1.
最近、清須吟太郎が私に向けてくる視線がおかしい。
私、内染薫子がいくら美人だからって、私たちは友だちなのに……。
「中学生、初詣(宇都女)」「お返しの価値は(吟太郎)」を踏まえた話です。
それらを読んでおけば大体の人間関係は分かると思います。
●登場人物
・清須吟太郎 : 酒屋の息子、登場作「ある日の『上葛城商店街』」
・内染薫子 : ランジェリーショップの娘、登場作「ある日の『上葛城商店街』」
・天笠宇都女 : 化粧品店の娘、登場作「ある日の『上葛城商店街』」
・古賀紗月 : 女教師、登場作「ある日の『上葛城商店街』」
私が裏口から家を出ると、友だち二人が恨みがましい視線で睨んできた。いつものとおりだ。
「薫子、毎朝毎朝……。取りあえずおはよう」
ウヅメは今日も不細工。彼女の恨み言なんていつもどおりスルーだ。
「おはよう、薫子。いいからもう行こうぜ。三年にもなって毎日遅刻とかしたくないっての」
吟太郎は相変わらず甘い。だから私はどこまでもつけ上がることができる。
「おはよう、お二人さん。今日も私に尽くすように」
さて、これから学校まで走らないといけない。誰かさんのおかげで今日も遅刻寸前だった。
「ふぅふぅ……、もう走るのも慣れたものね」
昇降口でひと息入れる私。
「こんなの慣れたくないよ。うわぁ~朝から汗かいちゃったじゃん」
「あ、じゃあ私に近寄ってこないでね、ウヅメ。汗臭いのは勘弁だから」
「お前、誰のせいだと思っていやがる」
睨んできたブスに私は涼しい笑顔を向けてやる。
あれ? そういえば吟太郎は?
「何モタモタしてるのよ、吟太郎」
まだスニーカーのままだ。
「いや、お前退けよ。俺の下駄箱、そこなんだからな」
「知ってるけど、別に塞いでなんていないわ」
いくら私でもそこまで気が利かないわけじゃない。
「いいからどけっての……。今のお前って……その……匂いが……」
「臭い? 臭いって何よ、美人に向かって失礼ね」
美人たる私が汗をかいたくらいでくさくなる訳がなかった。なんてことを言うんだ、この男。
「ああ、逆だ逆、薫子。今のあんた、いい匂いがしすぎるから吟太郎の奴、照れてるんだ」
ウヅメがニヤニヤしながら言ってくる。
「そうなのね、友だちすら狂わせてしまう、私の色香。美人てのは罪ね……」
「いいからどけっての」
吟太郎がぐいっと手で押してきた。顔が真っ赤だ。
「え~い、吟太郎。サービスよっ!」
靴を取ろうと屈みかけた吟太郎の頭を抱き締めてやる。私の声に振り向いたところだから顔面がモロに胸に当たったけど、別に吟太郎だから私は気にならない。
「や、や、や、やめろっての、薫子!」
私の身体を押してエビみたいにして後ずさる吟太郎。
「おお、朝からラッキーだな、吟太郎」
「ふふん、この程度でうろたえるだなんて。そんなヘタレだから彼女ができないのよ」
「うるせぇよ、さっさと教室行け!」
吟太郎はなぜか屈んだまま身体を起こそうとしない。
私は投げキッスを残してウヅメと先に教室へ向かった。
二人になったところでウヅメが声をかけてくる。
「あんたどうしたのさ? テンション、ヘンじゃね?」
「ヘンなのは私じゃないわ。吟太郎よ」
「そうなの? いつもどおりのヘタレでしょ?」
基本、他人に関心のないウヅメは気付いていないようだ。
「私を見る目がおかしくなってるのよ、あいつ。すごくイヤなかんじだわ」
「へぇ、いつから?」
「ホワイトデーからね」
「あんた、抱き締められたんだっけ?」
「そうそう、あれがマズかったのかしら……」
「あんたが挑発したんだよね?」
あの時私は吟太郎に、私をもっとドキドキさせてみせろと言った。
せいぜい手でも繋いでくるのかと思ったら、いきなり抱き締めてきたのだ、あいつは。
それは別にイヤじゃなかったけど、キスまで企ててきたのはイヤだった。
私たちは友だちなのだ。抱き合ったりはするけど、キスはしない。私の中ではそうなっている。
だけど、あいつの中では抱き合うっていうのはもっと特別なことだった?
