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ある日の『上葛城商店街』  作者: いなばー
キス、心、重ねて(宇都女)
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キス、心、重ねて

 私、宇都女は薫子の夏休みの宿題を見てやる。

 友だちの吟太郎の話になると薫子の奴は無理矢理話を逸らそうとしやがるのだが……。


 前回の「納涼福引セール(菜ノ花)」を踏まえた話になります。

 今回の話単体では分かりにくいかもしれません。


 「中学生、初詣(宇都女)」「お返しの価値は(吟太郎)」「別離に至る病、そして(薫子)」辺りの薫子が出てくる話を踏まえてもいます。

 先に読んでおいて頂けると理解が進むでしょう。



●登場人物

・天笠宇都女 : 化粧品店の娘、登場作「ある日の『上葛城商店街』」

・内染薫子 : ランジェリーショップの娘、登場作「ある日の『上葛城商店街』」


 今日、私こと天笠宇都女は内染薫子の部屋を訪れていた。

 勉強会というと聞こえはいいが、頭が悪い薫子の夏休みの宿題を、勉強だけはできる私が見てやるという会である。


「ねぇ、ウヅメ。いい加減、宿題を写させてよ」


 情けない声を出す美人。

 外ではばっちり決まった格好をするこいつだが、家では髪をお団子にしてTシャツに短パン。Tシャツには「おかちめんこ」と書かれてある。


「やだよ。あんたさ、今のままだとマトモな高校には行けないんだよ? せめて上葛城高校くらいは行けるようにしとかないと」

「私は私立でいいわ。歌詠学園の制服は田舎にしてはなかなかかわいいから、あそこにしようと思ってるの」

「今のあんたじゃ、歌詠はムリだ。教科数が少ない代わりに一教科の難易度は県立より上なんだよ」

「そうなの!」


 かっと目を見開く。

 そんな間抜けなことをしてもこいつは変わらず美人だ。


「そうだよ。あそこに行きたきゃ、この宿題くらいは自力でできるようになっとけ」

「勉強はしたくない……かわいい制服じゃないとイヤだ……悩ましいわ……」


 机の上に突っ伏す薫子。


「満遍なく基礎を固めて上葛城にしときなよ。あんたにはあっちの方がいろいろと都合がいいし」

「都合がいい?」


 顔を上げて私を見てくる。


「吟太郎は上葛城なんだよ。あいつと一緒なら面倒見てくれるじゃん」

「ねぇ、この問題はどう解くの?」


 急に起き上がってプリントと向き合う。

 いい加減、私はイラってきた。


「薫子、なんでさっきから吟太郎の話題になったら無理矢理スルーするの?」

「そうかしら? ねぇ、これxがいっぱいあるわ。どうするの?」

「こっち向いてちゃんと答えろよ」

「今は勉強中でしょ? え~っと、xの二乗とただのxでまとめて……と」

「薫子!」


 ようやく薫子は勉強するふりをやめる。

 でもこっちを見ようとしない。


「分かったわ、ちゃんと説明する。その前に麦茶取ってくるわね」


 ようやくそう言うと、ひょいと立ち上がって部屋を出ていく。

 はぁ、なんかメンドくさい話になりそうだぞ?




