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ある日の『上葛城商店街』  作者: いなばー
ライオンとネコ(文香)
48/60

ライオンとネコ

 私は佐伯文香。娘の菜ノ花が仕事でミスったからって、めそめそしやがるのがイラついて仕方がない。

 キツい態度を取ってしまうけど仕方ないじゃない、私はそういう人なんだから。


 「ふくれっ面の跡取り娘」を踏まえた話になります。

 「ふくれっ面~」のネタバレを含んでいますのでご注意下さい。

 これ単体だけ読んでも内容は通じるはずです。



●登場人物

・佐伯文香 : 登場作「ふくれっ面の跡取り娘」

・佐伯菜ノ花 : 主演作「ふくれっ面の跡取り娘」

・佐伯久秀 : 登場作「ふくれっ面の跡取り娘」

・橘縁 : 登場作「ふくれっ面の跡取り娘」

 ここは花卉の卸売市場。切り花のセリがこれから始まる。

 いつもとは違い、買参人席には娘の菜ノ花が座っていた。


「母さん、ホントにいいの?」

「バカヤロウ、今になってヘタれんな」


 私、佐伯文香は娘の後ろで腕組みをして立つ。

 この市場ではセリ下げ方式でセリが行われる。

 この方式は野菜なんかのセリ上げとは逆に、セリが始まると同時に価格は自動的に下がっていく。買参人は買いたい価格になった時に入札し、一番早く入札した人が商品を落札できる。

 つまり、その商品が欲しければ人より高い時点で入札しなくてはならない。粘りすぎて安くなるのを待つと落札できなくなる。

 一方高く買うと当然のことながら自分の儲けが少なくなってしまう。できるだけ安く仕入れたいところだ。

 ここに駆け引きがある。

 セリでの取引はほぼ機械化されていた。セリの状況は正面にある電子式の表示板に出ていて、買参人はそれを見ながら自分の席にある操作パネルで入札する。

 菜ノ花が自分の前にある操作パネルを不安げに見ていた。こいつが直接セリをするは今日が初めてだ。


「今日の予算はさっき言ったとおりだ。ありったけ使う気で落としまくれ」

「どれを落とすかは?」

「自分で決めろ」

「やっぱり高いめで確実に落とす? それとも……」

「自分で決めろ」

「もし一つも落とせなかったら?」

「許さない」

「予算をオーバーさせるのは?」

「許さない」

「はぁ、ダメだ、胃が痛い……」

「店に並べる時の配置も考えろよ? 配色とかボリュームな」

「え?」


 情けない顔で振り返ってきた。


「始まるぞ」


 菜ノ花の頭を掴んで前に向ける。

 さーて、どこまでやるかな?




