納涼福引セール
今日は商店街で納涼福引セール。
菜ノ花、縁、みこは福引担当、咲乃、薫子は納涼担当。
とにかく……暑い……。
一応、響と西田の関係は、「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」のネタバレ、
菜ノ花と縁の関係は「ある日の上葛城商店街」の「確かめさせて?」のネタバレになります。
また、「中学生、初詣」以降の薫子関連の話(薫子が悩み続けている件)を踏まえています。
「別離に至る病、そして」のネタバレも含むので、あらかじめ読んでおいていただけると理解が進むかと思います。
・佐伯菜ノ花 : 主演作「ふくれっ面の跡取り娘」
・橘縁 : 登場作「ふくれっ面の跡取り娘」
・森田咲乃 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」等
・内染薫子 : 登場作「ある日の『上葛城商店街』」
・野宮みこ : 主演作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」
・小村響 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」
・西田 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」
ブロックを敷きつめた路面に飛沫がかかる。
しかしすぐに乾く。
それ程までに……
「暑い……」
花屋の娘たる私、佐伯菜ノ花はあごに達した汗を袖で拭う。
「ホント、暑い……」
和菓子屋の娘たる野宮みこさんも呟く。
「私は涼しいわ」
ランジェリーショップの娘たる内染薫子ちゃんは平気な顔。
「私も~」
八百屋の娘たる森田咲乃先輩はごきげん。
「あんたら、よぉ恥ずかしげもなくそんなカッコでけるわ」
私の恋人たる橘縁が毒づく。
「別にただの水着じゃない」
咲乃先輩はけろりと言ってのける。
そう、涼しそうにしている薫子ちゃんと咲乃先輩は共にビキニ姿。
ビニールプールの中でのんびり水に浸っている。
そこへ子連れのお客がやってきた。
「あ、おいでやすぅ。抽選券一枚に補助券十枚でんな。ほな、このガラガラ二回だけ回しておくれやす」
「おっ! 四等出ました! さーて、四等は何でしょうか?」
「カルピスの原液でーす。ちょっと重いですけど」
「毎度おおきに~」
「また挑戦してくださいね~」
「ばいば~い、僕~」
「ガン見しすぎよ、エロガキ」
今私たちが何をしているかというと、商店街で実施中の納涼福引セールの福引スタッフである。
縁が受付、私が玉の判定、みこさんが景品の引き渡しを担当していた。
この三人は浴衣を着ている。
「で、先輩たちの役目はなんて呼べばいいんですか?」
咲乃先輩はただ手を振るだけ。
薫子ちゃんに至ってはお客に毒を吐きまくっている。
「表向きは納涼担当。水と戯れる美人で涼んでもらうんだよ」
「実質は?」
「誘蛾灯」
「ああ、自覚はあるんだ……」
「文香の姐御からもそう言われてるし」
我が母ながらアコギな真似をやらかしやがる。
さっきから水着の美人を間近に見たい男連中が引っ切りなしに抽選会場を訪れていた。
ビニールプールはガラガラのある机と景品を引き渡す机の間にあるので、間近に迫るためには抽選をする必要があるのだ。
抽選をしないで見学しようとする連中は、丁重に商店街の若い衆が排除した。
ちなみに撮影は……。
「で、出てしまいました、三等賞!」
「うっしゃっ!」
ガッツポーズのお兄さん。
「いちおう聞いておきますが、図書券と美人撮影権、どっちにしますか?」
「美人撮影権!」
「はーい、美人撮影権入りま~す」
「五枚だけですからね?」
女子として軽蔑の眼差しを送る私とみこさんに挟まれながら、お兄さんは嬉々として水着の美人をスマホで撮影した。
撮影した画像は美人二人のチェックが入る。
「下手くそね、半目になってしまってるわ。やり直し」
「こっちはちょい角度がよくないね。やり直し」
際どいかどうかより、キレイに写っているかどうかばかりを見る美人たち。
結局撮り直しをさせるので十枚くらい撮ることになる。
「ただでさえ暑いのに頭まで痛くなってきますよ」
「サービスサービス」
ウインクな咲乃先輩。
うだるような暑さを体感しながら働き続けていると本屋の小村響さんがやってきた。
「みんな頑張ってるね」
彼女は今回のスタッフには組み込まれていないので本屋のエプロンを付けたままだ。
「響さんもプール入りましょうよ」
咲乃先輩が軽く響さんに水をかける。
響さんは商店街で一、二を争う美人だし、スタイルもとんでもない。
ここに来てダメ押しの新戦力投入か?