 一リットルくらいのガラスのポットいっぱいに麦茶を入れて薫子が戻ってくる。


「どこまで話したかしら?」

「何も話してないよ。単に『どこまで話したかしら?』って言いたかっただけだろ」

「まぁね。この前、商店街で納涼福引セールをしたわよね?」

「ああ、あんたと咲乃さんがビキニ着て客寄せしてたバカ騒ぎ」


 ご丁寧にもビニールプールを用意して、水と戯れる美人を演出したのだ。

 私もちょっとだけ様子を見にいったけど、あまりに暑いのですぐに引き上げた。


「そこへ吟太郎が来たのよ。で、キスしたの」

「ふーん、キスねぇ」


 話を聞きながらコップに口を付ける。

 すぐにお茶を霧状にして噴き出した。


「キス!」


 目を丸くしてしまう。


「ちょっと! 昭和のコントみたいなマネはやめて頂戴!」


 顔にお茶を浴びた薫子が文句を垂れる。


「す、すまぬ……。でもホントなの? 吟太郎とキス?」

「ええ、キスしたわ」


 顔をタオルで拭きながら視線は逸らす。


「吟太郎が福引会場に来た。キスをした。その間に何があった? あんたのことだから、またなんかトラブルがあったんだろうけど」

「やらかしたのは咲乃お姉様よ。胸の谷間を吟太郎に見せつけて誘惑したの。こんなふうに」


 と、薫子が両腕を内側に絞って胸を寄せ、私の方へ前屈みになった。

 こいつはBカップだが、それっぽい谷間がTシャツの襟口から確認できた。

 咲乃さんはもっとバストが大きいので、その谷間たるや相当なものであったろう。


「吟太郎、デレデレになったんじゃない?」

「そうなのよ! デレデレになったの、私の目の前で」

「まぁ、中学生男子なんだし、美人のお姉さんのおっぱいにデレデレになるのは仕方なくね?」

「でも、あいつは私のことが好きなのよ? それなのに他の女にデレデレしたの。私はイラッてきたわ。だから吟太郎に私の魅力を見せつけてやろうって思ったの」

「うん、あんたが考えそうなことだ」

「で、水着のブラを外したの」

「そっか~。吟太郎の目の前でおっぱい丸出しだ~」


 この女のやることはホントにわけが分からない。


「いいえ、私の桜色をしたかわいらしい小さな蕾がつんと上向きに付いた絹のように真っ白くてきめ細かな若さがもたらす凛とした張りが生み出す『ほう』と息を漏らしたくなるような滑らかな曲面を持つ小振りながらも触れたならきっとその指をしっとりとした弾力でもって包み込むであろうと見る者に思わせながらも神々しいまでに触れるのを恐れさせる左右いずれ劣らぬばかりかむしろ相争うことなく互いを引き立て合うことで一揃えとしてそこにある膨らみは咲乃お姉様の手で覆われたわ」

