中学生、初詣
ウヅメ、薫子、吟太郎の三人で初詣をする。
「決戦、カブトムシ取り(吟太郎)」「知らない教室(吟太郎)」辺りを参照でしょうか。
読んでいなくとも大体のかんじで掴めるかと思います。
●登場人物
・天笠宇都女 : 化粧品店の娘、登場作「ある日の『上葛城商店街』」
・内染薫子 : ランジェリーショップの娘、登場作「ある日の『上葛城商店街』」
・清須吟太郎 : 酒屋の息子、登場作「ある日の『上葛城商店街』」
なぜ、私たちは上葛城中学の遅刻トリオとあだ名されるのだろうか?
あいつのせいだ。
たとえ集合時間を前にずらして言ったとしても、あいつは必ず遅刻する。
今日なんて目標の一時間前を指定しておいたのに、私たちを三十分待たせやがった。
学校に行くわけではないにしても酷すぎる。
その遅刻王は、焦る様子もなくゆったりと近付いてきた。
「年が明けてもシケた顔は変わらずね、二人とも」
さっそく毒づいてくる内染薫子。遅刻の詫びなんてこれっぽっちも言う気はないらしい。
「いい加減、待ちくたびれたぞ~」
しゃがみ込んでいた清須吟太郎が立ち上がる。
「その格好だと準備に時間がかかるのは分かり切ってるでしょ? もっと余裕見て行動しろよ」
私、天笠宇都女もいらだち混じりの声を出す。大晦日からずっと起きっぱなしの年越しをしたので、元旦早々疲れ切っていた。
「ま、とにかくあけましておめでとう、薫子」
「あけましておめでとう、薫子」
「そうね、おめでとう、ウヅメ、吟太郎。ていうか……」
薫子が切れ長の目をいっそう細めて俺たちを見つめる。
「あなたたち何、その格好? お正月よ? 初詣よ? なんで普段着なの? 外出着ですらないわよね、それ?」
私と吟太郎はお互いを見合う。そして薫子に向かって揃って肩をすくめる。
「近所の神社に行くだけなんだから、こんなんでいいんだよ」
「そうそう、毎年こんなんだよ、私たち。あんたが張り切りすぎなんだよ」
「張り切りすぎとか言わないでっ!」
薫子が勢いよく地面を踏み付ける。裾が少しめくれた。
きらびやかな晴着を着ていても、こいつの中身は変わらずだ。
「どうせ、美人は着飾ってみんなに見せびらかさないといけない、とか独自理論を振りかざすんでしょ?」
「よく分かってるじゃない。みんなお正月には美人の着物姿を見たいでしょ? その期待に応えるのが、美人の務めなのよ」
「ご苦労なこって」
吟太郎が欠伸をかみ殺す。
「いいからもう行こうよ。早く帰って寝たい」
と、ようやく揃った三人で神社を目指して歩き始める。
「なんか、ホントに私だけ浮かれてるみたいじゃない……」
私の後ろで薫子がぶつくさ言う。
うるさいなぁ、私なんかが似合いもしない着物を着ても痛々しいだけなんだ。
ましてや、隣にあんたみたいな完璧な着物美人がいるとね。
神社は商店街を抜けて住宅街も突っ切ったその先にある。その辺りは昔からある集落になるそうだ。
商店街から出てしばらく歩くと、向こうから知った顔が近付いてきた。
「あけましておめでとうございます、野宮さん」
まずはあいさつを交わす。
その後、野宮のおばさんがポチ袋を取り出した。
「はい、お三方。少ないけどね」
と、三人それぞれにお年玉。
お礼を言って私と吟太郎は受け取ったが、薫子はなぜかきょどきょどと戸惑っている。
「どうしたの? 薫子」
「え? いいの?」
「いいのって? もらいなよ」
「でも、他人よ?」
「他人ていうか、商店街の和菓子屋さんだよ。知ってるだろ?」
「知ってるけど、他人よ?」
「同じ商店街なんだから他人じゃないぞ?」
「え? そういうものなの?」
「そういうものだって」
「いらないの、薫子?」
「え? ううん?」
ようやく受け取る。
そして和菓子屋一家と別れる。
「え? いいの? よかったの?」
まだ薫子は首を傾げてる。
「いいんだよ。商店街の大人は出会ったら大抵くれるぞ、お年玉」
「そうなんだ……」
「時々他人行儀だよね、あんた」
「私、いつもお年玉は親戚しかくれなかったのよ。へぇ、他人でもくれるんだ……」
「だから、商店街の人は他人じゃないんだよ」
「そうなんだ、ここに引っ越してきて初めていいことがあったわ」
などとにんまり笑う。
それはいろいろと言いすぎだろ?
