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ある日の『上葛城商店街』  作者: いなばー
サーティ・イヤーズ・オールド(響)
6/60

1.

 私、小村響は独身のままもうすぐ三十才になってしまう。結婚、出産、焦りは広がる一方だ。


 「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」を踏まえたお話になります。若干のネタバレを含みますのでご注意ください。

 既存作を読んでいなくても、説明はしてあるのでお楽しみ頂けるはずです。


●登場人物

・小村響 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」、ちょい役「ふくれっ面の跡取り娘」

・西田 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」、ちょい役「ふくれっ面の跡取り娘」

・森田咲乃 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」「隣人はかぐや姫と呼ばれる」「ふくれっ面の跡取り娘」「ある日の『上葛城商店街』」

・由美 : 初登場



 四月三日が近付いてきた。

 私、小村響の誕生日だ。

 いつからだろう? この日が憂鬱に思えるようになったのは。今年は特に酷くって、もう何日も前からため息ばかり。

 そんな気分でいるというのに、この悪友は……。


「見た見た、今の? かっわいいでしょお~」


 由美が自分の腕の中にいる我が子をこちらに見せびらかせてくる。

 生まれて八ヶ月の男の子。確かにかわいいですよ。私は子供好きなので、見ているだけで頬が緩んでしまう。あ、また手を振ってきた。

 でもねぇ、その母親は小憎たらしい。

 彼女は小学校以来の友人で、里帰りのついでにこうして私が働く本屋まで顔を出してきた。そしてお客がいないのをいいことに、絶賛勤務中の私に話しかけてくる。


「響もいい加減、焦んないとねぇ。せっかくの美貌も衰える一方ですしな」


 うるさい。私はまだまだ現役の「商店街で一、二を争う美人」なんですよ。いや、この称号はひたすら小っ恥ずかしいんだけども。


「いいの、私達はのんびりやっていきますから」

「まぁねぇ、相手があの西田君だしねぇ。ていうか西田君かぁ、未だに信じられないけどね。上葛城中学のメインヒロインがクラス一のおたくと付き合うだなんて」

「そのギャルゲーみたいな愛称はやめてよ。中学の卒業の時はそれで大騒動だったじゃない。校庭にあった桜の下で、告白を目論む男子達が喧嘩を始めちゃうとか。仲裁するのはホントに大変だった」


 大ヒットしたゲームの影響で、その木の下で告白すると恋愛が成就するとかなんとか変な伝説が。でも、前に西田君に聞いたところでは、告白するのは女子の方なんだとか。つまり私に告白させる気だったのかな、その男子達は?


「自慢話にしか聞こえんなぁ。あの頃は別に西田君なんて眼中になかったんでしょ?」

「そういう言い方しないで。まぁ、普通にクラスメートだっただけね。いろいろと印象深い出来事はあったけど。チョコ渡したらものすごく嫌な顔して突き返してきたりとか」


 その時私はクラスの男子全員に義理チョコを渡そうとした。みんな喜んで受け取ってくれたのでいい気分になっていたら、最後に渡した西田君は睨み付けてきたのだ。


「ヒロイン様のプライドが傷付いた一件だ」

「そんな言い方しないでって。でも、当時の私は思い上がってたから、自分がチョコをあげて拒絶されるなんて思ってもみなかったのは確かね。『施しは受けぬ』とか言われて私、泣いちゃって、西田君はみんなに吊し上げられて。今にして思えば彼なりのプライドがあったんだろうね。それに気付けなかった私のことが、今は腹立たしいわ」


 最近になってそのことを謝ったら、西田君はすっかり忘れていた。優しくて不器用な彼のことだから、忘れたふりをしているのかもしれないけれど。


「西田君なぁ、私の記憶にあるのはその一件くらいだなぁ。ずっとクラスの隅っこで、マンガだとかおたくっぽい雑誌だとかばっかり読んでたでしょ?」

「そのくせ成績はよかったのよ。全然勉強しているふうには見えなかったのに、高校は私立の進学校に行ったんだから」

「そういうの、よく把握してるよね」

「私も受けて落ちたのよ、そこ。うちの中学からそこ受けたの二人だけだったから、試験の時に一緒に行こうって誘ったら拒否されちゃった。だから、私って嫌われてたんだってショック受けたわ」


 顔を背けて「イヤだ」とだけ言われちゃったのだ。後の彼の言動から察するに、真のおたくは孤高の存在で、女子とつるんだりはしないものみたいだ。複雑な男心だよね。


「まぁ、成人式の後の宴会じゃ、仲良さげに話してたけど」

「あれは私から積極的に話しかけたのよ。嫌われっぱなしは嫌じゃない?」

「それはメインヒロイン様の発想だよね。全員のヒロインでありたいっていう」

「由美って、ホント意地悪よね。とにかくお話ししたら、嫌われてたんじゃないって分かったの。彼、照れ屋だからすぐに逃げられたけど」


 結局顔もロクには見てくれなかった。そして私から離れた彼は、仲のいい男子達とアニメの話で盛り上がり始めたのだ。さすがにその中に入っていく勇気はなかった。


「その時は別に好きでもなんでもなかったんでしょ? 響、彼氏いたし」

「そうそう、普通にお友達になりたかっただけよ」

「美人様の方ではそのつもりでも、親しげに近寄ってきたら、モテない男の方では勘違いしちゃうもんなんですよなぁ」


 と、意地悪げな笑みを向けてくる。子供の前でそんな顔して、教育に悪いですよ?