「サキちゃんあのね……」
先輩の前に座り込んだ響さんは実に深刻な表情。
「三十過ぎに向かって十五才、二十二才と並んで水着になれって言うのは、シネって言ってるのも同然なの」
「大変失礼いたしました」
あまりの迫力に珍しく素直に謝る咲乃先輩。
その謝罪をうなずいて受け入れた響さんが立ち上がる。
その視線の先にあるのは……。
「一等の大吟醸……まだ残ってるわね」
実に感慨深げに。
「いやいや、商店街の店員が景品狙わないでくださいよ」
みこさんが最年長の響さんをたしなめる。
「余った景品は商店街のみんなで山分けなんでしょ?」
「それを期待しないでください」
「だってぇ~」
みこさんが睨んでも三十過ぎは口を尖らせるだけ。
「そやけど響さん、ちゃんと玉は入ってまっせ? そのうち出るんちゃいますか?」
「ダメよ縁さんっ! そういう不吉なことを言ったら現実になるのっ!」
縁を叱りつける響さん。
ちなみに縁は駅向こうの高級住宅街の住民だが、私のパートナーなので商店街の中の人間として扱われつつある。
と、響さんの職場たる本屋からのっそりした青年が出てきた。
「あ、西田君」
「やあ、小村さん。ここにいたんだ」
「私に用だった?」
「ううん、別に。これ引き取りにきただけだし」
手にしていた紙袋を持ち上げる。
彼はおたくでマンガもよく読むらしいので、あの中身もマンガだろう。
それにしたって響さんは西田さんの恋人なのだ。言葉の上でだけでも会いたかったとか言えばいいものを……。
「で、抽選券もらった」
「商店街の店員なのにもらえたの?」
みこさんが聞く。
「ああ、最近入ったバイトの子だから、西田君がおもちゃ屋の店員って知らなかったのね。引くだけ引いてみればいいんじゃないかな?」
この商店街が常にナァナァで運営されているのをよく知っている響さんの言葉。
「じゃあ、そうしようか」
西田さんが縁の前へ。
「おおきに毎度。ほな、抽選券四枚でんな」
「ちょっと待って四千円! マンガだけで? 一回に?」
思わず叫んでしまう私。
「そんなもんよね?」
「最近はちょっと控えてるんだけどね」
控えて四千円かよ。
「なのちゃん、ツッコミもぉええ? ほな西田さん、四回回しておくれやす」
「うん、四回ね」
ころん、ころん、ころん、ころん
「残念賞、三等、四等、そして一等です!」
「ちょっと待ってぇぇぇぇぇっっっ!!!」
響さんの叫び。
「まぁ、勝負は勝負ですよ」
みこさんは非情に一等の大吟醸を棚から下ろす。
「取りあえずこれ、西田さん」
「おいしいらしいですよ」
酒屋に自分の親衛隊員がいる咲乃先輩が言う。
「そうなんだ? じゃあ小村さん、あげる」
受け取った一升瓶をひょいと響さんに手渡す西田さん。
「え? いいの?」
響さんが目を見開く。
「いや俺、酒飲めないし。小村さん、酒好きだろ?」
がばりと響さんが西田さんに抱き付く。
「好きっ! 西田君、愛してるっ!」
商店街のド真ん中で愛を叫ぶ酒飲み。
一方、他のメンバーはシラーっとしていた。
「本屋でもらった抽選券で、おもちゃ屋の店員がお酒を当てる」
「それを恋人たる本屋の店員が受け取る」
「なーんか、ロンダリングみたいだよね」
「出来レースを疑われる案件や」
「汚いわ。大人って、ホントに汚いわ」
「え? そんな言い方しないでよ、みんな」
しかし響さんはあくまで幸せ一杯な表情。
「ぶーぶー」
「ぶーぶー」
「ぶーぶー」
「ぶーぶー」
「ぶーぶー」
咲乃先輩のブーイングを合図にみんなして親指を下に向ける。
涙目になりつつも響さんは日本酒を離そうとはしない。
「みんなが何と言おうとも、この大吟醸は私のものなんだから~~~っ!」
熨斗付きの一升瓶を抱きかかえたまま本屋の方へ走って逃げた。
「お酒ってそんなにおいしいの?」
中学生の薫子ちゃんが首をかしげる。
「あの人が特殊なんだよ」
咲乃先輩が哀しげに首を振る。
「あー、それで……」
ぼさっと突っ立ってる西田さん。
「ああ、後は三等と四等ですね。四等はカルピスの原液です」
「もらっていいの?」
「いいわよいいわよ、勝負は勝負だから」
私より年下なのにこの場の責任者たるみこさんが判定を下した。
「じゃあありがたく。三等は何なの?」
「図書券か、美人撮影権です」
