宴会とコスプレ
今日は商店街の宴会。
私、小村響も本屋の店員として参加している。
みんなでお話するのは楽しいけれど、私の彼氏が参加していないのが寂しい。
と思ったら、彼が若い女の子と楽しげに話をしているぞ?
「サーティ・イヤーズ・オールド(響)」と「私は本屋の店員さん(響)」を踏まえた話となっております。
あらかじめ読んでいるとより楽しめると思いますが、読んでいなくとも話は分かるはずです。
一応、今回の前提となっている響と西田の関係は、「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」のネタバレになります。
●登場人物
・小村響 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」
・西田 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」
・野宮みこ : 主人公「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」
・佐粧神那 : 初登場
くいっとコップの中のビールを飲み干すと、すぐに肉屋の店長が注いでくれた。
「あ、すみませんすみません、杉田店長」
「相変わらず響ちゃんはいい飲みっぷりだねぇ」
「へへへ……」
さすがに調子に乗って飲み過ぎてるか?
仕方ないじゃない。今日は商店街振興会の親睦会。つまりは宴会なんだから。
私こと小村響も本屋の店員としてここにいた。ビール飲み放題というのが実に素晴らしい。
「淳二の奴はどう? ヘンなちょっかいは出してきてない?」
「大丈夫ですよ。律儀に親衛隊の隊則を守って、抜け駆けとかはしてきませんから」
杉田さんの次男坊たる杉田淳二君は私の親衛隊の隊員なんてしている。
ただの商店街の店員に親衛隊があるというのもヘンな話だけれど、この親衛隊のおかげで私は商店街の男どもにまとわりつかれるというウザい事態を回避できていた。
おっと、もう飲み干してしまった。すると今度は酒屋の店長がビールを注いでくれる。
「ありがとうございます、清須店長」
「響ちゃんにはれっきとした彼氏がいるのに、諦めの悪い奴らだ。……って、その西田君は姿が見えないな」
「……ええ、最近ちょ~っと、忙しいみたいで」
おもちゃ屋の西田君は私の彼氏さん。なのに、ここ半月くらい顔を見ていなかったりする。
先月のお盆に日本最大級の同人誌即売会に出かけ、山盛り同人誌を買い漁ってきたらしい。久し振りに行ったからとか言い訳がましいメッセージが入っていた。
それら戦利品を読みふけるのに忙しくて、彼女さんたる私を放ったらかしにしているのだ。実に許しがたい。
彼が趣味の人だってのは知った上でお付き合いしているのだけれど、さすがにこんなに放置されるとなぁ……。
「そうなんだ? こんなかわいい彼女を放ったらかしにするなんて、ロクでもないね」
「まったくだ。響ちゃんもあんなのはやめて、おじさんに乗り換えない?」
などと清須さんが冗談めかして。
「ああ、いいですねぇ~、『清須屋』さんとこのお酒飲み放題だ。ちょうど狙ってる大吟醸が……」
「おいおい、参ったな。親父と女房に絞め殺されちまう」
「文字通り高くつく火遊びになりそうだな、『清須屋』」
「そうですよ、私はお高いオンナなんですから」
などとみんなで笑い合う。
こうやってみんなでお話するのは楽しいんだけれど……やっぱりどこか物足りない。
会いたいなぁ、西田君……。
ビールを求めて一人でうろうろしていると、和菓子屋のみこちゃんに声をかけられた。
「どうしたんですか、響さん? さっきから元気なさげですけど」
「え、そうかな? そんなつもりはないんだけど」
高校生のみこちゃんが私にビールを注いでくれる。
この子は未成年ながらしょっちゅうこういう宴会に出ているので、ビールの注ぎ方なんかもうまいものだ。
「もしかして、西田さんと喧嘩とか?」
「むしろ喧嘩の方がいいよ。それはそれでコミュニケーションがあるんだもの」
深く息を吐き出してしまう。高校生相手に愚痴る小村響三十歳。
「なんか、いろいろ大変そうですねぇ。コミュニケーションの危機は私もかな? なにせ、倦怠期ですから」
彼女は幼馴染み君とお付き合いをしている。あまりにも長い間幼馴染みをやりすぎたせいか、倦怠期らしきものに差しかかっているらしい。
「前の髪型チェンジでドキドキ作戦はうまく行ったんでしょ?」
「まぁ、そうですけど。その後も新しい水着でドキドキ作戦もうまく行きました。でもですねぇ、まだまだ予断は許さないと思ってるんですよ」
「大変ねぇ、みこちゃんも」
「大変ですよ、はぁ……」
二人してため息。
とはいえ、みこちゃんからはあんまり危機感を感じない。
「みこちゃんたちの場合は、なんだかんだで深いつながりがありそうだけど」
