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ある日の『上葛城商店街』  作者: いなばー
知らない教室(吟太郎)
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2.

 始業式が終わって休憩時間。教室の自分の席にいる薫子の周りには男女を問わず人が群がっている。よく見ると他のクラスの奴もいるぞ?

 隣の席の俺は邪魔者扱いだが、俺は頑として退かない!


「内染さんの制服、すごいかわいいよね、いいなぁ」

「誰にでもこう着こなせるわけではないわ。私だから特別いいように見えるのよ」


 凡人どもは相手にしないはずだが、無理矢理追い払ったりまではしないようだ。話しかけられたら応えもした。


「もっとよく見せてよ、ホントにかわいいもん」

「仕方ないわね」


 立ち上がった薫子がその場で一回転してみせる。傲慢なのかお調子者なのかいまいち分かりづらい。どうやらおだてられたら調子に乗るタチの様子。


「わぁすごい、バレリーナみたい。バレーやってたの?」

「特に? モデルの歩き方なんかを参考にしてたら自然と身に付くものよ」

「へぇ~、私もやってみようかな?」

「凡人がモデルの真似をしても、痛々しいだけよ」

「そっか~、そうだよね~」


 相当酷いことを時たま口走ってるけど、みんなうまい具合にスルーしてる。美人だったら何を言っても許されるんだろうか? そんなことはあるまい。


「ねぇねぇ、内染さんて、今フリー?」

「どんな男が好み? やっぱ自分より背が高い男とか?」

「今度部活の試合見にきてよ。俺のスーパーテクを見せてやるよ」


 全部シカト。

 バカな男子のバカなセリフには反応すら見せない。キツいなぁ……。

 制服を十分見せびらかせたと思ったのか、また席につく。


「爪きれいだよね、内染さん」

「当然よ、常に手入れを怠ってないもの」


 手を広げて机の上に乗せる。ここからはどうきれいなのかよく分からない。


「一方の私は全然ダメだ~」

「ホントにダメね。女子として軽蔑するわ」


 言われた加藤が肩を落とす。真っ黒に日焼けしたこいつが爪なんて気にしてるとも思えないけど。


「ねぇねぇ、内染さんの好み、いい加減教えてよ」


 シカトされても諦めないバカな男子がなおも言ってくる。


「……言ってどうするの? あなたみたいな凡人は、土俵の上どころか両国国技館にすら入れてないのに」

「キッツいな~、内染さん」

「美人だから許されるよな~」

「当然よ。美人は何を言ってもいいの」


 そんな調子なので、取り巻く人の数は少しずつ減っていった。ぶちぶちと不満をこぼしながら去っていく。


「内染さんはホント、美人だもんねぇ」


 という女子の声には、少し皮肉が混じっているように聞こえた。


「そうよ。私は美人なの。美人と凡人は別の生き物だから。その辺をわきまえることね」

「あの、かお……内染さん、その辺でやめとこうか?」


 そろそろみんな苛立ってきてるので、隣の席から口出ししてみる。


「なんで? こういうことは最初にはっきりさせとくといいの。私は特別な人間だってことをね」

「でもそんなんじゃ、友達できないよ?」


 我慢強く美少女様の態度を諫める俺。


「さっきも言ったけど、私は自分が認めた人としか友達になりたくないの。凡人には用はないから」

「それじゃあ、私たちは用なしですよね~」


 と、残っていた生徒たちも離れていった。薫子はひとりぼっちになってしまう。


「あのさ、なんでそういう態度なの? いきなり嫌われただろ?」


 薫子の方に身体を向けて話しかけても向こうはこっちを見ない。


「だから、そこら辺の人間には用がないのよ、私は」

「だから、そういう態度が……」


 俺がイスを薫子の方に近付けたら、途端に彼女はしかめた顔をこっちに向けてきた。


「近寄らないで頂戴! 汗くさいのは勘弁なのよ!」

「はいはい、分かりましたよ」


 またくさい呼ばわりか。

 イスを戻して薫子と話をするのを諦める。もう知ったことか。




 HRが終わって放課後になったが薫子の周りに人は集まってこなかった。それでもみんな気になるようで、遠巻きに様子を見ている。お前が行けよ、というように押し合いなんてしながら。

 はぁ……、初日にして早くも腫れ物扱いだ。

 薫子もさっさと帰ったらいいようなものだが、さっきから自分の席に座ったまま身動きしない。どうした?