とにかく先へ進もう。
「よかったね、薫子、野宮さんとこも着物だったよ。浮かれてるのは薫子だけじゃないんだ」
「だから、浮かれてるわけじゃないの。こうやって着物を着るのが普通のお正月の過ごし方なのよ」
「はいはい、そういうことにしとこうか」
「だから!」
晴着を着て腕を振り上げるな、はしたない。
今度は本屋の娘さんとおもちゃ屋の店員が現われた。
「あけましておめでとうございます、響さん」
まずは新年のあいさつ。そして響さんと連れの西田さんからお年玉。
「はいどうぞ、今年もよろしくね」
「毎年すみませんねぇ」
遠慮なく受け取る私と吟太郎。
「え? 独身なのにくれるの?」
「うっ! そ、そうよ。大人ですから」
「へぇ」
薫子も受け取る。こいつはまともにお礼が言えない。
「響さん、着物きれいですね」
「ありがとう、ウヅメちゃん。三十で振袖もいかがなものかと思ったんだけどね」
と、照れ笑いするかわいい響さん。振袖でも全然違和感なし。
なのに……。
「そうね。三十で振袖はないと思うわ」
薫子の奴は思ったままを口にしやがる。
「や、やっぱそうかなぁ」
響さんが頬を引きつらせる。
「だ、大丈夫ですよ。よく似合ってます。きれいですよ」
「そうそう、二人とも着物でいいかんじですよ?」
必死にフォローな吟太郎と私。
「そうかな? 分かった、そう思うことにするわ。西田君、行こうか。うちの親が待ってるわ」
「おうっ!」
「なんか、西田さんすごいご機嫌ですね」
いつもは子供と遊んでる時以外、暗いかんじなのだが。
「ああ、羽織袴でコスプレ気分らしいわ。よく分からないよね」
などと恋人を突き放す響さん。
それでも仲よさげに商店街の方へ消える。
「薫子、マジでああいうの勘弁してよね。フォローする身になってよ」
「仕方ないわ。事実だもの」
反省なしの薫子はつんとしたまま。
「ていうか、今年もスゴかったな……」
吟太郎が感に堪えないというふうに言う。
「うん、スゴかったね。分厚い着物でも、あの巨乳は隠せないんだ」
私も深くうなずく。
「普通はウエストにバスタオルを巻くんだけど、それでも足りなかったようね。全体のバランスが崩れてしまってたわ」
「巨乳をひがむな、薫子」
「そんなんじゃないわっ! 私は自分のおっぱいに一〇〇パーセントの自信があるんだからっ!」
でかい声でわめくんじゃない。
ようやく神社にたどり着く。
田舎の小さな神社にしてはそれなりに賑わっていて、屋台もいくつか出ていた。
「うお、いい匂い! ちょっと買ってくる!」
「バカ、吟太郎。先にお参りだっての」
走り出そうとした吟太郎の襟首を掴んで引っ張る。
「ガキね。ホント、男子って奴はガキだわ」
やれやれというふうに首を振って大人ぶる薫子。
境内の奥にある神殿へ三人で。
「二礼二拍手だっけ?」
「あれ? お辞儀は三回じゃなかったっけ?」
「そんなのどうだっていいわ」
「そういうわけにはいかないって」
「じゃあ、ググればいいのよ」
そして薫子のスマホでググった結果、そもそも手水で手を清めていないことを知る。
とにもかくにもお参りを済ませる。
「何お願いしたの、薫子?」
この女がしおらしいお願いなんてしないとは思うが聞いてみる。
「咲乃お姉様を地獄に落とすよう命令したわ」
「いろいろ間違ってるよ、お前」
「そういうウヅメは?」
「はたと気付いたんだけど、お願いしたいことって特にないんだよね。無病息災をお願いしたよ」
「何の面白味もない回答をありがとう」
受け狙いで願い事なんてしないっての。
「吟太郎は?」
なんだか聞いて欲しそうな顔をしているので聞いてやる。
「俺はな、今年こそ彼女ができますようにっ! てな」
「バカだろ、お前」
「ガキね」
「うるさいなぁ、俺もいい加減、お前らのお守りは飽き飽きなんだよ」
「言うもんだ。ていうか、お守りは薫子だけでしょうに」
「私だって、お守りなんてされてないわ」