 帰りの車の中。


「なっさけねぇ。ホント、なっさけねぇ」


 そう毒づいてやっても助手席の菜ノ花は何も言い返してこない。

 さっきからずっとうつむき気味だ。

 イラつく。

 どうしても運転が荒くなってしまう。


「相場より高い値段で、イマイチな品を、ほんのちょっぴり落とせただけ。なんなの、それ?」

「ゴメン……」

「そこで泣くなよ?」

「でも……」


 菜ノ花が鼻をすすり始める。


「なんで泣くんだよ!」


 思わずハンドルを殴り付けてしまう。

 なんて女々しいんだ、こいつ。

 イラつく。

 ホント、イラつく。


「私は母さんとは違うんだよ……」

「うるせぇ、そのセリフは聞き飽きた。お前は私の娘なんだ。私にできることはお前にもできるんだよ」

「ムリだって……。私たちは全然違うんだ。私には母さんみたいな馬力も度胸も直感もない。やっぱり私にはムリなんだよ。花屋を継ぐなんてムリなんだ……」

「あー、もう黙ってろ。そうやられるとこっちはイラついて仕方ないんだ」

「ゴメン……」

「黙ってろ」




 そして不機嫌な母親とめそめそした娘は花屋に戻ってきた。

 実のところ、今日はセリ以外に仲卸店からも花を仕入れている。そっちの方がメインなので店の営業に支障はない。

 そのことは娘には言っていないが、言わなくても分かっているはずだ。

 はぁ、もう店が始まるというのに、相変わらず陰気な顔をしていやがる。

 こいつの取り得は間抜けな笑顔なのに、作り笑いすらうまくできていない。

 仕方ねぇ……。


「おい、お前。今日は店に出るな」

「え、なんで?」

「え、なんで? じゃない。そんなシケた面で店に立たれたくないんだよ。営業妨害もいいとこだ」

「うん……分かった……」


 うなだれながらでかい図体を引きずるようにして奥に引っ込む。

 見てられないくらい弱々しい。


「いつまでもめそめそしてんな、鬱陶しい」


 後ろから声をかけてやっても返事はない。

 鬱陶しいは余計だったか。でも、こういう言い方しかできないんだよ、私は。

 あいつの弱さをなんとかしたいとずっと思っている。

 この春、正式にこの店の店員となり、今日まで順調に頑張ってきた。

 それで大分自信が付いたはず。そのはずなのに、さっきみたいなちょっとした失敗でもうヘコんでどうしようもなくなる。

 菜ノ花がああやって落ち込むたび、私は何か間違えたんじゃないかって不安になる。

 あいつの言うとおりだ。私と菜ノ花は違いすぎる。私にはあんな弱い人間のことなんてまるで理解できない。

 どうしたらいいんだよ……。




 もやもやが胸の中にありながらも店の営業は滞りなく進めていく。当たり前だ。

 夕方になって店の中に縁ちゃんが入ってきた。この子は菜ノ花の親友にして恋人。

 女同士だけど、その辺はたいした問題じゃないと思っている。菜ノ花にとってかけがえのない大切な人。それで十分だ。


「こんばんは、文香姐さん。なのちゃんは?」

「今日は休ませてる」

「なんや、元気あらへんなぁ」

「そうなんだよ。あいつ、ちょっとミスったくらいでえらいヘコんじゃってさ」

「いや、文香姐さんやで? 元気ないの」

「そうかな?」


 私は見た目いつも通りのはずだ。そんな弱味を外に出すなんてしない。

 と、縁ちゃんが小走りでこちらに近付いてきた。

 そしてふわりと抱き付く。


「よしよし、元気出しぃや、文香姐さん」


 背中をぽんぽんと叩てくる。


「お、おう、サンキュー」


 すぐに縁ちゃんは離れた。


「なのちゃんはお部屋?」

「うん、あいつも慰めてやってよ」

「そぉする~」


 そう言って、奥にある上がり口から家の中に入っていった。

 はぁ、あの子にはかなわない。




 縁ちゃんは夕食前に帰っていった。

 菜ノ花が作った夕食を親子三人で食べる。


「うん、今日の味噌汁もうまいぞ、菜ノ花」

「ありがとう、父さん」


 どうやら縁ちゃんに慰められて大分立ち直ったようだ。

 それでも私は何も言わない方がいいんだろうな。また余計なことを言いそうだ。


「あの、母さん……、今日はゴメンね」


 クソッ、向こうから話しかけてきやがった。


「何が?」

「母さんの期待に応えられなかった」


 またうなだれる。そういうことをされるとこっちはイラつくんだよ、なんで分からないかな?