「そうですね。付き合いだけは長いですし、別れるとかそういう心配はしてません。でも、今からそんな年寄り臭い関係はいかがなものかなぁ、などと……」
「倦怠期かぁ……。短い付き合いでそうなると、どういう結末になるのかな?」
「響さんとこも倦怠期なんですか?」
「かもねぇ……。彼は私に興味を失っているのかも……」
そう言葉に出してしまうと、じわりと涙がにじみ出てきそうになる。危ない危ない。
と、みこちゃんが私の袖を引いてくる。
「西田さん来てますよ?」
彼女の視線の先を追いかけると確かに西田君。若い女の人と話をしている。楽しげに。
「小物屋の神那さんね。へぇ……」
小物屋さんで店員をしている佐粧神那さんは小柄で豊満なスタイル。黒目がちのかわいらしい容姿とその人当たりのよさで、多くの男性ファンを獲得している。
この商店街では八百屋の娘たる森田咲乃ちゃんと私の二人が美人の住民として親しまれているけれど、住民ではない通いの店員さんの中にも人気者の女子が多くいた。
神那さんもそんな中の一人で、おたくの話に付いていける彼女は、その手の青少年たちに殊の外好かれている。
そうか……これは盲点だった。飛びっきりのおたくである西田君は、私なんかより神那さんみたいな人との方が楽しくお話できるのだ。
「すごい盛り上がってますね」
みこちゃんが少し気まずそうに言ってくる。
西田君がマシンガンみたいに喋り倒している。私と話すときはむしろゆっくりすぎるくらいのペースなのに。
神那さんも西田君の腕を軽く叩いたりして楽しそう。
「そうねぇ……、やっぱり趣味が同じ人同士の方が盛り上がれるもんねぇ……」
「響さんも行ってきたらどうですか?」
「ムリムリ、私は話に加われないわ。はぁ、あの二人、お似合いだよねぇ……」
今回の同人誌即売会にせよ、もし私が彼と同じ趣味をしていたら、二人で仲よく行ってくることもできたのだ。
でも、私は彼の趣味のことをよく分かってあげていない。
彼の方では私に物足りなさを覚えているのかも。今みたいな活き活きした姿を見ていると、そう思わずにはいられなかった。
「何言ってんだい!」
いきなり私の肩を抱いてきたのは花屋の店長。
「文香さん」
「いいから行ってきなよ。誰が正妻か思い知らせてやりな」
「せ、正妻って……」
戸惑う私をぐいぐい押していく文香さん。力がすごくて対抗できない……。
そしてついに西田君と神那さんが盛り上がっているところへ突撃。
「おーい、西田君。愛しい愛しい、響ちゃんだよっ!」
どんと文香さんに押されて西田君の方へよろめく私。彼に身体を支えてもらう。
「あ、文香さん、強引すぎる……って、いない」
もう向こうの方で違う人にちょっかいを出している。
「大丈夫、小村さん」
「う、うん、ありがとう」
どうにか体勢を立て直す。
「こんばんは~、響さん。はぁ~、相変わらずホントにキレイですねぇ」
と、神那さんが人懐っこい笑みを向けてくる。
「ど、どうも。ゴメンね、話の邪魔して。続きをどうぞ」
「ていうか、今ちょうど響さんの話してたとこなんですよ」
「私の?」
「ち、ちょっと神那ちゃん!」
私と神那さんの間に割って入ろうとする西田君を、私たち二人は手で押し退ける。
「響さんって、コスプレしたら似合うだろうなぁ~、って話を」
「コスプレ! いやいや、私三十歳ですから」
何の話をしていやがる、このおたくどもは。
「響さんくらいキレイだったら、年なんて関係ないですよ。ほらほら、これが今回私がしたコスプレなんですけどね」
「んん?」
神那さんが差し出してきたスマホを覗き込むと、かなり際どい衣装を着たかわいらしい女の子が写っていた。よく見ると確かに神那さんだ。
「かわいいでしょ? 響さんもこんなのどうです?」
「ムリムリムリ! こんなの恥ずかしいわよ」
「でもでも、好きな彼氏さんのためじゃないですか? 別にイベントに出なくても、彼氏の前でだけ~とか、そーゆーぷれいもありですよ?」
「ムリムリムリ! プレイって何よ、プレイって!」
マニアックすぎてついていけない。
「え~、おにいちゃん、すごいしてほしそうなんだけどな~」
「おにいちゃんって誰?」
「この人」
と、西田君の腕にしがみつく。
「あれ? 兄妹だっけ?」
そんなの初耳だけど。ていうか、全然似ていない。
「私、こういうおにいちゃんが、ほしいんですよ~」
西田君の腕に身体をなすり付ける神那さん。
「ああ、そういう……。あっ! そういえば西田君、前に妹萌えがどうとか言ってたよね?」
「やっぱりだ。おにいちゃ~ん、神那を妹にして~」
やめて、彼女の目の前で甘えた声とか出さないで。
「い、いや、俺が萌えるのはあくまで二次元だから……」
ああ、妹に萌えるのは萌えるんだ。
「じゃあ、おにいちゃんの為にコスプレするよ。それで二・五次元だよ?」
「う、うーん」
あ、こいつ揺らいでるぞ?