「ねぇ、ウヅメ。ちょっと抱き締めてもいい?」
「イヤだよ、何がうれしくて女子と抱き合わないといけないのさ。ていうか、今の私は汗くさいよ?」
「うわ、汗くさいのは勘弁ね。じゃあまた今度」
ウヅメも嫌がった。おかしいのは私なの?
くだらない授業の間もぼんやりと考えてしまう。
私にとって、ウヅメと吟太郎は気安い友だちだ。
ここの商店街へ引っ越してくる前にも友だちはいたけど、あいつら二人ほど仲よくはなかった。
商店街の人間なんてダサくて臭くて馴れ馴れしい。来た時はそう思っていたのに、いつの間にか私は商店街での生活に慣れてしまった。
そうなったのは、全部あの二人のおかげだと思う。あいつらがあれやこれやと構ってくるうちに、私の心は今までなかったほどに解れていったのだ。そして商店街を受け入れた。
今の友だち関係が崩れるのは絶対イヤだ。
吟太郎が私にヨコシマな想いを抱いているなら、断固として粉砕せねば。
チャイムが鳴って先生が出ていくのを待ちかねたように、隣の席の吟太郎が話しかけてくる。ちなみに席替えがあるたびに私は吟太郎の隣を主張した。面倒を見させるのに都合がいいからだ。
「おい薫子、お前またそれ付けてきたのか?」
私の胸先を指さす。そこにあるのは赤い石の嵌まったネックレス。バレンタインの義理チョコのお返しとして、ホワイトデーに吟太郎に買わせたものだ。
「ええ、最近のお気に入りなの」
「お前、授業中もずっと弄ってたよな? そのうち先生にバレるぞ?」
「あら、授業中なのに美人の胸を見つめ続けるだなんて、なんて破廉恥な男子なんでしょう、吟太郎君は」
口元に手をやって大げさに批難してみせる。
「そういうのいいから。外しとけって、いい加減ドヤされるぞ」
ネックレスくらい別にいいんでは? そもそも私は去年の夏に引っ越してきてから今日まで、前の学校のブレザーでずっと通していた。ここのセーラー服はダサすぎるのだ。
それで何度か呼び出しをされて、ついには親まで呼ばれたけど、私は美人の美意識に従って自分の意志を貫き通した。
ネックレスくらい、今さらでしょ?
「せっかく吟太郎に買わせたものなのよ? ずっと身に付けていたいわ」
「え……それって、どういう意味?」
急にソワソワとしだす。
「友だちからのプレゼントがうれしいって以上の意味は、これっぽっちもないわ」
低い低い声で言う。
今のこいつの態度は何だ? ゾワリとした。
「そ、そっか、そうだよな。まぁ、そうだ」
「そうよ。ヘンな誤解は、絶対にやめて頂戴ね?」
ぎろりと睨み付けたところで先生が入ってくる。
ぼんやりと先生の話を聞き流していたら、いきなり頭を殴られた。
「何するの?」
「何するの? じゃねぇ。私の話はちゃんと聞いとけ」
担任の紗月先生はご立腹。手にしているバインダーで殴ってきたな?
「大丈夫、話はちゃんと聞いてたわ」
「じゃあ、今なんて言ってたか、言ってみろ」
今はホームルームの時間だ。何やら連絡事項を述べていた気はするのだけど?