自信満々に言ってのけるお姫様。
こいつ、自覚ないのかよ……。
「お前、俺がどんだけ面倒見てやってるって思ってるんだよ。転校初日に失敗したのも助けてやったろ?」
「あれは私が自力でみんなに謝ったわ」
そこまでの段取りは全部吟太郎がしたんだけどね。
「水泳のテスト、お前、絶対に受けないとか駄々こねたの言い聞かすのに、どんだけ苦労したか」
「私の水着姿見たさに頑張っただけでしょ?」
日に当たりたくないからと拒否したのだ。どうにか曇りの日に済ませたらしい。
「合唱コンクールじゃ、音痴のくせにソロを歌いたがるし」
「私みたいな美人がその他大勢をやる訳がないわ」
説得しきれず悲惨なことになった。
「ハロウィンじゃ、トラ柄ビキニの宇宙人のコスプレなんてやらかしたよな? 挙げ句寒さに震えだしたからコート貸してやったのに……」
「即座に地面へ叩き付けたんだよね」
「あんなくさいの寄こすなんて、バカにしてるわ」
で、結果風邪。
「クリスマスのミニスカサンタだって、ロリコン勢を食い止めるのはえらい大変だったんだぞ?」
「そうなの?」
「そうだよ。吟太郎がいなかったら、あんた悲惨なことになってたから」
「それはまぁ、ご苦労」
あくまで下僕に対するように労をねぎらう薫子。
「これだもんな。ホント、うんざりだ」
そう吟太郎が肩を落とすのも仕方ないというもの。
「あんた、もうちょい感謝とかしといた方がいいよ? ていうか、私もいろいろしてるしね?」
「ふん、友だちなんだから、それくらい当然よ。これからもちゃんとするように」
など胸を張りやがる。
「もういいや、たこ焼きでも食おうぜ?」
この半年で薫子のことは諦めている吟太郎が言う。
「私はいらない。家でお餅食べすぎたんだよ」
「私もいらない。ソースで口元が汚れるもの」
「じゃあ、俺の分だけ買ってくる。……て、えらい並んでるな」
「いいから行ってきなよ、この辺で待っとくし」
そうして吟太郎だけがたこ焼き争奪戦へ。
女二人は手持ち無沙汰。
「どんだけ食いしん坊なのかしら。ホント、ガキね」
そう毒づく着物美人に、気になっていたことを言ってみる。
「ていうかさ、薫子」
「何?」
「あんた、さっきから顔真っ赤だって分かってる?」
「へけっ!」
ヘンな声を上げやがった。
そして露骨に視線をキョド付かせる。
「そ、そんなことないわ。ああ、人が多くてちょっぴりのぼせたのかしら? とにかく大丈夫。何ともないから」
「違うし。顔が赤らみだしたのは、吟太郎がいかに薫子に尽くしてるかって話になってから。しかも、なーんかニヤけてんの、あんた」
ひたすら目を右に左に泳がせて口をパクパクさせている。
「あんたさ、吟太郎が好きなんじゃね?」
薫子は口を半開きにしたままこっちを見た。ビンゴ?
「だったらさー、その素直じゃない態度を……」
「違うっ!」
急に大声を出した薫子の顔は……青ざめていた。
「でかい声出すなよ。でも、今の反応見てたら、好きだとしか……」
「違うっ!」
ものすごく真剣な表情で私を見つめてくる。
何を考えてるのかよく分からん。
ていうか、元々私に色恋沙汰が分かるわけがなかった。
「分かった分かった、内緒にしといてやるから」
「だから、違うから」
ぎゅっと両手で私の腕を掴んでくる。
よく見ると目に涙がにじんでいた。
「ホントに?」
うなずく薫子。腕を握る力が強くなる。
「は~、やっと買えた~って、どうかした? お前ら」
呑気な吟太郎の奴が戻ってきた。
すぐに薫子は手を離してそっぽを向く。
「また喧嘩かよ。まぁいいや、薫子、お茶飲む?」
「ちょうど喉が渇いたところよ」
薫子はもういつも通りの様子で、吟太郎からペットボトルを受け取ると蓋を開けた。
「私の分は?」
「二人で飲めよ」
言われたとおり、薫子からお茶をもらい、また返す。
「薫子、あんま飲み過ぎるとトイレ行きたくなるよ?」
うなずきながらもごくごく飲んでいる。さっきの話で緊張したのか?