と、私は水着の美人二人を指さす。
咲乃先輩が愛想よく手を振る。
「じゃあ、図書券で」
美人をちらりとも見ず即決する西田さん。
「ちょっと待ってっ!」
怒鳴り声を上げたのは薫子ちゃんだった。
「え? 何?」
西田さんが怪訝そうにそっちを見る。
「こんな美人が二人もいるのに興味を示さないなんて、あなたイ○ポなの!」
「薫子ちゃん、その単語は男の人に絶対言っちゃいけない奴だから」
薫子ちゃんの肩に手を置いて人としてのルールを諭す咲乃先輩。
「いや俺、二次元と小村さんしか興味がないし」
言いながら、西田さんは美人の前を素通りしていく。
「あれ? 西田さんて二次元オンリーはやめたんだ? 響さんにも興味あり?」
みこさんが景品たるカルピスの原液と図書券を渡しながら驚いたように聞く。
「い、いや、さすがに二年以上も付き合ってたらさ……」
よろよろと後ろに下がる西田さん。
顔が赤い。
「やったね、みこちゃん! リハビリは成功だよ!」
「やりましたね、咲乃さん! 苦労が報われましたよ!」
咲乃先輩とみこさんが親指をぐっと立て合う。
響さんと西田さんのカップル成立に当たっては、この二人の暗躍があったと先輩から聞いている。
「う、うう~~~!」
うなり声だけ残して西田さんが走り去った。
似たものカップルだ。
「あんな奴に! あんな奴に、こんな屈辱をっ!」
薫子ちゃんがビニールプールの端を殴り付けるたびに水がこぼれ出た。
ようやく夕方。
暑さもマシになってきたか。
「飽きたわ」
薫子ちゃんがぼやく。
「そう? 私はあいかわらず楽しいよ?」
小学生に投げキッスしながら咲乃先輩。
この先輩は人をからかうのが趣味なのだ。
「縁は大丈夫? 足だるくない?」
「だいじょぶ。なのちゃんの隣やったら何百時間立ってても平気やわ」
にっこりとかわいらしい笑顔を向けてくる。
「ねぇ、あなたたちが付き合ってるってホントなの?」
薫子ちゃんが身を乗り出してきた。
「そうだよ。女子同士でも付き合うのはありなんだよ」
私が当たり前のように答える。
「あなたたち、元々は親友だって聞いたわ」
「そうだよ。まぁ、親友から地続きで恋人になっちゃったかんじ?」
「うちは常になのちゃんを愛してたけどな」
「そうなんだ……女子同士ですら友だちではいられなくなるのか……」
なんだか難しい顔。
「いや、今でも親友だけどね」
「え、そうなの?」
今度は驚いた顔。
「うん、親友で恋人。ね?」
「な?」
「へぇ……そんなのもありなんだ……」
薫子ちゃんは考え込んでしまった。
その後ろから咲乃先輩が顔を出してくる。
「そんなの人それぞれだよ。いろんな付き合い方があるもんだってば」
「そうなのかしら?」
「うん、みこちゃんだって、お付き合いしてる水野君とはずっと幼馴染みだったんだし」
言われたみこさんがうなずく。
「今でも幼馴染みは幼馴染みなのかも。あんまり意識してないけど」
「へぇ……」
「なんか悩んでるの、薫子ちゃん?」
大学生たる咲乃先輩が中学生の顔を覗き込む。
「べ、別にそんなんじゃないわ」
ツンと顔を背けた。
絶対悩んでる。
まぁ、思春期ですもんねぇ。
「うわ、すげぇカッコしてるな、薫子」
「吟太郎!」
薫子ちゃんが慌てたように自分の胸を両手で隠す。
今日初めて見せるアクションだ。
ああ、この子が悩みの元ですか。
「何しに来たのよ、吟太郎!」
「いや、商店街の若い衆ってことで駆り出されたんだよ。美人二人を守れって言われたんだけど、お前のことかよ」
「そうなんだ? ふん、じゃあ私をしっかりと守りなさい?」
両手を腰に当てて胸を張った。
胸を隠したいのか見せびらかしたいのかよく分からない。
「ねぇねぇ、吟太郎君。私も守ってね?」
咲乃先輩が媚び媚びの笑顔でウインク。
この人はホントに……。
「は、はいっ!」
緊張した声を出してしまう吟太郎少年。
そんな彼を面白くなさそうに薫子ちゃんは見ている。
この子、見た目はクール系美少女だけど、ホントは感情を隠すことができない不器用なタイプだ。
そこがかわいいっちゃかわいいけど、咲乃先輩にしてみれば絶好のおもちゃだと言えた。
「吟太郎、あなたはあくまで私を守るのよ。分かってるわよね?」
「はいはい、分かってる分かってる」