 こいつの相手なんてしたくないが、放っておくのも後味が悪そうだ。仕方なしに隣の席で薫子の様子をうかがっていると、教室に男子が一人入ってきた。

 おお、三年の色男だ。名前は忘れた。

 この人は学校中のかわいい女子に片っ端から声をかけているらしい。

 しかもイケメンなので、結構的中率が高いとの話だ。何人ものかわいい女子と浮き名って奴を流している。時には二股三股なんて噂も。

 その色男が薫子の評判を聞きつけたらしい。

 彼も薫子基準で言うと凡人に含まれるのだろうか? 面白いことになりそうだ。


「なるほど、噂通りの美形だね。もっとキミのキレイな顔を見せてくれよ」


 さっそく口説きにかかった様子。

 薫子がちらりとその男子を見る。


「あなたはただの凡人ではなさそうね」


 お、そうなるんだ。


「そうだね。俺も並大抵の美形じゃないよ。キミと同じ、特別な人間さ」


 彼もロクでもない選民思想に取り憑かれているらしい。美形って、みんなこうなの?


「でもやっぱりダメ。凡人じゃないけど、私はあなたと口を利きたくないわ」

「なんで? 美形同士、語り合おうよ。俺たちは似合いのペアになれるはずだ」

「私は、私の見た目しか見ないようなゲスい男には興味がないの。もっと清らかな人間と仲よくなりたいのよ」


 ええ? この発言には驚きだ。

 この美少女様は見た目しか取り得がないだろ? 前に自分でもそう言ってたじゃん。

 最低な中身については今日存分に披露している。遠くからことの推移を眺めている生徒たちも首を傾げていた。


「俺がゲスいって言うのか?」


 プライドが高いらしい色男の顔が強ばる。ゲスいは言い過ぎな気もするが、学校にある噂が本当だとすればそんなに外れてもいないと思う。


「そうね。今の歪んだ顔を鏡で見ることよ。本物の美形はちょっとくらい機嫌が悪くなったところでその美しさは変わらないの。なぜって心までもがキレイだから」


 うわ~、俺の隣にいる見た目だけの女は、自分の心がキレイなつもりでいらっしゃる。

 この壮絶な勘違いを指摘したくて仕方がないが、まだまだ様子見を決め込もう。


「言うな、薫子。でも、俺の……」

「馴れ馴れしく名前で呼び捨てないで頂戴!」


 色男はセリフを全部言わせてもらえなかった。薫子の奴がいきなり立ち上がってビンタをカマしたのだ。


「て、テメエ、俺の美しい顔を殴ったな?」

「引っぱたいただけよ。ああ、見苦しい……。今のあなたの顔はとても見苦しいわ。凡人ではないけれど、美形を名乗るはおこがましいわね。ちょっぴり並みよりはマシ。ちょいマシを名乗るといいわ」


