3.
三人で商店街目指して歩いていく。薫子だけ少し離れた後ろだけど。
並んで歩く俺とウヅメもなんだか会話する気になれない。無言で足だけを運ぶ。
商店街に入ったところで不意にウヅメが立ち止まった。
どうかしたのかと俺が振り返ると、後ろにいる薫子も足を止めている。気まずそうに目を背けるところが不器用なあいつらしい。
ウヅメが後ろを向き、薫子に詰め寄った。
「何なんだよ、あんたはっ!」
「な、何よ、いきなり怒鳴らないでよ」
ウヅメの怒声にうろたえる薫子。
「ぼっちがイヤならそう言えよ! 友達になってほしかったらそう言えよ!」
「べ、別に友達なんかになってほしいわけじゃないわ。だって私は孤高の……」
「ウソつけよ! 見てたんだよ! みんなに話しかけられてうれしそうにしてるあんたをね! みんないなくなって寂しそうにしてるあんたもね!」
「か、勝手なこと言わないでよ。あなたに私の何が分かるっていうの? わ、私は美人であなたは凡人なんだから。そもそも……そもそも気安く話しかけないで頂戴」
「まだそんなこと言うのかよ!」
いきなりウヅメが薫子の胸倉を掴んだ。ウヅメの方がずっと背が低いが、圧倒しているのはウヅメの方だった。
俺はまだ静観する。
「や、やめてよ。暴力なんてやめてよ」
「うるさいっ! 言えっ! 友達になってくださいって言え!」
「わ、わけが分からないわ。ちょっと! そこの男子も何ぼさっと突っ立ってるの! 今すぐこのブスから私を助けなさい!」
「やなこった」
「ええ?」
もう薫子は半泣きだ。あんなに強気な態度だったくせに、ちょっと怒りをぶつけられただけでどうしようもなくなる。面倒くさい生き物である、美人様っていうのは。
「ウヅメ、もう殴っちゃえよ。女子が女子を殴るんだったら別にいいや」
「そうしようか。こういう奴は痛い目に遭わさないとダメだよね」
ウヅメが拳を後ろに引き絞る。
「やめて! やめてウヅメ! 助けて吟太郎! 助けてよ!」
必死にウヅメの手を振り解こうとするが、力では勝てないらしくただもがくだけ。
「友達になってくださいって言え、薫子。でないと殴る」
「やめてやめて、おかしいわよ、絶対おかしいわ」
「薫子、自業自得だぞ~」
座り込んでことの推移を見守る俺。
「おかしいもの、絶対おかしいもの。だって……」
「だって?」
「だって……私たち、とっくの昔に友達なんだから!」
「最初からそう言えばいいんだよ」
ウヅメが薫子から手を離す。
「うう……酷すぎるわ。友達を殴ろうとするなんて、野蛮もいいとこよ」
リボンの位置を直しながらぐちぐち言う。
「薫子が素直じゃないからいけないんだぞ」
立ち上がって伸びをしながら言ってやる。
「私がこういう人っていうのは知ってるでしょ? あなたたちの方で気を利かすべきなのよ」
「俺たちはそれでよくても、他の連中にもあんな態度はダメだよね?」
俺もウヅメの隣に並ぶ。いつもならくさい呼ばわりされる距離だけど、薫子は何も言わず口を尖らせていた。
「どうなの? 分かってんの、あんた? あんな態度でこれから平和にやっていけるつもりでいるの?」
両手を腰に当ててウヅメが目の前の美人を見上げる。
「でもどうしろっていうのよ。こんな民度の低い田舎じゃ、舐められたら負けなんだから」
「いや、民度が低いとか勝手に決め付けるな。みんな温かく薫子を迎え入れようとしてたろ?」
そう言っても薫子は首を傾げるだけ。
「あーもー、分かった! 薫子、明日は俺の言う通りにしろ。それで万事うまくいくから」
「言う通りって何! 吟太郎、あなたやっぱり私の身体を狙ってるのね!」
こいつ、どこまでも自意識過剰だな。
次の日も学校。ウヅメと二人して薫子を迎えにいくと、またもや大分待たされる。
「あんた、朝の準備とやらにどんだけ時間かけるのさ? ささっと済ませなよ、ささっと」
「ふんっ、女であることを放棄してるウヅメには分からないでしょうけど、マトモな女子なら朝の準備は入念にするものなのよ」
「放棄してて悪かったな」
否定はしないらしい。
「まだ間に合うしいいだろ? それより薫子、今日は言ったとおりにしろよ?」
「はぁ……憂鬱だわ。やっぱりやめない? 吟太郎」
「ダメだ。爪弾き者として生きていきたいのか?」