「別に期待なんてしてないよ。あんたが店の仕事を覚えたら私が楽になるんだ。それだけ」

「そっか……」

「あまり気にすることはないぞ、菜ノ花」


 久秀君が娘を慰める。この人のこういう優しさこそ菜ノ花には必要なのだろう。


「うん……、でも……」

「でもじゃないっての。今さらどうしようもないじゃん。気持ち切り替えて、次はやってやるとかなんで言えないの?」


 イラついて言わずにはいられない。


「そう……だよね……。母さんならそうだよね……」

「なんでそうやって毎回引きずるの? パッパと気持ち切り替えろよ、パッパと」

「誰もが文香さんのようにやれるわけではないんだ」

「でも、そいつは私の娘なんだよ? それくらいやれるはずなんだ」


 もう言い始めたら止まらない。そもそも私は人に遠慮して言葉を選ぶなんてできないんだ。


「私は母さんとは違うんだよ……」


 菜ノ花が箸をぎゅと握りしめる。また泣くぞ、こいつ。


「もういいよ、食べ終わったんなら上行け。そんでいじいじ泣いてればいいんだ」

「文香さん……」


 久秀君にとがめるように言われる。彼の視線から感じるのは悲しみ。


「うん、ごちそうさま。ゴメンね、母さん」

「うるせぇ」


 流しに食器を置いた後、菜ノ花はこちらに顔を向けることなく自分の部屋へと駆けていった。


「文香さん……」


 久秀君が深いため息をつく。


「悪かったよ。でもさぁ……なんであいつってああなの?」

「向こうも同じことを考えているよ」

「え? そうなの?」

「なんであの母親はこんなにキツいんだろうってな」

「でも、仕方ないじゃん。私はずっとこんなんなんだから。今さらあいつに合わせて猫なで声とか勘弁だよ?」


 というか、今でもかなり妥協しているつもりだ。


「もっとじっくり育てるんだ。そう決めたはずだぞ、あの子が花屋で働くことになった時」

「うん……、まぁ、そうだけどさ」


 菜ノ花が花屋で働くと決めてくれたのは高校三年の夏。

 その直前にもあいつは失敗してヘコんでしまった。それで私と喧嘩になって、和解するのはえらい苦労させられたものだ。

 「私は母さんとは違うんだ」あいつは事ある毎に言った。

 私もそう思う。でも、そんなの認めたくなかった。だって、あいつは私の娘なんだから。


「菜ノ花は確かに文香さんと違って弱いところがある。だからこそ、時間をかけて自信を付けさせて、少しずつ強くしていくんだ。文香さんはやり方が急すぎる」

「厳しい冬の後の方がきれいな花が咲くんだ。甘やかすなんてイヤだね」

「甘やかすんじゃない。見守るんだ。文香さん、花は丁寧に世話をするのにな……」

「娘にだって愛情はかけてるよ。そのつもりだよ?」


 久秀君を睨むようにして見る。でも、自分の視線が弱々しいものだと自覚していた。

 どうしても、あの子のことになると不安になる。焦ってしまう。


「それは分かっている。だが、その愛情もちゃんと伝えないと意味がない」

「いや、前にあいつと話し合った時にちゃんと伝えてるよ?」

「ちゃんと行動が伴ってるか?」

「む、むぐぐぐぅ……」


 そう言われるとまるで自信がない。口で何と言っていようとも、私はずっとキツい態度なのだ。


「もっとよく落ち着いて娘と向かい合ってくれ」

「……努力するよ」


 そう言われてもできる気がまるでしない。

 深い深いため息をついてしまう。




 あんな菜ノ花だけど、店で働くようになって少しずつ自信を付けていた。

 私は今回、そうやって築き上げてきたあの子の自信を打ち砕いてしまったのか?

 なんてダメな母親なんだろう。

 私こそ自信がなかった。人の母として、私はうまくやっていけてるのか? まるで自信がない、不安だ。

 翌日、菜ノ花はどうにか店に出てこれる状態になっていた。

 少しは強くなっているのかもしれない。


「もう大丈夫?」

「全然だよ。でも、せめていつもの仕事はちゃんとやるから」


 自信を付けさせる……か。


「あんたさ、昼からの市民ホールに付き合いな」

「向こうで花を生けるんだよね? 荷物持ち?」

「いいや、あんたが生けるんだ」

「い、いや、ムリだよ。かなり大掛かりだったよね?」

「それでもやるんだ。あんたなら、できるから」


 菜ノ花がうなだれてしまう。

 またダメか。こいつはこんなふうにいつまで経ってもダメなのか?