邪険な態度。
「あの吟太郎君、ホンマは薫子ちゃん好きなんちゃう?」
縁が私の耳元にささやいてくる。
そうなんだ? 私に恋愛の機微は分からない。
「え~、寂しいなぁ。吟太郎君、私も守ってぇ~」
咲乃先輩、両手をぎゅっと内側に絞ってバストを強調した。
そして上目遣い。
中学生には目の毒過ぎる。
「は、はいっ! 喜んでっ!」
吟太郎君が右手を額に当てた敬礼をした。
目の前に好きな女の子がいようとも、お姉さんのおっぱいの前には屈せざるを得ない。
それが中学生男子。
自分よりずっと大きい咲乃先輩のバストを、親の敵みたいに睨み付けている薫子ちゃん。
「上等じゃない……」
ぼそりとつぶやいた薫子ちゃんがすっくと立ち上がる。
「見なさい、吟太郎!」
自分の背中に手を回すと、いきなりビキニトップスのヒモを引っ張りやがった。
「やめろ~~~っ!」
薫子ちゃんの露わになった乳房を、咲乃先輩がとっさに後ろから両手で覆う。
「ええ~い、離せ、サキ! あいつに私の魅力を思い知らせてやるっ!」
「悪かった! 私が悪かったからっ! だから恥を知ってっ!」
身体を振って咲乃先輩の手を逃れようとする薫子ちゃんと、必死に食らい付く先輩。
「最近の中学生はすごいなぁ。よぉやるわぁ~」
「ねぇ」
「そこの百合ップル! 傍観者ぶってないで助けろ~っ!」
あんたが播いた種じゃん。
ともあれ私も手伝って薫子ちゃんにビキニを着せる。
「はぁはぁ……とんでもねぇよ、このガキ」
「なーんか、咲乃先輩も常識人になってきましたね」
「もういい年ですから」
ちなみにこの間、吟太郎君は呆然としたまま身動きひとつしなかった。
「お前なぁ……」
ようやくそうこぼしたのは薫子ちゃんが落ち着いてから。
プールの中で座り込んでいる彼女の前にしゃがむ吟太郎君。
「ホント、無茶苦茶だよな、薫子は」
そう言って、薫子ちゃんの顔にかかった髪を手で退けてやる。
「だって……吟太郎が私以外の女にデレデレするなんて、許さないんだから」
薫子ちゃんは口を尖らせながらもされるまま。
「いや、それは……そのぉ……」
視線をさまよわせる、一時的に誘惑に屈した男子中学生。
「吟太郎は私のことが好きなんでしょ?」
「う、うん……」
「私は吟太郎のことなんて好きでも何でもないけど」
「う、知ってる……」
面と向かって言われてうつむき加減になる。
「ちゃんと私を見なさい、吟太郎」
「お、おう……」
見つめ合う二人。
いきなり薫子ちゃんが目の前の男子の両頬に手を添えた。
そしてキス。
しばらくそのまま。
ゆっくりと離れる。
「バカ、吟太郎のせいでキスしちゃったじゃない」
どんと吟太郎君の両肩を押した薫子ちゃんは、そのまま背中を向けて膝を抱えてしまった。
押された吟太郎君は尻餅をついて呆気に取られた顔。
「今の、ファーストキスだよね?」
咲乃先輩が薫子ちゃんに聞く。
「当たり前じゃない。好きでもない奴とするとは思わなかったわ」
その声にはどこか戸惑いが含まれているように聞こえた。
自分が何を考えているのか分からないというような。
と、咲乃先輩がぱちぱちと拍手をする。
「おめでとう! 吟太郎君!」
「おめでとう!」
「おめでとう!」
「おめでとうさん!」
咲乃先輩に倣ってみんなして祝福の拍手。
吟太郎君はひたすら顔を赤くしてみんなにペコペコした。
そんなこんなで福引会場もようやくお開き。
「じゃあ縁、送ってくよ」
「ほな皆さん、お先ぃ」
みんなに手を振ってから商店街を出る。
バスターミナルまで来たところで縁が先へと駆けていった。
そして私が見てる前で両手を広げて一回転。
着物を見せびらかせてくる。
縁が着ているのは浴衣ではなく銘仙だとかいうものらしい。大正時代のアンティーク物だと言っていた。
「どお?」
「かわいいよ」
「えへへ」
溶けたみたいな笑顔。いつ見ても心が和む。
またすぐに戻ってくると手をつないできた。
「ホンマ、アホみたいな商店街や」
「そう、アホみたいな商店街だ」
二人で笑い合う。
「そやし、大好き!」
「うん、私も」
嫌いに思ってた時期もあるけど、今はあの商店街が好き。
私もその一員として頑張らねば。
「よーし、明日も働くぞー!」
「おー!」
夜空に向かって拳を振り上げた。




