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ある日の『上葛城商店街』  作者: いなばー
サーティ・イヤーズ・オールド(響)
7/60

2.

 西田君が働く『おもちゃのサガワ』では小学生達が外まであふれ出ていた。

 うわ、すごいことになってる。

 さて、なんとか中に入り込んで西田君を救出せねば。

 このお店は間口が狭くて奥に細長い。中に入るだけでも大変そうだぞ。


「はーい、君達退いてー。中に入れてちょうだーい」

「あっ、本屋のお姉さんが来たぞ!」

「うわっ! でけぇお尻で押し退けられた!」

「気を付けろ! あのでけぇお尻に気を付けろ! 圧し潰されるぞ!」


 うるさいなぁ、若干気にしてるのに……。

 ぎゃっ! スカートに手をかけてきた!


「潰された斎藤の仇だ! スカートめくっちまえ!」

「やめなさい! エロガキ!」


 その子の頭にゲンコツを振り落としたら、わざとらしく倒れてしまう。そうやってスカートの中を覗き込もうとするのは予想通りだ。しっかりガード。


「そんなとこに寝転がってると蹴っちゃうわよ、ほらほら」


 しかし足で横っ腹をつつくとかえっていい笑顔なんてしちゃう。ダメだ、バカな小学生男子ほど手に負えないものはない。


「おいこら! 響ちゃんに悪さすると、後で商店街の若い衆にド突かれるぞ!」


 声を出したのはこのお店の店長たる佐川さんだ。もう大分前からお年寄りだけど、未だ健在。


「ひぃっ、ジジイが怒った!」

「商店街の若い衆は勘弁だ。あいつら本気で殴りやがる!」


 んなわけないんだけど。商店街には私を祭り上げる親衛隊なんてのがあったりする。連中は私のためなら大抵のことはやらかすけど、子供を本気で殴ったりはしない。みんな善良な店員達なんだから。

 とにかく佐川さんのおかけで助かった。入口付近にいた悪ガキ達は外へ逃げていく。


「色々とすみません、佐川さん」

「まったくだ。さっきはサキちゃんが来て大変だった」


 そう言いながらも、入口脇のカウンターにいる佐川さんはにこやかな笑顔だった。顔は厳めしいけど、優しい人なのだ。


「サキちゃん、何て言ってました?」

「俺に向かって、西田の尻を蹴っ飛ばせだなんて言ってきた。要はあんたにプロポーズするよう活を入れろだとさ」

「はぁ?」


 小学生を操るだけに留まらず、そんなことまで口走ってたのか……。ホント参る。いい子なんだけど、いい子なんだけど、それは分かってるんだけど、はぁ……。


「あの、それで佐川さんはどう答えたんですか?」

「どう答えたらよかった?」

「ふぇっ!」


 不意を突かれて変な声が出てしまった。どうって……どう? いや、確かにプロポーズは待ち望んでるけど、それを佐川さんに言われたからするっていうのはおかしいでしょ? やっぱり本人の意志で、男らしく、こう、ねぇ。それって贅沢かな? そんな贅沢は許されない崖っぷちに、私はいる?


「色々顔に出てるな。安心しろ、そんな無粋な真似なんてするか。二人ともいい大人なんだから放っておけって言ってやった」

「そしたら小学生を扇動したんですか?」

「ああ、店の中で演説をぶつから、やかましくって仕方なかったぞ」

「とんでもない子ですよね、困ったもんです」

「それだけあんたらを心配してるんだ。見上げたもんじゃないか」


 と、機嫌よく笑い声を上げた。この人にとっては孫みたいな子がやらかした、ちょっとしたヤンチャで済むのだろうか?