 しばらく待っていると菜ノ花が顔を上げる。


「分かった。やるよ、やらせてよ」

「よし、それでこそ私の娘」


 ばしっと肩を叩いてやった。




 市民ホールでは舞台に設置する一抱えほどの大型の花瓶に花を生けることになっていた。

 ピアノのコンクールとのことなので、華やかでありつつも主役たちを引き立てなくてはいけない。文字通り、花を添えるのだ。


「じゃあ、やってみせろ」

「うん」


 どうにも気負っているように見える。

 ここでリラックスさせるような優しい言葉でもかけてやるべき? ガラじゃない。パス。

 時間かけるなぁ。余裕を見てここに来たとはいえ、まずもって私の忍耐が持たない。いいや、我慢して見ていよう。

 どうにかできあがったようだ。


「どう? 母さん」


 娘を見るとうまくできた自信があるようだ。

 でもなぁ……。

 気に入らない。

 先方にはまだ見せていない。でも、私が気に入らない。

 どうする? 自信を付けさせるというのなら、このまま合格を与えた方がいいんだろう。

 商品としても、合格ラインだ。これで引き渡しても問題ないレベルだろう。

 でも、気に入らない。

 こいつはここまで大きな花を生けた経験があまりなかった。なので、若干バランスを崩している。

 若干……若干……。目をつむろうと思ったら、つむれる範囲だ。

 でもなぁ……。

 悪い、娘。どうしても気に入らない。


「ダメ、全然ダメだ。貸してみろ」


 菜ノ花を押し退けると、自分で手を入れていった。

 原形はできるだけ留めるようにしたつもり。だけど、印象まで変わってしまうくらい変えてしまった。


「こんなもんだ。分かった?」

「……うん」


 ダメだ、またヘコんだ。

 クソッ! 母も娘も揃ってダメな奴!