「おっぱいは咲乃さんが手で隠してくれたんだね」


 読めもしないくせに文学なんぞにかぶれているこいつは、時々こういう表現に挑戦してはそのつど無様な結果を晒していた。


「そう、咲乃お姉様に邪魔されたの。そこへ花屋の娘も加わって、無理矢理私にビキニを着せたのよ」

「大人として当然の対応だよね」


 二人の苦労がしのばれる。


「その後、座って頭を冷やしてたら、目の前に吟太郎の奴がしゃがみ込んできたの」

「呆れてたろ」

「呆れてたわ。私は納得できなかった。私のことが好きなんだったら私だけを見るべきなのよ。だから私を見るよう吟太郎に命令して、その後キスしたの」


 ここまで聞いてもなんでキスなんて行動に走ったのかよく分からない。


「つまり嫉妬なの?」

「嫉妬? 嫉妬なわけないわ。吟太郎ごときを相手に嫉妬なんておかしいもの」

「独占欲的な?」

「うーん、そうなのかしら? でも違うような?」


 天井を見てうなっている。


「もう独占欲で手を打っとこうよ。よそ見した吟太郎を独占するために、キスして自分の方を向かせたんだ」

「独占欲も違う気がするわ。もう何が何だかさっぱりよ……」


 うなだれてしまう。


「例によって悩める薫子さんか」


 こいつはいろいろと悩んでいる。

 好きでもない男子なのに、「なんか、男子」を感じてドキッてするらしい。

 吟太郎にもそう感じてしまうので、友情が崩れてしまうんじゃないかと悩んでいた。

 「なんか、男子」っていうのは私にも漠然と分かる。

 バカな男子の意外な男子っぽい一面を見た時に、「なんか、男子」だ、と思うのだ。

 でも、そんなもんじゃねぇの、って私は適当に受け流していた。

 薫子は真正面から悩みすぎている。


「私って、ファーストキスをとても大切にしていたの。好きな人としようって」

「そうだよね。素っ裸とか平気で見せるくせに、口同士のキスだけは頑なに嫌がってたんだ」

「ホントに好きな人とロマンティックなキスがしたかった……。でも、好きでもない吟太郎とキスしてしまったの」

「後悔してる?」


 薫子は頭を横に振った。

 そして顔を上げる。


「私はあの時、吟太郎とキスしたいって思ったの。この子とキスしたいって。その気持ちはホントだから、後悔なんてしてないわ」

「やっぱ、あんたも吟太郎が好きなんじゃないの?」


 そう言うとまた首を振って打ち消してきた。


「吟太郎のことは相変わらず好きでもなんでもないわ。ただの友だちよ。それは揺るがない」

「そうなのかなぁ。取りあえず付き合ってみたら? お付き合いしてみたら何か分かるかもよ?」

「取りあえずのお付き合いはイヤよ。前の中学の時に失敗してるの」

「そうなんだ? じゃあデートは? お試しのデート」

「デートか……。デートくらいならいいのかな?」


 首をかしげて思案顔。


「そうそう、なんか分かるかもよ? 吟太郎なら安全だしさ」

「じゃあ、ちょうどいいし、カブトムシを取りに行こうかしら。今年も小さいいとこちゃんが来るのよ」

「いや、カブトムシ取りはデートじゃない」

「むぅ……。あ、そうだわ。都会のランジェリーショップの偵察を頼まれてるのよ。それに連れてくわ」

「それも中学生のデートにはふさわしくない」

「否定ばっかりね。じゃあ、ウヅメがアイデア出しなさいよ」

「私が?」

「そうよ。乙女ゲーばっかりやってる経験を、今こそ生かす時なのよ!」


 人に頼みごとをするのに、威張って指さしてくるのが薫子という女。

 まぁ、この女に任せるとロクでもないことになりそうだし、私が仕切った方がいいのかもしれない。


「分かった分かった。じゃあ、プラン練るよ」

「よろしい!」


 にこやかな笑顔を美人が向けてきた。




 三日後、私は再び薫子の部屋を訪れる。

 今日がデートの日で、薫子は必ず遅刻をする女だからだ。

 扉をノックする。


「薫子~、準備できた~?」


 薫子に言っておいた出発時間の十分前。

 魂を賭けてもいいが、あいつの準備はまだ整っていない。


「ちょっと入りなさい?」


 そう言われて部屋の扉を開けると薫子の奴は全裸だった。一糸まとわぬという奴だ。

 私の方へは顔を向けず、両手を腰に当ててベッドの上を見つめている。


「何してんの?」


 こいつの裸は見慣れているので私は動じない。


「下着を選んでるのよ。ウヅメも手伝いなさい?」


 まだそんな段階かよ。

 薫子の隣に並んでみるとベッドの上に十セット以上の下着が並んである。

 さすが下着屋の娘、天晴れ! とかそういう話ではない。


「どれでもいいじゃん、どうせ見せるわけでもなし」

「そうはいかないわ。全身隙なく準備を整えないと」

「だから全部剃ってるんだ?」

「その通りよ」


 もういいや。

 決断力のないこの女に任せておいたらいつまでかかるか分からない。

 私は適当に手を伸ばしたけどもその先にあったのは紫のパンツだったのでその隣のピンクのパンツを掴む。


「これにしなよ」