「でも、私にはもう友達がいるんだから、他の凡人どもに媚を売る必要なんてない気がするの」
「ダーメーだ!」
「分かった。分かりましたよ。最大限の努力をしてあげるわ」
学校では授業が始まる前に朝のHR。
「よーし、先生からは以上だ。他に何か連絡事項はないか?」
隣の席の薫子を見ると、青い顔をしてうつむいている。
まずは俺から背中を押してやろうか。
「センセー、内染さんからみんなにお話があるそうでーす」
と言う。
こっちに顔を向けた薫子はどこまでも情けない顔。
「ほら薫子、行ってこい」
「……吟太郎も来てよ」
目を潤ませた美少女にそう言われたら仕方がない。席を立った俺がうながすと、ようやく薫子も立ち上がる。
「ちゃんと前まで行こうぜ」
こくりとうなずいた薫子は、手を伸ばすと俺の手を握ってきた。柔らかい相手の感触にどきりとしてしまう。
そのまま薫子の手を引いて、教卓の前まで連れていく。クラスのみんなは昨日と違ってしおらしい彼女に少し驚いている様子。
「えー、内染さんからみんなに話があるんだ。聞いてやってくれよ」
うつむき気味にまごついてる薫子の手を引っ張って、どうにか教卓の真ん前に。
薫子がぎゅっと強く手を握ってくる。それで意を決したようで、青ざめても変わらず美しい顔をあげた。
「おはよう。昨日は新しくクラスに来た私に、みんなして話しかけてくれたわね。うれしかった。なのに私の態度はほんのちょっぴり傲慢だったかもしれないわ」
え? ほんのちょっぴり? まぁいいか……。
「私は都会っ子だから、ここみたいなド田舎の人間の中に溶け込めるか……不安だったの。……そう、不安だったの」
いつも強気な態度だけど、本当は弱っちい奴。こんな田舎に一人で放り込まれて、気の弱い薫子はどうしていいのか分からなかったに違いない。
「だからいつも以上にキツい態度を取ってしまった。みんな腹が立ったでしょうね。昨日のことは……忘れなさい。きれいさっぱり忘れてしまいなさい」
背を反らせて言いやがった。みんなキョトンとしている。一方的に忘れろと言われてわけが分からない様子。
「おい、薫子。ちゃんと言えよ」
俺が横から睨んでやると、ちょっと泣きそうな顔をした。今度は背を丸め気味にしてみんなに言葉を向ける。
「昨日の私は態度が悪かったわ。ごめんなさい」
俺が背中を押してやると深く頭を下げた。
クラスメイトたちは顔を見合わせあって戸惑っている。昨日の今日で態度が一変したから当然か。
「ええ~、昨日私、爪がダメだから女子として軽蔑するって言われたんだけど~」
と一番後ろの席にいる加藤が声を出す。やっぱりそううまくはいかないか。
「ま、実際ダメなんすけどねっ!」
と、加藤が手の甲をみんなに向けて自分の爪を見せる。
「そうね、あなたの爪は短すぎて全然ダメよ」
薫子がまた余計なことを言う。頼むよ、こいつ。
「あの、内染さんはこういう奴なんだよ。適当にスルーしながら相手してやってよ」
なんとかとりなそうと試みる俺。
「リョーカイ! 薫子はそういう面白キャラってことで!」
さっぱりした性格の加藤が明るく言ってくれた。
「わ、私は面白キャラなんかじゃないわ。孤高の美人よ!」
「薫子さん、都会のファッションとか教えてよ」
他の女子も声をかける。
「教えてあげてもいいわ。凡人なりにマシに見えるファッションをね」
「スリーサイズとブラのカップも教えてよ!」
「八十、五十六、八十二でBカップよ」
お調子者の男子のエロ質問にも答えてしまうお調子者。本人は自信満々な顔をしているので隠す気はないらしい。男女を問わずクラスメイトたちがざわめく。
「Bカップだって、貧乳だな」
「少なくともCはないとな」
「ちょっと、そこの男子! 私はスレンダーだからこのサイズで完璧なのよ!」
「す、すみません」
薫子に怒鳴りつけられて恐縮するバカな男子。
「内染さんって、清須と付き合ってんの?」
高原の奴がヘンなことを言い出した。
「そんなわけないわ。こいつはただのご近所さんよ」
ああ、友達でもないのか。
「でも、手ぇつないでるよな? ずっと」
言われて気付いたが、さっき手をつないだまま、まだ離していなかった。薫子と顔を見合わせると、向こうは頬を赤く染めている。
「何勝手に握ってるのよ、いやらしいっ!」