「西田君、そんなの私は許しませんからね?」
「だ、だよねぇ……」
うわ、目に見えてがっかりしていやがる。
「じゃあ、二人でしましょうよ。彼女さんと妹。おにいちゃん、激萌えですよ?」
「しーまーせーんっ! ほらほら、離れた離れた」
神那さんを西田君から引き剥がす。
「ちぇ~っ。じゃあ、おにいちゃん、言ってたみたいに私のコスプレ画像送るね。けっこースゴいのもあるから期待しとくようにっ!」
「お、おう」
「響さんのコスプレ、私はまだ諦めてませんからね~」
などと手を振りながら、コップ片手に向こうへ行ってしまった。
残された西田君はすごい気まずそう。
誤魔化すように自分のコップをあおったが、中に入ってるのはビールじゃないのか?
この人、お酒は飲めないはずだけど……。神那さんに無理矢理飲まされたのかな? すごくありえそうだ。
でも、酔っておかしくなっていたとしても、私は容赦をしてはならない。
「『お、おう』、じゃありませんよ? 西田君」
「い、いや……あれは彼女が強引に……」
「あれ? 女子のせいにするのは卑怯ですよ?」
「ゴ、ゴメン、かなり楽しみにしてます」
「ええ~、それはいかがなものでしょうか?」
冷た~い、視線を送ってやると、向こうは目に見えてキョドりだす。
「でも、小村さんはしてくれないでしょ、コスプレ」
「するわけないでしょ? あんな恥ずかしい格好」
「いや、もっと露出が少ないのも……」
「イーヤーでーすっ!」
「そっか……」
目に見えてうなだれてしまう。
西田君がこんなにもコスプレ推しをしてきたことはかつてなかった。お酒の力で彼の本音がだだ漏れているようだ。
うーん、そんなにコスプレがいいのか? 二・五次元らしいし、二次元大好きな西田君にはたまらんものがある?
コスプレなんて絶対にイヤだけど、彼氏のご期待に添えられない私は彼女として失格なのかな? そんな不安に駆られてしまう。
「やっぱり神那さんみたいな子の方が西田君にはいいのかな?」
思わずつぶやいてしまう。
「え?」
「だって、彼女だったらおたくの話もできるし、コスプレまで……。一方の私はその辺全然だもの。やっぱり……」
「そんなことないよ」
西田君がはっきりとした口調で言う。
「そうなのかな?」
「うん、俺は……、俺は……」
彼の言葉は途中で消え入り、それに合わせて彼もうなだれてしまった。
「どうしたの?」
急に顔を上げた西田君が、自分のコップにビールを注ぎ込む。
「え? やめといた方がいいって、西田君」
でも言うことを聞かず、彼はビールを一気に飲み干した。
そして私に顔を向ける。
「俺は……俺は、小村さんがいいんだ。小村さんに、側にいてほしいんだ」
酔いが回った視線で、そう言ってくれた。
「そっか。それならよかった」
お酒の力を借りてだとしても、こうして言葉にしてくれると胸が熱くなってくる。
自分が抱えていた不安なんてちっぽけなものだとようやく気付けた。
言い終わった西田君がよろけてしまったので手を添えて支えてあげる。彼も私の肩に掴まってきた。
「ゴ、ゴメン……」
「ふふ、飲めないのにムリするからだよ」
彼が体勢を立て直した後も、私たちは触れ合ったまま。その状態で西田君が話しかけてくる。
「あの……小村さん、ずっとロクに連絡しなくてゴメンね。もうすぐ片付くから。そしたらまた会ってくれる?」
「うん。ていうか、私も一緒に見ていい? もっと、西田君の趣味を理解したいの」
「ええっ! そ、それはどうかなぁ……」
露骨に視線を逸らせてしまう。そんなにやましいのか? まぁ、あえて火の中に飛び込むような真似をしなくてもいいか。
「……分かった。あえて見ないようにするわ。じゃあ、片付いたら連絡してね。後どれくらい?」
「一週間くらい?」
「長いな!」
なんか、いろいろと心を挫かれそうになるけれど、それでも私はこの人を愛し続けます。
コスプレ? コスプレなぁ……。