 思いっ切り背を反らし、自分と同じくらいの身長のちょいマシ男を見下ろすようにする薫子。


「ちょっとかわいいからって調子に乗りやがって!」


 色男が拳を振り上げる。


「ストップストップ、先輩。女子に手を上げるのは、なしですよ」


 素早く立って三年生の腕を掴む俺。


「テメェ、なんだよ!」


 今度は怒りを俺にぶつけてくる。確かに今の顔は見苦しい。


「ただの通りすがりの酒屋ですよ。よく考えてください、先輩。こんな見た目だけの女、先輩が相手するまでもないですよ。怒るまでもない相手です」

「うるせぇ! ここまでコケにされて許せるか! 一回殴らないと気が済まねぇ!」

「いいからいいから、さっさと向こう行ってください」


 酒屋で働きすぎて無駄に筋力のある俺なので、優男の腕をひねるくらい余裕だった。商店街の魚屋にいる元格闘家からもいろいろと教わっているし。


「やめろ! 邪魔すんな!」

「はいは~い。道開けて~。じゃあ先輩、腕をへし折られる前に消えてくださ~い」


 ぐいっと廊下へと押し出してしまう。


「テメェら、覚えていやがれ!」

「ムリムリ、俺もあいつもバカなんで、物覚えは飛びっきりに悪いんですよ」


 ひらひらと手を振ってちょいマシ男を見送る。

 やりすぎた? まぁ、イケメンなのを鼻にかけてる奴なので、これくらいしても問題ないでしょ。




 やや疲れながら自分の席に戻ると、隣の薫子は何ごともなかったかのように前を向いて席についていた。


「あのさ、何か俺に言うことない?」


 そう言ってやると顔だけこちらに向けてくる。


「そうね、上出来よ。褒めてあげるわ」


 思いっ切り全身の力が抜けてしまう。


「もういいや、さっさと帰れよ。あんたはトラブルしか生まない」

「そうね、あなたはいつ帰るの?」

「俺? そんなのあんたに関係あるの?」

「む、別にないわ。別に」


 でもなんか目を彷徨わせている。どうしたんだ?


「薫子、あんた帰り道分からないんでしょ?」


 俺の後ろでニヤついているのはいつの間にか来ていたウヅメ。


「そんなことないわ。私はバカどもの相手をして疲れたから、ちょっとだけ休憩してるだけよ」

「じゃあ吟太郎、帰ろうよ。こいつが追い付けないくらいダッシュして」

「ええ?」


 薫子がこっちを向いて情けない声を出す。ホントに帰り道が分からないのか?


「そんな意地悪するなよ。もうここまで来たら最後まで面倒見てやる。一緒に帰ろうぜ、内染さん」

「いや、そんなんしたらあんたまで女子に嫌われるよ?」

「というと?」


 相変わらずウヅメはニヤニヤ笑い。


「さっきトイレ行ったらさ、女子たちが固まって薫子の悪口言い合ってたんだよ。そいつ、女子全員の敵だから」


 そうなの? さすがに心配になって薫子の方を見ても、向こうは聞こえてないかのようにツンと前を見ている。


「じゃあ、いじめられたりしないように、ちゃんと付いててやらないと」

「吟太郎、いつからそんなナイトになったの? まだ下心を捨ててないとか?」


 どうだろ? 薫子様と仲よくなっていちゃいちゃとか……あり得ないなぁ、全然想像できない。


「そうよ、そいつは親切なふりをしてみせて、私が油断したところをレ●プする気なのよ」


 自意識過剰な美少女様が、顔だけこっちに向けて罵ってくる。なんてロクでもないセリフを口走るんだ。かわいい顔して。


「ほら、こいつは相変わらずこんな態度なんだ。放っとこうよ」


 ウズメは少し機嫌が悪くなっている。でも本気で帰るつもりなら、自分だけさっさと帰ってるはずだ。こいつも大概素直じゃないなぁ。

 俺は薫子の方に身体を向ける。


「薫子、一緒に帰ろうよ」

「結構よ。後、馴れ馴れしく名前で呼び捨てないで頂戴」


 そう言いながらも、あの色男にしたみたいに叩いてはこない。

 とことん素直じゃないんだよな。ため息が出る。


「あのさ、お前は今日だけで孤立してしまったの。俺たちに見放されたらホントに一人だよ? これからずっと卒業まで一人なんだ。そんなんでいいの?」

「なんの問題もないわ。私は常に孤高に生きてるの。一人でも平気だから」

「ぼっちだぞ~、薫子。ありとあらゆる行事でツラい目に遭うんだぞ~」


 ウヅメが挑発する。そんなやり方に効果があるか疑問だけど。


「凡人やバカと付き合うくらいなら、孤独を生きるわ。孤独っていうのは、ぼっちのことじゃないの。気高い精神を持った者の生き様なのよ」


 言ってることは強気だが、声が震えている。

 こいつはこういう生き方しかできないのかな? 

 強いふりをしてるけど、ホントは自分の身体と同じようなか細い精神しか持ちあわせてない。

 ホントは友達がほしいくせに、仲よくなるやり方を知らないでいる。そして敵ばかり作ってしまう。

 なんだかかわいそうになってきた。


「分かったよ、薫子さんはひとり孤独に頑張ってください」

「そのつもりよ」

「ウヅメ、帰ろうか」

「そうしようか、吟太郎」


 のろのろと俺たち二人が教室を出ると、薫子の奴も後から付いてくる。


「どうしようもないね、あいつ」

「まったくだ。見捨てない俺たちも大概おめでたいよな」


 はぁ、と二人してため息をつく。

 薫子の奴は新しい学生生活に初日から失敗してしまった。これからどうする気だよ……。


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