 それにしてもなぁ、あんな年下に心配される私ってなんなんだろ? 思わずため息なんてついてしまう。


「随分年寄りめいたため息だな。響ちゃんももう年か?」

「うっ、年のことは言わないでください。これでも結構気にしてるんですから」


 口を尖らせて抗議するけど、佐川さんはにやにや笑っている。結構意地悪な人なのだ。


「西田もあんたも俺から見たらまだまだ若造だ。せいぜい悩んだり迷ったりすることだな」


 そう言って、私の二の腕をばしっと叩いてきた。予想以上に強い力によろめいてしまう。

 よろめいて視界に入ってきたのは店の奥。いた、西田君。案の定、小学生に取り囲まれている。


「プロポーズしろよなぁ~、西田。本屋のお姉さん、待ってるぜ?」

「あんないい子いないって。西田にはもったいないくらいだぜ?」

「西田がプロポーズしないなら、俺がもらってくぜ?」


 ものすごく生意気な連中だ。

 私が声を出す前に西田君が口を開いた。


「うるさいぞ、お前ら。俺には俺の、考えってもんがあるんだ」

「どんな考えだよ?」

「いろいろ考えてる」

「だからいろいろってなんだよ?」

「いろいろはいろいろだ。子供には分からんことだ」

「分かるか分からないかは聞いてみないと分かんないぜ? いいから言ってみろよ」

「いい加減にしろよ、お前ら」


 両手を腰に当てて怒ったポーズ。西田君は一ヶ月放っておくと部屋をゴミだらけにするような、私のひいき目から見てもダメ人間に属する人だ。でも子供達の前でだけはいいお兄さんぶったりする。今も、あくまで大人の風格でもって小学生達の相手をしている……つもりで、本人はいた。


「お、やるか、西田? こっちには東小の四天王がいるんだぞ?」


 ずずいと前に出る四人組。


「片手だ。西田ごとき、片手で十分だ」

「じゃあ、俺は右足だけだ」

「じゃあ、俺は左手の小指だけだ」

「じゃあ、俺は念で吹き飛ばしてやる」


 完全に舐められてる。

 いくらいいお兄さんぶったところで、元々が気弱な青年なのだ。自分の彼女にコスプレのリクエストもできないくらい気が弱い。いや、リクエストされたら困るんだけど。とにかく子供というのはしっかり大人を値踏みしているものなので、舐めてもいい相手は容赦なく舐めてくる。西田君、ピンチ。

 そろそろ助けたいところだけど、ここで私が何かすると彼の威厳? が完全に崩れ去ってしまう。我慢してしばらく様子見しよう。


「いいだろう、俺も本気を出そう」


 西田君が世紀末救世主みたくゴキゴキと拳と首を鳴らす。その西田君お勧めのマンガとアニメは、割とグロいけど最後までしっかり見た。そうやって彼の趣味を理解するよう努力しているのです。

 とにかく西田君に威嚇されて、上葛城東小学校の四天王は一歩二歩後ろに下がった。

 すーっと人差し指を小学生に向けた西田君が一言。


「俺に歯向かう奴にはカードを売ってやんない」

「なにぃぃぃっ!」

「いきなり必殺技だとぉっ!」


 大げさに崩れ落ちる四天王。

 小学生の間で流行ってるカードゲームの話は前に西田君から聞いていた。流行り物には乗っからないと子供社会で生きていけないと知った上で、そのカードを売らないとか脅しつけた模様。やることセコいよ、西田君。


「ふん、大人の力を見くびったな」


 ブルース・リーみたく鼻の頭を親指で弾いたりなんかして調子に乗る西田君。ブルース・リーも、西田君に見せられるまではちゃんと観たことがなかった。


「卑怯なり、西田!」

「汚い大人だっ!」


 床を叩いて悔しがる四天王だけれど、結局彼等はただじゃれ合ってるだけだ。

 なんだか拍子抜けするけれど、これで西田君は危機を脱した? じゃあ、私も本屋に戻るか。

 その前に一声かけておこうと、小学生をかき分けて西田君の近くまで行く。


「西田君、もう大丈夫?」

「あ、小村さん。来てたんだ」

「うん、サキちゃんがまたやらかしたって本人から聞いて、様子見にきたの」

「おっ! 本屋のお姉さんだ!」

「熱々のカップルだぞ!」


 などと周りではやし立て始めた。

 でも私はこんなの慣れっこだったりする。この商店街の住人は気さくすぎるので、二人でいると大抵冷やかしの声をかけてくる。特に、私の親衛隊と対立しているサキちゃんの親衛隊の隊員が露骨だ。そうやって、私に彼氏ができたことを私の親衛隊に突き付けて、ダメージを与えるという目論見らしい。

 私は小さい頃から人に見られたり声をかけられたりしていたので、恥ずかしいながらもそういうのには慣れていた。でも西田君はそうではない。今までは彼曰く日陰で生きてきたので、私とお付き合いし始めてからのみんなの注目を浴びる状況はストレスらしい。そういう話を聞くと、ちょっと申し訳なくなってしまう。