「たこ焼きうめ~! お前らも食えよ」
「いらない」
「いらないわ」
「付き合い悪いな、薫子、俺もお茶」
「ん?」
薫子の手から吟太郎がペットボトルを抜き取り、口を付けた。
「ああっ!」
途端に薫子が声を上げる。
「そんな怒鳴ることないだろ、はいよ」
吟太郎がお茶を返そうとすると、薫子が押し返す。
「そんなのもう結構よ。全部自分で飲みなさい」
「ああ、間接キスがお気に召さなかったか」
私がそう言うと、薫子がすごい勢いで私を見た。
「そ、そんなんじゃないわっ! ソース、そう、飲み口がソースまみれだからいらないのよっ!」
そう言いながら、私の手の甲をぎゅっとつねってきやがる。
余計なことは言うなってか?
「ホント、気難しいお姫様だよ、薫子は」
最後までお茶を飲んだ吟太郎がぼやいた。薫子は口を尖らせている。
と、そこへ携帯の呼び出し音。この演歌の着メロは吟太郎だ。
「うへぇ、親からだ」
少し離れて電話に出る。
すると薫子がこっちに顔を近付けてきた。
「ねぇ、ウヅメ、ホントに勘弁してほしいんだけど」
睨んで威嚇してくる。
「分かった分かった。ていうか、他人の色恋とかホントはどうでもいいし、私は」
「むぅ……」
なんか不満げだ。どうして欲しいんだよ。
吟太郎はすぐに戻ってきた。
「悪い、追加注文の山だから店手伝えってさ。正月くらい注文取るなよなぁ」
「もうお参りはしたし、元よりあんたに用はないよ。さっさと行け」
「そうね。その顔も見飽きたところよ」
「温かい励ましの声に涙が出るよ。じゃあな」
慌ただしく商店街の方へ走っていく。
「じゃ、私たちはのんびり帰るか」
「そうね。あれ? 戻ってきたわ」
去ったばかりの吟太郎がこっちへ駆けてきた。
目の前で立ち止まって、しばらく荒い息。
「忘れ物?」
「そうそう、言うの忘れてた」
吟太郎が薫子を指さす。
「え? 何よ?」
相手はたじろぐ。
「その着物、似合ってるぞ、薫子。キレイだ」
「ひぇっ?」
ヘンな声しか出せない薫子。
「誰に言えって言われたの?」
私が聞くと、吟太郎は苦笑い。
「母さんと祖母さん。ちゃんと言わないと殴られるって忘れてた」
「よかったね、薫子、キレイだってさ」
「じゃあな、二人とも。女だけだし気を付けろよ」
手を振りながらまた吟太郎が走っていく。
「薫子、耳まで真っ赤だぞ」
言ってやっても隣の女は固まったまま。
「……私って、どっかおかしいの」
「それはみんなが知ってる」
「違うのよ」
ようやくこっちを向いた薫子は真剣な表情。
「うまく言えないけど、ヘンなのよ」
「そうなんだ? 話聞いてほしい?」
「……そうね、そうかもね。いい?」
「じゃあ、あっち行こうか」
ここはうるさくてゆっくり話もできない。
境内の裏手に回ると大分静かだった。
ベンチにハンカチを敷いて腰を下ろした薫子が、向こうのベンチでイチャついてるカップルをぼんやり眺める。
「あんまり見てやるなよ」
「そうね。ああいうのって、全然うらやましくないのよ」
「そうなの?」
「ウヅメは? ウヅメはああいうのに憧れる?」
こっちを向いた薫子は相変わらず切羽詰まったような顔をしている。
「私も全然かな? ゲームでイチャイチャとかはよくしてるけど」
「はぁ……私、絶対おかしいわ……」
うなだれてため息をつく。
「やっぱ、吟太郎が好きなんじゃないの?」
薫子が下を向いたまま首を横に振る。
頑なに好きだとは認めない。
「でもね……でも、あいつがなんか、違うふうに見えるの、最近」
「違うんだ? あんなのただのバカだよね?」
「そうなのよ、男子なんてただのバカなガキだって、ずっと思ってた。でも違うの。男子って……なんか、男子なの」
「なんかって何さ?」
「うーん?」
うつむいたまま首を傾げる。頭が悪いし、うまく言葉にできないのか?