「吟太郎、代わりに答えなさい?」
「お前に聞いてるんだ、馬鹿」
また殴ってくる今度は角だ。角はヒドくない?
「今のは体罰だわ」
「お前、いっつも散々好き勝手やってるくせに、こういう時だけ生徒面か?」
「ふぅ、教育委員会の連絡先は何番かしら?」
「うるせぇ、こんガキャ」
いきなり紗月先生が私の両こめかみを拳でグリグリしてきた。
「痛い痛い痛い! 本気で痛い!」
「ふん、大人を舐めるのも大概にしやがれ」
「ヒドい、ヒドいわ、美人の顔を痛めつけるだなんて……。そんなんだから、三十にもなって彼氏すらできないんだわ」
「まだ二十九だ!」
「痛い痛い痛い! 本気で痛い!」
こめかみグリグリは本気で勘弁!
「もう怒った。内染、お前のそのネックレス没収な?」
と、私を解放した担任がこっちの胸先を指さしてくる。
「え? なんで?」
「え? なんで? じゃないっての。髪留以外の装飾品を付けてくるのは校則で禁止されてる」
「何言ってるの? 装飾品で身を飾るのは女の義務なのよ? そんなんだから、あなたは彼氏ができないんだわ」
「うるせぇ、私の男日照りは関係ない!」
今度はげんこつを落としてきた。
「い、今のは完全に体罰だわ!」
「お前相手はいいんだよ。親御さんの許可は、前の三者面談でちゃんと取ってる」
「いや、確かにあの時『いい加減ムカつく態度ばっかりなので、そのうち殴るかもしれません』『ええ、どうぞ。傷さえ残さなければ、いくらでもどうぞ』なんてやり取りはあったけど!」
「そういうことだ。グダグダ言ってないでネックレス寄こせ」
「イヤよ。これは大切なネックレスなの」
「へぇ、彼氏にでももらったのか?」
って、なんでそこで吟太郎を見る、紗月?
「確かにもらったのは吟太郎からだけど、こいつは別に彼氏じゃないわ」
「まぁ、そうか。お前みたいな性格ブスは、結局独り身のまま寂しい人生を送るんだ」
「ええっ! 今度は言葉の暴力? ていうか、あなたにだけは言われたくないわ」
「うるせぇ、さっさと寄こせ」
またげんこつ。
「いいから大人しく渡せよ、薫子」
隣から吟太郎が言ってくる。え? これはあなたからのプレゼントなんだけど?
「イヤよ。学校の校則ごときに屈する私じゃないわ」
「今までお前は好き勝手やり過ぎてたんだ。たまには先生の言うことも聞いとけって」
吟太郎のくせに私に説教してくる。
「そんなんで吟太郎はいいの? あなたが贈ったものなのよ?」
「いいよ、別に。安かったし」
え? 何その言い方? 美人にプレゼントしておいて、安いし別にいい呼ばわりはあんまりじゃない?
「贈り主もああ言ってる。ちゃんと反省文書いたら返してやるし、寄こせほら」
紗月先生が手招き。暴力を手に入れたこの人をこれ以上怒らせるのはマズいか?