 それでもまぁ、今は子供相手だからたいして気にならないとは思うけれど。 


「プロポーズだ! プロポーズを受けに来たんだ!」

「そんなわけないでしょ? 君らも用がないなら帰りなさいよ」

「プロポーズ! プロポーズ!」

「プロポーズ! プロポーズ!」


 うるさい小学生どもが手を叩いて騒ぎ立てる。こいつら、どうしてやろうか。


「おい、俺はプロポーズなんてしないぞ」


 西田君に間近でそう言われると、若干複雑な気持ちになる。

 やっぱりプロポーズは憧れなんですよ。でも彼にそんなことをするつもりはないらしい。私推薦のラブロマンス映画を一緒に観ても、まるっきり他人事としてしか観ていない。あんまりそういう手は使いたくないのだが、一回それとなく映画の感想にかこつけてプレッシャーをかけてみたことがある。でも、西田君はこちらの意図を全く理解せず、カメラワークがどうとか、ライティングがどうとか、どーでもいいことの感想しか述べなかった。そういうことがある度に、私はがっくりきてしまう。


「バカだなぁ、西田。本屋のお姉さんはプロポーズされに来たんだぜ?」

「見ろよ、あの物欲しそうな目!」

「物欲しそうな口!」

「物欲しそうなおっぱい!」

「ばーか、伊藤。おっぱいは関係ないだろ?」

「おっぱいは赤ちゃんのためにあるんやないんやでぇ~」

「うわ、伊藤の奴、エロだ!」

「これからはエロ魔人って呼ぼうぜ!」


 うるせぇ~。

 物欲しそうって何よ。え? そんなふうに周りからは見えてるの? 私の願望とかその他もろもろは、できるだけ悟られないように注意してるのに。

 いや、西田君は彼なりに頑張って私とお付き合いしてくれてますよ? 元々彼は二次元しか興味のない人だったのだ。でもちょっとずつ仲良くなっていく中で私のことも気にかけてくれるようになり、それでどうにかお付き合いすることになった。でも、彼にしてみればいろいろと無理があるのかな? そんなふうに気後れしている部分が私にはあるので、自分の願望も抑え気味にして過ごしている。

 いや、欲求不満てことはないはずだけど……。でもなんか漏れ出てるのかな?


「君達、いい加減にしなさいよ! いいから散った散った」

「お、図星突かれて逆ギレしたぞ!」

「逆ギレだ!」

「んなわけないじゃない。こんなところでプロポーズなんてしませんから」


 実際は逆ギレ気味なのだけれど、そんなことバカ正直に子供相手に自白なんてしません。


「ここじゃないとこでするんだな?」

「大人は影でこそこそばっかりだ!」

「そんでエロいこともするんだぜ?」

「うるさいなぁ、エロいことなんてしません」

「そんなわけあるかよ。キスとかしまくってるんだぜ! な、西田!」

「え? うーん、いや~」

「え? そこで言い淀まないでよ!」


 西田君、バカ正直すぎるって。

 キス? キスですか? いや~、私達もいい年ですからね。キスくらいはしておりますよ。そこまで行くのに半年かかったのは内緒ですけれど。

 苦労した……。キスまではホント、苦労した。今まで二次元しか興味がなかった西田君は、極端にスキンシップが苦手だった。手を握るのでさえぎこちなかったものだ。

 でもさすがにいい年をして手をつなぐだけというのも何なので、この小村響、粉骨砕身してキスに持ち込みました。去年の八月、海釣りに行った時です。


「やっぱりキスするんだ! 影でこそこそキスするんだぜ!」

「この西田、影でこそこそなんてしないぞ」


 あ、変な意地張った。

 気弱な青年たる西田君だけれど、たまに変な意地を張ったりする。ダメ人間というのは得てしてそういうものなのだという。プライドだけは高いのだ。

 そういうところはかわいくもあるのだけれど、言い出したらテコでも動かないのでうんざりする時もある。パリに行ってみたいとうっかりこぼしたら、俺が連れていってやるといきなり綿密な旅行スケジュールを組みだしたのには焦った。商売人が新婚旅行でもないのに一週間も旅行に出かけるとか無理ですから。結局はおもちゃ屋を休ませてもらえなくて断念したのだけれど。