我慢強く待っていると、薫子が顔を上げて私を見た。
こいつなりに苦しんでいるようで、表情が暗い。
「さっきあいつ、私のことを褒めてくれたわよね?」
「親に言われたからね」
「あの時、すごくドキッてしたの。なんか、男子だった」
「ドキ? 好きだからドキ、じゃないの?」
「好きではないわ。だって、他の男子でも時々ドキッてするんだもの。ドキッと好きは関係ないのよ」
「そうなの? その男子も、『なんか、男子』なの」
「そう、なんか、男子なの。最近になって、そういうドキッがよくあるの。吟太郎にはドキドキなの。絶対に、好きなんかじゃないのに。私、おかしいのかな?」
「さぁ?」
私にはさっぱり分からなかった。こいつが言う「なんか、男子」のイメージが全く掴めない。
今さらだが、私は相談相手に相応しくない人材だ。
「おかしいわ……男子なんてバカなガキのはずなのに……。でも、ついさっきまでただのガキだったのに、ふいに違うふうに見えてしまうのよ」
「例えば?」
「急に上半身裸になるバカな男子って、いるわよね?」
「急に上半身裸になるバカな男子って、いるね」
「おかしいのよ。バカなガキの裸なのに、ドキッてするの。なんか、男子なの」
「ムラムラするの?」
「ムラムラ? ムラムラはしないわ。ドキッとムラムラは多分、違うものよ?」
「そうなんだ……」
ただ発情しただけかと思ったが、本人は違うと仰る。
「狭い教室で体当たりし合ってるバカな男子って、いるわよね?」
「狭い教室で体当たりし合ってるバカな男子って、いるね」
「よろめいて私にぶつかったのよ。怒鳴りつけてやろうかと思ったら、先に向こうが謝ったの」
「先に謝ろうが許す薫子じゃないよね?」
「でも、何も言えなかったの。すごく気遣ってくるその謝り方が……なんか、男子だったから」
「うーん……」
薫子なりに頑張って伝えようとしてくれている。でも、私には伝わってこなかった。
多分、両方に問題があるのだ。
「どうしよう……そのうち吟太郎とまともに顔を合せることもできなくなるわ」
深刻そうな声で、またうなだれてしまう。
「あれ? あんたって、自称孤高の美人だよね? 吟太郎と気まずくなっても別によくね?」
その言葉を打ち消すように薫子が頭を振る。
「そんなのイヤよ。私と吟太郎とウヅメと、三人で遊ぶのが私のお気に入りなの。だから私が吟太郎を好きとかそんなくだらない噂は絶対にイヤ。あいつと気まずくなりたくない……」
「へぇ、そうなんだ。いっつも悪態ばっかりのくせに」
「たまに素直になってみると、そんな言い草なのね……」
怒るでもなく力なく呟く。
どうにもマズそうだ。柄じゃないけど、肩を撫でて慰めてやる。
「大丈夫だって。吟太郎はしょせん吟太郎だよ? あんたが男子をヘンな目で見るようになっても、あいつは変わらず付きまとってくるよ」
「ヘンな目ってわけじゃないけどね。でもそうかしら。吟太郎とはいつまでも友だちでいられる?」
らしくない弱気な顔をこっちに向けた。
「心配ないって。あいつをもっと信じろよ」
「そうか……そうよね。私たちは、きっと大丈夫よね」
「あんたの悩みは相変わらずわけ分かんないけどさ、私もいるし、吟太郎もいる。何とでもなるって」
「うん、私の問題はこれっぽっちも解決してないけど、何とかなりそうな気がしてきたわ」
薫子が立ち上がった。
そして私にまぶしい笑顔を見せてくる。
「ありがとう、ウヅメ。持つべきものは友だちね」
「そう思うんだったら、普段から素直でいなよ」
「そんなの私じゃないわ」
両手を腰に当てて言い切りやがった。
もういつも通りの憎たらしい美人だ。
いいかげん寒いので二人して神社を出る。
商店街に入ると、よく知っている奴の姿が見えた。
「おう、なんだ遅かったな」
「まぁね、女子同士でお話ししてたのさ」
「ロクでもなさそうだ」
「減らず口を叩いてないで、さっさと働きなさい?」
「はいよ、お姫様」
重そうなビールケースを抱えた吟太郎が、忙しなく通り過ぎていく。
その後ろ姿を見送っていたら、ハッと気付いた。
「あ、なんか、男子だ」
「でしょ? なんか、男子なのよ」
女子二人で、うなずき合う。