「分かったわ。今日のところはあなたのメンツを立ててあげる」
「どこまでも口の減らない奴だなぁ。その性格、若いうちに直しといた方がホントにいいぞ?」
ぶつくさとうるさい先生にネックレスを渡してやる。
外した途端、ひどく寂しい気持ちになった。
そのまま放課後。私は反省文なるものを書かないといけない。
「ねぇ、代わりに書いてよ、吟太郎」
「そういうわけにいくか。ちゃんと反省しながら書け」
「はぁあ、ウヅメの奴は先に帰っちゃうし」
せっかく三年生になって三人とも同じクラスになったのに、ウヅメはマイペースに行動する。……まぁ、マイペースは私もだけど。
そんなわけで、今教室には吟太郎と私だけ。でも、友だち同士なんだから男女二人きりなんてシチュエーションは成り立たない。
「どうしよう? いかにネックレスが女性を引き立てるために必要なのか、あの干物女に説いてやろうかしら?」
「そんなんしたら、絶対に帰ってこないぞ」
「それは困るわ。あれは大切なものなんだから」
「えらい気に入ってくれたんだな?」
吟太郎が少し声を弾ませる。さっきのようにイヤなかんじではない。
「そうね、私たちの友情の証だもの」
私はそう思っている。
私が義理チョコを上げたのも、こいつが嫌々ながらもお返しにネックレスをくれたのも、二人の友情あってのものだ。
「友情かぁ……」
「何よ、その言い方?」
ちょっとイヤなかんじになってきた。
ここはきっちり言っておくべきだろう。
「いくら私がとんでもない美人だからって、友だちを好きになるなんて節操なしもいいところなのよ?」
「せ、節操なし。いや、その言い方はあんまりだって。純粋な恋心ってこともあるだろ?」
「吟太郎……あなた……」
私の声は暗くなる。
吟太郎が私のことを好きになって、それで私たちの友情が台無しになってしまう。そんなの絶対にイヤだ。
「い、いや、俺は違うぞ? お前みたいに面倒な女のこと、好きになるわけないだろ? お前、大概自意識過剰だな、さすが中二病だ」
「失礼ね、もう中学三年生だし、中二病なんて卒業してるわ」
「ああ、中二病だったのは認めるんだ?」
「う、うるさいわねぇ」
睨んでやってもふざけた顔を向けてくるだけ。
「お前は相変わらず自意識過剰な中二病だっての。無駄に歯向かってこの学校の制服着ないとことかな」
「ホント、うるさいわねぇ」
イラッときた私は立ち上がり、着ているブレザーを脱ぎ捨てた。
「お、おい、何してるんだよ」
「この制服がお気に召さないんでしょ?」
ブラウスにも手をかけて、ボタンをどんどん外していく。
「やめろ、やめろって!」
吟太郎が慌てたふうに私の両手を掴んでくる。
「離してよ! どうせ見たいくせに!」
ブラウスの下のキャミが露わになっている胸を突き出す。
「何言ってるんだよ。いいからちゃんと着ろって」
「……分かったわ」
落ち着きを取り戻したふりをして私は言う。
「はぁ、まったくお前って奴は……」
吟太郎が手の力を緩めた途端、私はダッシュして奴から距離を取った。
「見たけりゃ見なさいよ!」
脱いだブラウスを床に叩き付けて。
「やめろって!」
「来ないで!」
私がそう言っただけで吟太郎は立ち止まる。やっぱり見たいんじゃない!
キャミを脱いだ私は、背中に手を回してブラのホックに……。
ホック? 外し……はず……せない……?
「いい加減、止めなさいよ!」
訳が分からず叫んでしまう。
「どっちなんだよ、いいから誰か来る前に着ろって」
と、私が脱いだばかりのキャミを手渡してくる。
「ちょちょちょ! 勝手にそんなの触んないでよっ!」
「え? あ、うん……え? 俺はどうすれば?」
「いいからあっちを向いてて頂戴。美人が服を着てるところを見ようなんて、吟太郎のくせに生意気もいいとこよ」
「はいはい……」
自分の席に戻って後ろ向きになる吟太郎。
今のは何だったんだ? 今までなら裸になるくらい平気だった。私は美人なんだし、自分の身体に絶対の自信を持っているから。
なのに、さっきは裸になるのが恥ずかしくなってしまった?
これはいつものドキッだ。好きでもない男子なのに、なんか、男子を感じてしまってドキッとしてしまう奴。
あいつの友だちだろうと見境のないケダモノみたいな視線にドキッてしてしまったんだ。
あんな視線、友だちに向けるものじゃ絶対にない。
どうしちゃったんだ、吟太郎の奴……。