「じゃあ、堂々とするのかよ」

「堂々とするぞ、この俺はな」


 西田君、自分の首締めるのやめようよ。


「じゃあキスしろ! 今ここでキスしてみせろ!」


 ほら、こうなるんじゃん。


「キス、キス、キス、キス!」

「キス、キス、キス、キス!」

「キスなんてしませんってば」


 うんざりしながら私は言うが、小学生どもは聞いちゃいない。調子に乗ったバカな小学生男子はサキちゃんの次くらいにタチが悪い。


「おいおい、西田、ヘタれんのかよ! いつも言ってる愛と勇気と誇りはどこ行ったよ!」


 ああ、子供にいいこと言って、格好いいお兄さんを演じてたのね。まぁ、彼の弁護をすれば別に見栄を張ったわけじゃない。おもちゃ屋における店員の役割を忠実にこなしているのだ。子供の尊敬を得なくては連中を制御できない。でも、今はそれが裏目に。


「西田、ここが勇気の見せ場だぞ!」

「男だったら、ばしっと決めろよな!」

「よ、よし、見てろよ、ガキども!」

「ちょちょちょちょ! 本気! 西田君?」


 西田君が私の両肩を掴んで引き寄せてきた。こんな衆人環視でキスですか? 西田君、普段は奥手のくせに、子供達の前ではあくまで愛と勇気と誇りを持った格好良いお兄さんなの?


「ここまで来たら引き下がれないし。さ、小村さん」


 どんどん顔が近付いてくる。

 いや、こんなふうに積極的な西田君はうれしいけれど、もっといいムードの時にお願いしますよ。恋人らしいことをする時はいっつも私がリードしてるけれど、私だって男の人をリードできるだけの経験も度胸も本来ないのだ。でも、二人とも受け身じゃどうしようもないから相対的に積極的な私が頑張ってるんじゃん。その辺の苦労が思い出されてなんだか泣けてくる。


「ダメッ! ダメダメダメッ!」


 どうにか西田君の顔を押し戻す。キスは望むところだがこいつらの前でなんて勘弁だ。


「なんだよ、本屋のお姉さん、ヘタれんなよな」

「やっぱり影でこそこそかよ、むっつりスケベが」

「うるさいっ! そんなにキスが見たけりゃ、お父さんお母さんに見せてもらいなさいっ!」

「うぇ~、変なもん想像させんなよなぁ~」

「うぇ~」


 吐く真似をして顔をしかめる小学生達。


「大体、そんな年変わんないんだから、君らの親と私達」

「えっ!」


 子供達が目を剥く。しまった、余計なことを言ってしまった。


「え? 本屋のお姉さんって何才なの?」

「にじゅ……三十よっ!」


 もうヤケですから、思いっきり胸を反らせて言ってやる。


「うぇぇぇぇぇっ!」


 小学生達がどよめく。失礼なことこの上ない。私だって好きで三十才になるわけじゃないのだ。絶望したような顔でみんなして見てくるのはやめてくださいよ。


「母ちゃんと三つしか違わねぇよ!」

「ババァだ! とんでもねぇババァだ!」

「騙された! ババァに騙された! 警察に訴えてやる!」

「本屋のお姉さんじゃねぇよ、本屋のババァだよ!」

「うるさいっての!」


 近くで悶えている小学生の頭にゲンコツを落としてやる。


「キレた! ババァがキレた!」

「山姥に喰われるぞ!」

「ほら~! 早く出てかないと、食べちゃうぞ~!」

「ひぃぃぃ~!」


 悪ガキどもが我先にと逃げていく。もうこの際なんでもいいや。

 と、男子が一人、こちらの前に立ってじっと見つめてくる。どうかしたのかと様子を見ていると、いきなり両手で私の胸をわしづかみにしてきた!


「くらえ、巨乳!」

「何すんの、このエロガキ!」


 両拳をこめかみに当ててギリギリと制裁を加える。これを触っていい男は一人だけなんだっ!


「やめろ! 伊藤の奴は本屋のお姉さんが好きだったんだっ!」


 逃げる途中の小学生が振り返ってエロガキを弁護した。


「そうなんだ、伊藤君」

「そう……、俺は本屋のお姉さんが好きだった……。でも、ホントはお姉さんじゃなくてババァだったんだ……」


 うるさいなぁ。

 伊藤君はシリアスに涙なんてにじませてるけれど、いまいち同情心が湧いてこない。


「西田! 本屋のババァはお前に託す! 幸せにしてやれよっ!」


 私の手を振りきった伊藤君が、入口近くにいる仲間の方へと駆けていった。


「伊藤、キツい失恋だったな……」

「西田なら……西田なら勝てると思ってたのに。でもババァだなんて……」

「泣くな、伊藤。保健室の佐々木先生を狙っていけ。あの人も結構巨乳だ」

「そうする……」


 なんだよ、単なるおっぱい好きかよ。どっと疲れた。


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