 とにかく花は生け終わり、問題なく先方に引き渡せた。




 帰りの車中。会話なんてない。

 仕方なく私は路肩に車を停めた。


「どうしたの、母さん?」

「お茶買ってこい、五百ミリリットル」

「すぐ家じゃん」

「いいから買ってこい」

「……うん」


 首を傾げながら菜ノ花が出ていく。

 はぁ、どうしよ。

 でも、このままでいいわけがなかった。ちゃんと話し合わないといけない。

 娘が戻ってきた。


「はい」

「……緑茶じゃないんだ?」

「いや、なんも言わなかったし」

「まぁいいけど」


 だからってミルクティーかよ。余計に喉が渇くだろ。以心伝心なんてこの娘との間には期待できない。

 とにかく話をしよう。でも、この子の顔は見れなくて、前を向いたまま話を切り出す。


「あのさ、さっきの花」

「うん、またうまくいかなかったね」


 やっぱりヘコんでる。


「いや、商品としてはあれで問題ない。でも、私は気に入らなかった」

「そうか……。ダメなのには変わりないよね?」

「まぁね。こういうことはこれからいくらでもあるよ? 私は自分が気に入らなかったら我慢なんてしないから」


 我慢したくても耐えられない。今までずっとそんなふうだった。


「うん、そういう人だもんね、母さんは」

「そういう人なの、私は。ホントはさ、母親として、店長として、あんたはもっと大事に育てないといけないんだ」

「うん」

「でも、私にはできそうもない。あんたにキツい態度を取り続けると思う。ゴメンね、菜ノ花」


 顔を娘の方に向けると、相手もこっちを見てきた。


「ゴメン、菜ノ花。こんなダメな母親で本当に悪いと思ってる」


 本心からそう思っている。ダメな自分が腹立たしい。

 言葉にすると涙が出てきそうになったけど、ぐっとこらえる。


「そんなことないよ。母さんはちゃんと母親やってるよ」

「本音は?」

「いや、ホントにそう思うよ?」


 でも視線を外しやがる。そうやって言いたいことを言わないのも気に入らない。


「よし、じゃあ、こうしよう。今から三十分、私のことを好きなだけ罵倒していいよ」

「へぇ」

「あんたの本心が知りたいんだ。そうやって、お互いに理解してくんだよ」

「なるほど」


 これはいいアイデアに違いなかった。

 子供の不満を聞く親。実に立派な態度だ。


「いくよ、菜ノ花? 三、二、一、はいっ!」


 菜ノ花が大きく息を吸い、胸のうちを吐き出してきた。


「母さんって、ホントに母親に向いてないと思う」

「だよね」

「ホントにダメな人だ。母親以前に人としてダメだよね」

「うんうん」

「『商店街の虞美人草』とか呼ばれて若い頃に好き勝手してたから、人格が歪んじゃってるんだ」

「う、うん」


 歪んでるは酷くない? でも我慢。


「母さんと私は違うんだよ。それを何回……何回言っても理解しようとない。理解する気がまるでないんだ」

「いや、まぁ、私はそういう人だし」

「そうやって自分を甘やかしてるんだ。『私はこういう人』『うん、じゃあ仕方ないよね』みんなにそう言ってもらえるって甘えてるんだ」

「そ、そうかもね」

「さいっあくな自分を変えようって努力をしない」

「い、いやしてるよ?」


 日々悩んでいるのだ。今までしたことのないような自己反省の日々なのだ。


「全然、全然足りない。結果の出てこない努力は意味がない」

「いや、それ言ったらあんたもさぁ……」

「まだ三十分経ってないよ?」

「どうぞ続けてください」


 耐えろ、耐えるんだ、私。


「私は努力してるよ? 結果だって出してるじゃない。仕事も大分覚えた。ブーケだってお客さんが喜んでくれるものを作ってる。子供の相手もちゃんとする。実によく頑張ってるよ」