「そうね、これはお気に入りよ。これにしようかしら」


 ようやく第一歩。


「まさか服も今から選ぶの?」

「下着が決まったら着る服も決まってくるわ」


 下着姿の薫子が引っ張りだしてきたのは白いワンピース。


「ああ、そういや薫子が初めてここに来た時も白のワンピースだったね。同じ奴?」

「全然違うわ。ウヅメの目はどうしようもないくらいの節穴ね」


 うるせぇよ。


「さ、ウヅメ、日焼け止めクリームを塗るのを手伝いなさい?」

「はいよ、お姫様」


 手足、首回りといった外に露出する部分にクリームを塗りたくっていく。

 こいつの肌は信じられないくらいきめ細かで滑らかなので、同い年の女子としては触れたくないのが本音。


「お、新しいホクロめっけ」

「そこ? 全然気付かなかったわ。目立つ?」

「なんかエロいかもしれん。でも下品ではないよ」

「じゃあ、アクセントということで」


 そしてやっとこさ文明人らしく服を着ていく。

 さらに化粧。顔の日焼け止めも同時にしていくらしい。


「手慣れたもんだよね」


 こいつは中学生のくせに学校にも化粧をして出てくる。

 曰く、化粧は女としての務め。

 担任のアラサー女子も諦めてしまっていた。


「ウヅメもいい加減、覚えなさいよ」

「やなこった。私みたいなブスが化粧したら痛々しいだけなんだ」

「ブスだから化粧で覆い隠さないといけないのよ、ブスだから」


 自分がブスなのは知ってるけど、他人に言われると腹立つな。

 そして髪をセットしていく。


「あんたみたいに見た目がいいと、オシャレするのも楽しいだろうね」


 思ったままを正直に言ってみる。


「それはそうよ。私は見た目のコンプレックスがないから、下手に取り繕おうなんて考えないで、自分の魅力を目一杯引き出せばいいだけだしね。うらやましい?」

「別にうらやましくはないね。うらやんでも仕方ないし」

「その通りよ」


 髪はちょっと複雑な編み方で一つにまとめて垂らす。


「あんたパーマかけてるんだし、そのままでもいい気がするけど」

「今日はデートだから特別感を出してみました」


 ちなみにパーマも校則違反だ。こいつは守っている校則の方が少ない。

 ようやく完成。


「じゃじゃーん!」


 片手を腰に当てたポーズを格好よく決める薫子。

 膝丈の白いワンピースを着て、その上に丈の短い桃色のカーディガンを羽織って。

 胸までの長さの黒髪をおさげにして後ろに垂らし。

 アクセサリーをいくつか付けて、ベージュのつば広の帽子を頭に乗せていた。

 後は素足のままサンダルを履くらしい。

 やっぱりとんでもない美少女だ。黙ってれば。


「かわいいかわいい」

「それは私が一番知ってるわ」

「薫子ってさ、なんかファッションの振れ幅が大きいよね?」


 普段はパンツにせよスカートにせよラフっぽい格好が多い。

 あくまでラフっぽいだけで、私のお母さんに言わせると、自分の魅力を十二分に引き出した非の打ち所のない着こなしらしい。

 確かに日本の田舎より欧米の映画の中にいる方が自然に見える。


「時と場合に合わせるの。今日みたいなデートだと特にだけど、男子と会う時には男子が好きそうな格好をするのよ。それが美人としてのサービスだから。後は猫を被る時もそれ用に変えるわ」

「頭悪いなりに考えてるんだ」


 吟太郎といる時にはかわいい格好をしないので、友だちのあいつは男子にはカウントしていないようだ。

 今日はデートだから特別にかわいくしている。吟太郎の奴、驚くだろうなぁ。

 部屋を出た時には二時間経っていた。


「今日の待ち合わせは何時だったかしら?」

「薫子に言ってたのは九時だけど、ホントは十一時だよ」

「ならちょうどいいわね」


 言われた時間から二時間遅れようが平気な顔。


「じゃあ、私はここで」


 私は自分の家たる化粧品店の前で立ち止まる。


「改札前で待ってればいいのね?」

「多分、向こうが待ってるだろうけどね。とにかく後は吟太郎についてけばいいから」

「分かったわ」

「ちょっと緊張してるでしょ?」

「そんなわけないでしょ?」


 薫子、軽く首をかしげて。

 あんたは顔に出るから分かるんだよ。

 そのまま手を振って見送った。




 夕方。自分の部屋で乙女ゲーをしていたらお母さんに呼ばれる。

 店に顔を出すと薫子が股を開き気味にして入口に立っていた。


「お化け屋敷なんて聞いてないわよっ!」


 とにかく薫子の部屋まで。


「ただの都会のオシャレスポットだって言うからついていったのに、なんであんなところにお化け屋敷があるの?」

「最近のはすごいらしいね」

「すごい? とんでもなく、すごかったんだから。とんでもなく」


 去年にこいつと肝試しをした時の怖がりようからして、お化け屋敷の類いは苦手だろうと思ったが、まさにその通りだったようだ。


「ちょっと待ってなさい。シャワーしてくるから」


 さて、今回のはただのお化け屋敷デートではない。

 薫子の奴が吟太郎のことを本当はどう思っているのか?