「そういうのはなかったらしいわ、向こうも」

「二次元しか興味ないから?」

「二次元しか興味ないから。あ、ちょっとだけ興味持ってくれたらしいわ、その時」

「へぇ」

「コスプレしたら似合いそうだって」


 最近白状しました。


「まぁ、その美貌と巨乳ですからね。あ、じゃあ、今してあげてるんだ、コスプレ」

「するわけないじゃないっ!」


 何を言い出すんだ、この人!


「響って押しに弱いから、せがまれたらやらかしかねないけど」

「しませんっ!」


 何か頼みたそうな顔をしてくるのは一度や二度じゃないけれど、私は丁重に気付かないふりを決めこみます、はい。


「そっからは全然接点ないんだよね? 響が出戻ってくるまでは」

「出戻……。ま、まぁそうね、離婚してここで働くようになってからね、再会したのは」


 大学時代から付き合っていた人と結婚して離婚して、実家に戻ってきたのが五年前。それから実家がやっている本屋の手伝いをずっとしている。

 そうしてマンガコーナーで店番をやっていたら、お客として現われたのが西田君だ。見てすぐに分かった。


「で、好きになった。ていうか、なんで好きになったの? 前に画像見せてもらったけど、昔とビタイチ変わってないよね?」

「その、ブレなさも魅力の一つよねぇ」


 などと身体をくねらせたら、向こうは嫌そうな顔をして身を引いちゃう。失礼な奴め。


「昔は別にゲテモノ食いじゃなかったのになぁ。むしろ面食いなくらいで」

「人の彼氏をゲテモノとか言わないで。とにかく私的には魅力のある人なの。そんな彼と結ばれて、私はとても幸せなのです」


 と、胸を張る私。

 彼とお付き合いするようになったのは去年の二月九日。ちゃんと先月、私発案の交際一周年記念のデートはしていた。都会のレストランでランチを食べた後早々に帰ってきて、彼の部屋でアニメの一気見をするというものだ。そうやってお互いの意向を尊重し合っているのです、ええ。


「結ばれるねぇ。まだゴールはしてないんだけどね」


 う、それを言われると。


「響の場合、幸せな家庭を作るのが幸せってかんじなんだけど。早いとこ結婚して、子供欲しいんでしょ?」

「私は、ね」

「向こうは?」

「んー……」


 正直、分からなかった。

 ちょっと探りを入れてみても、いつも曖昧に誤魔化されてしまう。だからといって詰め寄るのもなんだか嫌なのだ。無理強いはしたくなかった。彼にも思うところはいろいろとあるのだろうし……。


「そうこうしてるうちにもう三十路だよ。どうするの?」

「どうするって……どうしよ?」


 四月三日で三十才。その事実が私の気分を重くする。

 由美も含め、仲のよかった同級生はみんな結婚して子供を作っている。私だけ……私だけ、離婚なんてした挙げ句、未だに再婚できず。子供もいず。

 今、西田君とお付き合いできて私は幸せだ。そう、幸せなんだ。なのに胸にある隙間をびゅっと冷たい風が吹き抜けていく。このままでいいの? そんな焦りが日毎に募ってくる。


「どうしよ……」


 気分が滅入ってうなだれてしまう。


「大丈夫、西田君みたいにダメな男相手に効果的な方法があるから」

「え? そんなのあるの?」


 思わず顔を起こすと、由美が私の肩に手を置いた。


「目指せ、デキ婚!」


 がっくり肩を落としてしまう。それは多分、狙ってやっちゃいけない方法だ。特に彼みたいな相手には……。


「せっかくですが、別の案でお願いします」


 頬を引きつらせながら友の進言を却下する。


「別って言ってもなぁ……」

「そんなあなたに、いい手がありますよ!」


 ひょこっと由美の横から顔を出してきたのは大学生のサキちゃん。

 この子は私と同じく「商店街で一、二を争う美人」と呼ばれているのだけれど、それより問題なのは生来のタチの悪さ。西田君絡みで変なお節介を何度も企てて、そのつど酷い目に遭わせてきた。本人には悪気がないというのが余計にタチが悪い。

 そんな彼女が目をキラキラさせて口出ししてきたのだ。嫌な予感しかしない。


「へぇ、どんな手?」


 由美が聞いたら、にこやかにサキちゃんがうなずいた。


「西田さんって、おもちゃ屋さんで店員してますよね? 子供達をそそのかして西田さんを煽りまくるんです。子供だけに容赦なく西田さんを追い詰めますから、気が弱い西田さんも結婚について前向きに考えざるを得なくなりますよ」

「なるほど、子供は曖昧な返事なんて許さないもんね」


 由美、サキちゃんを調子に乗らせちゃダメよ?


「言われてるうちに、段々その気になってきたりするもんですしね。これでダメな彼氏もイチコロですよ、響さん!」


 ぐっと親指を突き立てて、ムカつくくらいの爽やかな笑顔。なんでこの子ってこんなんなの?


「そんなの勘弁してよ。西田君のお仕事の迷惑になるじゃない」

「使命感に燃える子供達がおもちゃ屋さんに群がって、むしろ売り上げアップな勢いでしたよ?」

「何その、今見てきました的な言い方!」

「もう仕込みは終わってますから。私からのささやかなお誕生日祝いです」


 ぺこりと頭なんて下げちゃって!


「ちょちょちょちょ! 何やらかしてくれてるのよ、サキちゃん! お母さん! お母さん、店番変わってっ!」

「君、いい仕事するね」

「いや~、響さんには幸せになって欲しいですから」


 旧友とタチの悪いお節介焼きを置いてお店を飛び出す。

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