いきなり手を振り解いてくると、両手で俺の胸をどんと押してきた。
「ち、違うの! 吟太郎は勝手にお節介を焼いてくるだけで、私は迷惑してるのよ!」
「あ、でも名前で呼ぶ仲なんだ? 怪しいなぁ~」
「違うわっ! 商店街じゃ、みんな名前で呼び合うのよっ! 私は凡人なんて相手にしないからっ!」
焦れば焦るほど冷やかされると分かっていない薫子。
「お前ら、中学生らしいお付き合いを頼むぞ? 内染はススんでそうだから心配だなぁ~」
紗月先生までにやにや笑い。
「ススんでなんてないわっ! ファーストキスもまだなんだからっ!」
お~、と教室全体で冷やかしてくる。
余計なことを言った薫子は耳まで真っ赤にした。
「清須、ヘタレだなぁ、キスくらいしてやれよ」
高原のにやけながら言ってくる。お前だって未だ彼女なしのくせに。
「よーし、新入りいじりはその辺にしとけ。これから仲よくしてやれよ、お前ら」
と、先生が自分より背の高い薫子の頭を掴んでぐらぐら揺さぶる。
「は~い」
素直なクラスメイトたちが素直に返事をする。
「お前らよくやった。これからも仲よくやれよ」
「当然よ。吟太郎は私の忠実な下僕なんだから」
先生の手を払い除けながら薫子が言う。相変わらずの高飛車。
「じゃあ、これにて解散!」
HRを終わらせた先生が教室を出ると、すぐに薫子の周りにクラスメイトたちが群がってきた。押し退けられた俺はどこまでも損な役回り……。
放課後はまた商店街の三人で帰る。今日は薫子を真ん中に三人並んで。
「薫子にしては上出来だね」
と、ウヅメもうれしそう。
「そうね、私はその気になれば凡人どもにも頭を下げられる度量を持ってるの」
「凡人凡人言ってたら、また嫌われるぞ?」
呆れながら俺が言ってもツンとしてやがる。
商店街に入ったところで薫子がふいに立ち止まった。
「どうした、薫子」
振り返ると、薫子は胸を反らせて俺たちを見下ろしている。いつも通り尊大な態度。
「あなたたちはなかなか見どころがあるわ」
「そりゃどうも」
軽く頭を下げてやる。
「みんな私の見た目しか見ない。キレイなキレイな外側しか」
「はいはい、美人美人」
ウヅメが投げやりに言う。
「でも、ホントの私はとても面倒くさい奴なの。ワガママだし、見栄っ張りだし、人を見下してるし、そのくせ打たれ弱い。そんな私を、あなたたちはちゃんと受け入れてくれてるの」
「必ずしもそうじゃないけどな」
「ええっ!」
途端に情けない顔でよろめく薫子。
「ホントは心底うんざりなんだ。そうやって開き直られるのが一番イラってくる」
「そ、そんなこと言わないでよ……」
毒づくウヅメにすがり付く。
「でも、友達は友達だ。イラってくるところも含めて、ちゃんと薫子のことは好きだからな」
哀れな薫子に後ろから言ってやる。
性格は歪みまくっているけど、決して悪い奴ではない。本人が言うように、美人にふさわしいキレイな心の持ち主なのだ。
「好き? やっぱり吟太郎って私のことを狙ってるのね? でもゴメンなさい。私はあなたみたいなただの凡人とお付き合いする気はないの」
ふんっ、とまた背を伸ばして見下ろしてきやがる。どこまでも自意識過剰だ。
「そういう好きじゃないし。みんながみんな、薫子の外見だけを見るってわけじゃないからな。お前の厄介な内面込みで友達になってくれる奴はいっぱい出てくるって。あんまり悲観すんな」
「そうなのかしら?」
「悲観っていうか、みんな自分のことを分かってくれない~、とか中二病が大好きなシチュエーションに浸ってるだけだし、そいつ」
「私は中二病じゃないわっ! 失礼ねっ!」
地団駄を踏む薫子。
「自覚してないってのが一番イタいよねぇ~」
「うんうん、凡人には興味がないはイタすぎた」
「もぉ~っ! なんなのあなたたち! せっかく、せっかくお礼を言ってあげようって思ったのにっ! もう言わない! お礼なんて絶対に言ってあげないっ!」
わめくだけわめくと、一人でさっさと歩いていく。
「おーい、明日は一人で学校行けるか、薫子?」
俺が言ってやると、くるりとこっちを向いた。
「ちゃんと迎えにきてよ、友達でしょ?」
両手を腰に当ててなぜか威張りやがる。
「あんなムカつく態度なのに憎めないって、美人は得だよねぇ」
愉快そうにウヅメがつぶやいた。