 それが分かるヒントを得られたのか、これから聞かなくてはいけない。

 私はちょっと怖かった。

 もし、薫子も吟太郎のことが好きだったら?

 今日のデートをきっかけに急接近して、あるいは付き合うことになってしまったら?

 私はどうなるのだろう?

 あの二人はバカなので相変わらず友だち付き合いをしてくれるかもしれない。

 だけど、どうしたって私だけ置いてけぼりになってしまうのでは?

 それで別にいいはずだ。

 私には乙女ゲーさえあればそれでいい。

 今までずっと一人だったのだし、元どおりの生活に戻るだけ。

 そのはずなのに、私はちょっと怖かった。

 でも、何があっても受け容れるつもりでいる。

 それが私の友情だから。

 薫子が戻ってきた。


「ふぅ……すっきりしたわ」


 短パンにTシャツ姿。Tシャツには「あかんたれ」と書いてある。


「で、どうだったの、デート?」


 薫子が持ってきたスイカにかぶり付きながら聞く。


「そうね……」


 首をかしげて遠くに視線をやる。まぁ、室内だけど。


「言わないでおくわ」

「何それ?」

「私と吟太郎、二人だけの思い出にするの」

「そっか、まぁいいけどさ」


 ちょっとすねたような言い方になってしまったか。

 この薫子は時々こんなふうに乙女チックになる。ファーストキスにこだわったりだとか。


「でも報告することがあるわ。私が何を考えて吟太郎にキスをしたか分かったの」

「へぇ」


 心の中で少し身構える。


「お化け屋敷で私がびくびくしてたら、吟太郎がぎゅっと手を握ってくれたの。私はドキッてしたわ」

「例の『なんか、男子』?」

「そうね。吟太郎はなんか、男子だった。でもそれだけじゃなくて、胸がじんわりしたの」

「好きって気持ち?」


 そう言う私の声に緊張が混じっていて自分で驚いた。


「そうかもね。好きって気持ちに近いかも」

「そうなんだ……」


 やっぱりこいつも吟太郎のこと……。

 私はひとりぼっちだ。

 思わず涙が出そうになったけど、どうにかこらえる。


「私って、小学校に入ってからも時々両親の布団に潜り込んで一緒に寝たの」

「ん? 甘えん坊だ」


 いきなり話が逸れた。


「そう、甘えたの。そういう時もじんわりしたの。なんて言うんだろ……」

「安心感?」

「あ、そうかも。でも両親のじんわりとあいつのじんわりはなんか違うの。なんて言ったらいいんだろ……」


 首をかしげる頭の悪い美人。

 こいつの話は感覚的すぎて把握しづらい。


「両親はぐいってかんじで」


 と、下から上へ引っ張り上げる仕草をする。


「吟太郎はぎゅってかんじなの」


 今度は腕を組む真似。


「ああ、両親は縦の関係で、吟太郎は横の関係なんだ。対等というか」

「そうそうそう!」


 激しく首を縦に振ってきた。


「キスの時もやっぱりじんわりなの?」

「やっぱりじんわりよ。キスの時、吟太郎の奴は咲乃お姉様にデレデレしたわ。私はイラってきておっぱいを見せつけてやろうとした。ここまではいつも通りよね?」

「確かにいつも通りだ」

「その後、吟太郎は私の前にしゃがみ込んで、顔にかかった髪を手で除けてくれたの」

「うん」

「がさつな酒屋の息子のくせに、優しく私の髪に触れてくれたの。私はじんわりしたわ。同時にあいつのデレデレが許せなくなったの。私のじんわりを汚すから」

「うんうん」


 こいつは潔癖なのでそういう感覚に陥るのはなんとなく想像できた。


「だからキスしてデレデレを追い出したの。キスしたら私の中にはいっそう強くなったじんわりだけが残ったわ」


 幸せそうに微笑む。

 美人のこういう表情は反則だ。


「そのじんわりは好きにつながらないの?」

「つながらないわ。その証拠を見せてあげるわね」


 薫子が急に身を乗り出してくる。


「え? 何?」


