いいよ、別に。あ、私の部屋散らかってるからそこの猫喫茶でいい?」

「ラッキー! じゃあ、俺んち来ない? いや、下心なしに」


 私相手に下心とかおかしいでしょ? なので彼の部屋へ行くことに何のためらいもなかった。


「じゃあ、そうしようか」

「ゲームもしようぜ!」

「勉強が先だよ?」

「ウヅメちゃん」


 後ろから咲乃さんに声をかけられたので振り返る。


「いい笑顔してんじゃん。その調子でねっ!」


 かわいらしくウインクする。

 何言ってんだ、この人。

 でも、胸のもやもやは少しだけマシになっていた。


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