「でも、それって普通……」

「私は頑張ってる。それでどうにか自信もついてきたんだよ。でも、母さんはそれを頭ごなしに潰しにかかるんだ」

「別に潰しにかかってるわけじゃ……」

「でも実際に私は潰されるんだ。なんなの? 私に恨みでもあるの? 娘を泣かすのが趣味なの?」

「そんなわけないよ」

「野宮さんの家がうらやましいよ。お母さん、おおらかだもん」

「ちょっと! 人の家を持ち出すのはダメでしょ!」


 もう限界だ。


「まだ三十分……」

「いやいや、人んち持ち出すのは卑怯だよ。あんた、そんな卑怯な娘なの?」

「ゴメン、それは悪かったよ。でもさ……」

「ホント、黙って聞いてりゃ、言いたい放題言いやがって!」

「だって、言っていいって……」

「私はもう四十七年こういう人で生きてるの! あんたの親になる前からこういう人なのっ! 今さらどうしようもないのっ!」

「だから自分を変える努力してよ」

「ムリ! ムリですっ! どうしようもないですっ!」

「開き直り?」


 娘はすでに半泣きになっている。でも私は止まらない。


「そうさ、あんたが変わればいいんだ。もっと強くなれよ! 私に合わせてあんたが強くなれよ!」

「そんなのムリだよ……」

「ムリとか言うな! 努力してない奴のセリフだ、それは!」

「いや、さっき自分だって言ったじゃん」

「そうか?」

「そうだよ」

「そうか……」


 確かに言った気がする。

 ダメだ、失敗だ……。

 ちゃんと話し合ってお互いに理解し合うつもりだったのに、ただの言い争いで終わってしまった。

 私はハンドルに突っ伏してしまう。


「やっぱさ、母さん。人間すぐに変わったりはムリなんだよ」

「そうかもね……。でもそんなんじゃダメなんだ。いつまで経っても私はイラつくし、あんたはつらい気持ちになる」


 私はこの子の成長を願っているのに、このままじゃ娘を潰してしまう。

 どうしたらいいのかまるで見当がつかない。


「仕方ないよね。これからもこのまま頑張りましょうか」


 菜ノ花が手を前にやって伸びをする。


「ん? でもあんたはつらいよ?」

「それでも頑張る。私は立派な花屋になりたいから」

「へぇ……」


 顔を上げて菜ノ花の顔を見ると、相手はにこやかな笑みをこちらを向けていた。

 こいつの取り得はこの笑顔だけ。


「母さんは私を愛してくれている。そうだよね?」

「うん……そうだよ」

「私にキツく当たるのも、別に憎くてそうしてるんじゃないでしょ?」

「あ、当たり前じゃん」

「だったら私は大丈夫。ちょっとヘコむけど、しばらくしたらまた立ち直れるよ」

「そっか……」

「まぁ、そんなわけなんで、これからもよろしくお願いします、母さん」


 菜ノ花が私の方に頭を下げてくる。

 そうなんだ? 私の愛情はちゃんとこの子に伝わってたんだ?

 うれしくなった私は、娘の頭を掴んでわしわしとかき回してやった。


「え、何いきなり? 髪がくしゃくしゃになるって!」


 しかし私の力に菜ノ花はかなわない。ひたすら弄り倒す。

 この子は頑張ろうとしてくれている。

 私はライオン、この子はただのネコ。

 私が撫でただけでこいつは死にかねない。

 それでも懸命に立ち向かうつもりでいる。弱いなりに、懸命に。

 だったら私も頑張ろうか。

 ちょっとずつの歩みになるだろう。それでも我慢強く娘に近付いていって、いつか立派な母親になるんだ。

 そう決めると一気に晴れやかな気分になった。


「よし、帰るか!」


 娘の頭から手を離し、私は車を発進させる。


「この母さんを罵倒するの、定期的にやろうね」

「絶対にイヤだ。こっちのストレスは激甚なんだ」

「はぁ……ホント、好き勝手だよ、この人」


 うるせぇ、人がやる気になってるのにさっそく水を差すんじゃない。

 とにかく私たちは自分の店に帰った。




 次のセリも娘にやらせることにする。

 菜ノ花は手を開いたり閉じたり、かなり緊張している様子。


「どう? やれそう?」

「……正直自信がない」

「ホント、ダメな奴だよな」


 ため息をついてしまう。

 いやいや、こういう態度がよくないのだ。

 ちょっと、励ましてやるか……。


「大丈夫、お前ならやれる」

「うん」

「前の失敗を反省しつつ、今回に生かせ」

「うん」

「これでダメならお前はホントにダメな奴だ」

「う、うん」

「そもそも前回が酷すぎた」

「う、うん」

「あれより酷かったらお前は終わり。店の敷居はまたがせない」

「う、うーん」

「勝て! 私の娘に勝利以外の文字はないっ!」

「あの、プレッシャーが尋常じゃないんだけど」

「ほら、始まるぞ?」

「え? う、うん」


 そしてまた失敗。

 私はイラついて仕方がない。


「まぁ、今回は前より大分いいよね」


 帰りの車中で娘がけろっと言いやがる。


「え? いやいやいや、今日も失敗だよ? ちゃんと反省しろよ?」

「え? でも私がめそめそしたらイラつくんじゃないの?」

「いや、そうだけど。反省なしもイラってくる」

「反省はしてるよ? その上で、失敗を乗り越えたんだよ」

「ホントかよ」


 苦い顔で菜ノ花を睨んでしまう。


「いや、母さんはどうして欲しいの? 泣くのもダメ、平気な顔しててもダメってさ」

「失敗すんなよ、そもそも」

「いや、失敗はするよ? まだ二回目なんだし、すぐにはうまくいかないよ」

「ダメ、そういう考えはダメ。同じ失敗を繰り返す奴はゴミだ」

「ゴミ! その言い方は酷くない?」

「事実だもん」

「ひっでぇ……」


 と、反対を向いて窓の外なんて眺めだす。

 ゴミは言いすぎたか……。仕方ないじゃん、私は思ったことがそのまま口に出る人なんだから。知ってるでしょ?


「こっち向けよ。ふて腐れて逃げんな」


 しかし菜ノ花は完全に怒ったらしく、こっちに顔を向けようとしない。

 はぁ、難しい……。子育て難しいよ……。


「いや、子育て以前の問題だよ? 母さんの場合」


 はいはい、そうですね。


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