 私がちょっと身を引くと、薫子は両手で私の頭を掴んで引き寄せてきた。

 そして私の唇に自分のを押し付けてくる。

 結構長い間。そして離れる。


「こんなふうに、ウヅメ相手にもじんわりするの」

「なんで私相手にじんわりなの?」

「だって、自分だけひとりぼっちになるかもって寂しそうな顔してるんだもの。見てるだけでじんわりしたわ」


 意外に鋭く見られてたのか……。


「じんわりするとキスなの?」

「よく分からないわ。でも、じんわりのキスにはいろんなパターンがあるようよ」


 親しげな眼差し。

 今のキス、いちおう初めてなんですけど。

 まぁ、ファーストキスにこだわるとかいうガラじゃないから別にいいけどさ。


「分かったから離れろよ」


 薫子の整った顔を押して引き剥がす。

 ともあれマイペースな友だちの言葉に私はホッとしていた。

 どうやらひとりぼっちにはならずにすみそうだ。


「キスした時にはよく分かってなかったけど、今思い出せば確かに私はじんわりしてたのよ。嫉妬でも独占欲でもましてや恋愛感情なんてのじゃなくて、優しくしてくれた吟太郎にじんわりしたからキスなの。このじんわりを掴めたのが今回のデートの収穫よ」


 力強くうなずく薫子。


「それはなにより。あんたの悩みがひとつ消えてめでたしめでたしだ」


 私は大きく伸びをする。


「親以外でじんわりするのは吟太郎とウヅメよね? じんわりは友情のさらに上の段階なのかも。友情より心が重なったかんじがするもの」

「そうなんだ? あんただけの感覚だからよく分からんけど」

「じんわりする人をなんて呼べばいいのかしら? ちゃんとした名前が欲しいわ」


 首をひねる薫子。

 頭の悪いこいつにはムリっぽいけど。


「ソウルメイト? でもそれじゃあ、言葉の範囲が広すぎるわ。スピリチュアルは関係ないもの」

「友だちでいいじゃん」

「心の友!」


 いきなり叫ぶ。


「それはどうかな? アニメのガキ大将の口癖だよ?」

「でも一番しっくりくるのはそれだわ。私たちは心の友なのよ!」

「いや、それは勘弁してくれ。吟太郎はどうでもいいけど、私とはただの友だちってことにしといてよ」


 こいつに友だち友だちと言われるだけでも本当は小っ恥ずかしいのに。


「でもそれじゃあ、三人の関係が平等じゃなくなるわ」

「別にいいよ。ホントはちゃんと平等だって、みんな分かってるんだし」


 私はそう思えるようになっていった。

 薫子は名前にやたらこだわるけど、私はどうでもいい。

 少なくとも薫子は私と吟太郎を平等に親しんでくれている。

 それで十分だ。


「分かったわ。じゃあ、ウヅメはただの友だちで、吟太郎は心の友ってことで」


 どうにか納得してくれたらしい薫子が満足げにうなずく。


「うん、そうしてよ」

「心の友……か。私はそう思ってるのに、吟太郎の奴は相変わらず私のことが好きなのよねぇ……」


 急に肩を落として困り顔。


「適当にやってくしかないよね」


 人付き合いのことなんてまるで分かっていない私にはそうとしか言えない。


「私と吟太郎は心の友なのよ。なんとしてもこのラインは守り抜くわ。あなたも援護なさい?」

「まぁ、私でお役に立てるなら?」

「頼りないわね。吟太郎の奴、恋心なんて余計なものは早く捨てちゃってくれないかしら?」


 首をかしげる薫子。

 好きな相手にこんなふうに思われている吟太郎が不憫になってくる。


「でも、他の女子のことを好きになったりしたら、それはそれで気に入らないんでしょ?」

「そうね。心の友として厳しく審査していくわ」


 胸を張って無駄に威張る。

 この女にはこれからも散々振り回されることになりそうだ。

 もうとっくに馴れたし別にいいけど。


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